東方喪帰録 ~ A Place to Return 作:桜時雨弐式
とある真夏の昼下がり、博麗神社はいつもとは違う雰囲気に包まれていた。
だが、外見から分かるような違いではない。
その神社の中に異変はあった。
「なあ、あいつ大丈夫か?」
魔理沙が廊下から部屋を覗き込みつつ心配そうな顔をしていた。
あの日から数日…何日経ったか分からない。
あれから伊吹は魂が抜けたように虚ろな状態だった。
目にはくまが浮かび、脱力しているかと思えば震えたり、うめき声をあげたりしている。
銃や装具を片時も手放さず、まるで今も戦場にいるかのようだった。
「大丈夫じゃないでしょうね、でも私達に出来ることはあまりないわよ」
「でもな霊夢…」
「これは彼自身の問題だもの、他人がどうこうできるものじゃない」
同じように廊下から様子を見ていた霊夢は「時間が解決してくれるわ」と言ってその場を去って行った。
魔理沙も「ちょっと待ってくれよ霊夢ー」と後に続く。
その場には銃を抱えて鎮座する伊吹だけが残された。
「私は…違う…逃げたんじゃない…違うんだ…」
『どうしてお前だけ逃げたんだ?』
声がしたと同時に突如視界が暗くなる。
『俺達は戦っていたのに…』
まただ…最近では、定期的にこうして声が聞こえてくる。
自分の記憶の中にある…知っている声で自分に語り掛けてくるのだ。
それを聞いて耳を塞ぎ、頭を抱え込む…。
しかし、そうすることに意味はない。
声は直接頭の中から聞こえてくるかのようで、変わらず頭の中に響いていた。
『どうして、俺達を見捨てた?』
「違う!」
『違わないだろう? お前はあの時後ろへ逃げたじゃないか』
自分を囲むように周囲で代わる代わる、かつて共に戦った者たちの声が自分を責め立てる。
部隊のみんながそんなこと言うはずがないと思いつつも、その声に耳を傾けざるを得ない。
「命令だったんだ! 任務を果たしたら帰ってくるはずだった! またみんなに会えると思って…」
『でも、お前だけ生き残った』
「っ…!」
『俺達は死んだのにな』
口調は強くないが、痛く辛い言葉が体中を突き刺していく。
笑い合い、励まし合い、怒りと悲しみを分かち合った仲間の声が、鋭利な刃物のようだった。
「違う…見捨てたわけじゃない…逃げたんじゃないんだよ…」
『それで、生き残ってこの平和な世界に来たのか? 良いご身分だな』
小隊長の声が聞こえて顔をあげる。
嘘だ、幻覚に違いない。
こんなことを言う人じゃない!
でも…。
「来たくて来たわけじゃないんです! それにここが天国か地獄かもわからない! 人を平気で襲う妖怪がいる世界なんて…!」
『じゃあ、早く帰ってこい。それが祖国のためだ』
「帰りたくても方法もなにも分からない…ここがどこかも分からないのにどうやって…」
『またそうやって逃げるのか?』
「違う…違う違う違う!」
この繰り返しだ。
おかげでまともに眠ることさえできない。
もうおかしくなってしまいそうだった。
その日の夜、ほとんどの昼行性生物は寝静まった頃。
なのだが、相変わらず眠れていなかった。
自分を追い詰めるような幻覚はまだ続いている。
ここ最近では一番ひどいかもしれない。
『早く帰ってこい』
『そこはお前の居場所じゃない』
『この世界に居ても生きている意味はない。価値もない』
「分かってるよ…! くそっ!」
今すぐにでも神社を飛び出したい気持ちでいっぱいだった。
だが、微かにかろうじて残った理性が邪魔をする。
今からここを飛び出したとて死ぬだけだ。
しかし、この理性がいつまで保てるか分からない。
ほんの小さな切っ掛けで崩壊しそうな脆い精神は風前の灯火のごとく消えかけていた。
そしてその時は間もなく訪れる。
『任務を与える』
「分隊長…」
