「お姉さんの発言にムジュンがあると?おかしな事を言いますねえ。インマゾク、嘘つかない。そもそも、変な事を言っていたなら、その時に訂正してくれればよかったのに。今の状況では、フグリ君が、苦し紛れにお姉さんを言いくるめようとしているようにしか見えませんよ?」
メリアは微笑む裏で、脳細胞を総動員して過去の発言を検索する。だが、その中に違和感など感じる事はなかった。並べ立てた言葉の整合性は取れていて、彼女の知識や常識と比べておかしな点は見受けられない。自身の発言を洗い直した彼女は、余裕を持ってフグリの言葉を待つ。
「ならさ。メリアさんは、僕たちの事を褒めてたよね?」
「ええ。4人ともが、素晴らしい才能をお持ちですよ。それがどうかしましたか?」
「その中に、とっておきのムジュンがあったのさ!」
自信たっぷりに声を上げるフグリ。彼の表情は精悍だが、やや悪どい笑みを浮かべている。
「君はネモの事を、かなり高く評価していたよね?」
「ネモさんですか?そうですね。オーガス由来の生命力に加えて、扉越しにお姉さんを探っていた時の冷静さ。神官としては、どちらも大切になるでしょう?あと、ツンデレお兄ちゃんっ子って所も、お姉さん的には高ポイントです」
「ッ!?」
彼に答えたメリアが、つらつらと言葉を並べる。思わぬ流れ弾に撃たれたネモが、紅茶を吹き出した。
「あらら、何してるのさ」
「ありがとう……。あれ?お兄ちゃん、聞こえてなかった?」
「いや。ちょっと考え事してたけど、ちゃんと聞いてたよ」
「そう。聞いてなかったのね。よかったわ」
「あれ?言葉が通じてない?」
激しく咳き込みながら、兄に渡されたハンカチで口周りを拭う。その後、気まずそうに彼に尋ねると、その答えに安心した様子のネモ。妹の意図が分からず、フグリは首を傾げた。
「メリアさんの国ではネモが生きやすいんじゃないかって言ってたけど、そうじゃないんだ」
「ほう。お姉さんは嘘をつきませんよ?蛮族が治める国という事で、人族は不安になるかもしれませんが、ヤリスは種族で差を付けず全てを受け入れます。人族社会のような種族差別はないので、ご安心を」
「うん。メリアさんが言うなら、そうなんだろうね。だけどね、ネモを見てオーガス差別と結び付けるのがおかしいんだ」
「ま……、まさか……!」
たじろぐメリアに対して、彼は指を突き付けて続けた。
「ネモはオーガス差別なんて、受けた事はないっ!!」
「なっ!?なんですってえ!!!」
言い切ったフグリ。彼から放たれる謎の圧力に、髪を揺らして仰け反るメリア。話題の渦中にいるネモはと言うと。
(何だこのノリ……)
一人だけ着いて行けず、冷めた目で彼らを見ていた。
「でっ!ですが、それがどうしたと言うのです!?ネモさんがそうでなかったとしても、オーガスが人族の中では迫害されやすいのは常識でしょう!?お姉さんは一般論を語ったに過ぎません!」
「いいや!他ならぬメリアさんだからこそ、それを言ったのはおかしいんだ!!本当にネモの欲望が聞こえていたなら、まずは普通のオーガスと違う事に違和感を感じる筈じゃないのかい!!!」
「ええと、お兄ちゃん。ならどうして、メリアさんは私たちの思考を読めたって言うの?」
ノリノリの茶番を続ける彼らを放っておくと、いつまで経っても本題に入れないだろう。そう考えて、ネモは仕方なく兄へ話を振った。
「簡単な事さ。彼女は僕たちの声を聞いていたからだよ」
「……それなら、メリアさんの言う通り、心が読めるって事じゃないの?」
勿体ぶった兄の言い方にイラッとしたが、それを押さえ込んで先を促す。
「違うよ、ネモ。彼女は、心の声なんて聞こえちゃいない。ただ、この部屋に入る前にしていた、僕たちの打ち合わせを聞いてただけなんだ」
「えっと……。つまり、この人の能力って」
「そう。彼女は単純に耳がいいだけ。僕たちは、与えてしまった前情報と、長台詞に紛れた思考誘導に惑わされていただけだ。そうだろ!メリアさん!!」
悪辣な笑みと共に白い歯を見せて、フグリはメリアへ問いかける。返答の代わりに向けられたのは、喉を鳴らした不気味な嘲笑。
「40点です。それでは推論の域を出ていませんよ、フグリ君。議論をするなら、もっとお姉さんがボロを出すように鎌をかける事もしないといけません。情報収集をネモちゃんに任せすぎです」
「それに関しては、努力するよ。けど今回に関しては、これで充分だと思わないかい?」
メリアの言葉に答えながら、フグリはメイスを握って立ち上がる。
「もう一つ思ったんだ。メリアさんには、戦う力はないんじゃないかってね!だから僕たちを惑わして、休戦を選ばせたんだ!!」
