歩き始めて数日も経つと、私の身体は正直なもので、朝から腹の虫が盛大に鳴くようになっていた。
「先生、また鳴っておるぞ」
隣を歩く古参の兵が、面白がって声をかけてくる。
「――申し訳ない。学者というのは、存外に燃費が悪いものでして」
「ほんに、よう食うのう。先ほども握り飯を三つ、あっという間に平らげておったではないか」
「三つは食べていません。二つ半です」
「半分も食うたなら三つよ」
「未来に食べる予定だった分を、前倒ししただけです」
「先生の理屈は、いつも分からんが面白いのう」
周りの雑兵たちから、小さな笑いが起きた。
戦装束の武者たちより、学者一人の胃袋の方が目立っている行軍。史書に残ったら末代までの恥だが、幸か不幸か、この行軍を記録している史官はいない。いや、いた。私だ。都合の悪い箇所は書かないことにする。歴史編纂とは、そういうものである。
「わしの携帯食も、少し分けてやろうか。その代わり、また面白い話を聞かせよ」
「――交渉成立ですね」
彼らは私を、珍しい見世物か、都合のいい話し相手くらいに扱い始めていた。悪い気はしなかった。
もっとも、私にとっては、こうした軽口以上に、目の前の光景そのものが抑えようのない興奮の種だった。具足の意匠、旗印の配色、隊列の組み方。史料でしか読んだことのない情報が、今この瞬間、目の前を歩いている。
夜、野営地の隅で手帳にその日見た装束の細部を書き留めながら、私は不謹慎にも、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。これほどの一次資料に触れられる歴史学者は、後にも先にも私一人だろう。論文にすれば学界がひっくり返る。問題は、査読者が「本物の戦国軍勢に同行して観察した」という研究手法を、どう評価していいか分からないことだが。
昼間、ある足軽が腰にぶら下げていた印籠のようなものを見て、思わず食いついてしまったこともある。
「――それは、もしや薬入れですか」
「……なんじゃ、藪から棒に」
「中を見せていただくわけには」
「先生は、物欲しげな目をする時だけ、妙に早口になるのう」
学者の性というのは、こういう場面でどうにも制御が利かない。
だが、その高揚と裏腹に、行軍が通り過ぎた後の街には、はっきりと目に見える爪痕が残されていた。
朽木軍の略奪は、日を追うごとに手慣れていった。コンビニ、量販店、時には民家の蔵まで、目についた食料や布地を黙々と運び出していく。
ある店舗では、店主が土下座せんばかりに命乞いをしたという。だが武者たちは、ただ黙って米や乾物を運び出しただけで、店主に指一本触れなかった。恐怖に固まった住民の脇を、まるで最初からそこにいないもののように通り過ぎていく。
奪うものは奪う。だが、人には触れない。
その奇妙な律儀さは、テレビの向こうで語られる「凶悪な集団」という言葉とは、明らかに乖離していた。
もっとも、私自身は、そのテレビというものを、もうしばらく目にしていなかった。手元にあるのは、支給された装備と、自分の足だけ。世間の空気を知る術は、専ら周囲の雑兵たちの噂話と、たまに規制線の外から遠望できる、報道ヘリの数くらいだった。ヘリの数が増えれば、世間が沸いている。減れば、飽きられている。原始的だが、案外正確な世論調査である。
SNSでの評価は、案の定、真っ二つに割れていたらしい。これも、後になって聞かされた話だ。
『これもう完全にテロリストだろ、なんで排除しないの』
『いや略奪はしてるけど人には手出してないらしいぞ』
『それは結果論でしょ、いつ豹変するかわからないのに』
『うちの実家の方まで来たらどうしよう本気で怖い』
『備蓄米買い占めてる人めっちゃ増えてるらしいね』
『政府何やってるの、封鎖してるだけじゃん』
『不謹慎だけどこの状況で普通に日常送ってる自分もどうかしてる』
