僕が死ぬしかないじゃない!〜世界滅亡エンドを阻止するために全力自己犠牲ムーブしてたらヒロインたちが過保護で激重なヤンデレになってた〜 作:朧 泡沫
子供達は孤児院のあちこちに倒れていた。
遊び部屋、裏庭、倉庫、廊下。合計で20人にもなる幼い子たちが肌に青い斑点を浮かばせ、か細い呼吸を繰り返し、意識を失っていた。
動ける大人は僕しかいない。
かなりの重労働ではあったけれど、僕は彼らを一か所に──かつては礼拝堂として使われていた大広間に集めた。
抱えては走り、抱えて走り。
それを人数分だけ繰り返し、気がつけば1時間ほどか経過していた。
汗だくだ。
額、首、腕や足。全身のあらゆる箇所から汗が吹き出し、身に纏う衣服を濡らす。肌を伝う感触が気持ち悪い。今すぐにシャワーを浴びたい気分だった。
勿論、そんな願いは叶わない。
いや、叶うとしても辞退する。自分の不快感を解消するよりもまず、僕にはやるべきことがある。
この苦しむ子供達を救う義務があるのだから。
さぁ、始めよう。
僕は大広間の中心に立ち、彼らの治療を始めるようと、特に濡れていた鼻先を腕で拭った。
「……あ」
呟きが無意識に溢れた。
血だ。決して少なくない量の鮮血が僕の腕には付着していた。
いや、血だけではない。
赤く濡れた僕の腕には……子供達と同じ、青い斑点が浮かび上がっていた。
感染の証明。
僕はボタボタと滴り、衣服を赤く染める血を拭うこともせず、自分の変色した肌を見つめた。
「本当、弱いなぁ……僕は」
笑ってしまった。
病魔は僕には効かないと先ほどは説明したけれど、あれは嘘だ。本当は効く上に、通常の人よりも症状の進行が早く、また重症化しやすい。それこそ、普通なら死なないほどの病気でも、何もしなければ死に至るほどに。
青鱗病は通常10日程度で命に危険が迫る。
けれど僕の場合は発症から半日程度で、生命の危機に瀕するだろう。それくらい、僕は脆く、弱い。
激しい頭痛。強烈な嘔吐感。混濁する意識。脱力する全身。急激に症状が悪化するが、僕は何とか踏み止まり……安堵の息を吐いた。
「良かった……あの子たちに見られる前で」
今の僕の姿を見たら、きっと彼女たちは怒るだろう。そして悲しみ、涙だって流すかもしれない。
だから、ホッとしている。
彼女たちに今の自分を見られなくて。
嘘を隠したままでいられそうで。
「……よし」
意識が飛ぶ前に終わらせよう。
僕は自分の胸に手を当て、全身に紫の炎を纏った。先ほどとは比較にならないほど激しく燃え上がる炎。視界の全てが紫に染まり、それ以外は何も見えなくなる。
同時に──変化が起きた。
燃え盛る炎は不規則な動きで僕の身体に纏わりつき、僕の全てを覆い隠す。
そして、燦々と輝く炎が消え──僕は不死鳥になった。
大型の鳥類と同程度の体長。
赤と紫が入り混じる鮮やかな体色をしており、翼を構成する羽根は光を受けて輝いている。
長い9本の尾が炎のように揺らめく。
宙を舞う紫の火の粉が星のように瞬く。
13種の『帝王種』
その中でも別格で特別。
不死鳥の完全なる姿だ。
今治してあげるからね。
僕はフワリと宙を飛び、大広間の天井付近を何度も何度も旋回し、翼の羽根を落とす。
激痛が走った。
針を──否、ナイフを突き刺されたような鋭い痛みが幾度も、幾度も、幾度も、全身を突き抜けた。
不死鳥は全ての羽根に痛覚があるのだ。
自分の意思で捨てることはできるものの、その代償として、強烈な痛みを受ける。
それを気力だけで堪える。
涙を溢しながら、耐え続ける。
身体から離れたそれは瞬く間に紫の炎へと変化し、火の粉となり、眠る子供達に降り掛かった。
途端、子供達の苦悶の表情は穏やかなものへと変化し、また肌の青い斑点模様も消滅する。
──治療完了。
自分の役目を終えた僕は飛行を止めて部屋の入り口に降り立ち、ぐったりと倒れ伏したまま変身を解除。人間の姿に戻った。
「は──ぁ、ぐ……ッ」
衣服が汚れることも構わず、僕は床にのたうちまわり、言葉にならない苦悶の声をあげた。
心臓が握り潰されるような感覚。
心臓が串刺しにされるような感覚。
心臓が引き裂かれるような感覚。
嫌な汗が床に落ち、濡らしていく。
凄まじい激痛だ。不死鳥の姿で抜け落ちた──自ら引き抜いた、という表現が適当か──羽根の激痛は人間の姿に戻った後、全て心臓の痛みとして変換される。しかも、全ての羽根の痛みが一つに凝縮されてやってくるのだ。
呼吸はままならない。
思考はまとまらない。
気が狂いそうなほどの苦痛だ。
これは何度やっても慣れない。
ただ……この苦痛の甲斐もあり、子供達を救うことができた。それに不死鳥に変身したことで、僕を蝕んでいた病魔も滅ぼせた。痛み以外は健康体だ。
これが一番。これが最善。