あの時、最後に聞いた親しみのある…が、怒気も混じった声が聞こえて力が抜ける。
冷や汗が止まらず、呼吸が荒くなり、心臓が締め付けられる感覚がした。
『今すぐに戻ってこい。命令だ』
命令という言葉が聞こえてきて自分の中で何かが切れた。
もうどうなっても良い。
そう思った。
そして、軍事的組織に属する以上は命令には従わなければならない。
という2年間の戦争で叩き込まれた"命令には従う"という習性が、身体を勝手に突き動かしていた。
「えぇ、分かりました。分かりましたとも…!」
半ば自暴自棄だったに違いない。
もう正常な判断が下せるような状態ではなかった。
もし傍に誰かいれば間違いなく止めただろう。
バカなことをするんじゃないと。
しかし、不幸なことに付近に伊吹を引き留める人はいなかった。
閉じられた障子を開け、縁側を降り、月明りも通らない漆黒の闇が続く森を見つめる。
この世界に来て遭難したことを思い出して、一度足踏みした。
妖怪の事も気がかりだ。
だが『命令だ』という言葉が頭を何回も巡り、一歩一歩森の中へ足を進めていく。
懸念はいくつもあったが、不思議と恐怖は無かった。
神社に閉じこもるだけだった日々が続き、焦燥感に駆られる毎日だった。
それが一転して行動に出ている…これだけで満足感を高めていたからだ。
草を掻き分け、軽い足取りで無意識のうちに人を拒む空間へ踏み入る。
あっという間に伊吹の姿は神社から視認できなくなり、暗闇の中へと消えていった―――。
何時間経っただろうか。
体感では長い時間が経過したように思うが、実際には十数分の事かもしれない。
何のあてもなく森の中を進む。
前に遭難した時とは違って常に警戒し、銃をいつでも撃てるように意識した。
どんなに小さな音も敏感に聞き取り、危険な兆候を見落とさないよう注意する。
こうして森の中で銃を構えて進んでいると現世で戦っていた時の事を思い出す。
戦争中期はまだ小隊も中隊も損失は少なく、勝てると信じて戦っていた。
多くの仲間と肩を並べて行動し、戦況に応じて様々な場所に転戦したものだった。
それが今ではこのざまだ。
部隊は壊滅し、愛する者も…守りたいものも守れず、唯一生き残った男は精神に異常を患い、森を這いずり回っている。
なんとも滑稽なことか…。
「~♪~♪」
相変わらず、森を彷徨っていると表現した方が正しい状態で進んでいると微かに声が聞こえてくる。
まるで歌声のような…。
こんな森の真ん中で人の声が聞こえるのはおかしいと思いつつ、声の主が気になった私は歌声のする方向へ進路を変える。
気付かれないように細心の注意を払って近づいていく。
近づけば近づくほど歌声であるのがはっきりわかる。どうやら女性のようだ。
しばらく進んでいくと前方が月明りで少し明るくなっている。
開けた場所があり、そこが声の発生源らしい。
その場所と森を隔てる最後の隙間から顔をゆっくりと覗かせ、対象を確認した。
「~~♪~~♪」
何を歌っているのかは分からない。
曲調はノリの良い陽気な歌のようだが…。
夜目に慣れた視界を凝らしよく見ると女性には翼が生えている。
見た目はあの時出会った妖怪と同じく幼めであった。
姿形は人型に近いが、背中から生えるその異様な翼から間違いなく人間ではないと察することができる。
それが妖怪なのか、それとも妖怪とはまた別の何かなのか、私には分からない。
だが、霊夢達の様に友好的である保証もない。
無駄に姿を晒してリスクを背負うより、無難に避けた方が賢明だろう。
戦闘になって銃を使うことになっても、この世界では弾薬の補充ができない以上は無駄にできない。
来た道をゆっくり後退りして、その場を離れる。
十分に離れたと思い、別の道を探そうとした瞬間。
パキッ!
