ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

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第9話 おヒゲの吉田さんと特別な私

「……お前はさあ、自分では何もできない女だと言ってたけど、俺にとって、()()存在は大きいよ」

 

 吉田(よしだ)さんが、穏やかな表情で、私の存在を褒めてくれる。

 生みの親には、そんな顔すらもされなかったのに……。

 

「確かに仕事は楽しく、一人で自由に暮らせる空間は最高だった。好きなもん食いながら、好きなTV番組が観れる。そんな一人暮らしも悪くないなあと思ってた」

 

 そう、誰にも邪魔されない、一人の空間は心地よい。

 

 苦手で嫌いな料理は出ないし、自分の好きな食事ができる。

 誰にも気兼ねなく、TVも観たい放題だ。

 時間帯を気にせず、好きなように時間を過ごせる。

 その気持ちは家出した私でも、嫌というほど分かる。

 

「でもお前が居るようになって、俺にとっての家は変わったんだ」

 

 だけど、そんな一人のライフスタイルを楽しんでいた吉田さんが変われたのは、私のお陰だと、今度は頭を撫でてきた。

 

「帰宅したら、沙優(さゆ)が、おかえりと笑顔で俺を気遣い、食卓には美味い手料理があって、当然のように風呂のお湯も張ってある」

 

 私は吉田さんの注文通りに家事をしただけなのに、吉田さんはそれが凄いことだと、またまた褒めてくれる。

 

「どうでもいい世間話を交えながら、食を囲み、一人じゃない部屋で、一緒に床につく……俺にとって、ただの雨風がしのげる家というものに対し、次第に居心地の良さを(いだ)くようになった」

 

「お前が居るから、早めに仕事を終わらせて、真っ直ぐに帰ろうとする気持ちにもさせたんだ」

 

 そうか、吉田さんの帰りは、私が決めていたんだ。

 だから飲み会がある時は、私に電話できちんと連絡をして……。

 そういう所が、自分勝手な私とは違う()()の対応というものだ。

 

「でもな、俺はお前に、無理強いさせようとは思ってない」

 

 吉田さんが頭を掻きながら、目を泳がす。 

 その様子だと、これからとんでもないクサイ台詞が出てくるよ。

 

「俺はさ、色恋は不器用だけど、本心は寂しがりやのオッサンだからさ……」

 

 そうなんだ、吉田さんも私と同じ気持ちだったんだ。

 一人は気楽だけど、話し相手がいないのはちょっと寂しいよね。

 

「……ああ、素直に最初からこう言えば良かったな。俺も人のこと、とやかく言えないな。大概、大馬鹿だな俺も」

 

「ふえっ? 初めから?」

 

「そうさ、沙優。これからも、この家にいてほしいんだ」

 

 吉田さんの温かい言葉が、私の冷たい心を溶かす。

 感情というせきを切り、今まで堪えていた涙がポロポロと溢れてくる。

 

「……わあああああっん」

 

「うううっ、うわあーん……」

 

 嗚咽しながらも感謝を示し、今までにない大粒の涙を流す私。

 社会という大空に飛ぶことを、怖がっていた私に……。

 

「ぐすっ、ずっ……そんなことだけの理由で?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 鼻水をすすり、泣き顔でメイクも崩れても……そんな情けない私に、優しく語りかける吉田さん。

 

「だけど、ずっと縛り付けるつもりもない。お前が家に帰る気になったら、いつでもこの家を出てもいい」

 

 それって、もうプロポーズだよね。

 前世では結ばれなかったみたいだけど、今度こそ幸せに過ごせるかな……。

 

「アハハ……でも、物欲も性欲もないなんて。欲が無さすぎの可哀想なオッサンだね」

 

「それな。今の俺にピッタリな言葉だろ」

 

「ふふふw」

 

 吉田さんが照れた顔で、頬を掻く。

 ヒゲが伸びたオッサンは、もう(うと)まれる存在ではない。

 私だけの特別な存在となったんだから……。

 

「……ありがとう吉田さん」

 

 私は涙を袖で拭い、精一杯の笑みを吉田さんに向けた。

 

「私なんかで良かったら、これからも一緒にいてあげるね」

 

「ああ、よろしくな」

 

 ──女子高生の私にとって、オッサンの相手は中々難しい。

 でも吉田さん側からしても、女子高生の私と過ごすのも中々難しいのだろう。

 

 柚葉(ゆずは)さんに言われ、お互いの本性を伝え合い、嬉し涙で心から笑い合う私たち。

 私と吉田さんとの新たな同居生活が、ここから再スタートしたのだった──。

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