僕が苦しむだけで多くが救えるのだから、お釣りがくるほどだろう。
「……さて」
心臓の痛みが弱まり、何とか動くことができるようになった。
床を這いずった僕は上体を起こし、壁に背中を預け、天井を仰いで一息ついた──その時だった。
「フォリア先生は嘘つきです」
「ね。本当嘘つき」
鼓膜を揺らした不満の声。
見ると、僕のすぐ側にメルルとムムナが膝を折っていた。
彼女たちが浮かべている表情は共に──不満と悲しみ。激怒しているわけでも、涙を流すほど悲観に暮れているわけでもない。
だけど、良い感情を抱いているわけではないのは確かだ。
そう断言できるくらいに、二人の瞳は濁っていた。
結局見られてしまったか。
僕は誤魔化しの微笑みを作りながら、二人に問うた。
「やあ、二人とも。食事はできたのかな?」
「嘘つき」
「嘘つき」
「……もしかして、バレてる?」
「実は病が感染するってことなら、もうバレてるよ?」
「フォリア先生の服が血で汚れていますから、すぐにわかります」
「あちゃー」
僕は自分の汚れた衣服を見下ろした。
嘘が下手だな、僕は。まぁでも、今回ばかりは仕方ない。着替える暇なんてなかったし、この血は簡単には取れない。バレるのは時間の問題だったわけだ。
「……ごめん。でも、大丈夫。獣化したから病魔は完璧に消えた。子供達も救えた。万々歳だよ」
「勝手に万々歳にしないでください」
不服を全面に押し出し、メルルが唐突に、僕の膝に跨った。
「わお、大胆」
「こ、こら、メルル」
「どうして感染するってわかっていたのに、子供達を運ぶ役を引き受けたんですか。フォリア先生は身体が脆い分、苦痛も大きかったはずです。私たちに任せてくだされば、そこまで苦しむ必要はなかったはずです」
「……君たちに苦しい思いをさせるわけにはいかないだろ」
「はい、減点」
謎の採点をし、ムムナが僕と壁の間に身体を割り込ませ、そのまま背後から僕の身体を抱きしめた。
「フォリアって、基本的には頭がいいんだけど……偶に馬鹿だよね」
「ば、馬鹿、だと?」
「うん。馬鹿。大馬鹿。凄い馬鹿。どうしようもない馬鹿。メルルもそう思うよね?」
「はい。アンポンタンです」
「酷い……」
「だって──私たちも同じ気持ちってことがわからないんだもん」
切実な声音に、僕は息を止めた。
「お、同じって……」
「そう、同じだよ。同じ。私たちも、フォリアには傷ついてほしくないし、辛い思いはしてほしくないって思ってる。少しでも苦しみを消せるなら、引き受けたいって思うくらいに」
「ですが、フォリア先生は苦しみ全てを一人で引き受けてしまいます。傷だらけになって、血塗れになって、ボロボロになっている先生を見る度に……私たちは胸が痛くて、締め付けられているんですよ」
「それが分からないから、馬鹿って言ったの」
僕は沈黙した。
考えが及ばなかったわけではない。わかっていた。二人の主張は随分前から。
僕はお世辞にも人の好意に鋭いわけではないけれど、とりわけ鈍いというわけでもない。気が付いている。二人が……三人が、僕に向けてくれる温かな気持ちを。感情を。
でも、それでも、無理だった。できなかった。
してはならないのだ。彼女たちを危険に晒すわけにはいかない。苦痛な道を歩かせるわけにはいかない。彼女たちが苦しむくらいならば、僕が全て引き受ける。癒しと蘇りの力を持つ僕が、全て。
でなければ、何度も繰り返すことになる。
同じ過ちを。同じ結末を。無限に、永遠に。
だから、助けてなんて言えない。
苦しみを分かち合ってなんて、口が裂けても言えない。
失敗がある。経験があるのだ。僕が助けを求めたことで招いた、最悪の結末を。
だから、二人の嘆願は受け入れられない。
何を言われようとも、それは今後も変わらないのだ。
「「……はぁ」」
沈黙を続ける僕に痺れを切らしたのか。
メルルとムムナは同時に溜め息を吐き、次いで、顔を合わせて少し笑った。
「まぁ、こういう反応も想定済みです」
「意外と頑固者だもんね」
「……ごめん」
「謝るくらいなら、助けてほしいって素直に言ってほしいのですが……それは期待していません。ですから──できることをします」
次の瞬間──二人は僕の顔と頭に両手で触れた。
「え、えっと?」
「凄く頑張ったフォリアに私たちからの御褒美」
「もう嫌ってなるくらい、沢山ヨシヨシしてあげます」
「いや、いいよ。僕は二人よりも年上だし──」
「たった1歳じゃないですか。ほとんど同じようなものです」
「そうそう。じゃあ、いっきま~す」
それから、およそ1時間。
僕はメルルとムムナに嫌になるほど沢山撫でられ、ヨシヨシされた。
もういいと、やめてと、勘弁してと。
何度も懇願しても聞いてもらえず。僕はされるがままになってしまった。
けれど不思議と──悪い気はしなかった。