「ええ、その通りです。お姉さんには、直接的な戦闘力はありません」
鈍器を振りかぶる青年を、メリアは怯える事なく微笑みを以て迎える。そして、指を弾く軽い破裂音がした。
「がっ……!?」
「これ……は……?」
「ですが後方支援なら、かなり得意なんですよ?」
机の上に、勢いよく頬を打ち付けた青年。座ったままの姿勢で、目を見開いた少女。メリアの指の音を合図に、兄妹の身体は弛緩し、強い痺れを覚えた。
「これは……、毒か……っ!?」
「ダメね。私も動けそうにないわ……」
「ネモちゃんにも効いてよかったです。正直、ちゃんと麻痺が作用するか、ヒヤヒヤしてましたから。ああ、命に関わるような物ではないのでご安心を。
まさに悪魔のような笑みを浮かべて、青年の背筋を指でなぞるメリア。痺れて動けない身体だと言うのに、彼は高い喘ぎ声を上げて仰け反った。彼の妹は、その一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きも忘れて食い入るように見詰める。
メリア・アルストロの本当の能力は異常聴覚。地下も含めた遺跡内、そして蛮族と人族が入り乱れる戦場。彼女はその全ての音を耳に入れ、聞き分ける事ができる。さらに、それらの情報を整理して戦況を俯瞰し指示を出す、軍師としての才能。それが彼女の上司であるムゥダンが惚れ込んだ力だ。
夢幻の口数による交渉能力。指揮官として采配。さらに、メリアには高位の薬師としての技能がある。後方支援特化。それが彼女の真の力だ。
「ふふふ、可愛い声で啼くんですねえ。ますますお持ち帰りしたくなっちゃうじゃあないですかあッ!!!」
「ひっ!?やめ……!ひゃあっん!?」
「いいぞ……、もっとやれ……っ!!」
指をわきわきさせ兄妹、というかフグリへ見せつけたメリアは、そのすぐ後に彼を擽り始めた。
ゾクゾクした悪寒が全身を駆け抜け、生娘のような悲鳴と共に身を捩る青年。ネモは気怠い身体に鞭打って、サムズアップした拳を掲げた。
「このっ!身体は動かなくても、やりようはあるんだよ!!」
猛獣のような2人分の視線を受けて泣きそうになりながらも、彼は呪術を行使する。
「詠唱はさせません!!さあ!お姉さんに、可愛らしい声を聞かせなさい!!!」
「そうよ!お兄ちゃん!!抵抗は無駄よっ!!!」
「ネモはどっちの味方だーーーっ!!!」
「メリアさんっ!!!!」
断言した妹の発言を受けて、ついに兄の涙腺の防波堤は決壊する。全身を這い回るメリアの手。内腿、脇腹、胸板、首筋、ブーツを脱がされ足裏まで。敏感な箇所をピンポイントで刺激され、彼の情けない悲鳴が止まる事はない。そんな中でも、彼の身体から魂が抜け出した。
「そんなっ!?詠唱なしで!!!」
「お兄ちゃん!?ズルは駄目よ!!」
『そう言えば、ネモにも言ってなかったっけ?【アストラ・プロジェク】は、幽体離脱をするんじゃない!肉体と魂との繋がりを切り離す呪術さ!僕は最初から、魂の状態で身体を操っていたんだ!!』
浮き上がったフグリの魂。好き勝手やってくれた淫魔に鉄槌を下すべく、新たな呪術を詠唱する。
「しっ!?しまったあああ!!!」
『【狂乱の時!騒げや踊れ!!】——』
「メリアさん!今までも感じてたって事は、お兄ちゃんの性感はリンクしてるわっ!!」
「そうです!お姉さんはまだ、諦めないっ!!」
『【ポルター】えっ!?きゃあああああっ!?』
あと一歩で浮遊霊を操る呪術が完成しようとしたその時、ネモの一声によってメリアの腕が素早く動く!ズボンの内側に彼女の手が滑り込み、ナニかを握る動作をする!!メリアの手首が、上下にいやらしく蠢く!!!するとフグリは、顔を真っ赤にして蹲ってしまった!?
「は?『きゃあ』って、お兄ちゃん可愛すぎない?クソッ!身体が動けば、直接ブチ犯してやるのに……っ!!」
『待って!それやだ!?やめてよおっ!!』
「イヤイヤ言って、身体はとっても正直じゃないですかあ?こんなにお姉さんの手を、ヌルヌルにしちゃって。昏睡プレイで相手の反応が見れるなんて、新鮮でいいですねえ。それ、自分以外にもかけられませんか?今度ムゥダンさんにも、してあげて下さい」
ズボンの中から響く謎の水音。それに合わせてフグリは、身体も魂も身を捩って悶える。あられもない兄の姿を、ネモは血走った目で観察し、身動き出来ない事を本当に本当に悔しがった。
このままでは、2頭の猛獣を相手に、自分は為す術もなく蹂躙されてしまう。と言うか、何故妹は敵を目の前にして、酷い悪ノリを続いているんだろう?
