「デ、
「そう例えられるのも、懐かしいな。だが、私はただのドワーフだよ。啜るならば処女の血液よりも、紅茶のほうが好みだ」
日光を克服した、
敵の吐露へ答えたサンブリテニアの眼光は鋭い。嗜虐的な視線は、獲物を弄ぶ人外のソレだ。
「まあ、どちらも好みではある。あれだけの熱線を受ければ喉が乾く物だ。貴様はどんな味がするのかな?」
「ヒっ!?えっちな事は、いけないと思うのじゃっ!」
「差別はよくないなあ?血液を食料とする種族だっているんだぞ。私のは、完全に趣味嗜好だがな」
ニタニタした悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る化け物領主。彼女の熱視線をモニター越しに受けたグリキネは、わたわたと操縦桿を動かし、魔導鎧の足が縺れる。
両脚が絡んだ機体は、後ろに重心が崩れて尻もちをつく。生まれた土煙で咳き込みながら、オリーブはサンブリテニアの隣に並んだ。
「範囲回復があるなら、先に言っとくれよ。お陰で寿命が縮んだ気分だよ」
「アレはただの初歩魔法だぞ?そんな便利な物ではないさ」
神官は仕える神によって、覚える神聖魔法が異なる。例えば旅と自由の神、ホー=ロウならば、冒険に役立つ回復や攻撃、支援をバランスよく覚える。光と正義の神、マー・サヨシであれば、強力な光属性の攻撃と支援。豊穣神ハージスとコリミノなら、死者すら蘇らせる回復魔法だ。
「うぅ……ん。私は……一体?」
「なっ!蛮族まで、回復させちまったのかい!?」
「だから言っただろう。便利な魔法ではない、とな」
ゆるゆると起き上がる、倒した筈の夜猫部隊。離れた戦場からも、敵味方を問わずに力を取り戻している様が見て取れる。奇っ怪な現象を起こした領主へ怒鳴るオリーブ。彼女の唾を飛ばさんばかりの荒らげた声を受けて、サンブリテニアは肩を竦めて答えた。
先に上げた神々よりも、闘争神ソートゥはマイナーだ。仕える僅かな神官が覚える【マイン・カンプ】は、彼らが初めに覚える唯一の回復魔法。敵味方全てを癒し、終わらない闘争を神へと捧げる、神聖にして荒々しい儀式である。
「ところで、オリーブ。私は貴様に、退るよう命じた筈だがな?」
「ハァ?敵も回復しちまったんだろ?なら、もう一回連携しないと……」
「貴様にウロチョロされては、巻き込んでしまうと言っているのだ」
落ち着いた口調。まるで幼い子供へ言い聞かせているような、サンブリテニアの言葉。なのにオリーブは、心臓を鷲掴みにされたような悪寒が奔った。語らずとも、邪魔だから消えろ、と冷たく伝えられる。恐怖と屈辱で顔が引き攣り、涙が浮かぶが、目の前の人外はその変化すら楽しんでいる。
上擦った声で「好きにしな!私は、他を助けて来るよ!!」と言い残して、走り去るオリーブ。領主は喉を鳴らして不気味に嗤い、逃げ走る彼女を見送った。
「さて、これで全力で暴れられるな。そこのデカブツ以外は、逃げてしまっていいんだぞ?」
「舐めるなよ!化け物!!我らは准将殿をお守りするのだっ!」
「そっ、そうじゃ!私のお友達は、腰抜けじゃないっ!!」
領主の挑発を受けた夜猫たち。その隊長が、部隊を代表して威勢よく返答する。
「ふっ。存外にいいぞ!!貴様ら!!!気が変わった!肥えたモヤシを抱くだけでは済まさぬ!!傍らに仔猫を侍らせるとしようか!!!」
向けられた銃の群れ、戦艦に取り付けられるようなサイズの大砲。敵意と勇気が混ざり合い、鉄器の大群が牙を剥く。
闘志と情欲を滾らせたサンブリテニアが、軽やかに一歩踏み出す。直ぐ様に降り注ぐ、魔弾の雨霰。
跳ね上げられた士気は、夜猫たちの魔力をも向上させた。先までの戦闘では傷一つ付けられなかった弾丸は、領主のドレスを喰い破り肉を削ぐ。回復魔法により新たに作られたばかりの血液が、華やかな紙吹雪のように戦場を彩る。
「あははははっ!ネモの歌のお陰かしら!?痒くも感じなかった攻撃が、熱々のシャワーみたいに心地良いわ!!」
「弾幕薄いぞ、何やってんの!我々のマナが尽きようと、こいつを倒すだけでお釣りが出るわ!ありったけを奢ってやりなさい!!!」
されど、人外の脚を止めるには至らず。【マイン・カンプ】によってバラ撒かれた濃密なマナは未だ山を漂い、傷付いた端から全ての者を回復させる。
隊長の号令により、数と威力が増した銃撃の暴風雨。サンブリテニアの指がもげ、脳天が撃ち抜かれる。脳漿が地面にぶちまけられ知能が衰えたのか、見た目相応の童女のような口調で楽しげな哄笑が響く。弾丸は骨すら砕いていると言うのに、彼女の進撃は止まらない。
「墜ちろ、化け物っ!!!」
グリキネが叫び、操縦桿のボタンを握りつぶさんばかりに力を込める。即座に野太い光線が、獲物へ伸びる。対するサンブリテニアは、ただの拳骨を以って迎え撃つ!
