ムゥダンさんの戦闘を書くのに、一体何話使う事になるんでしょうか。話の進みの遅さにガクブルしてる鈴木です。
「メリアさんって、褒めるのが上手いわね。それも能力があるから?」
「そうとも言えますし、違うとも言えますねえ。お姉さんは、心を盗み聞きしているだけです。なので貴方たちの良さが分かるのは、貴方たちが互いに思い合っているからこそです。素敵な兄妹ですねえ。血の繋がった家族同士の、禁断のネチョネチョっ!ああっ、お姉さん興奮して来ました!!!」
「ネモをそんな目で見た事は、一度もないよっ!妹に恋愛感情なんて、ある訳ないだろ!!——あ痛ぁっ!?」
「ふんっ」
夢淫魔の女性、メリアは彼らを尊い物を眺めるように暖かな視線を送る。それは次第に血走り、うっとりとトリップし、鼻息が荒くなる。
とんでもない事を口走る彼女へ、フグリは即座に訂正を入れた。その瞬間、足の小指の第二関節辺りへ、彼のブーツ越しに踵を捩じ込んだネモ。妹が何故こんな蛮行に及んだのか、兄には全く理解できなかった。
「お二人だけではありませんよ。お仲間の
ネモの背筋が凍った。仲間の事もバレていた。思い返せば自分は、別行動をしている彼らを心のどこかでずっと心配していた。そのせいで心を読む難敵に、存在を知られてしまった。
自責の念に駆られる彼女。その間にも喋り続ける敵の言葉は耳に入らず、心が次第に沈んでいくのを感じた。
「待った!」
妹の心に巣食う暗雲を晴らすのは、兄の理知的で鋭い声だ。いや、言う程鋭くはない。彼の声色は上ずっている。右足を押さえて、涙目で震えている。
「ねえネモ、めちゃくちゃ痛いんだけど。これ、折れてないかな?」
「ごめんなさい。つい、本気で踏んじゃったわ」
「僕、踏まれるような事した!?」
「うるさいな!お兄ちゃんは、知らなくてもいい事なのっ!!!」
「ぐはあっ!?」
左足も粉砕された兄が、情けない悲鳴を上げる。弛緩した空気の中、妹の回復魔法によって傷を癒した彼は、ニヤニヤした笑いを向ける敵へと懐疑的な視線をぶつけた。
「ねえ。どうしてメリアさんは、フラン君を渾名で呼ばないんだい?僕たちは、彼をフラン君と認識しているよ。心を読んでいる筈なのに、おかしくないかな?」
「お姉さんは、礼儀を大切にしたいんですよ。会った事もない人を、渾名で呼ぶような事はしません。彼はここを治める領主の弟君です。本名なんて、調査任務の為に、下調べしてますから分かりますよ。フグリ君は、お姉さんのどこをおかしいと思ったのですか?」
青年の一世一代の揺さぶりを、メリアはいとも簡単に躱してしまう。変わらず、薄気味悪く微笑む彼女。その雰囲気からは、勝ち誇った余裕が見て取れる。そして、フグリの一言によって、その佇まいは大きく崩された。
「ふーん。ならどうして、もう一人は渾名で呼ぶのかな?」
「えっ、もう一人……?」
「ああ、そっか!リラって、あいつの本名じゃないわ!!」
突然の彼の問いかけに、意表を突かれた彼女はオウム返しする事しかできない。兄の言葉を理解したネモが、声を上げて立ち上がる。少女の発言によって、青年の意図を理解したメリアが緩い笑顔を戻して答えた。
「ああ、成程。お仲間の女の子をリラちゃんと呼ぶから、おかしいと思ったんですね。村の事は調べましたが、外からやって来る冒険者の方たちへは、手が及びませんよ。なのでお姉さんは、君たちの心を読んで彼女の事を知りました。リラちゃんの本名なんて、お姉さんは知りようがないんですよ」
「いいえ、メリアさん。それは有り得ないの」
「その通り。だって僕は、「ヘタレコミュ障のお兄ちゃんが、女の子を渾名で呼べる訳ないじゃない!もちろん、心の中ででもねっ!!」お兄ちゃん、泣いちゃうよ……?」
メリアの嘘を暴こうとした青年の言葉は、妹の高らかな声によって遮られる。彼は言葉の代わりに、涙が押し出された。
「そうですか。フグリ君は、リラちゃんを本名で呼ぶんですね。ですが、それは現実でのお話でしょう?お姉さんには、『あの子』とか『あいつ』だとか聞こえています。君の彼女の事を考える心は、照れと言うノイズが入っていて読みにくいんです。その点ネモちゃんは、素直に彼女を『リラ』と呼ぶ物ですから、お姉さんはそれが本名だと思ったんですよ」
メリア・アルストロは、確かに心を読む能力など持ってはいない。しかし国から【夢幻】の二つ名を与えられ、大佐にまで上り詰めた実力は本物なのだ。無軌道な話術で全てを煙に巻き、周囲が気付いた時には、あらゆる物事が彼女に有利な方向に運ぶ。沈黙は金、雄弁は銀と言うが、彼女の無限にして夢幻の銀を前にしては、多少の金の輝きなど霞んでしまう。