と枝を踏んで音を出してしまう。
「まずい!」
と反射的に息を止めた。
その場で固まり、周囲を観測する。
歌声はもう聞こえない。
しばらく待ってみたが、動きはなかった。
ばれなかったと安堵し、振り返ったその時。
「おかしいなぁ、私の歌聞こえなかった?」
「っ!」
目の前に先ほどまで歌っていた少女が立っていた。
少し浮いているようにも見える。
私はとっさに銃を構え、彼女に向けた。
「よく見るとあなた見かけない恰好してるね。外の人間さんかな?」
「…そうらしい」
「そうなの…可哀想に」
呟くように言葉を発した彼女の顔は笑顔とも哀れみともとれる表情をしているように見えた。
正確には暗くて分からないが…。
しかし、油断してはならない。
この前遭難した時遭遇したルーミアは一見子供のように見えて実は妖怪だった。
今回のこの娘は明らかに人間ではない。
敵か、それとも無害な存在なのか見ただけで分かるはずもなかった。
「あなた、名前は?」
「聞いて何になる?」
「だって、気になるんだもの」
不敵な笑顔を覗かせ、彼女は続ける。
「でも、本当に可哀想。こんな時間に、この世界の森に迷い込むなんて」
「…」
声色は本当にこちらを憐れんでいるようだった。
そう…例えば道端で捨てられている子犬に話しかけるような…。
だが、発言の内容には少し引っかかる。
まるでこちらの辿る未来が分かり切っているかのように感じた。
「君は…私の敵か?」
「ふふふ、そうだねー。敵か?と言われたら、間違いなく敵かな」
その言葉を聞き、構えている銃に力が入る。
銃を向けられても動じたりしない。
余裕綽々といった様子だ。
自分が元々いた世界の人間なら銃を向けられれば多少なりとも動揺するのが通常な反応だろう。
「この世界の人間はか弱い存在なの。食べられたり、殺されたり、痛めつけられたりしてる」
この世界の常識が彼女の言う通りなら、私が何をしようと余裕なのは納得がいく。
そして、私が置かれた状況が危機的なことも理解した。
もう死んでもよかったが、タダでは死ねない。
どうせなら派手に戦ってやろうとも考えていた。
普段の自分なら、こうはならないだろう。
「この世界に迷い込んだのが運の尽きよ。運の悪さを呪った方が良いわ」
右足を引き、膝に余裕を持たせ、いつでも動けるように本格的な戦闘態勢に入る。
そっと引き金に指を掛けた。
安全装置も解除する。
「残念だけど、これがこの世界の理なの。それじゃあ、さようなら。可哀想な人間さん」
彼女の身体が完全に宙へ浮き、体の周りから光を発したと思うと、こちら目掛けて光弾が次々と放たれ、一直線にこちらへ飛来した。
「くっ!」
予想外の攻撃に遭い、咄嗟に回避行動をとる。
横へ転がるように避けて、木の裏に隠れた。
そして、この前のルーミアの時より明確に、そして冷静に殺意を持って彼女へ銃口を向ける。
攻撃を続ける彼女へ1発、発砲した。
パンッ!
という乾いた音が森に響き渡る。
「きゃっ! え?何?」
彼女も思わぬ反撃に驚愕したのだろう。
これまでの余裕だった態度は一変して、たじろいだ。
そこへ、間髪入れずもう1発撃ち込む。
「え!?ちょ、なんでよー!」
再び攻撃を受けた彼女は光弾をばら撒きながら距離を取っていく。
私もすかさず反撃し、3発撃った。
ここまで僅か数十秒。
彼女に距離を取られたとき、当てられなかったことに後悔の念が浮かぶ。
自分に勝てる可能性があるとすれば、動きを止めた先ほどの瞬間だったからだ。
「はぁ…」
夜間戦闘で照準が難しかったとはいえ、折角のチャンスを逃したと落胆の溜息をついた。
だが、そうもしていられない。
距離を取り、体勢を立て直した彼女は一際大きな光弾をこちらに放ってくる。
「この!」
今身を隠している木では防ぎ切れないと直感し、その場を飛ぶように離れた。
刹那、今までいた場所は爆発によって粉々になり、爆風によって生じた木片などが顔を掠めたのが分かる。
「くそっ!」
これで嫌でもわかる。
彼女はこの前の妖怪より数段強いと。
「このままではまずい…」
そう思った私は位置を変えるためすぐに走り始める。
この前の妖怪は光弾を使ってこず、近接戦闘だったが今回の敵は違う。
発射速度を見ると、彼女の放つ光弾には制限が無いか、かなり弾数に余裕があると思われる。
しかし、こちらは違う。
いつ補給できるかもわからない、手持ちの弾数が切れれば反撃手段もなくなって本当に終わりだ。
ここは闇夜に乗じて何とか逃げ切るのが賢明だろう。
「まてー!」
逃げるのを確認した彼女は追ってくるようだ。
まあ、当然だろう。
彼女からすれば私はただの獲物だ。
少し不思議な武器を持っている程度の認識かもしれない。
パンッ!パンッ!
