モルグロアの採取   作:Yaoi

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2.

 

 パリストンの部屋。

 私は椅子を回しながら、片足で床を蹴る。

 ちょっとだけ揺れる視界の中で、彼は笑って、説明を続けた。

 

「まず、前提として。

 君の元々持っている能力は、他人の感情を一瞬、同期するもの」

 

「そうだね」

 

「それを、過去にも伸ばそう」

 

 ――かすかな期待。

 パリストン自身がこの能力に期待してる。

 

「君の言葉や行動をきっかけに、相手が思い出した不快を、君がまるごと追体験する能力にする」

 

 私は椅子の揺れを止めた。

 

「……追体験」

 

「そう。

 ただのフラッシュバックじゃない」

 

 パリストンは、ペンを指で転がしながら、さらりと続ける。

 

「匂いも、音も、色も。

 相手の感じたまま、少し誇張された形で、全部乗せで味わえる。

 相手がその感情に呑まれている間は、君もずっと一緒に沈める」

 

 パリストンは笑を貼り付けた顔で続ける。

 

「僕がツィルの為に考えた能力だ」

 

「能力を使う相手は僕が用意する。

 死ぬほど気持ち悪いものを感じれるよ」

 

「それでも、君は僕の隣で笑ってくれるよね?」

 

 ――期待

 ――独占欲の混じった好意

 ――恐怖と警戒

 

 好意だけだと好みでは無いけど、ここまで混ざればこれはこれで良さがある。

 

「お望みとあらば?」

 私は綺麗に笑みを作る。

 

 

 

 出来上がったのが、私の念能力――

 

 ■余韻採取(アフターテイスト)

 私の言葉や行動に刺激されて相手が思い出した、「過去の不快な感情」。

 それに伴う記憶を、本人と同じように追体験する能力。

 匂い、色、音、質感。

 相手の記憶の中で歪んだ世界を、そのまま私の五感に流し込む。

 

 ■制約と誓約

 明確な発動する意思を必要とする。

 相手に能力を悟られたら、強制的に中断。

 私自身が「不快」を感じそうなものにしか使えない。

 

 

 最初の実験台は、協会の職員だった。

 

 名前はどうでもいい。

 書類上の肩書きも、別に覚える必要はない。

 

 ただ、パリストンの説明だと、

「過去にちょっとしたトラウマを持っている人」らしい。

 

 本人には、能力の話はしていない。

 簡単な聞き取りだとだけ告げられて、

 小さな面談室に座っていた。

 

 狭い部屋。

 テーブルを挟んで、相手と向かい合う。

 壁の時計の音が、妙にうるさい。

 

「じゃあ、よろしくお願いしますねー」

 

 パリストンがにこやかに言って、部屋を出る。

 扉が閉まる音と同時に、外側の気配が途切れる。

 

 静けさの中で、相手の呼吸の速さがよく分かる。

 

「えっと、その……ツィルディさん、でしたっけ」

 

「別に名前とかどうでもいいよ」

 

 私は椅子に背中を預けたまま、相手を眺める。

 

 目の下に、薄いクマ。

 指先が落ち着きなく動いている。

 

 ──どこを突けば、崩れるかな。

 

 少し考えてから、口を開く。

 

「ここに来る前に、誰かに似た人を見なかった?」

 

「え?」

 

 反応速度が、分かりやすい。

 驚きと、瞬間的な警戒が走る。

 

「その似た人を見て、

 ……嫌なことでも思い出したんじゃない?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 否定の言葉と一緒に、胸の中に濁ったものが流れ込んでくる。

 

 恐怖と、羞恥と、後悔。

 

 私は、軽く笑って見せる。

 

「別に、責めてないけどね」

 

 ──ああ、引っかかった。

 

「何があったの?

 私に教えてよ」

 次の瞬間、世界がひっくり返った。

 

 

 

 床の色が変わる。

 光の質が、面談室の白から、黄色がかった薄暗さに切り替わる。

 焦げた匂いが肺の裏にへばりつく。

 

 熱い。熱い。熱い。

 耳元で叫び声が自分の骨を震わせるみたいに響く。

 

 目の前で、火の柱が立ち上がる。

 炎の中に、人の輪郭が見える。

 伸ばした手が届かない。

 脚が動かない。

 喉が張り裂けそうなのに、声が出ない。

 

 ──ああ、これか。

 

 胸を掴まれるような恐怖と、

 自分だけが逃げたような罪悪感と、

 どうしても戻れない場所への渇望。

 

 それらが、一気に私の中に流れ込む。

 

 気持ち悪い。

 吐きそう。

 最高。

 

 暗い炎の色が、瞳の裏に焼き付く。

 皮膚が焼ける感覚まで、まるごと伝わってくる。

 

 本人が感じた誇張された地獄が、そのまま私の感覚を乗っ取る。

 

 ──もっと。

 

 沈み込みたい。

 底なしの不快に、完全に飲まれたい。

 

 そう思った瞬間、

 誰かが肩を掴んだ。

 

 感覚が、ぷつりと切り替わる。

 

 熱さが消える。

 視界は面談室に戻っていた。

 

 肩に置かれた手は、パリストンのものだった。

 

「……」

 

「……」

 

 相手の職員は、テーブルに突っ伏して震えていた。

 私は、肩を掴まれたまま、しばらく瞬きを繰り返す。

 

