九州の都市部郊外に住むある姉弟の物語
高校卒業後、働いて家を支えた姉の献身により、大学生活を送る弟の古賀健四郎。
姉は一般的には美人の部類なのだが、それとは別のとある事情で、彼は友人たちに姉を会わせないように気を遣っていた。
とある事情とは・・・

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右翼的な姉貴

九州北部某市

エアコンの効いた涼しい部屋で古賀健史郎は、大学の友人である矢部翔とだべっていた。

お互いまだ十九歳だが、矢部は煙草を吸っている。健史郎は特に煙は気にしない。

二人は昼間っから焼酎まで飲んでいる。

 

「またやべちんの勝ちやな。」

二人は何をするでもなく、ずっと七ならべに興じていた。

一番金のかからない共通の趣味が今のところ七ならべしかないのだ。

 

焼酎は二人で金を出しあい、水割りでちびちび飲んでいる。ほろ酔いなのでまともな頭脳戦はもちろんできていない。

まあ、しらふでも両者そんなには強くないのだが。

 

「あれ、誰なん?」

矢部が健史郎の机に立てかけてある写真を見た。

-しまった。しまい忘れてた-

 

十歳くらいの健史郎と女性が写っている。背の高さから言って姉のようだった。

キリっとした表情。健史郎に目元が似ている。

 

「・・・姉ちゃんや。」

「お前、姉ちゃんおるんか。」

「・・・一応おる。」

「なんや、一応て。」

 

健史郎は口ごもる。

姉は静子といい、健史郎とは六歳離れている。

健史郎は母と子供の頃死別したのだが、静子が代わりとなってあれこれと面倒を見てくれた。

父は仕事で忙しく、静子がいなければ健史郎が大学まで行くことはなかっただろう。

 

「今の写真ねえんか?」

「ねえ」

「ほんとか?隠しとるんやないか。」

「あーもうやべちん、詮索すんなや。」

 

健史郎の姉は今は仕事に出ている。六年前に高校を卒業して、町の縫製工場に勤めているのだ。

父の収入は十分あったがそれはもっぱら健史郎の学費に充てられ、日々の生活費はおおむね姉の収入に依っていた。

健史郎が今飲んでいる焼酎を買った小遣いも姉の懐から出たものだ・・・

 

「見てみてえなあ、健史郎の姉ちゃん。」

「ゆうとくけど、俺たちより六歳も年上やけんな。」

なんとか矢部の興味を他に向けさせなければならない。

 

健史郎には姉を矢部に会わせたくない理由があった。

仕事に出かけてはいるが、矢部にあまり長居されては姉が帰って来る。

とはいえ、外は暑い。どうやって矢部を外に連れ出したものか。

 

大学生割引で映画が千二百円で見られるのを思い出した健史郎は矢部に提案する。

「こないだ教授が講義で言いよった映画ば見に行こうや。」

「ああ、あれか。ちょい待て。」

矢部がスマホで映画の時間を調べ始める。

案外簡単に矢部の興味がそれたのが意外だった。

 

「お、急いでいかなならんな。チャリで飛ばせばこの時間に間に合うやろ。」

矢部がスマホを見せつけてきた。

「よっしゃ、行こか。」

飲酒運転になるのだが、二人はそのことに気づいていない。

 

その時、がらららーと玄関のドアが開く音がした。

「ただいまー」

姉貴だ・・・

「あれ、お前の姉ちゃんか。帰ってきたんか。」

まずい、姉貴が帰ってきた。こんな時間にどうしたことか。早上がりの日だったのか。

 

健史郎は嫌な汗をかく。

 

「けんしろー!お友達きとるとー?ジュースでも飲まんねー。」

姉ちゃん、玄関の靴をみたな。

「映画は次の回でもええやろ。」

矢部の興味が再び健史郎の姉にうつった。

 

とんとんとんとん

 

姉が階段を上がってくる音がする。

「ちょ、ちょっと姉ちゃん、待たんね。」

健史郎があわてて部屋を片付け始める。

 

矢部もここで察した。未成年なのに喫煙、飲酒、これは少々よろしくない。

こんこんとノックの音がする。

 

待てと言っているのだが、かまわず入ってくる。あまりノックの意味はなかった。

「なんばしよっとね、ケンシロは。」

お盆にオレンジジュースの入ったコップを二つ乗せた静子が入ってきた。

 

大慌てで灰皿を片付けている矢部と静子の目が合った。

静子はお盆をテーブルに置いて大きなお辞儀をした。

「ケンシロがお世話になってます。姉の静子です。」

 

矢部もあわてて挨拶を返す。

「一緒の大学の矢部ち言います・・・」

 

静子が姿勢をもどした。

「して」

「なんね、その頭は。」

「はい?」 

矢部の脱色した頭を静子がねめつける。

 

健史郎は顔が青くなる。

やっぱり頭髪に来たか・・・

 

「あんた日本人じゃろが、なんねその髪の毛は。」

「あ、すいません。お気に召しませんでしたか。」 

矢部は面食らってとりあえず謝ったが、それが静子に火をつけた。

「髪の毛の色が毛唐んごたるのもすかんちゃけど!」

静子は一度息を吸った。

 