フグリは現実逃避気味な思考の果てに、ある解決策を思い付く。
『うおおおっ!!ネモ!合体だあああああっ!?』
「合体!?まだ日が高いのに!!お兄ちゃんだけど、愛さえあれば関係ないよねっ!!!」
飛び込んで来る兄の魂!妹はそれを、愛を持って迎え入れる!!フグリの剣幕に驚いたメリアは、身体を硬直させてその様子を見やる。
『兄と妹の2つの道が!』
「捻って交わる兄妹愛!!」
『今日の敵で運命を砕く!』
「明日の恋をこの手で掴む!!」
『僕を!!』「私を!!」
『「誰だと思っていやがるっ!!!」』
兄の魂を取り込んだ妹の身体。髪は黒の中に緑が混じる!優しげかつ極度の変態性を兼ね備えた黄金のタレ目に、理知的な光が宿る!青年のトレードマークである眼鏡のレンズは、妹の強膜のような黒色となり、まるでサングラスのようだ!!2人が1人となり、生まれ変わったその姿は兄でも妹でもない。その名は——!!!
『「憑依合体!!フグリネモ!!!」』
「フグリネモ!?一体、あなたは……!?」
『「これこそが、僕の切り札!強制憑依だ!!ネモは眠った!!!もういない!!!!」』
フグリの最強にして最凶の能力、強制憑依!
【アストラ・プロジェク】によって浮き出た彼の魂が他者へ乗り移る事により、対象を意のままに操る!!それによって生まれた合体戦士の力は、2人の合計!!オーガスの無尽蔵の生命力を手に入れた彼は、麻痺毒などものともせずに立ち上がる!!!
『「これで!!終わりだああああっ!!!」』
「そんな!?お姉さんの麻痺毒が!麻痺毒があああああっ!?」
合体戦士フグリネモは、敵の眼前に立つと腕を振りかぶる!!メリアは引き絞られるその拳を見て、巨大でイカついドリルを幻視した。
『「【ギガ・コブシ・】——」』
「あと少しあれば、フグリ君のイキ顔を鑑賞できた物をおおおおおおおおっ!!!」
『「【ブレイ】——あれっ……?」』
放たれた拳は、メリアの眼前で止まった。フグリネモが必死で腕を押し出そうとするが、まるで金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。
『「…分…っ……る!」』
「はえ……?」
涙と鼻水を垂れ流したメリアが、プルプル震えるフグリネモをおっかなびっくり見上げた。
『「3分間待ってやる!!!」』
「お姉さん、許された!?」
ぎこちない動作で、拳を引き戻したフグリネモ。合体戦士フグリネモ、と言うか意識と身体の操作権利を取り戻したネモの叫び声によって、メリアは弾かれたように動き出した。
『「ちょっとネモ!?何で、憑依してるのに起きてるんだよ!!」』
『「兄妹の一線を超えた私に、不可能なんてないわっ!さあっ、メリアさん!お兄ちゃんは抑えておくから、早くっ!!」』
「分かりましたっ!カモーンっ!触手ちゃーんっ!!」
『「やめてえええっ!!」』『「やれえええええっ!!!!!」』
1人の身体に2つの魂。まるで1人芝居のようになっているフグリネモは、かなり滑稽な姿を晒している。その最中にも、メリアが呼び出した触手が、意識のないフグリの身体へ襲いかかる!!
彼は妹の身体から脱出しようとするが、彼女の全力の妨害もあって、それは叶わない。青年の必死の抗議も虚しく、その肉体は触手と淫魔に蹂躙され尽くすのだった。
「しくしくしく……。もう、お婿に行けないよお……」
「大丈夫よ。なら、私が嫁に貰ってやるわ」
「せめて婿にしてえっ!?」
身体中へ、それも外側も内側も。淫魔の手により、快楽の暴力を一身に受けたフグリ。ボロボロのマントにくるまって、生まれたままの姿を隠す彼は、非常に哀愁を誘った。
その傍らには、ネモに殴られて目を回すメリアが、満足そうに気絶している。敵を単身で倒した妹はと言うと、強奪した魔導具を口元に当てていた。そして、さめざめと泣く兄へ振り返る。
「さあ。こんな戦いは、終わらせちゃいましょう」
その笑顔は、とってもホクホク顔だった。
お疲れ様です!鈴木です!!
熾烈な頭脳戦を書いてた筈なのに、いつの間にかギャグと下ネタまみれになっていました。家出したシリアスさんは、次回までに捕まえておきます。