 現実に戻ってきた、という感覚が遅れて追いついてくる。

 

 パリストンは、私を見下ろしていた。

 

 笑っていない。

 いつもの笑顔ではない。

 

 そこにある感情が、一気に私の中に雪崩れ込んだ。

 

 ――恐怖。

 ――渇望。

 ――独占欲。

 ――期待。

 全部が、不快の海を上回る勢いで押し寄せる。

 

 息が詰まった。

 

 耐えきれない、という意味じゃない。

 これはこれで、美味しい。

 

 パリストンは、掴んでいた手をゆっくり離すと、

 職員の方へ向き直った。

 

「大丈夫ですか? すみません、少しきつい質問をしてしまったかもしれませんね」

 

 声だけが、いつもの穏やかな調子に戻る。

 

 私は、背もたれに沈み込みながら、ゆっくり呼吸を整えた。

 

 胸の奥には、さっきまでの火と、

 今のパリストンの感情の残り香が、混ざって漂っている。

 

 ──これが、余韻か。

 

 私は、思わず笑ってしまった。

 

 

 能力が形になってから、パリストンは私を「仕事」に使い始めた。

 彼の要求を伝える「窓口」として、各地へ派遣される形で。

 

 表向きは、ただの連絡係。

 実際には、相手のトラウマを、感情として私が味わって、彼に伝える。

 

 

「ありがとう。

 今回のかなりよかった」

 

 私は上機嫌で書類をパリストンに渡す。

 体験して分かった中から、客観的なことだけをまとめた書類。

 

「気に入ってくれてよかった」

 パリストンはいつも通り、ニコニコと作った笑みを浮かべて受け取る。

 

 書類には、誰が、どういう状況で、どんなことをされて、どう感じていたか。

 なるべく詳細に書くように求められた。

 私の主観は挟まない。

 

「そいつ、婚約者を殺されてたよ。じっくり目の前で、少しずつ、じわじわと」

 

 私は書類には書ききれなかった「あの感じ」を、主観で、言葉にする。

 

「指先から。髪、爪。指。腕。足。胴体に目。

 時間をかけて壊されていくのを見てるだけ。

 それなのに、こいつ自分のことみたいに感じててさ。」

 

 パリストンは書類を読みながら、私の言葉に耳を傾ける。

 

 ときどき、顔を上げて私を見る。

 

 そのたび、

 

 ――不快。

 ――殺気。

 ――興奮。

 ――快感。

 

 ぐちゃぐちゃした感情が一瞬だけ向けられて、同期する。

 

 それを味わっているときの私は、きっと、誰が見ても楽しそうに笑っているんだろう。

 

「……次はどこに行けばいい?」

 

 私はゆるりと笑う。

 

「しばらくは待機です。

 僕の秘書でもしててください」

 

 パリストンも嘘っぽく笑った。

 

 利用されてるんだろうな、って自覚はある。

 でも、それでいい。

 

 パリストンは私の世界を広げてくれた。

 

 

 そんな日々が、ある程度日常になったころ。

 

 私は、廊下で呼び止められた。

 

「なぁ、ツィルディ。

 お前からパリストンに言ってくれよ」

 

 振り向くと、半眼で睨んでくるハンターが一人。

 名前はどうでもいいから覚えてない。

 顔だけは見たことがある。

 パリストンに文句を言っては、上手くいなされていたタイプだ。

 

「何を?」

 

「お前の行動は目に余るってな。

 ネテロ会長が許してるからって、調子に乗ってんなよ?

 お前もだ」

 

 ふぅん。

 

 私は興味無さげに目を逸らす。

 

「自分で言えば?

 あぁ、言いくるめられて負けるのわかってるから言えないのか」

 

「あぁそうだよ!!

 お前の言葉なら聞くだろ?

 パリストンの女って、噂回ってたぞ」

 

 パリストンの女、ね。

 

「そんな事になってるんだ?

 へぇ……」

 

 直接言われたのは初めてだったから、少しだけ新鮮だった。

 

「分かった。本人に言っとくよ」

 

 そう言って苦笑する。

 ただ、「そこまで気付けるなら、もう少し賢く動けばよかったのに」という、薄い残念さ。

 

「マジで頼むわ。

 あいつ邪魔しかしねぇんだよ」

 

 男は念を押すように言ってから、去っていった。

 

 

 もちろん、パリストンには何も報告しなかった。

 

 ただ、その男を見かけることはもう無かったし、そんな絡まれ方をすることもなくなった。

 

 

「何かした?」

 

 パリストンに聞いても、

 

「何のこと?」

 

 と、いつも通り笑うだけ。

 

 ――寂しさを打ち消すように、嫉妬。

 

 そんな感情がちらっと同期したから、私はつい口を滑らせる。

「私に絡む男、全員消すつもり?」

 

「ツィルは、僕のでしょう?」

 淡々と、にこやかに、パリストンはそう返す。

 

「私は、私好みの感情が得られるなら誰でもいいよ」

 

「じゃあ、やっぱり僕しかいないですね」

 

 ――安心と不安。

 ――そして消えない警戒。

 

 パリストンは、私をずっと警戒している。

 

 別に殺しはしないのに。

 ただ、パリストンが死ねば、私は自分の感情に出会えるんじゃないかと、期待してるだけだ。

 

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