僕が死ぬしかないじゃない!〜世界滅亡エンドを阻止するために全力自己犠牲ムーブしてたらヒロインたちが過保護で激重なヤンデレになってた〜 作:朧 泡沫
孤児院を後にし、昼間とは様子が変わった夕暮れ時の街中を歩いている時。
「少し……疲れたな」
全身に感じる疲労感と倦怠感に、僕は無意識の内に言葉を零した。
とにかく怠い。疲労困憊で、歩くことすら億劫に感じる。硬い床であっても身体を横たえれば、すぐにでも眠ることができるほどだった。
「疲れるのは当然ですよ、フォリア先生」
僕の呟きに、メルルが言った。
「一時的とはいえ、フォリア先生は命を脅かす凶悪な病魔に身体を蝕まれました。それに加えて体力を消耗する『獣化』と、それに伴う炎の酷使……そんな状態になるのは当たり前です」
「自分の身を犠牲にした代償ってやつだね。頑張りすぎ。今日は夜更かしは絶対に許さないからね?」
「わかってる。今日はすぐに眠らせてもらうよ」
勿論、嘘だ。
今夜は予定が入っている。三人目の少女に構ってあげないといけないのだ。
それに、相談したいこともある。疲れてはいるものの、おちおち眠ってなどいられない。
「「……」」
「……な、なに? 二人とも」
僕の正面に回り込み、行く手を塞ぎ、ジッと僕の顔を覗き込んでくるメルルとムムナ。
僕が尋ねると、二人は数秒もの間そのまま、僕を見つめ──やがて、顔を見合わせた。
「今夜はフォリア先生と一緒に寝ましょう。コソっと仕事をしないように」
「名案だね。見張りは必要だし。三時間ごとに交代で寝ようか」
「僕は囚人か何かか?」
「悪いのはフォリア先生です」
ムスッと頬を膨らませ、メルルは僕の胸をツンツンと突いた。
「私たちが何度言っても無理をするんですから。連夜の徹夜は当たり前。危険な場所にも平気で飛び込んでいくし……危険な相手に対しても立ち向かって、ボロボロに怪我をしながらも、救ってしまうし」
「その悪癖で助けられた私たちが言うのはあれだけど、フォリアには怪我も病気もなく、健康的に過ごしてほしいんだ。だから、今夜は監視する」
「拒否権は?」
「「……あると?」」
「少しでもあると思った僕が馬鹿だったみたいだ」
ガックリと、僕は肩を落とした。
僕の嘘は見抜かれていたらしい。顔に出したつもりはないのだけど……女の勘というやつか。はたまた、つい先ほど嘘をついたばかりなので、信用されていないのか。
どちらにせよ、眠っている間も僕に自由はないらしい。
……仕方ない。ならば僕にも考えがある。最終手段を使うまでだ。
「ムムナ。フォリア先生は何かを企んでいます」
「大丈夫。絶対に逃げられないように手枷足枷を装着して、ついでに首輪と鎖と鉄球もつけよう」
「寝かせる気ある?」
その状態で安眠できる者はほとんどいないと思う。
できるとしたら日頃からそんな特殊な状況に身を置いており、慣れている者だ。残念ながら僕はそんな状況に慣れていない。安眠どころか、一晩中眠ることができないだろう。
流石に冗談だよね?
僕は縋るように二人を見るけれど、僕の期待とは裏腹に、彼女たちの瞳は本気を物語っている。何が何でもベッドに縛り付け、強制的な睡眠を取らせる気満々だ。
待て待て待て、待って、本当に。
そんなことをするなら逃げるぞ僕は。縛られると逃げたくなるタイプなんだ。
ガチガチに拘束されるくらいなら、森の中で眠ったほうがマシな気がする。
強制寝かしつけガチガチ拘束計画を立てる二人の隣で、僕は完全自由気ままに逃亡計画を立てるのだった──と、その時。
「何処に行きやがった、あの小娘ッ!!」
少し離れた通りの端。
そこに集った黒いスーツの集団から、怒号が聞こえた。
「まだ見つからないのか!」
「ど、何処にもいないです」
「クソがッ! 明後日のオークションの目玉商品だぞッ! 何としてでも見つけろッ! でないと俺たちは全員化け物の胃袋に直行だ!!」
恐怖と焦りを孕んだ怒号で指示を出し、黒いスーツの男たちは八方に散っていった。
周囲の人々は一体何事かと関心を寄せているが、彼らの風貌から関わってはならない立場の者たちであると判断し、極力視線を向けないようにしている。反感を買えば、大変なことになると。
「凄く叫んでいましたね。どうしたんでしょう」
「見た目も話の内容も、関わったらダメな人たちだよ」
「そうだね。小娘とか、オークションとか……人身売買に加担しているように思える」
