「何言ってんだ……お前……?お……、おい、リラ……。返事してやれよ……」
死にかけの芋虫のような緩慢な動きで、ピクリともしないライラックへ這い寄るフランクリー。生まれた疑惑は拭い切れず、徐々に声が震えて視界はぼやける。
「無駄です。頚椎を砕きました。即死ですよ」
「黙れえっ!お前には聞いてねえんだよ!!」
感情を出さぬよう、淡々と告げるムゥダン。彼女の言葉を大声で遮り、少年はゆっくりと少女へ近づく。信じられない。信じたくない。だと言うのに、相手が嘘を言っているようには聞こえない。
「何とか言えよ……!目ぇ開けやがれ!!リラぁぁああああっ!!!」
「甘ったれるな!フランクリー!!動けるのは、お前だけなのだ!この期に及んで、気絶した小娘に頼る気か!?」
「うるせえよ!それどころじゃ……。は?気絶……?」
「うむ。気絶だ。まさか、死んだとでも思ったのか?」
妖精王の叱咤に怒りを混じえて答えた少年だが、徐々にその声が小さくなる。呆れた目で彼を見た王が、一つ咳払いをして続ける。
「見ろ!美女だらけのパーティが大冒険をしているぞ!?」
「ええっ!?どこどこっ!!?」
声を張り上げた王。それを合図に、ライラックが飛び起きて辺りを見回す。その光景に少年は呆然とし、ムゥダンは驚愕せざるを得ない。
「有り得ないっ!?確かに、首の骨を折った筈だ!!」
「有り得ないと言えば、有り得ないなあ……。こんな言葉で、本当に目覚めるとは」
「ははっ……!何だよ、心配させやがって!!」
三者三葉の反応で、未だにいもしない美女を探す少女を見やる。そんな彼女は、突如としてへたり込んでしまった。
「痛たたっ!?何これぇ!動けないぃぃ……っ!!」
「無理はするな。直撃を避けたとは言え、急所に痛打を貰ったのは変わらんのだからな」
「直撃を避けた……?身動きできない空中で、私の攻撃を?」
「ああ。此奴を見て、気付く事はないか?ヒントは、右目だ」
王が指差すそこには何もない。強いて言うならば、くりくりした翡翠色の目に涙が浮かんでいる事くらいだ。
「あれ……?リラ、お前魔導具はどうしたんだ?」
「あっ!まさか……っ!?」
「そうだ。やっと気付いたか」
その瞬間は、視界を封じられているムゥダンはもちろん、起き上がろうとしていたフランクリーも見る事ができなかった。それは、少し離れた位置にいた妖精王のみが視認できた。
ムゥダンがライラックの首筋へ、鞭のような裏拳を放とうとしたその一瞬前。予備動作の段階で、少女は照準器の魔導具を解除し、小ぶりな魔水晶に戻していた。
「【INSECT SITE】」
口の中で転がす小声で告げる。僅かに漏れる少女の呟きを、風を切る火球の音が掻き消す。火球の高熱が、魔導技術によるマナの気配を有耶無耶にする。再構成された魔導具は、瞬時に少女の首筋を覆った。
目に装着しなければ、本来の効果は発揮できない。しかし、【INSECT SITE】は無数のレンズが集まって出来る魔導具だ。それが猛将の拳の威力を分散させ、命を繋ぎ止めたのであった。
だがその代償に、これでまた1つの魔水晶がライラックの手元から失われた。残る水晶は、両手足の4つずつだ。
「何はともあれ、生きていて何よりです。ですが、これ以上戦えるのですか?」
水晶が残っているからと言って、少女が戦えるとは限らない。浴び続けた龍氣と、身体へのダメージで、彼女は既に限界を迎えている。
「もちろん!元気ピンピンだよっ……!!」
言葉とは裏腹に、指先が微かに動くばかりだ。大粒の汗を流して、顔色は真っ青になっている。
「クソっ!動け!!動いてよお……!」
「精神だけで意識を保っているようですね。無理に動かないほうがいい」
「大丈夫だぜ、リラ。後はオレに任せろ!」
「嫌だ!こんな所で倒れてたら、かっこいい冒険者になれないんだ……っ!!!」
