百合小説置き場   作:あやかたあみ

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最強エルフの婚活-1

「ふむ。無理ですね」

「何故!?」

 

重厚なオーク材のテーブルを挟み、応接室に冷ややかな声が響いた。

声を上げたのは、長年続いた種族間戦争を終結させた「生きる伝説」――エレノア・アルヴェインである。

 

齢500を超え、生態系の頂点たる龍すら単騎で討伐可能な世界最強のエルフ。かつて世界を脅かした魔王を素手でボコボコにして終戦協定にサインさせた彼女は、今や「世界の調停者」として各地に銅像が建つほどの存在だった。

 

そんな英雄が訪れたのは、王都の一角にある高級結婚相談所である。

 

当然、受付のベテラン職員たちは「あの天災が来た」とパニックに陥り、全員が物陰に隠れて震え上がった。結果、お鉢が回ってきたのは入社間もない新人――ソフィアだった。

 

ソフィアは人族の少女で、どこまでもクールな鉄面皮の持ち主だ。相手が世界を救った神話の英雄だろうが、一切萎縮することなく静かに書類を整理している。

 

「『何故』ではありませんよ、エレノア様。では、先ほど指折り数え上げられた条件を一つずつ検証いたしましょう」

ソフィアは羊皮紙のプロフィールシートを細い指先でトントンと叩いた。

 

「まず第一条件、『私と一生を添い遂げられること』。この時点で我が相談所の会員データの99%が脱落します。人族の平均寿命は精々100年。亜人族で長寿種族でも500年。残り人生を未亡人で過ごすお覚悟は?」

「うっ……そ、それは私が魔法で寿命を延ばすとか……」

「種族の理を歪めないでください。次、第二条件。『ベヒモスくらいは単独で撃破できること』。あのですね、ベヒモスは『天災級』の怪物です。一騎当千のSランク冒険者パーティが命を辞さず挑んで相打ちに持ち込めるレベルですが」

「でも、龍よりはだいぶ手頃でしょう? 私なら素手で投げ飛ばせるし、旦那様……ううん、パートナーになる人には、最低限それくらいで私を守る気概を見せてほしいというか……」

「あなた基準で世界を測るのをやめてください。ベヒモスを単体撃破できる存在など、この大陸を探しても魔王くらいしかいませんよ」

「魔王ちゃんはダメよ、昔ちょっとボコボコにしちゃったから気まずいもの」

「さらっと恐ろしい過去を暴露しないでください。……まあ、戦闘力は目をつぶりましょう。ですが第三条件『家事ができること』、第四条件『大きな一軒家があること』、そして極めつけは最後の第五条件です」

 

ソフィアは無表情のまま、エレノアの全身を上から下へと見上げた。

 

「『私よりも背が高いこと』。エレノア様、あなたの身長は180センチですよね? この条件をすべて掛け合わせてみてください」

 

ソフィアは淡々と指を折っていく。

 

「寿命が2000年以上あり、ベヒモスを素手で殴り倒せる腕力を持ち、家事万能で、広い一軒家を所有し、身長181センチ以上ある、都合のいい独身男性。……そんな生き物がこの世に存在するとお思いで?」

「む、むぅ……! だって私、ずっと世界平和のために戦ってきたから、おうちでは背の高いカッコいいパートナーに甘えさせてほしいの……美味しいご飯を作って『おかえり』って迎えてほしいじゃない!」

 

長耳を心持ちへにょりと下げ、世界を救った大英雄は本気で落ち込んだように頬を膨らませた。

 

ソフィアはその「天災」の顔をまじまじと見つめると、長めの溜め息をひとつ吐き、手帳を取り出した。

 

「エレノア様、まずは『普通の人間がどう暮らしているか』を学びに行きましょう。市場調査です」

「えっ? お見合いじゃなくて?」

「はい。一度王都での暮らしを見て、普通の感覚を学びましょう」

 

ソフィアに促されるまま、二人は結婚相談所をあとにして王都のメインストリートへと足を踏み入れた。石畳の通りには露店が並び、買物客や冒険者たちでごった返している。

 