時折振り返って月夜に照らされる彼女に向かって反撃した。
逃げ続けるだけでは狙い撃ちされるだけだ。
的を絞らせないように撃ち返すことが重要になる。
残り弾数を考えればもったいないとは思うが、出し惜しみして無駄死にしても意味はない。
彼女は暗い森の中を飛んで追うのは不利と判断したか、森の上…上空から追いかけてきていた。
「そんなのありかよ…」
と彼我の力の差、理不尽さを嘆くが今更である。
飛びながらでも彼女の攻撃は止むところを知らず、逆に勢いを増しているようにも感じた。
周囲では爆発が立て続けに起こり、着弾しているのが分かる。
まさしく、ロケットを積んだ戦闘ヘリを相手にしているかのようだ。
何とか直接の被弾は避けられているが、こちらの弾も彼女に当てるのは難しかった。
夜ということもあるが、周囲が爆発していたのではまともに狙いをつける暇さえない。
それに、相手の大きさは人間と同じ程度だ。
それが空を自由自在に飛び回っている。
相手も馬鹿ではない。
狙いを定められないよう不規則な動きをしている。
素早いドローンを夜に、月明りだけを頼りに狙うようなものだ。
走りながら弾の切れた弾倉を慣れた手つきで抜き、新しい弾倉を入れ、槓桿を引き、薬室に弾を送り込んで再装填する。
この動作も2年間の戦争で嫌というほど行い、身に染みついた。
最初はこの動作に四苦八苦したものだが、今は自然に行える。
これも、今まで生き残れた一つの要因かもしれない。
戦場で足を止めるということが如何に危険かは誰よりも理解しているつもりだ。
そして、その経験は今も確かに活きていた。
だが、闇夜の森を走り回るというのは別の危険性が伴う。
谷や岩などの障害地形に、視界の悪さから気付かないのだ。
月明かりがあっても、森の一寸先は闇である。
この時の自分も目の前の段差に気付かなかった。
「うわ!」
一歩踏み出した先に地面が無く、足がそのまま吸い込まれる。
階段の終わりだと思ったら、もう一段あったみたいな感覚だ。
そのまま胸辺りの高さまである崖に落ちる。
「いったぁ…」
いきなり落ちた為、受け身も取れず全身を叩きつけてしまった。
痛みが走り、立とうとしたが四つん這いになるのがやっとで立ち上がれない。
幸い、彼女の光弾は段差が邪魔になってこちらに届くことはない。
この崖下の斜面に張り付けば一時的には安全だと思い、這いつくばって身を寄せる。
しばらく、周囲に着弾する光弾に耐えていたが、次第に爆発が遠ざかっていくのが分かる。
数分もすると完全に爆発音は止まった。
どうやら見失ったらしい。
このまま身を隠し、彼女が立ち去るのを待つことにする。
少し余裕ができると先ほどまで戦っていた彼女の事を考えてしまう。
無尽蔵に湧き出てくるあの光弾はなんだ?
妖怪というものは皆あのようなものなのか。
それとも、これが霊夢の言っていた能力の一部か?