「アンタも男やったら胸はってこれこれこういう理由で色ば変えとるて言わんね!」

「姉ちゃん、ちょっと待てって。」

 

静子が人差し指を作って健史郎の胸をつつく。

「アンタもアンタと!学生がこげん昼間っからなんばしよると!」

 

矢部が間に入って謝罪した。

「あ、あのお姉さん、すいません。その、出来心と興味でついつい煙草にお酒をですね・・・」

 

今度は静子の人差し指が矢部の胸をつつく。

「そがんこたよかと!」

静子は一度息を吸った。

「あんたらは男なんやけん、中学も出れば酒もタバコもやればいいったい。

男はそんだけの責任があるっちゃけん、当然たいね!」

 

「え、いや、ダメです、お姉さん。酒にタバコをやってた僕が言うのもなんですけど・・・」

「何ねこれは!!!」

静子がテーブルの上に置いてある煙草の箱を指さす。

 

「え、煙草・・・は、やっぱりだめですか?」

「そん箱の絵たい!あんた、そがん広島や長崎に原爆落ちたんが嬉しかとね!」

 

静子が指摘したのは煙草ではなく、ラッキーストライクのデザインのことらしかった。

静子が一歩ずつ歩み寄りながら人差し指で矢部をつつく。

一突き

「そがん」

 

一突き

「煙草吸うて」

 

一突き

「なんが嬉しかとね!」

 

矢部は突かれるたびに一歩ずつ後ろに下がる。

 

「あの、すみません。いや、謝ったらダメでした。すみません。あ、また謝った。

おねえさん、ラッキーストライクが原爆を喜ぶ図柄というのはその、言いにくいのですが、有名な都市伝説でして・・・」

 

「チンオモフニワガコウソコウソウ・・・」

 

唐突に健史郎が正座をして教育勅語を暗誦しだした。

 

「姉ちゃん、あんな、まだ俺たち未熟なんやけど、國學について勉強しよるんよ。」

静子の追及が止まった。

「なんね、そいをはよう言わんね。」

「矢部君の髪の毛もアレや、敵を知り己を知ればの精神でやっとるんよ。」

「そやったんか!」

静子は目を丸くして驚いていた。

 

矢部「あ、はい。浅はかでした。ヤンキーの気持ちを知れればなあ、と思いまして。」

矢部もちょこんと健史郎の隣に正座して静子を見上げながら言った。

 

ヤンキーの気持ち云々は「ヤンキー」がアメリカ人を指していないことを除けば、まあ嘘ではない。

静子も相対して正座で応じる。

顔が途端に真っ赤になった。

 

「そうとは知らんで・・・大変失礼しました。大学でアカになるんやなかろかと思うて姉ちゃん、毎日ハラハラしとっとよ健史郎」

静子は急にしおらしくなる。さっきまで目を三角にして怒っていたのでわからなかったが、よくみるとしっかり者の清潔感のある女性だ。

 

矢部「アカ?」

健史郎が矢部を肘で小突く。

 

「姉ちゃん、心配しすぎや。いまどき共産主義なんか流行らんけん。」

矢部「ああ、アカ」

 

「そいじゃ、今後とも健史郎をよろしくお願いしますね。」

 

静子は丁寧にお辞儀をして退室していった。

先ほどは怒髪天の剣幕でわからなかったが、所作が美しい。

 

姉が出て行ってからもしばらく健史郎はそのまま動かなかった。というか動けなかった。

矢部もしばらく無言だった。

 

矢部が沈黙を破り、ぼそっとつぶやいた。

「いい・・・いいなあ。」

 

健史郎「なんがか。」

 

「健史郎の姉ちゃん。」

「え、なんで。」

「健史郎、さっきの呪文もっぺん唱えてみてくれよ。チンオモーニとか言うやつ。」

「呪文やない。教育勅語や。」

 

「映画変更や!これ見よ!」

 

矢部はスマホを素早く操作し、映画情報を検索する。

最近話題になっている戦艦大和の映画だ。

 

「お姉さんー!矢部です、映画ご一緒しませんかー」

「馬鹿、やめろ!」

 

とんとんとん、再び静子が上がってくる音がする。

「なんですか、矢部さん。」

 

今度はうって変わってごく普通だ。

 

矢部が興奮気味にスマホを静子に見せる。

「あの!戦艦大和の映画!ご一緒しませんか!ちょうど健史郎君と見に行こうと話をしていたところでして!私、日本が大好きでして!」

「あら、まあうれしい。でも。せっかくやけどもですね。」

 

静子は矢部が向けているスマホをちょいちょいっといじると別の映画情報を出した。

「私はこいがよかですね。」

 

矢部がスマホをみる。

「アメリカンビッグジャスティス アベンジマッチ」

 

健史郎「アメリカのヒーローもんや。」

 

静子「アメリカん映画は面白かもんねえ。」

静子はにっこり笑った。


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