「エレノア様は普段どちらで過ごしていたのですか?」

 

並んで歩きながら、ソフィアが前を向いたまま問いかけた。

 

「うーん、森とか? 人の多いところがそこまで得意じゃなくて、色んなところを渡り歩いてたの………そうして、ずるずるとこの齢まで一人で、少し寂しくなっちゃった」

 

世界を救った英雄とは思えない、どこか気恥ずかしそうな小さな呟きだった。

 

「そうですか。では、頑張ってよいお相手を探すように頑張ります」

 

淡々と言葉を返すソフィアの声音には、妙な頼もしさがあった。

しかし、一歩大通りに出た瞬間、喧騒の質が変わった。

 

「人が多い………」

「王都はいつもこんなものです」

 

ソフィアが平然と答える傍らで、周囲の視線が一点に集まり、ふっと空気が凍りつく。すれ違う人々が、エレノアを見た途端にピタリと足を止めた。

 

「あれって………」

「――世界の調停者様だろ」

「嘘だろ、歩く天災がこんなところに……!」

 

どよめきが広がり、波が引くようにみるみる道が割れる。誰もが恐れと畏敬の念を抱きながら、一斉に道を開けて身を引いていく。

 

「あのね、さっき言ったあんまり人里に降りない理由のもう一つがね、私、背が高いし目立つから、いつもこうやってバレちゃうの」

 

困ったように長い耳をぴくりと揺らし、エレノアは小さく肩をすくめた。

周囲の人間が勝手に怯えて道を空けていく光景を、ソフィアは冷徹な眼差しで横目に見据える。

 

「なるほど。歩きやすくていいですね」

「全然よくないよ!? もっとこう、普通の女の子みたいに人混みに紛れたかったのに!」

 

世界最強のエルフの嘆きは、今日も賑やかな王都の空に虚しく吸い込まれていった。

 

「顔を隠したりはしないのですか?」

 

ソフィアが呆れたようにエレノアの顔を見上げた。フードを目深く被るわけでもなく、変装の魔法を使う気配すら見せない。

 

「うーん。私より背の高いエルフの女の子っていないし、耳を隠すと落ち着かなくて嫌いなんだよね」

 

エレノアは自分の尖った長い耳をちょんちょんと指先で触りながら、弱り切った顔で眉をひそめた。抜群のスタイルと圧倒的な存在感、そして何より特徴的なその長耳は、どれほど顔を覆おうとしても隠し通せるものではない。

ソフィアはその回答にふむ、と小さく頷くと、手帳に何かを書き込みながら淡々と言い放った。

 

「そうですか。では、ありのままのあなたを受け入れてくれる方をお探ししましょう」

「……えっ? 条件を妥協しろって怒らないの?」

 

思わぬ言葉に、エレノアは黄金色の目を丸くしてパチクリとさせた。

 

「不必要な変装をして挙動不審になるくらいなら、堂々と胸を張っていた方がマシです。それに、500年連れ添った耳を隠さなければ愛せないような男など、最初から紹介する価値もありません」

 

さらりと吐き捨てられた言葉には、一切の揺らぎがなかった。冷酷なまでに現実を突きつけてきた新人が見せた小さな配慮に、エレノアの心がじんわりと温かくなる。

 

「ソフィアちゃん……! 本当に? 私、このままでいいのかな……?」

「ええ。ただし、ベヒモスを叩きのめす腕力と181センチ以上の身長という条件は捨てていただきますが」

「そこは譲れないってばぁー!」

 

割れた人波の真ん中で、最強のエルフは再び子供のように声を上げて身もだえしたのだった。

 

いくつかの店を巡り、人々の今の生活を見ながら、王都を歩くソフィアとエレノア。太陽が天辺に上がってきた頃合い。

 

「そろそろ、お昼にしましょうか。エレノア様はお嫌いなものはありますか?」

 

ソフィアが懐中時計を確認し、通り沿いにある落ち着いた雰囲気のレストランへ視線を向けた。

 