1人で敵へ立ち向かおうとするフランクリーの背を見て、悔しくて涙を流す少女。言う事を聞かない身体へ力を込めて、無理矢理に動かす。その中で、この場にはいない筈の仲間の声を聞いた。
『あー、テステス。これ、本当に動いてるのかしら?』
それはメリアから奪った魔導具により拡張されたネモの言葉。彼女はこの地下にも、未だ続く人族と蛮族の戦場にも声を届ける。
『こっちはやったわよ。リラ、あんたはどう?また無茶なんてしてないでしょうね?』
「あはは、無茶は結構してるかも……」
返事は聞こえない事は分かってはいるが、少女はつい答えた。ネモの声は自信に溢れていて、そして優しげで、聞く者を安心させる。
『フラン、あいつが無茶してたら止めてあげてね』
「おいおい、それこそ無茶ってやつだろ」
『いや、それは出来そうにないか。止めるのが難しかったら、一緒に冒険してあげて』
「ああ!それなら、何とか出来そうだぜ!」
力強く答える少年。彼は少女のほうへ振り向くと、ボロボロの手袋を外して、手を差し出した。
「えへへ、友達の握手だねっ!」
「ああ!勝とうぜ、リラっ!!」
「こんな声援にもなっていない声で……。いや!この声はまさか……っ!」
その手を掴み、少女が笑う。2人の様子に感心していたムゥダンだが、ネモの能力に思い至り驚愕を顕にする。
『さあ!待たせたわね!!私の歌を聞けーーーっ!!!』
「歌!やはりそうか!!」
その上昇率は、術者の対象への思いと、対象の術者への思いの相互作用によって決定される。つまり、ムゥダンが感じている高揚感よりも、遥かに少年少女の力が湧いているのだ。
『ぼ〜けん♪ぼ〜けん♪ぼ〜けんだ〜♪』
どこか滑稽で、然して勇壮な旋律。それを力に変え、少女は立ち上がる!
手に持つは一振りの安っぽいダガーのみ。脚は震え、全身がズタボロだ。少年に手を貸されなければ、風でも吹けば倒れそうだと言うのに、ムゥダンからは絵物語の英雄のように見えた。
「ああ、メリアは倒されてしまいましたか。そしてこの土壇場での、吟遊詩人による支援。貴女たちには、本当に驚かされるなあ」
朗らかに笑うムゥダン。美しい紅髪からは三つ編みが解け、人民服のような衣装には焦げ跡が目立つ。左脚は使い物にならず、腱が切れ関節が外れた左腕はだらりと垂れ下がる。視界を阻むトリモチも未だ外れない。蒼と紅の気も、鋼鉄よりも硬い鱗も消え失せている。
それでも残る手足で構えを取り、敵を迎え撃つ意志を示す!
「ヤリス共和国軍、中将。【虹龍拳】の
「ムラーノ辺境伯が弟、フランクリー・スカーレット!!」
「冒険者、ライラック・シリンガー!!いくよ、ムゥダンさん!最後の勝負だっ!!!」
それぞれが敬意を込めて名乗り出る。そして、ライラックの手足のアクセサリーに付けられた魔水晶が輝きを帯びる。
「【CREATE WEAPON】!これがあたいの最後の魔法!!」
4つもの魔水晶が合わさり、少女の残る全てのマナが注ぎ込まれる。完成した武器は、フランクリーにとっても見慣れた代物。
「お前、これって……」
「うん!やっぱり、フランが使ってる所、見たかったんだっ!!」
それは巨大にして無骨な突撃槍。高い筋力を持つドワーフ族と言えども並の者では扱いにくい代物を、少年は片手で持ち上げた。
「へへっ。お姉様も、力を貸してくれてるみたいだぜ!」
この戦いにて、最後まで残っているのはフランクリーのみだが、彼は多くの者に助けられてここに立っている。
作戦を立てたサンブリテニア。道を切り開いたオリーブ。今なお戦い続ける村人たち。彼らと自分たちへ声援を送るネモ。彼女を手助けしたフグリ。戦いの行く末を見守るトゥビランギー。敵ながら尊敬を持って戦うムゥダン。そして、この武器を自分に託したライラック。
みんなの思いを力に変えて、少年は槍を振りかぶる!!
