モルグロアの採取   作:Yaoi

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1.

 

 その頃の私は、自分のことを「人間のふりがうまい生き物」くらいに思っていた。

 

 

 パリストン=ヒルと初めてちゃんと意識して関わったのは、入学してすぐのことだった。

 

 15歳。

 同じ年齢、同じような立場の人が集まる中、

 パリストンだけが最初から完成されていた。

 

 誰に話しかけられても柔らかく笑って、相手の名前をちゃんと覚えてて、冗談も真面目な話も、ちょうどいい温度で返す。

 

 あぁ。上手いな。

 思ってもないことを良くもあそこまで完璧にとり繕える。

 

 目が合う。

 彼は他の人と楽しそうに笑ってる。

 私は鼻で笑った。

 

 ――退屈。

 

 感情が同期する。

 退屈があるだけ、まだマシだと思うけどね。

 

 

 私は自分から湧き出る感情が薄い。

 ほとんど無い。

 

 誰かの感情との同期。

 それを通して、私は感情を学んだ。

 

 

「あんた、何考えてんの?」

 

 パリストンが、こちらを振り向く。

 いつもの、人好きする笑顔。すっと血の気の無い、仕上がった仮面。

 

「……? どういう意味かな?」

 

 声のトーンも中立的優しさ。

 ――何も感じない。

 

 私は少しだけ首を傾げた。

 

「……ねぇ。私の目、見て。

 何考えてるか、教えてよ」

 

 パリストンの顔は崩れない。

 ただ、ほんの一瞬、瞳孔がすっと収縮したのが見えた。

 

 目が合う。

 

 その瞬間、感情が流れ込む。

 

――不快。嫌悪。

 

 反射的な拒絶。

 好意は、ゼロ。

 

 私はそれを味わいながら、ぼんやりと思う。

 あぁ、好きだこれ。

 

 パリストンは、少し照れたみたいに笑って、視線を逸らした。

 

「少し恥ずかしいかな。

 僕に興味持ってくれるのは嬉しいんだけど」

 

 今度は、こちらの顔を伺うように目を戻してくる。

 そこにはさっきの嫌悪はもう見えない。綺麗に上塗りされている。

 

 けど、私にはもう入ってこない。

 あれは一瞬だけ、うっかり漏れた本音だ。

 

「興味かぁ。……興味ねぇ……」

 

 口に出して自分で言ってみる。

 しっくり来ない。興味というよりは――中毒に近い。

 

 でも、わざわざ修正するほどの情熱も無いから、雑にまとめる。

 

「まぁ、どうでもいいんだけどさ」

 

 私はそこで視線を外した。

 

 その瞬間、また感情が同期する。

 

 ――少しの快感。

 

 ふっと、背筋をぞくりとした感覚が這う。

 さっきまでの嫌悪とセットで、妙にしっくりくる。

 

 ……捻れてるな、こいつ。

 

 たまに思ってたけど、確信に変わる。

 この人、嫌悪と快感が、変な繋がり方してる。

 

「勘違いだったらとても恥ずかしいんだけど、

 君って、僕のこと好きなのかな?」

 

 ――真正面から。

 照れている風もやめて、いつもの「好青年」の顔。

 

 そういう質問、普通、照れとか期待とか、何かしら漏れるでしょ。

 

 静かすぎる。

 表情も感情も、きれいに整えられていて、隙がない。

 

「……そうそう。好き好き。ちょー好き」

 

 適当に言ってみる。

 何も起きない。

 あいつは揺れないらしい。

 

 つまんないな、と立ち上がった瞬間だ。

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 

 ――警戒。

 ――恐怖。

 

 今度ははっきり、私に向けられたそれが、頭の芯に刺さる。

 あまりにも強くて、一瞬足が止まった。

 

 ……は?