吹き抜ける豪風。夜猫たちが口々に悲鳴を上げ、ひっくり返る。光が収まると、焼けた拳を振り抜いたままの領主が、不愉快そうに眉間に皺を寄せていた。
「何だ、この体たらくは……!貴様は、私の身体を吹き飛ばしただろう!!我が臓腑を、消し炭にしただろう!?なのに何故、こうも弱々しい微熱を晒している!!!」
「うっ、うるさいわい!フルチャージには、時間がかかるのじゃっ!!」
激昂し、世界全てを揺るがさんばかりの怒鳴り声を上げる領主。久方ぶりに見つけた対等な友達が、実は取るに足らない存在だったようなやるせなさが、彼女の心を痛め付ける。
振り撒く威圧は、それだけで龍をも殺しそうな程。それを受けたグリキネは、恐怖を押し殺して言い返す。
「ならば我らが、時間を稼ぎます。貴女は将なのですから、寛いでいてください」
「しかし!儂がおらねば、足止めだってままならぬじゃろう!?」
「そうであっても、アレを倒せるのは准将だけなのです!!どうか、我らを信じて見守って欲しい!」
鎧のメインカメラを真っ直ぐに見詰め、毅然と言い放つ隊長。後ろ手に組み直立待機し、上官の指示を待つ。
「ぐっ……!う……ぅ。分かったのじゃ。……みんな!少しの間、あの化け物の相手を任せる!!」
「はいっ!お慕いしております、スプラウト准将!!」
「あーっ!?隊長!抜け駆けはズルいにゃ!!」
「俺も愛してますぜーっ!准将〜っ!!」
死地に赴く彼らに、悲壮感など全くない。皆が思い思いにグリキネに笑いかけ、己の愛銃を握り前を向く。揃いの騎士服からは尻尾がピンと伸び、理不尽な力を振り撒く強者へ戦意を漲らせる!
「ほおう?室内飼いの愛玩動物にしては、随分な殺気じゃないか。どれ、そっと撫でてやろうか」
「その余裕、続くと思うなよ!窮鼠が猫を噛むならば、我らは怪物を咬み殺す!!」
落ち込んでいた化け物は、活力を取り戻す。幾度潰しても折れぬ強者たちを、嘲笑を以ってして賞賛する。対する勇士たちは、鋭い目線で迎え撃つ。
領主が優雅に歩き出すと、先の焼き直しのように銃口が一斉に火を吹いた。
「ぐはっ!!嗚呼!素晴らしい!!!素晴らしいぞ!貴様らぁ!!!」
「撃て撃てえ!!銃身が焼けるまで、撃ち続けろ!!!」
だが、結果は焼き直しなどではない。夜猫たちが放つ魔弾の雨は、僅かながら化け物の歩みを遅らせている。
幾度も領主の肉片が弾け飛び、血の川を作りながらジリジリと進む。彼我の距離が縮まる程、勇士の顔が険しくなり、反対に化け物の狂気的な笑みは深まる。そして隔たりがほとんど無くなり、血濡れの怪物が嘲笑う。
「兵士諸君、任務御苦労。さようなら」
陽の光を背で隠した怪物は、夜猫の部隊へ暗い影を落とす。裂けんばかりに釣り上げられた唇は、紅い三日月のようだ。誰もが恐怖するその凶相は、横っ面を吹き飛ばされる。
「長銃が狙撃の為だけにあると思ったか!この間抜けめっ!!!」
誰よりも勇敢な隊長が素早く飛び出し、愛銃のバレルで領主を引っぱたいたのだ。
だがその攻撃は、顔の向きを変えさせただけで、敵の身体はビクともしない。幼い子供のように小さな体育だと言うのに、まるで巨大な岩山を殴り付けたかのような腕の痺れ。絶望が隊長を染めるその前に、胸ぐらをがっしりと掴まれる。
「いい一撃だ。骨身こそ砕かなかったが、魂に響いたぞ。誇れッ!!!」