「特にないかな」

「普段は何を?」

「色んなもの食べるよ! お肉もお魚も野菜も果物も。人族のご飯って大体何でも美味しいからね」

 

エレノアは無邪気な笑顔を浮かべ、お腹をすかせた子供のように目を輝かせた。

案内されたテーブル席につき、注文を終えて料理を待つ間、エレノアが少し不安そうに身を乗り出してきた。

 

「あの、ソフィアちゃん」

「はい、何でしょうか」

「いっぱい食べる女の子って嫌われるのかな」

 

ふたり分のテーブルを埋め尽くすような注文をした後になって、エレノアは気まずそうに指先を突っついた。

ソフィアは表情ひとつ変えずに答える。

 

「確かに、女性は少食だという価値観の方は一定数いますが、いっぱい食べる方が好きだという方もいますよ」

「よかった〜!」

 

単純な英雄はパッと表情を明るくした。

やがて運ばれてきたのは、巨大なステーキに魚のグリル、山盛りのサラダに焼き立てのパン。二人がけのテーブルがお皿で埋め尽くされ、足の踏み場ならぬ「皿の置き場」がない状態になった。

 

「………圧巻ですね」

 

流石のソフィアも、物理的な胃袋の容量を無視した光景に静かに呟いた。

 

「ん?」

 

当の本人はまったく気に留める様子もなく、フォークとナイフを手に取ると、口いっぱいに肉を頬張った。

モキュモキュと、実においしそうに食べる。

 

「エレノア様」

「むふ?(なに?)」

「美味しそうに召し上がるのは結構ですが、お見合い当日にそれをやると、相手が食費の心配をして逃げ出す可能性があります。次は『食費を一人で支えられる財力があること』という条件が追加になりますね」

「ごふっ!?」

 

エレノアは勢いよくパンを喉に詰まらせ、ソフィアから静かに差し出された水へと手を伸ばすのだった。

 

 

 

王都の賑わいから離れ、夕暮れの街並みを歩いて職場である結婚相談所へと戻ったソフィアは、静まり返ったオフィスで一人、温かいコーヒーを淹れた。

市場調査という名目で、エレノアの人となりを見るための半日。手帳に書き留めたメモを見つめながら、黒い液体を静かにすする。

 

(今日である程度の課題が見えてきましたね)

 

まず、やはり顔が広く知られているということは、エレノアの場合はマイナスになるようだ。エレノアの神話のような活躍は子供すら知るところ。素手で龍を倒せる。魔法一つで山を消し飛ばせる。その豪腕は天気さえ変えてみせる。

そんな「歩く天災」を前にして、対等な「男」として胸を張れる人間がどれほどいるか。相手は、そんなエレノアに恐怖も畏怖も抱かず、自然体で寄り添える人。それがまず第一段階にして、あまりにも高いハードルだ。

 

さて、どうしたものか。ソフィアはふぅ、と息を吹きかけ、再びコーヒーに口をつけた。

エレノアが提示したあの無茶苦茶な条件。しかし、その本質を噛み砕いてみれば至極単純だ。規格こそ規格外ではあるが、要するに「自分を守ってくれて、経済力があり、自分より背が高くて、家庭的」。

年相応……いや、500年越しの、どこまでも乙女で切実な憧れそのものである。

あの神がかった美貌と、食事を前にして「モキュモキュ」と頬を膨らませるような愛らしさ。条件の「規模」さえ間違えていなければ、男などいくらでも群がってくるだろうに。

 

「ベヒモスを叩きのめす腕力ではなく、彼女の孤独を受け止める器の大きさ、ですか……」

 

静かな応接室に、ソフィアの小さな呟きが落ちる。

羊皮紙のプロフィールシートをトントンと整え、ソフィアは手帳を開いた。市場調査は終わり、ここからはプロの仕事だ。

天災級のエルフに「おかえり」と言ってくれる、命知らずで懐の深い奇跡のような男を、この広大な大陸のどこから探し出してくるか。新米相談員の長い夜が、本格的に始まろうとしていた。

 

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