全くこの世界の常識は分からない。
だが、一つはっきりしたのはこの世界に自分は場違いな存在で居場所など存在しないということだ。
そう思い詰めていると―――。
バサッ
という大きな翼を羽ばたかせたような音が聞こえた。
一気に緊張感が襲ってくる。
恐る恐る、音を立てないように岩肌から顔を出して覗くと。
「うーん、どこにいったのかな…」
数十メートル離れた上空に襲ってきた彼女がいた。
まだばれていないようだ。
この状況を理解した時、私は少しの高揚感に見舞われた。
奇襲を掛けるには絶好のチャンスだと思ったからだ。
躊躇いなく射撃体勢に移る。
銃の二脚を音を立てないように静かに展開して地面に固定した。
今はゆっくり狙いをつける余裕がある。
焦らず息を整え、指を引き金に掛ける。
銃口は間違いなく、冷酷に彼女へ向けられていた。
周りは自然の音しか聞こえない。
風が通り抜け、木々や葉が擦れ合う音が支配している。
照準を定め、当たると思った刹那。
引き金に添えていた指を落とすように引き、銃弾の雷管を撃針が叩いた。
乾いた爆音とともに超音速に加速された弾丸が銃口を飛び出す。
弾丸はまっすぐ彼女へ飛んで行った。
「きゃぁ!」
悲鳴を上げて高度を落とす。
だが、木々で視界から外れる前に体勢を立て直して飛び続けた。
よく見ると脇腹を押さえている。
反応を見る限り、弾は確実に命中していた。
間髪入れずもう一発――そう思ったその時。
「―――!」
こちらを一瞥すると彼女は反転し、一気に夜空へ駆け上がる。
木々の向こうへ姿を消し、そのまま戻ってくることはなかった。
最初は距離を取られたと考えていたが、しばらく待っても戻ってこない。
ようやく、撃退できたのだと理解した。
「助かった…のか?」
森に入る時は、自暴自棄になって命など惜しくはないと思っていたのに、一度死の危機から免れると不思議と安堵する自分がいる。
自然と力が抜けると、緊張が解けたからか、疲れていたからか、寝不足だからか、抗いきれない睡魔に襲われた。
今ここが安全かどうかも考える余裕すらない。
もういいか…と半ばあきらめたように目を瞑る。
「少し休もう…」
と意識が飛びかけたが…。
「―――よ!おい!」
誰かの声がする。
どこかで聞いたことはある。
だが意識を保っていられない。
「しっかりしろ!」
身体を揺すられている。
だが、それすらどうでもよかった。
疲労に抗うことなく、深い深い眠りへと落ちて行ったのだった―――。
霊夢のところから帰った私は夜にきのこ採取に出かけていた。
今日も月明かりがよく、お目当てのきのこが次々取れる。
気付けば、持ってきていたバスケットはいっぱいになっていた。
「今日はこれぐらいで十分だな」
きのこでいっぱいになったバスケットの中を見て満足する。
目的が済んで飛びながら帰っていると、ふと思い出したのは神社にいたあいつのこと。
どうも心配でならない。
霊夢はあんな性格だから、放任してるけど…。
「ほっといたらやばいことになると思うんだよなぁ」
と独り言を呟く。
なにか確証があるわけでもないが、傍から見てた感じではとても精神的に追い詰められているような気がする。
あそこまで追い込まれた人はどんな行動に出るかわかったもんじゃない。
「うーん、とはいってもなぁ…」
霊夢の言っていた通り、特に何かしてやれるわけでもなく、名案も浮かんでこない。
魔法でなんとかしてやれるならいいんだが、そんな都合の良い魔法なんてそうそうない。
「結局は八方塞がりかぁ」
ため息交じりに背伸びをしつつ言葉を吐き出し、脱力する。
少し眠気が襲ってきてうとうとしていたら―――。
パーン!
「うわぁ!なんだ!?」
急に聞こえてきた甲高い音にびっくりする。
一瞬の出来事で、森に反響していたこともあり方角は分からない。
周囲を見渡し、音の発生源を探していると…。
パーン!