サンブリテニアが、天高く敵を掴む腕を掲げた。次の瞬間、メンコのように真下に投げつける。大地が陥没し、爆ぜる。遅れて激しい炸裂音を伴った地響きが轟く。それが開戦の合図となり、夜猫たちが一斉に飛びかかる。
乱れ舞う爪と牙。領主はそれらを身に受けると、剛腕を以って一人、また一人と倒して行く。
仲間たちの怒号、そして悲鳴。それらに包まれた中心では、歌劇の主演のように艶やかに悪魔が高笑う。高い集音性能を持つ魔導鎧は、それら全てを拾ってしまう。
「頑張れ……!頑張れ……っ!!」
モニター越しに見ているだけでも、心臓を万力で潰されたかのように息苦しい。白衣を握る白い手は震え、その甲には大粒の涙が落ちた。グリキネは聞こえる筈もない小さな声援を呟き、操縦席の上で膝を抱えて蹲る。
乱戦の隙間を縫った狙撃が命中するが、サンブリテニアの蹂躙は止まらない。全員の釣瓶打ちにて、やっと僅かな足止めに成功していた怪物が相手だ。たった2,3の銃弾が肉を抉ったところで、そんな物は闘争のスパイス程度にしか感じていない。27人にも及ぶ部隊が、たった1人の強者の手により解体されて行く。
「フシャアアアアアアッッッ!!!」
ついに片手で数えられる程に動ける夜猫が減ったその時、隊長がクレーターから飛び起きて領主へ襲いかかる!
鋭く吐き出した呼気による威嚇。突き刺すような殺気を領主は受け止め、心地良さそうに目を細める。軍靴を脱ぎ捨て、しなやかな四肢が目にも止まらぬ連撃を生み、領主の身体に赤い線を刻む。鮮血が彼女たちを中心に、吹かれた火の粉のように八方へ飛び散る。
魔法の残り香も薄れて行き、回復速度がまるで追い付いていない。目を血走らせた隊長の縦長の瞳孔は、防御行動すら取ろうとしない化け物の首を捕える。指を揃えた貫手が、正確に目標を捉えた。伸びきった腕の先から、ボタボタと血が滴る。
「はあ……!はぁ……っ!!この、化け物めっ!!!」
体力を激しく消耗した隊長が、苦々しげに悪態をつく。彼女の手足は馬に引き摺られようにボロボロになり、見るも無惨な傷が夥しく刻まれている。元ば玉のように磨かれていた繊細な爪は、剥がれ落ちて深赤の血肉を晒している。辛うじて繋がっている物も、手入れがされていないノコギリのように砕かれていた。
連撃により飛び散った血液は、そのほとんどが隊長の物。領主のドワーフにしても信じ難い防御力は、爪の斬撃も拳による打撃も、その全てを受け止めてしまった。隊長が触れる敵の首筋は、シルクのような触り心地。だと言うのに、薄皮すら傷付いてはいない。
手足の痛み以上に、全霊を賭けても手傷すら負わせられなかった悔しさ。無力感が隊長の心を苛み、砕けそうな程に歯ぎしりをする。歪んだ美貌と呪い殺されそうな憎悪が、領主の乾きを温かく潤す。
「本当にいいな、貴様。この場で抱いてしまおうか」
「ふざけるな!くっ、殺せ!」
「敗者に自由など与える物かよ。貴様の命も、身体も、魂すらもう私の物だ。貴様は今ここで、私に犯されるのだ。徹底的にな」
血が垂れた腕が、壊れ物を扱うかのように優しく引き寄せられる。真紅の双眸と視線が絡むと、身体は抵抗を忘れて成されるがままになる。物を知らぬ幼子を諭すような口調で自分の末路を聞かされると、そうなるように心の底から望んでしまう。
嫌だ。
嫌だ……!!