 

 振り返る。

 パリストンは、変わらず、綺麗に笑っていた。

 

「僕も好きです。付き合おうか?」

 

「嫌だけど」

 

 即答すると、今度は――

 

 ――快感。

 ――恐怖。

 ――嫌悪。

 ――好意。

 

 ぐちゃぐちゃに混ざったものが、押し寄せては崩れ、押し寄せては崩れる。

 まとまりを拒むみたいに、ぐらつきながらも、確かに私に向いていた。

 

 私はそのカオスを、「美味しい」と思った。

 

 歩きながら胸の内で何度も味わい直す。

 この世界で、なによりも、彼の感情が魅力的に見えた。

 

 それでも、その日私たちは、恋人にはならなかった。

 卒業するまで、そのまま「特に親しくもないクラスメイト」で通した。

 

 

 世界が歪み始めたのは、案外早かった。

 卒業から一年ちょっと経ったあたりからだ。

 

 まず、同級生の一人が死んだ。

 事故だと言われた。ニュースにもなった。

 ブレーキの効かないトラックに突っ込まれたらしい。

 

 そんなこともあるか。

 

 次に、別の同級生の家が火事になった。

 家族全員死亡。これもニュースになった。

 漏電だったとか、何とか。

 

 まぁ、そういうこともあるよね。

 

 三人目は、旅行中の山崩れ。

 四人目は、ひったくりに刺殺。

 五人目は、飲酒運転の車に撥ねられてそのまま死亡。

 

 ――流石に多くない?

 

 顔見知り程度の奴も混ざってたから、最初は「同じ学校だから目につくんだろう」と思った。

 けれど耳に入ってくる名前が、微妙に重なる。

 

 同じクラスだった奴。

 パリストンとよく話していた奴。

 パリストンに告白して玉砕してた奴。

 

 そこで初めて、私は「そういえば」と思い出した。

 

 ――パリストン、今どこで何してるんだろう。

 

 調べようとは思わなかった。

 ただ、そのタイミングで、私の周りにも事故が降ってきた。

 

 親が事故に遭った。

 友人が、巻き込まれた。

 死にそうで死なないラインを、絶妙に踏んでくる。

 

 病院を行ったり来たりしている帰り道で、私はそいつに会った。

 

 

「偶然だね」

 

 振り返ると、そこに、学生時代と変わらない笑顔があった。

 淡い色のシャツ。よく似合うネクタイ。

 場違いなまでに爽やかな、人のいい顔。

 

「……偶然ねぇ」

 

 私は気だるげにパリストンを見上げる。

 

 病院の駐車場。

 夕暮れ。

 

 私とパリストンがいたクラス、私たち以外みんな死んだけど。

 ……そんな偶然が、あるわけがない。

 

 ――好意。

 ――不快。

 

 私が振り向いたのと同時に同期する。

 なんだその組み合わせ、と笑いそうになる。

 

「大丈夫?

 親御さん入院してるんだって?

 嫌なことって重なるよね」

 

 パリストンは、可哀想だとでも言うように顔を歪める。

 眉を下げて、目尻を柔らかくして、声を落とす。

 

 私はそれをただじっと見る。

 

 ――嬉しい。

 

 同期した。

 あまり混ざってない、雑味の少ない好意。

 

 鼻で笑う。

 

「私に、どうして欲しいの?」

 

 私は、一瞬本気でこう思った。

 

 あぁ、私の番か。

 過去を全部消してるんだ。私だけ逃れられるわけもない。

 

 パリストンは、少しだけ目を細めた。

「どうして、って?」

 

 私は、以前の彼のセリフを思い出した。

 ――僕も好きです。付き合おうか?

 記憶をなぞるように声に出す。

 

「……彼氏にでもしてあげようか?」

 

 その瞬間、

 

 ――落胆。

 ――執着。

 ――警戒。

 

 彼の顔から、笑みがスッと消えた。

 仮面をつけ直すことすら忘れたみたいな、空白。

 

 私はそれを眺めながら、続ける。

 

「それとも、私、

 あんたの為に生きてあげようか?」

 

 そこら辺の感情より、ずっと美味しい。

 それに私の能力は恐らく、こいつにとっても使えるものだろう。

 

 ――不快の中に少しの安心。

 ――嬉しさ。

 ――消えない警戒。

 

 パリストンは、今度は照れたように笑ってみせた。

 

「付き合いましょう。

 僕、学生の時から、ツィルのこと好きでしたよ」

 

「知ってた」

 

 口が勝手に動く。

 

 ――嫌悪。

 

 彼の中にあるそれが、はっきり同期した。

 分かりやすくて、笑える。

 

 目を細める。

 

「でもさぁ。

 ……好きで、嫌いで、ずっと見てたくて、……エロい事したい相手でしょ。

 私のこと、そういう目で見てるの、知ってるんだけど?」

 

 パリストンはきょとん、とした顔をした。

 

 ――混乱。

 

 遅れて、

 

 ――恥。

 ――照れ。

 

 じわじわと色が足されていく。

 私は笑う。喉の奥がくすぐったい。

 