「こっちか!?」
また同じ音が聞こえてきて、凡その方角を掴んだのでそちらへ向かう。
急ぎ足で、飛んでいると先ほどの音と同時に爆発音も混じってくる。
音はどんどん大きくなってきた。
発生源に近づいている証拠だろう。
「誰かが喧嘩でもしてるのか?」
まあ、この幻想郷では珍しくもない。
たまに幻想郷全体を巻き込んだものもあるぐらいだ。
これくらいは可愛い物だろうな。
始めは驚いたが、気付けば他人の喧嘩を眺めようという野次馬根性に変わっていた。
「お?あそこか」
目の前に煙を上げる森が見えてくる。
随分と派手にやっているようだ。
しばらく遠くで眺めていたが、森の中から空へ出てくる人影が月明りに照らされる。
「あれは…ミスティア?珍しいな、これは見ものだぜ!」
思っていたより珍しい妖怪が当事者のようだ。
これまでの状況から、かなりご立腹と推察する。
あそこまで本気になっているミスティアは珍しい。
夜雀妖怪はそこまで強いわけではないが、それでもれっきとした妖怪である。
鳥目にしたり、歌で惑わしたりする能力は特筆すべきもののはずだ。
そんな彼女が苦戦するということはそこそこ強い相手なんだろうなぁと浅く考察した。
「それにしても…」
ミスティアの放つ弾幕は確認できるが、反撃してくる弾が見えない。
時折聞こえてくる甲高い破裂音のようなものがそうなのだろうが、視認は出来なかった。
ミスティアはそれに苦戦しているようで、普段ではあまり見られないような機動で飛んでいる。
「見えない弾幕ってのは厄介だろうな。これまた珍しい能力を持った奴もいるもんだ」
他人事のようだった。
実際に対岸の火事のようなものなのだから仕方ないだろう。
喧嘩が終われば、森の下に居て見えないミスティアの喧嘩相手の顔すら拝んでやろうという余裕さえあった。
まだしばらくドンパチやっていたが、甲高い音が聞こえなくなって数分。
ミスティアが攻撃を止め、動きも遅くなった。
「お?終わったか?」
これまでけたたましく響いていた騒音は鳴りを潜めて風の音だけが聞こえている。
森の木々は爆発でなぎ倒され煙を上げていた。
激しくやりあっていたのが十分にわかる光景だ。
「うわ!」
もう終わったと気を緩めていたところに、突如として先ほどの甲高い音が森へ鳴り響いた。
最初よりずっと近くで鳴り響き、警戒していなかったため、その音量に思わず耳を塞ぐ。
かのミスティアは見えない弾に当たったのか急に高度を落とす。
墜落する直前に何とか体勢を立て直したと思えば、すぐに飛び去って行ってしまった。
「なんなんだいったい…」
ミスティアが去ったことで、間違いなく喧嘩は終わったのだろう。
興味本位で最後の音がしたところを見に行ってみる。
すると、暗くて良く見えないが小さな崖の傍に一人、崖肌に背中を預けている奴が見えた。
多分、ミスティアの喧嘩相手はあいつだろう。
「なーんかどこか見たことあるような気がするんだが…」
近づくまで分からなかったが、よく見ると霊夢のところで預かってた男じゃないか。
外から来た不思議な服を着ていたから判別がついた。
「大丈夫かよ!おい!」
私はすぐに傍まで下りて行って声を掛けるが、反応はない。
これ、やばいんじゃないか?
「しっかりしろ!」
身体を揺すって起こそうとする。
少し反応があったが、見ただけで分かるほど満身創痍だ。
ただの人間が、よくここまで粘ったもんだと思う。
普通はとっくに食われて終わりだぞ…。
「ちっくしょー、あーもう仕方ねぇな!」
私はこのまま森で放っておくこともできず、男を抱えて博麗神社へ急ぐのだった―――。
「おーい、霊夢!霊夢!起きてくれよ」
「あーもううるさいわね…」
霊夢は寝室で眠っていたところを魔理沙に揺すられ目を覚まし、寝起きの声で返事をする。
目を開けるとまだ朝日も昇っておらず、夜なのが分かった。
こんな時間に起こされたことにかなり不機嫌になる。
「なんなのよこんな時間に…」
「大変なんだぜ!っておい!毛布に潜るな!」
魔理沙より今は眠気を優先したいため、無意識に毛布を頭まで被る。
反応は返すが、まだ頭は完全に覚醒しておらず、条件反射的な対応になった。
だが、そんな霊夢に対してお構いなく魔理沙は続ける。
「だから大変なんだって、外から来たあの男がいるだろ?あいつが夜中にここを抜け出してミスティアと派手にドンパチやってたんだよ!」