こんな物は、敵に対する扱いじゃない!
屈辱と嫌悪によって、隊長の心が悲鳴を上げる。陶酔と歓喜が湧き上がり、魂が領主の愛を甘受しようとしている。相反する思いによって、精神が軋む。
それでも、心に決めた敬愛する女性がいる!彼女が怪物の魅了を打ち砕けたのは、葛藤する中でグリキネの照れた笑顔が思い浮かんだからだ。
「ヴァァアアアアアッ!?」
下腹部へ伸びる腕を、内腿で挟み込む。弓なりに上半身を逸らし、勢いよく額を敵の鼻筋へ打ち付けた。
硬く、重い手応え。蚊に噛まれた程のダメージも与えられていないだろう。しかし隊長は頭突きの反動によって、敵と距離を取る事ができた。脳髄に擦り付けられるような、悦楽を追い出す事もできた!チカチカする視界の中、傷付いた四肢を伸ばして飛び上がる!!
「死ねぇぇぇええええええっ!!!」
「勝算もない決死の特攻……!?やめろ、そうじゃない!それは違うだろう!!」
隊長は空中で身を捻り、傷付いた拳を握りしめる!血液が吹き出て、彼女の落下する軌跡の後を追う。
隊長を見上げて、冷めた視線を向ける領主。鬼気迫る表情で降って来る隊長からは先程までの敵意を感じず、諦観と自暴自棄のみが伝わって来る。
怪物は慟哭する。その姿は、親の愛を渇望する捨て子のようで、徴収された財産へ手を伸ばす破産者のようだ。
「莫迦が!貴様など、犬のくそになってしまえ!!」
対等な喧嘩相手を求める領主と、将の為に時間を稼ぐ隊長。二人には決定的な意識の差があった。命も自己の勝利も投げ捨てた身体全てを使った突撃は、怪物にとっては素敵な時間に水を差す愚行であり、隊長にとっては黄金よりも価値のある一瞬だ。
重苦しい嫌悪と共に言葉を吐き出した怪物は、頭上の愚か者を迎え撃つべく腕を引き絞る。
怒りに任せたその一撃に、手加減などされている筈もない。回復魔法の効果が薄れた今それが直撃すれば、近接戦闘の訓練など片手間でしかしていない夜猫は、ひとたまりもなく消し飛ぶだろう。
怪物の硬く握られた拳が激突し、空間その物が爆ぜたような重い衝撃が山を揺らす。遅れて響いた音は、肉が潰れるような水音ではない。硬質な金属が打ち付けられたような、高く澄んだ響きだ。
「ほう、その姿がフルチャージと言う物か。全力を耐えられるとは、少し驚いたぞ」
「そうか。ならば儂も、散々待たせた甲斐があったのう」
怪物と隊長の間に割って入り、その衝撃を受け止めた者がいる。それは白亜の全身装甲に身を包む
空の手で傷付いた隊長を優しく受け止め、地面へ降り立つ。彼女を降ろすと、再び直立する白亜の騎士。額から生える2本のブレードアンテナが、陽光を受けて眩しく輝く。
「……こほっ」
騎士に取り付けられたスピーカーから、水っぽい咳き込みが響く。機体がガクリと揺れ、姿勢が崩れる。
「准将!?やはり、無理なチャージを!」
騎士の操縦者グリキネ・スプラウトは、魔法に高い適正を持つ
「大丈夫じゃ……。お前たちが時間を作ってくれたからな。ほとんどが、夜叉ちゃんの機能で賄えたわい」
息も絶え絶えな声で、グリキネは隊長の悲痛な叫びに答えた。そして鎧の姿勢を直して、強敵へと向き直る。
「ここからは、儂が相手じゃ。なあに、退屈はさせんよ」
仲間を背に庇い戦意を滾らせるグリキネ・スプラウトに、今までの間抜けな雰囲気はない。これこそが、ヤリス共和国が誇る最高の技術者の本来の姿。魔導鎧の左手には、怪物の本気の一撃ですら傷つかない絶対の盾。肩の突起を掴んで引き抜いた右手には、光線を凝縮して固めたような剣が握られている。
「やはり、力を隠していたな!!さあ!この協奏のフィナーレを飾って魅せろっ!!!」
対するは莫迦げた膂力を誇る、