排除派と擁護派の応酬は、日を追うごとに先鋭化していった。どちらの側も、自分たちの正しさを疑う様子はなかった。
そんな最中、思いがけないところから、別の話題が持ち上がっていたのだという。
例の、子供を庇った動画を、誰かが何度もコマ送りで検証していたらしい。その過程で、隊列のやや後方、私服姿でぽつんと歩いている人影に、視聴者の一人が気づいたのだ。
『これ待って、私服のおっさん普通に紛れてない?』
『拡大したらマジでいた、なにこの人』
『政府の人かな、通訳とか?』
『鎧の集団の中に一人だけ普通の服のおっさんがいるのシュールすぎる』
『どこかで「先生」って呼ばれてる声も入ってるらしいよ』
その晩のうちに、「先生」の目撃情報は、ちょっとした盛り上がりを見せていたらしい。誰も本名までは辿り着いていなかったが、得体の知れない集団に紛れ込んだ、得体の知れない一般人、という構図は、それなりに人の好奇心を引くものだったようだ。
『鎧の集団に紛れてる私服のおじさん、何者なんだよ』
『通訳できる歴史の先生とかそういう感じらしい』
『こんな状況でよく平然と歩けるな、肝据わりすぎでしょ』
『このおっさん、さっき握り飯もらってなかった?』
『もらってた。武士から飯もらうおじさん、字面が強すぎる』
この一連の騒動を、准教授がどこかで目にしていたことを、私はずっと後になってから知った。当人曰く「先生、ちょっとしたネット有名人になってましたよ。主に胃袋で」とのことだったが、それを本人の口から聞かされる頃には、私はもう、そんな軽口を懐かしく思い出せるくらいには、別の現実の中にいた。
そんな中、ある住宅街での出来事が、一部でさらに大きく話題になっていた。
略奪の最中、逃げ遅れた老人と幼い子供が、隊列の進路上に取り残されているのが見つかった。周囲が固唾を呑んで見守る中、先頭にいた武者の一人が、無言で二人の前に回り込み、隊列を割るようにして安全な場所まで導いた。
その一部始終は、近くにいた住民のスマートフォンに記録され、瞬く間に拡散されたという。
『これ見て、ちゃんと子供庇ってるじゃん』
『でもこれもパフォーマンスの可能性あるでしょ』
『武者さん優しくて草』
『この人たちのこと少し見方変わってきたわ』
『助けたのはいいけど略奪はしてるんだよな』
『複雑すぎる、敵なのか味方なのかもう分からん』
映像そのものは、事実をただ映しているだけだった。だが、それをどう解釈するかは、結局のところ、見る側の立場次第だった。
もっとも、私自身がその映像を目にすることはなかった。老人の背を支えた、あの武者の手つきなら、この目で直接見ている。とっさの動作というのは、本人が思っている以上に、その人となりを映してしまうものだ。画面越しに検証などしなくとも、隣を歩いていた私には、それで十分だった。
この頃、地上波のワイドショーでは、連日、専門家を招いた分析番組が組まれていたという。これも、後になって聞いた話だ。
司会者が神妙な顔で切り出す。
「本日は、この未曾有の事態について、各分野の専門家にお話を伺います」
並んだ肩書きは、危機管理コンサルタント、社会心理学者、民俗学者、そして、なぜか呼ばれた元自衛官のコメンテーター。
肝心の戦国史の専門家は、いない。いるわけがない。国内に数人しかいない上に、その筆頭は今、当の軍勢から握り飯をもらって歩いている。
危機管理コンサルタントは、いかにも尤もらしい顔で語ったらしい。
「これは高度に組織化されたテロ、あるいは国家的な示威行動の可能性があります」
装束や武具への具体的な言及は、一切なかった。
社会心理学者は、こう分析した。
「群衆が特定の記号――甲冑や旗印に強く反応し、集団的な熱狂を生んでいる状態です」
武者たちを「記号を身につけた人間の集団」として扱う、随分と距離のある見方だった。あの旗印は記号ではなく、家紋である。四百年分の重みが違う。