「はぁ?」
俄かに信じ難いことを魔理沙が口走る。
布団を剥がされたことで嫌でも目が覚めていき、仕方なく身体を起こした。
目を擦りながら霊夢は言う。
「何言ってんのよ。あんたも寝ぼけてるんじゃないの?」
「ちげーよ!とりあえず居間に寝かせてあるから来てくれって」
「んー仕方ないわね…」
ため息交じりに返事をして立ち上がる。
魔理沙に付いていき、部屋の明かりを付けるとそこにはボロボロになり、擦り傷や泥だらけの伊吹が横たわっていた。
確かに魔理沙の言っている通りらしいが…。
「ちょっと、泥ぐらい落としてから部屋に上げなさいよ…」
「す、すまん。ちょっと慌ててたからそこまで頭が回らなかったんだぜ」
「はぁ、まあいいわ。薬箱持ってきてちょうだい」
「わかった」
魔理沙に治療に必要な物を持ってこさせると慣れた手つきで手当てしていく。
擦り傷以外にも、打撲をあちこちにしていて、あざや内出血の痕が絶えなかった。
まったく、どれだけ激しくやったんだか…。
手当て自体は数十分ほどあれば終わり、部屋や道具の片づけを済ませる。
完全に眠気は吹っ飛んでしまい、そのまま寝る気も起きなかったので、伊吹を横目に魔理沙と話をすることにした。
「しかし、かなり重症ね」
「そんなにひどい怪我だったのか?」
「いや、心…精神的なものよ」
正直、彼がここまで追い詰められているとは思わなかった。
敢えて彼に元の世界の事までは聞かなかったし、これからも特に何かなければ聞くつもりはない。
ここに迷い込む人間なんて、何かしらひどい過去を持っていることが多いのだから。
だけどここまで深刻なのは見たことがない。
「そういえば、ミスティアと派手にやってたってどういうことよ」
「いやぁそれがな?」
魔理沙が起こしに来た時は横に流したが、今になって気になることを言っていたのを思い出した。
次はそのことを聞き出すことにする。
「私も途中からしか見てないんだがな? 大きな音がして、そこに行ったらミスティアと戦ってたんだよ。」
「ミスティアが一人で彷徨ってる人を襲うのは分かるけど、なんで普通の人間が妖怪と戦えるのよ…」
「それは私にもわからないんだぜ」
「なんでよ、見てきたんじゃないの?」
「いや、考えてもみろって。こいつらがやりあってたの森の中だぞ? ミスティアは空飛んでたから見えたけど、ずっと森の中にいた伊吹がどうやって戦ってたかは分からないんだぜ」
不貞腐れたように、胡坐をかいて頬杖をしながら魔理沙は言う。
どうやら、伊吹が戦っていたのを知ったのは終わった後らしい。
それで倒れてた彼を拾ってきたというのが顛末のようだ。
「ミスティアはどうしたのよ」
「飛んでどこかに行っちゃったぜ」
「止めも刺さずに?」
「いや、あの大きな音が聞こえたと思ったらバランスを崩して高度を落としてな? そのまま飛んで行っちまったんだ」
ただの人間が夜雀妖怪に勝った?
常識的に考えればありえないことだけれど…。
「さっきからその、大きな音って言うのはなんなのよ」
「それも分からん。なんかこう、破裂音みたいな感じだったぜ」
「何よ分からないことだらけじゃない」
「文句言うなよ。詳しいことはそこでぶっ倒れてるそいつに聞いてくれ」
2人とも伊吹の方を見る。
今はぐったりと眠っており、起きる様子はない。
傷だらけな状態でなかったら、ミスティアとやり合ったことなど信じなかっただろう。
「私が思うにな、そいつが大事そうに抱えてるその道具が怪しいんじゃないか?」
そう言って、彼が持っているものを指さす。
手から外そうとしても無意識なのか絶対に離さなかったのでそのまま手当てしたけど…。
そういえば確かこんなことを言っていたはず―――。
『はい、長い間こいつと共に修羅を潜ってきた…。これは私の身を守る唯一の…武器で相棒なんです』
状況証拠的にはその武器がミスティアを撃退するカギになったのは間違いない。
機会があれば"あいつ"にでも見せてみるか。
「まあ…そうかもね」
魔理沙には適当に返しておく。
ここで無駄に深堀しても仕方がない。
まずは彼をどうするか考えないと。
話は自然とその方向に傾く。
「なあ、霊夢一つ提案があるんだけどよ」
魔理沙が珍しく真剣そうな顔つきで言う。
「里にでも連れて行ったらどうだ?」
私はめんどくさそうな顔をした―――。