僕が死ぬしかないじゃない!〜世界滅亡エンドを阻止するために全力自己犠牲ムーブしてたらヒロインたちが過保護で激重なヤンデレになってた〜 作:朧 泡沫
アルマさんと子供たちを治療してから、数時間後。
「本当に、なんて御礼を言ったらいいのか……」
陽が傾き、天から降り注ぐ光が茜色に変化した頃。
孤児院の手狭な管理人室にて、すっかり快復した様子のアルマさんは三人分のお茶を淹れて席に着いた途端、ペコペコと何度も頭を下げて感謝の言葉を言い連ねた。
「フォリア君が来てくれなかったら、どうなっていたことか……それに食事まで作ってもらっちゃって。この御恩は決して忘れません」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですから」
深い感謝を示すアルマさんに僕は言い、次いで、誰も最悪の結果にならなかったことを喜んだ。
「青鱗病は致死率の高い死の病です。誰も命を落とさなくて、本当に良かった」
「えぇ、本当にね」
「アルマさんはもう、何ともありませんか? 少しでも違和感があるようでしたら、遠慮なく言ってください」
「もう大丈夫よ。バッチリ、完全復活」
ニッコリと笑うアルマさんの表情からは、何かを隠していたり、我慢をしているような様子は全く見受けられない。
いつものことながら、流石は不死鳥の炎だ。
あらゆる傷病に対してすさまじい治癒力を発揮する。
様々な組織──特に、権力者が僕の身柄を狙うのも頷ける。富と権力は得られても、健康的な肉体は容易には手に入らないから。
「ですが、油断は禁物ですからね、アルマさん。暫くは激しい運動や長い労働は禁止です。安静にしているようにしてください。子供たちも同様で、外で遊ぶのは最低でも5日は経過した後で」
「了解しました、先生。子供たちにもそう言い聞かせておくわね」
「お願いしますね」
油断すると再発症する可能性は十二分にあり得る。
特に子供はまだ免疫力が弱いので、ぶり返しやすい。安静は絶対だ。
だが一先ず、僕の仕事は終えた。あとはここでお茶を飲みつつ──待つだけだ。
「アルマさん、でしたよね」
僕が出されたお茶に口を付けると、黙って話を聞いていたメルルがふとアルマさんに尋ねた。
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。勿論よ、メルルちゃん」
「ちゃ、ちゃん……んんっ、えっと、アルマさんはフォリア先生のお知り合いなんですよね? 何処で知り合ったんですか?」
「あら、興味ある? フフ、年頃ね」
アルマさんは微笑ましそうに笑い、僕と知り合った時のことを簡単に語った。
「あれは確か、今から2年前……私がまだこの孤児院の院長になる前、街外れの修道院の修道女だった頃。老朽化していた建物の天井が崩落して、動けなくなっていたところを助けてくれたの」
「あの時は大変でしたね」
当時を思い出しながら懐かしむと、アルマさんは頷いた。
「本当にね。でも、今思い返しても本当によくあんなところを歩いていたわね。あの修道院は人里離れていて、ほとんど人が通るところじゃないのに」
「偶々薬草の採取に行っていたんですよ。あの周辺には、薬の材料になる植物が沢山生えていましたから」
何食わぬ顔で、僕は告げた。嘘を。
「それで、瓦礫の下敷きになっていたアルマさんを助けて、怪我を治したんだ。種族を知られることは不安だったけど、流石に、酷い怪我を見過ごすことができなくて」
「フォリア君は私の命の恩人なの。もう何度も助けられてる、一生をかけても恩を返せないくらいに」
「恩に感じる必要はないんですよ。いつも言っていますけど」
「そういうわけにはいかないの」
その時。
「ねぇ、もしかしてさ」
ここまで口を閉ざし、壁に背中を預けて立っていたムムナがいつになく真剣な表情でアルマさんを見つめて尋ねた。
「アルマさんはこれまでずっと、フォリアに対価を支払っていないの?」
「ムムナ」
「フォリアはちょっと黙ってて」
此方には一瞥もせず。
ムムナはジッとアルマさんを見つめて続けた。
「最初から疑問に思ってたんだよね。この孤児院は凄くボロボロだし、まともな調理器具すら少ないし、高い治療費を払うことができるのかなって」
「……」
「でもさっきから、フォリアにしてもらったことを全部恩って……善意を搾取しているようにしか聞こえない。フォリアのことを都合の良い時に助けてくれる、都合の良い善人と思っているようにしか思えないよ」
スッと目を細め、ムムナは低い声でアルマさんに忠告した。
「フォリアは私たちの命の恩人で、私たちはフォリアのために生きるって決めた。彼の力を利用するって言うのなら……私はそれを見過ごさない」
「……どうなんですか? アルマさん」
ムムナに次いで、メルルも疑いの視線を向ける。
和やかな雰囲気が一変し、緊張感のあるものへと変化した。次の瞬間には衝突が起きてしまいそうな、そんな雰囲気。
二人とも、冷静になりなさい。
僕は慌ててピリつく二人を宥めようとする。が、その前に、アルマさんが微笑んだ。
「とっても愛されているのね」
「……見ての通りです」
「ちょっと? 誤魔化さないで。私の質問に答えて──」
「半分正解。半分不正解」
「……どういうことですか?」
「言葉の通りよ。正解なのは、私はフォリア君に対価を支払ってない……というか、支払いたいけど受け取って貰えない。不正解なのは、私は善意を搾取しているつもりは全くない」
「「受け取って貰えない?」」
どういうこと? と、メルルとムムナは今度は僕を問い詰めた。
おっと、今度はこっちに矛先が向いたか。いやまぁ、確かに事実だけど……。
僕はバツの悪い表情を浮かべつつ『悪いのは貴方よ』と言わんばかりの笑みを浮かべているアルマさんに細めた目を向けた。
「以前から言っているじゃないですか。僕が治療費を受け取るのは上流階級のみだって」
「あら? じゃあ私は当て嵌まる気がするのだけど?」
「今のアルマさんは裕福とは言えないでしょう……とにかく、この孤児院から対価は受け取りません。僕にお金を払うくらいなら、子供たちに使ってあげてください」
「ほら、いつもこうなのよ? 二人からも説得してもらえないかしら」
「え、えっと……まぁ、フォリア先生らしいというか」
「そうだね。そう言えばこの人、こういう人だった。お人好しで、損得勘定に自分は絶対に含めない……善意の塊みたいな人」
諦めたように言い、メルルとムムナは纏っていたピリピリとした空気を弛緩させた。室内の雰囲気は元の穏やかなものとなり、緊張もなくなる。
「ごめんね、アルマさん。変な疑いかけちゃって」
「いいのよ。貴女がそれだけフォリア君のことを大切に想っているのは、よくわかったから……彼のこと、よろしくね? 何かあったら自分が傷つくことなんて一切気にせずに突っ込んでいく悪癖があるから」
「それはもう、十分わかってるよ」
「えぇ。それが直らないことも」
「あら、もしかして経験済み? 私の時みたいに、ボロボロになった彼に助けられたとか?」
「「はい」」
「へぇ、そうなんだ。本当罪な男ね。伝説の不死鳥様は──って、フォリア君?」
アルマさんが僕を呼んだ。
だが、僕はそれに反応することはせず、壁に掛けられていた時計と入口扉を交互に見つめていた。
おかしい、変だ。
時刻は15時を過ぎた。これまではこの時刻に必ず来た。出会ってきた。
ただの一度も、それが起きなかったことはない。
──ヴィレア
困惑し、混乱し。
呆然と扉を注視したまま、僕は胸中で呟いた。
出会うはずだった、少女の名前を。