民俗学者は「地域に伝わる祭礼行事の暴走ではないか」という説を披露し、司会者を軽く困惑させたという。祭礼で自衛隊は倒せない。
唯一、多少なりとも的を射ていたのは、元自衛官のコメンテーターだった。
「装備の統制、隊列の組み方を見る限り、素人の寄せ集めではなく、相応の訓練を受けた集団に見えます」
この指摘は、後から振り返れば正しかった。だが、それ以上の踏み込みはなく、話題はすぐに「政府の対応の遅さ」を巡る非難合戦へ移っていったらしい。
番組の終わり際、コメンテーターの誰かが、こう漏らしたという。
「もし本当に、あの装束や言葉遣いを読み解ける専門家がいるなら、真っ先にその人の話を聞きたいものですね」
その専門家が既に政府の手配下にあり、しかも今は連絡の取りようがない行軍の真っ只中で兵たちと飯の話をしている、とは、誰も思いもしなかっただろう。私だって思いたくない。
対策本部の空気は、この頃には、もう三すくみと呼ぶ以外にない状態に陥っていたらしい。
「事態が長引くほど、国民の不安と不信は募る一方です」
防衛省側の担当者が、そう切り出す。間髪入れずに、内閣官房の担当者が切り返す。
「今、拙速に動けば、取り返しのつかない事態を招きます」
「これ以上、現場の隊員を危険に晒し続けるわけにはいきません」
「国際社会に、これが軍事的な国内問題ではないと説明する材料が欲しいのですが」
外務省側の人間が、疲れた声で割り込んでくる。
三者の主張は、それぞれに理があった。そして、それぞれの理は、互いの提案を潰し合うのに十分なだけの力を持っていた。三人が同じ卓を囲みながら、それぞれ違う盤の将棋を指している。しかも全員、自分だけが正しい手を打っていると信じている。
私が隊列の中から姿を消して以来、対策本部の会議には、代わりの「有識者」が呼ばれるようになっていたという。
白羽の矢が立ったのは、他でもない、准教授だった。
「先生の一番弟子ということでしたので」
そう紹介された准教授は、慣れない会議室の隅で、終始居心地悪そうにしていたらしい。専門は同じ戦国史とはいえ、近江国衆にここまで踏み込んだ研究をしていたわけではない。それでも、他のどの候補より遥かに適任だったのだろう。
「先生は、今どこに」
会議の合間、准教授は、そう尋ねたという。
「――分かりません。護衛の者だけ返されましたが、先生は隊列に同行されたきり、連絡が取れていません」
「連絡が取れないって、携帯は」
「先方の将から、持ち物を禁じられたと聞いています」
「持ち物を禁じ……えっ、じゃあ先生、今、手ぶらで戦国軍団の中にいるんですか」
「そういうことに、なります」
会議室に、据わりの悪い沈黙が流れたという。
准教授は、会議が終わるたび、一人でこう漏らしていたらしい。
「――先生、大丈夫かな」
誰に聞かせるでもない呟きだったという。私がそれを知ったのは、随分と後になって、本人の口から直接聞かされた時だった。ついでに「心配して損しました。武士と飯の取り合いしてたんですよね」とも言われた。取り合いはしていない。分けてもらっていただけである。
そんな中、膠着状態を破ったのは、深夜近くに開かれた小規模な打ち合わせだったという。
「いっそ、彼らの進む先を、こちらで決めてしまえばいい」
誰の発言だったかは、後々まで判然としなかったらしい。だが、その一言が、それまでの前提を根底から覆すものだったことは、間違いなかった。
「城への誘導も、道の封鎖も、結局は失敗しています。彼らを、力尽くで止めようとすること自体、無理があったのではないでしょうか」
その発言に、しばらく誰も口を開かなかったという。
「――では、どうしろと」
「止めるのではなく、逃げ場をなくすんです。由比を過ぎた先の道を、工事で作り替えます」
地図を広げたその担当者は、由比のさらに先、海沿いの一帯を指し示したという。
