「おったから♪おったから〜♪」
ライラックが軽い足取りでスキップする。少女の武器は1本のダガーのみ。魔水晶も手持ち全てを使い果たし、ネモの歌声による支援がなくなれば動く事もままならないだろう。
「この壁の破壊跡。あいつ、罠を壊してから、わざわざ大広間まで戻ってたんだな……」
少女に続くフランクリーは、周囲を確認しながら歩く。全てを振り絞ってやっと倒せた高潔な武人を思って、尊敬の念を込めて呟いた。
彼らは地下遺跡の廊下を進む。一直線に伸びるその先には、何らかの魔導具による薄ぼんやりした明かりが見えた。
「フラン!見て見てっ!これがお宝かな!?」
「おう!すぐに行くぜ!!」
先行していた少女が、後ろを歩く少年へ呼びかける。彼はその声に答えて、小走りで駆け寄った。そして廊下の終点に辿り着き、部屋の中あった物を見て小さく声を漏らした。
「マザーマシンだと……」
遂に辿り着いた遺跡の最深部。そこにあった物を見て、彼は絶句した。そこにあったのは、地下への入口にもあった魔導具と変わりない、ありふれたマザーマシンだ。
アドレナリンが切れ、その場にへたり込む。今までの苦労は何だったのか。もう、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「あーあ……。何のために、戦ってたんだか……」
「あれ?フラン……。この機械、動いてるよ」
「んあ?そっかー。動いてるかー」
気の抜けた生返事をしながら、廊下に寝転がる少年。火照った身体が冷やされて、彼は気持ち良さそうに頬っぺたを床に付ける。
地上にあった物と違って、こちらはまだ稼働しているようだが、マザーマシンはマザーマシンだ。動いているからと言って、別に大した価値はない。屈強な冒険者たちのパーティならば小遣い稼ぎの為にみんなで抱えて運ぶ事も出来るが、今この場にいるのは非力な少女と、体力を使い果たした少年だけだ。少年が全快ならば、1人でも何とか持って行けるかも知れないが、彼にそんな気はない。
休日早朝のお父さんのようなダラけ具合の少年。まんじりとも動こうとしない彼へ、「もうっ」と怒り顔を見せた少女は、単身で部屋へ足を踏み入れる。
「へえー。マザーマシンって、こうやって動くんだ」
床に張り巡らされたケーブルを踏まないように、少女はゆっくり進んで辺りを見回す。部屋の中央には操作する為の機械らしき物が、怪しげな光を放っている。周囲にはガラス製の水槽がいくつか並んでいて、どれも不透明な緑色の液体で満たされている。
「わわっ!?これは、服かな?」
何気なく壁に手を付くと、空気が抜けるような音と共にせり出して来る。タンスの引き出しのように出て来たソレの中を確認すると、大きな布が入っていた。布を広げると、前開きのゆったりした検診衣のようだ。
「フランは、あっち向いててねー」
「あー……?どわあっ!?何で脱いでんだあっ!?」
突然に名前を呼ばれた少年が、何気なく顔を上げると、華奢な肌色が目に入った。悲鳴のような大声を上げて、慌てて身体を反転させる。
着替えを見られた少女は特に気にした様子もなく、血が着いたボロボロのワンピースを脱ぎ捨てて検診衣を纏う。袖を通して肌と触れ合わせると、その度に彼女の顔がほころぶ。
「フランフランっ!これ、すっごく着心地いいよ!!」
「分かったから、動き回るんじゃねえよ!!ドアホウ!!!」
廊下に戻って来た少女を見て、顔を真っ赤にして怒鳴る少年。少女がはしゃぐと、それに合わせて衣服が揺らめき、色白で肉が少ない肌が服の隙間から顕になる。着替えを見せなかった意味はあったのか。子供らしいかぼちゃパンツが見えまくっている。
「すっごいなあ……!昔は、こんないい服がたくさんあったのかなあ……!!」
魔導文明時代の技術力の高さに感動している彼女へは、少年の制止の声など耳に入っていないようだ。
「フランもボロボロだし、着てみたいよね!?」
「ん?ああ、そうだな」
ずいっと眼前に検診衣を突き出す少女の熱量に引きつつも、少年は肯定して服を受け取った。ジャケットから片腕を外した彼は、その動作のまま固まった。
「オレ、着替えるんだけど」
「うん。着たらきっと感動するよ」
「そうじゃなくて、ヨソ向いてろって言ってんだよ!」
検診衣を来た瞬間の反応が見たかった少女。彼女に凝視されていては着替えられず、少年は声を荒らげて少女を追いやった。
「フランったら、どうしちゃったんだろ?」
荒くれ者たちが生活する宿で育ったライラックには、男が服を脱ぐのを見られて恥ずかしがるなんて発想はなかった。なんなら当の本人ですら、着替えを見られたところでそこまでの羞恥は感じない。