「パリストンからは、これ初めて感じたよ」

 

 そう言った瞬間、

 

 ――好意だけが、ストレートに同期する。

 

 澄んだ水みたいに、濁りのない、真っ直ぐな好意。

 

 気味が悪い。

 

 パリストンは少しだけ目を伏せ、

 

「……ツィルのこと、もっと教えてくださいね。

 僕、彼氏ですから」

 

 綺麗に作り笑いを浮かべた。

 

 

「――って感じ。

 まぁ、口で言っても分かんないか」

 

 後日。

 彼の部屋――と言っていいのか、やたら広くて無駄に片付いた空間で、私は簡単に説明する。

 

 どういうタイミングで感情が同期するのか。

 どんな強さ・種類の感情が入りやすいか。

 どれくらい持続するか。

 

 パリストンは机に散らばる紙に、さらさらとペンを走らせながら、私の能力について、説明を始めた。

 

「超能力?」

 

「うん。その認識でほとんど合ってるよ」

 

 ペン先を止めて、こちらを見た。

 

「念っていうのは、誰にでも素質があってね。その中でもツィルは特質系だと思う」

 

「ふーん」

 

 興味がないわけじゃない。

 ただ、知識を増やしても、私自身の乾きがどうにかなるとは思えなくて、声に熱が乗らないだけだ。

 

「興味出ない?」

 

 パリストンは口元だけ笑わせて、目だけで伺ってくる。

 

「それとも理解できてないかな?」

 

 挑発の含みを嗅ぎ取って、私はため息をついた。

 

「それで、私はどうすればいいの? ってだけ」

 

 やりたいようにやればいい。

 ただ、その結果私が、より強い感情に浸れるなら、それでいい。

 

「……いいの?」

 

 ペンを机に置いて、パリストンは椅子の背にもたれた。

 目を細め、じっと私を見る。

 

「僕の好きなようにしたら、

 都合よく、ツィルに不利益なことしちゃうかもしれないよ?」

 

 ――落胆。

 

 同期したそれに、こちらの方が肩すかしを食らう。

 何を期待してたんだか。

 

「私の周り、全部消しといてよく言うよ」

 

 言って、にやりと笑った。

 

 家族も、友人も、教師も、学生時代のあれこれも。

 気づけば、私の「過去」に繋がるものは、ほとんど事故で潰されていた。

 

 犯人は考えるまでもない。

 

 パリストンは、薄く微笑んだ。

 

「僕が支えになるよ。彼氏だからね」

 

 彼氏って便利な言葉だな、とどうでもいいことを思う。

 

「……好意はあんたからで十分かな」

 

 ぽつりと言えば、彼は目を細めた。

 

「じゃあ、不快な感情をツィルがたくさん取れるような能力にしようか」

 

 楽しそうに笑う。

 その感情が、ほんの少し同期する。

 ――快感と、愉悦。

 

「……それ普通は嫌がらせだからね?」

 

 口ではそう言いながら、自分でも分かるくらい口角が上がる。

 

「だってツィルは、不快な感情、好きだよね?」

 

 パリストンは腰を浮かせ、机越しにこちらへ身を乗り出す。

 視線を絡めるように近づき、真っ直ぐ目を覗き込む。

 

 ――不快。

 ――警戒。

 ――躊躇のない、喜び。

 

 その混ざり方が、学生の時と全然変わってなくて笑えた。

 

 僕と同じで、とでも言いたいの?

 喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 

 代わりに、素直な本音をひとつだけ出す。

 

「……好き」

 

 好意なんかより、ずっと。

 体を蝕むような、おぞましい感覚。

 胃を裏返されるような嫌悪、脳の芯を掻きむしる恐怖、自己否定で全身を叩き潰されるような感覚。

 底がない感覚が、私は好きだった。

 

 

「不快な感情をもっと、一瞬だけじゃなくてさ」

 

 喉が自然と笑いを含む。

 

「追体験レベルのが欲しいな」

 

 同期じゃない。

 これは、確かに私自身の感情だ。そう思った瞬間――

 

 ――快感。

 

 パリストンの中で、それが跳ね、

 私の感情が上書きされた。

 

「……可愛いなぁ。ほんとに」

 彼はそう呟く。

 

 邪魔された気がして、私は笑みを消した。

 

「で、できるの?」

 

 パリストンは、私に合ったものを用意してくれる。

 そういった信頼だけは、不思議とあった。

 

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