「この先はもともと、山が海際まで迫り出していて、道は事実上一本しかありません。並行する脇道や旧道は、あらかじめ全て塞いでおきます。彼らが今のまま西へ進めば、行き着く先は、この小さな入り江だけです」
「――行き止まり、ということですか」
「はい。三保まで誘導するとなると距離がありすぎますが、この入り江なら、由比からわずか数キロです。海に阻まれて、それ以上は一歩も進めなくなる。行軍が始まって以来、初めて、彼らが完全に足を止めざるを得ない場所になります」
その説明に、会議室の空気が、僅かに動いたという。
「彼らが、途中で異変に気づいて引き返すことは」
「あり得ます。ですが、彼らの目的は朽木への帰還であり、後退という選択肢自体を、恐らく持ち合わせていません。将の性分から見ても、退くよりは、まず前進を試みるはずです」
その分析は、恐らく私の見立てを、誰かが伝え聞いていたものだろう。皮肉なことに、隊列の中にいる私自身よりも先に、私の言葉が、こんな形で対策本部の会議に生かされていた。
「――行き止まりまで追い詰めて、その先は」
「そこで、初めてまともな交渉の席を設けます。今度は、力尽くではなく、対話の場として」
「もし、交渉がまとまったら」
「そのために、既にマイクロバスを何台か、現地近くに待機させる手筈を整えています。彼らが同意すれば、朽木までの道のりを、車で送り届けることも視野に入れています」
マイクロバス、という言葉に、会議室からは小さなどよめきが起きたという。
歴戦の武者たちを、観光バスさながらの車両に乗せて滋賀まで運ぶ。発想の落差に、誰もが一瞬言葉を失ったらしい。だが、他に現実的な代案がある者もいなかった。
「――徒歩で二十日かかる道のりが、車なら半日足らずの小旅行で済みますね」
誰かがそう漏らすと、場の空気に、微かな笑いさえ混じったという。
追い詰め、封じ込め、最後は現代の乗り物で丁重に送り届ける。滑稽なようでいて、これ以上ないほど現実的な落としどころだったのかもしれない。もっとも「戦国武将、シートベルトを締める」の図が実現するかどうかは、また別の問題である。
最初にこの案が出された時、会議室はしばらく静まり返っていたという。それまでの発想――行軍を制御し、誘導し、然るべき場所に押し込める――の延長ではあったが、今度は「逃げ場そのものをなくす」という、より直接的な手段だった。だが、説明が一巡した頃には、三者それぞれの顔つきが、目に見えて変わっていったという。
隠蔽を最優先する官房にとっては、正面からの衝突を避けたまま事態を収束させられる点で、都合が良かった。海に囲まれた小さな入り江なら、報道の目も届きにくい。
実力行使を主張していた防衛省にとっても、これ以上の犠牲を出さずに済む点は、悪い話ではなかった。二度の失敗の後では猶更である。地形そのものが封じ込めてくれるなら、無理な実力行使を重ねる必要もない。
体面を気にする外務省にとっては、「道路工事に伴う迂回」という、いかにも退屈な行政手続きとして説明できる分、国際社会への申し開きも幾分か易しくなる。
三者三様の思惑を、たった一つの案が、同時に満たしてしまった。
三つの違う盤を見ていた三人の棋士が、初めて同じ盤を覗き込んだ瞬間だった。
会議室に漂っていた重苦しい空気が、この時だけ、奇妙な軽さに包まれるのを、その場にいた誰もが感じ取っていたという。
その軽さが、これから何を意味することになるのか、この場にいた誰もまだ、正確には分かっていなかったと思う。
夜の帳が下りた野営地で、私は焚き火の傍らに腰を下ろしていた。
数日ぶりに覗いた星の光が、やけに白々しく見える。
明日からまた、あの隊列の足音を追うことになる。ネットの片隅で「先生」がどう呼ばれていようと、対策本部で何が決まっていようと、それは今の私には、少し遠い世界の出来事のように感じられた。