きょとんとしながら、部屋に戻って探索を続ける。とは言え、安宿の一室程の広さしかない上に、空間のほとんどをマザーマシンが占拠している。出来る事と言えば、使い方の分からない機械をぺたぺた触る事くらいだ。なんの気なしに中央のパネルに触れると、機械的な起動音と共に、モニターに勢いよく文字が並ぶ。
READY・>
MASTER・DATA・SEARCH>
ERROR>
SETUP>
DONE>
SERVANT・PREPARATION>
MODEL:Cymbidium_Alexander_Lily>
DIAGRAM・TRANSMIT>
OK>3・2・1・GO!!>
「なにこれっ!?どうしよう!!フラーンっ!!!」
「何だ何だっ!!今度は何をやらかしやがった!?」
いきなりの事に大慌てで、少女は機械から飛び退く。彼女の声を聞いて、検診衣に身を包んだ少年が部屋に飛び込んで来た。
「なんか勝手に動き出したの!!」
「な訳あるか!?何を触ったんだよ!」
「分かんないよっ!何も考えてなかったんだもん!!」
そんなやり取りをしている間に、水槽の1つが激しく泡立ち始めた!ゴボゴボと音を立てながら、目も開けていられない程にマナの輝きが強くなる。
咄嗟に身を寄せ合う少年少女。目を瞑っていると、濡れた何かが硬い床へ落ちる音を聞いた。
「何だったんだ……?うぎゃぁぁぁぁああああっ!!!」
視覚を取り戻した少年が絶叫する。彼の目の前では美しい金がぐっしょり濡れていた。緩くウェーブした黄金は滑らかな白磁に張り付き、形のいい桃にまで届いている。つまるところ、彼の目に飛び込んで来たのは、一糸纏わぬ女性。それも仲間の少女のような未熟なソレではなく、人間ならば15〜20歳程の成熟した身体だ。
「リラあっ!この服、どこにあったんだ!!」
「あっちだよ!壁が突き出てるとこ!」
彼は、少女が指差す方向へと一目散に走る。先程までの光景を脳から追い出すかのような、猛ダッシュだ。突進する勢いそのままに素早く服を掴むと、後ろ手に少女へと投げ渡した。
「えっと、そのままだと風邪引いちゃうよ?」
服をキャッチした少女は、うつ伏せで倒れる女性の顔の前にしゃがみ込む。彼女の声に反応したのか、女性はピクリと身動ぎしてから顔を上げた。光を宿さない無機質な瞳は、
少女は息をする事も忘れて、女性の完成された美貌を見つめる。視線を絡ませた彼女たちだったが、不意にその距離が縮む。
「んむっ!?」
「んう……、んっ……」
「なっ……!?な……、何してんだ、お前らーっ!?」
唐突に少女の唇を奪った女性。少女の歯列を舌でこじ開けて、唾液を貪るように音を立てる。
びしょ濡れになった目が死んでいる美女が、年端もいかない少女を襲う倒錯的な光景。それを目にしてしまった少年は、精神と体力の限界を迎えて意識を失ってしまった。
「ぷはっ!?気持ちよかったけど、いきなりはびっくりするよ!」
「マスターの生体登録、完了。これにて全シークエンスを終了。当機は覚醒します」
銀糸を引いて離れる女性へ、頬を赤く染めながらツッコミを入れる少女。口調の割に怒りはなさそうで、むしろ全身で喜びを表している。
そんな少女の言葉は、女性の耳に入っている様子がない。無機質な表情のまま、平坦に言葉を並べる。
言われた事の意味が分からず少女が首を傾げると、女性の目に光が宿った。
「おはようです、マスター。あんたは誰です?」
「あたい?あたいはライラック・シリンガーだよ!リラって呼んでね!」
「うぃ、了解です。では、おチビと呼ぶです」
「あれ?言葉が通じない?」
「?チビっ子のほうがよかったです?」
言葉のキャッチボールならぬ、ドッジボール。噛み合わない会話を繰り広げる彼女たち。
「おチビの事は分かったです」
「分かってないよ!リラって呼んでって、言ってるのに!!」
「おチビはおチビです、覚えたです。では、私は誰です?」
「知らないよ!?」
トンチンカンな事をのたまう女性。『CA-L』と刻まれたチョーカーのような機械部品が一体化した首を傾げると、動きに合わせて長い金髪が揺れる。
少女は周りを振り回す事こそたくさんあるが、振り回されたのは初めてだ。混沌とした雰囲気が漂う遺跡の最深部。能天気な天然幼女では、この空気を払拭する事などできない。常識人と言える少年は、鼻血を吹いて気絶している。
「教えるですー。隠すと為にならないですよー?」
「あうあう〜。もう好きにしてー」
早々に思考を放棄した少女は、妙な言葉遣いの女性に肩をゆさゆさされるしかなかった。