法整備が急速に整った現在、人身売買は禁止されていることだ。
如何なる理由があれ、人を商品のように売買することは禁止であり、発覚すれば重罰に処される。
だが、現実としては裏社会の者たちが現在も人身売買を行っており、非合法オークションなどで活発に取引されている。大抵は表社会の権力者も関わっているため、安易に逮捕することもできないのだ。
競売に掛けられ、また誰かに買われた者の人生は碌なものにならない。
何とか助けてあげたい気持ちはあるけれど……現時点で、僕たちにできることは何もない。無事を祈ることしかできないのだ。
いつまでもこの町にいると、面倒ごとに巻き込まれてしまう。
嫌な予感がした僕は二人に『早く帰ろう』と言い、歩く速度を速めた──が。
「──ッ!!」
視界の端に映った路地裏。そこに積まれた幾つもの木箱の陰。
少女だ。海のように蒼い髪をした小さな女の子が、何かから逃げ、隠れるように潜んでいた。
一目見た瞬間に確信した。
間違いない。絶対そうだ。
あの子こそ、彼女こそ、今日僕が待ち望んだ少女だ。
「ちょ──」
「フォリア先生!?」
心よりも先に身体が動いた。
共に歩いていた二人には何も言わず、僕は進行方向を変えて路地裏へ一直線に走った。疲労感も倦怠感も忘れて、なりふり構わず直進した。
呼び止められるが、僕は止まらない。返事もしない。
悪いけれど、それどころではないのだ。恐らく、あの黒いスーツの男たちが探していたのは彼女だ。なら、奪われるわけにはいかない。奪われる前に、僕が奪わないと。
「──ヴィレアッ!」
路地裏に飛び込んだ僕は叫び、勢いそのままに、少女を抱き締めた。
力強く。離れてしまわないように。消えてしまわないように。
「……誰?」
突然僕に抱きしめられた少女──ヴィレアは特に驚いた様子もなく、興味なさそうに、呆然と小首を傾げて僕に尋ねた。表情には、瞳には、欠片の気力が見られない。希望が全く感じられない。深い悲しみ、絶望。それを嫌というほど味わった。そんな風に見受けられた。
「大丈夫……もう、大丈夫だから」
僕は彼女の質問には答えず、ただそれだけを告げた。
この世界の彼女がどんな人生を歩んだのかはわからない。どれほどの悲劇を抱えているのかも、どれだけ心が壊れているのかも。
だが、この言葉を言わずにはいられなかった。誓わずにはいられなかった。
僕が傍にいる限り、君に辛い思いはさせない。
絶望させない。苦しませない。悲しませない。
今いる暗闇の底から、救い出して見せる。
「──見つけたぜ、クソガキッ」
背後から聞こえた声は、先ほどの怒号と同じもの。
振り返ると、黒いスーツの怖面の男が此方に銃を構えていた。いや、正確には──僕にだ。
「邪魔だ、小僧。死ね」
殺意すら籠っていない、淡々とした声。
それだけを告げ、男は何の躊躇いもなく引き金を引いた。
響き渡る銃声。
だが、射出された弾丸が僕に命中することはなかった。
何故なら──僕と男の間に現れた白い何かがそれを受け止め、弾いたから。
『──誰に銃を向けているので?』
頭上から響き渡った、乙女の声。
それは聞き慣れたメルルのものだったのだが、今の彼女は、先ほどの彼女とは全く違う。
蛇だ。
純白の鱗に全身を覆った、巨大な白蛇。今のメルルは太古の時代、誰もが恐れた蛇の帝王──バジリスクの姿をしていた。
硬質な鱗は鉄をも容易く超える高度。
弾丸など、通しはしない。
「ば、バジリ、スク……ッ!?」
「化け物だッ! 化け物ッ!」
遅れて到着した黒いスーツの男たちはメルルの姿を見て恐れ慄き、口々に酷い言葉を叫ぶ。
感性の悪い者たちだ。この姿は、とても美しいのに。
安堵に胸を撫で下ろし、僕はそんなことを思いながら、メルルの身体に背を預ける。と、彼女は僕の身体を支えながら、怒りに満ちた声で告げた。
『私の大切な人を害そうとした罰です。甘んじて──石になりなさい』
反論も反抗も抵抗も許さない、絶対的な裁定。
『帝王種』の一体、バジリスクを蛇の帝王たらしめる力。それは解毒不可能な猛毒だけではない。
代名詞とも呼べる力。
それは──石化の魔眼だ。
気が付いた時には既に遅い。
逃げ出すこともできないまま、黒いスーツの男たちは一人残らず、物言わぬ石像と化してしまった。
申し訳ないですわ
一話あたりの文字数が長すぎましたので、分割させていただきましたわ