「行っけええええええええッッッ!!」
「来なさいッッ!!」
剛腕を以て放たれた槍を、ムゥダンが迎え撃つ!
受け止めれば只では済まない。しかし、彼女の真価は腕力ではなく技術にこそある。
「やああああっ!」
先ずは、地を揺るがす踏み込み。槍の線に添わせて、右腕が滑らかに動く。円のような軌跡を描き、圧倒的な物量と威力を誇る投擲を頭上へ受け流した!
宙へ投げ出された突撃槍が、淡い光と共に形を崩す。
「時間差での命令追加……!本当に、貴女はどこまで!!」
ムゥダンは少女の溢れんばかりの才能を、冷や汗と笑いを以て賞賛した。
槍は大質量のトリモチへと変化し、頭上から降り注ぐ!
片足を激しく負傷したこの身体では、回避は不可能だ。彼女はそう判断し、無事な右腕を守る為に屈む。
「行くぞおっ!!」
相手が防御行動を取る中、少年が駆ける。右手に握るのは、妖精王が使用していた黒鉄の棒。長さ50cm程度のソレでは、2人のリーチの差を考えると互角と言ったところ。
「ええ。決着の時だッ!!!」
トリモチ塗れになり、右脚も使用不可能になるムゥダン。しかし、右腕とその可動域は守り通した。
彼女の拳から鮮やかなオーラが生じ、虹色に輝く!!
「お前っ!まだそんな力を!?」
「構わず進め!!盟友よ、その手に握る物の力を信じろ!お前が成したい事への思いを込めろ!!!」
思わず足を止めた少年の背を、妖精王の声が後押しする。
再び地を強く蹴り、少年は疾駆する!
「蛮族の猛将よ。お前は暗器と思い、そして杖と訂正したな。だが、どちらも違う!」
もはや向こう側が透けて見えるまでに存在が薄れてしまった王が、誰に聞かせる訳でもなく語る。
「これは剣。とある悪神が妖精たちを唆し生み出した、我らにとって恥ずべき歴史の象徴だ」
その声は子供に読み聞かせるように優しく、群衆に演説するように力強い。
「妖精王のみが封印を解け、その契約者のみが真の力を扱える。神々の魂すら打ち砕く、究極の魔剣の真名は——」
少年の持つ黒鉄が、突如として轟ッ!と炎を吹き上げる。相手を射程に収めて飛び上がる。猛将が迎え撃つべく、七色に輝く拳を振りかぶる。
「「【レーヴァテイン】!!!」」
「【虹龍拳】!!!」
空中から振り下ろされるは、全てに等しく滅びの道を与える獄炎!!
地上から放たれるは、猛将の代名詞でもある至高の一撃!!
両者が激突し、その術者は重い衝突にどちらも顔を歪める。示し合わせたかのように、全く同じタイミングで大口を開け咆哮する!!!
「「行けえええええッッッッ!!!!」」
拮抗を維持する剣と拳。その接触点から目も開けていられない程の眩い光と、激しい衝撃が溢れ出した!