穏やかな笑みで兄妹を見詰める彼女だが、その裏で思考は高速回転を続ける。嘘偽りなく、ハリボテの能力を印象付ける方法を模索する。
「まあ、ライラックさんの名前なんて、どうでもいいんだけどね」
「「へぇ……っ?」」
だからこそ、簡単に梯子を外したフグリに虚を突かれた。兄の策の根幹が、少女の本名にあると思っていた妹も、敵と一緒に呆けた声が漏れる。
「呼び方なんて、僕たちの心次第でどうにでも変わるからね。そこを突いたって、はぐらかされるのは目に見えてるよ。だけど、メリアさん。君の言葉には、そんな事じゃどうにもならないムジュンがあるっ!!」
話のペースを握ったフグリは、ニヤリと悪い笑顔を浮かべて、相手へ指を突きつけた。
「妖精王……だと?」
「ああ。確かにそう名乗ったのだが、聞こえなかったか?」
地下遺跡の大広間に、突如現われた人外の存在。悠然と佇むソレを見て、信じられないといった様子で、一言一句を確かめるように言葉を吐き出すムゥダン。彼女に向き直ったトゥビランギーは、その発言を肯定しつつ身体からマナを溢れさせる。背後に漂う、四色のマナで作られるオーラ。それぞれが混じり合い輝くそれらは、フランクリーが持つ杖の宝石たちと同じ色合いだ。
「お前たちは、そこで休んでいるといい。暫くは時間を稼いでやろう」
「お前でも、倒せねえ相手なのか……?」
「馬鹿を言え。この様な不完全な召喚でなければ、一蹴する事も容易いわ」
少年の探るような問いかけを、鼻で笑って答えた妖精王。彼、或いは彼女の言葉を、ムゥダンは侮りや挑発と受け取る事はできなかった。それ程の莫大な存在感が、ソレからは溢れている。
「では、行くぞ。私に倒されてくれるなよ?それでは此奴らが始めた物語として、つまらなくなるからな」
散歩でもするような気軽さで、一歩また一歩と敵へ歩み寄る。距離が近づくに連れ、拳法の構えを取るムゥダンの緊張感が極限にまで高まる。彼女の射程圏内に獲物が入った瞬間、拳が放たれた。
「疾ッッ!!」
音よりも早い正拳突き。妖精王の顔面を突き抜けた拳を見て、少年少女は息を呑む。技を撃ったムゥダンは苦い顔を浮かべ、王の表情は変わらない。
「ふむ。対面すると、より見え辛いな」
王の腹部より僅か数cm。そこにある空間が、ひび割れている。よく見ると、ムゥダンの腕を覆う、王の顔より少し前の空間も歪んで見える。
「なんて硬い結界……!いつの間に魔法を!?」
「この程度、
王の唇が動く。目にも止まらぬ速さにより紡がれるは、超圧縮された厳かな呪文。
「【ザントシュトゥルム】……これで気を辿れぬ此奴らも、目で見えるようになるだろう」
魔法名を告げた途端、俄に大広間を覆う砂嵐が吹き荒れた。魔法により生み出された砂粒はムゥダンの腕を通り抜け、何もない筈の所で弾かれる。砂が纏わり付くその形は、まるで人の腕のようだ。
「ええっ!?幻影の魔法!ムゥダンさんったら、いつの間に詠唱してたの!?」
「戯け。魔法など使わなくても、欺く方法などいくらでもあるわ」
声を荒らげて驚くライラックを窘める王。切り札の一つを失ったムゥダンは、観念して幻影を解いた。彼女の本当の腕が見えるようになり、橄欖石のような鱗がびっしりと覆っている。
「あちゃあ、見破られちゃいましたか」
「これを見抜けなくては、此奴らに勝利はないからな。悪いが、暴かせてもらったぞ」
「謝る事はありませんよ。この幻影拳が封じられたとて、私の拳全てが攻略された訳ではない」
「だろうなあ。未だ、勝率は1割も出来てはいないだろう。だが、それでこそ観戦のしがいがあると言う物」
喉を鳴らして、余裕たっぷりに下がる王。戻って来たソレへ、声をかける少女。
「ねえ、トゥビランギーさん。結局、ムゥダンさんったら、何をしてたの?」
「ん、分からないか?光の三原色だ」
「??」
「あー……。アレだ。3色の光の屈折率を利用してだな?」
「???」
「もういい。オーラや身体特徴を活用した、幻影の魔法のような物だ」
「そうなんだ!ムゥダンさんったら、魔法使いだったんだね!!」
ムゥダンの身体を覆う、蒼い闘気、紅い龍氣、そして翠の鱗。交錯する3つの色を合わせ、その濃淡を調整する事で、実体を隠し幻影を作り出していた。
納得がいって、手の平に逆の拳を置いた少女。説明しようとも話が伝わらず、王は頭が痛そうにため息をついた。満足そうに頷く彼女を無視して、隣に立つ少年を見下ろす。
「な……、なんだよ。あいつが魔法使いじゃない、って事は分かるぞ」
「はぁ……。我が盟友は、こいつと同レベルか……」
やれやれと、肩を竦めて首を振る妖精王。少年の蟀谷に青筋が浮かぶ。後に彼は、「生涯で一番腹が立ったのは、頭の出来でリラと同格扱いされたあの時だ」と語った。