「フラン!ねえ、フランったら!起きてよっ!?」
「んにゃ……。あれ?寝てたのか……?」
ライラックに耳元で叫ばれて、頭が痛くなりながら意識を取り戻したフランクリー。ほんの一瞬ぼんやりした表情のままだった彼だが、すぐに気絶する前の事を思い出して飛び起きる。
「そうだ!あいつは!勝負はどうなった!?」
慌てて相手の様子を確認すると、トリモチに囚われたまま、ぐったりと眠るムゥダンを視界に収める。
「ははっ!やった!!勝ったんだ!オレたち、勝ったんだよ!!!」
「うん。お疲れ様、フラン」
冷静になればずっと起きていた少女が分かっている事は気付けただろうに、少年は飛び上がって喜び、勝利を報告する。
彼の様子を楽しそうに見つめて、少女は微笑みと共に労った。
「ああ、そうだ」
「うん?なあに、フラン?」
きょとんとした顔で少年を見詰めた少女。次の瞬間、2つの唇が重なった。
「オレからしたぜ。これでいいか?」
即座に離れてそっぽを向いた少年。その耳は真っ赤に染まっている。突然の事に、頭が真っ白になった少女。少しの空白の時間の後、彼女が答えた。
「うん!とっても嬉しい!!でも次はちゃんと、舌でしようねっ!」
「お前のちゃんとは、おかしいんだよっ!!」
「なんでー?」「なんでもだっ!」わいわいきゃいきゃいとはしゃぎながら、手を握り合って彼らはさらに奥へと進んでいく。
「甘酸っぱいなあ……。国に帰ったら、婚活してみようかなあ」
2人の声が遠くなってから、小さな呟きが溜息と共に漏れた。
「竜が狸寝入りか。紛らわしい事を」
「うひゃあっ!?貴方、まだいたんですか!?」
声だけになった妖精王のツッコミが、ムゥダンを驚愕させた。トリモチを脱出する程に飛び上がった彼女を見て、王はくつくつと笑う。
「覗きとは、趣味が悪い……!」
「私のライフワークを否定するな。それと目のソレも、いつでも外せたのだろう?何故そうしなかった」
指摘されるままに、猛将は気を流して、目を覆うトリモチを弾き飛ばした。
「失明した目を見て、戦意を失われては困りますからね。光を半分失う代わりに、いい物を見られました」
「酔狂な奴だ。まあ、お陰で盟友の経験にもなった。礼は言っておこう」
ぐちゃぐちゃになった右目を見せつけるムゥダン。彼女の物言いに、呆れた妖精王が苦笑した。
「フラン君ですか。貴方、彼に何をさせる気で?子供を利用する悪巧みは感心しない……!」
「待て待てっ!!何も、彼奴を陥れる事など考えていない!」
「では何を?」
「……いやな、その……、だな……。逃げられた嫁を、探して欲しいのだ……」
先程までの戦いのダメージなどなかったかのように、威圧的なオーラを振りまくムゥダン。彼女の勘繰りを慌てて否定した妖精王が、言いにくそうに理由を述べた。
彼女はその答えに、理解が追いつかなかった。遅れて言葉の意味が分かり、笑いを堪えて震える。
「おいこら!私は真剣なんだぞ!?」
「いえ……!申し訳……っ!ない……ッッ!!そうですか、妖精の王様の奥様探し……。大冒険になりそうですねえ……。ふふっ!」
「笑いながら言うな。この戯け……」
いじけた妖精王の声に、堪らず吹き出してしまう。堪忍袋の緒が切れたのか、ぷりぷり怒る王を必死に宥める猛将。
「悪かったですって。それより、今は彼らの声に耳を傾けませんか?」
「ふんっ!話を逸らしおって。だがそれは、悪くない提案だな」
2人は揃って沈黙し、遺跡の奥から響く声に耳を傾ける。
「「ぼ〜けん♪ぼ〜けん♪ぼ〜けんだ〜♪」」
魔導具から聞こえる美しい旋律に重ねて、少年少女の楽しげで調子外れな歌声が聞こえる。子供好きな猛将と胡散臭い王は、静かに聞き入った。
お疲れ様です、鈴木です!
ムゥダンさんとの戦闘に決着がつきました!1章はもう少しだけ続きますので、これからもお付き合い頂けますと、とっても嬉しいです!!