ファインモーションが凱旋門賞を制した結果、勢い余って運命を粉砕する物語   作:ゆのいん

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第5話:特別番組『翡翠の風になり、海を越えて』

『翡翠の風になり、海を越えて ~ファインモーションと或るトレーナーの軌跡~』

 

(※荘厳なオーケストラをバックに流れる、厳かなナレーション)

 

『日本とアイルランド、二つの国の期待を背負い、世界最高峰の舞台へと挑んだ一人のウマ娘がいました。アイルランドの至宝、ファインモーション』

 

(※無駄に豪華な3DCGの地球が回転し、日本とアイルランドが一本の光の線で結ばれる)

 

『彼女は凱旋門賞という夢の頂で、世界中の強豪を相手に歴史的勝利を掴み取りました。それは日本レース界の悲願であり、祖国アイルランドの誇りであり、そして彼女自身が歩んできたレース人生の、ひとつの到達点でもありました』

 

(※ロンシャンの直線を駆け抜けるファインモーションのスローモーション映像)

 

『しかし、物語はそこで終わりません。伝説のままターフを去り、祖国へ帰ることを決めた彼女の隣には、ひとりの日本人トレーナーの姿がありました。彼はなぜ、海を越える決断を下し、彼女を支え続けることを選んだのか。今夜は、かつて名勝負を繰り広げたライバルたちの証言から、その知られざる絆と愛の真実に迫ります』

 

 ……などという、大仰すぎる特別番組が。ある日の夜、日本のとある局で放映されていた。

 

 

 * * *

 

 

【エアグルーヴさん】

【トレセン学園在籍時、ファインモーションさんの同室生】

 

「忘れもしない、エリザベス女王杯。あの時、私は万全の状態だったが……ゴール前、あいつの気迫に一歩及ばず、後塵を拝した。悔しいが、やはりいい走りをするウマ娘だよ」

 

 エアグルーヴは、静かに窓の外へ視線を投げた。

 

「彼女は以前から、よく言っていた。『私の時間は限られている』と。だが……その言葉の重みを本当に理解し、分かち合えていたのは、あのトレーナーだけだったのかもしれん」

 

 ふっ、と小さく口元をゆるめて彼女は続ける。

 

「あのトレーナーのことは、てっきり“彼女に振り回される苦労人”だと思っていた。だがまさか――あいつが背負うべき使命まで、共に担ってしまうとはな。あまりに迷いがないものだから、知らされた時には呆れもしたが……今となっては、見事と言うほかない」

 

 

   *

 

 

【デュランダルさん】

 

 デュランダルは沈む夕陽をバックに、朗々と語り出す。

 

「マイルCSでの一戦の後、ファインさんは私に問いました。“理想の主従とは何か”と。私はこう答えました。たとえ剣が折れ、従者が王の傍を離れる日が来ても、王の心に“自信と決断力”を残すことであると」

 

 握った拳を、そっと胸に当てる。

 

「ゆえに。かのトレーナー殿の選択は、私の示した形とは異なります」

 

 その声は、まさしく誓いを読み上げる騎士のように、凛と張りつめていた。

 

「しかし、それもまた主を支えるひとつの在り方なのでしょう。同じ地へ赴き、王女の隣に永遠に立ち続ける。隣国の騎士たるトレーナー殿。貴方のその高潔なる決意と、ご英断に――このデュランダル、最大の敬意を表します」

 

 

   *

 

 

【ダイワスカーレットさん】

 

「ファインさんには、友人としていろいろお世話になりました。レースのことも、それ以外のことも、本当にたくさん勉強させていただきました」

 

 きっちりと背筋を伸ばして座り、控えめな微笑みを浮かべたダイワスカーレット。いつも通り、優等生らしい理想的な佇まいである。

 

「ファインさんはいつも明るくて、周りにいる人を自然と鼓舞するような方でした。レースでも、学園でも、笑顔のまま人の思いに火をつけてしまうんです。でも同時に、あの方はその笑顔で、ご自分の弱音まで隠してしまう方なんじゃないかと。そう感じる時がありました」

 

 ふと目を伏せ、懐かしむように微笑む。

 

「――ですから、話を聞いた時は驚きました。ファインさんは、最後の最後で……勝利も、使命も、トレーナーさんというパートナーまでも。何ひとつ取りこぼさず、全部を掴んで帰られたんですから」

 

 膝の上で両手を組み直す。その仕草はあくまで上品だったが、話し方には少しずつ熱がこもり始めていた。

 

「その隣で、国も立場も、これからの人生も変える覚悟を見せたトレーナーさんも、すごい方だと思います。ファインさんが全部を掴むのを支えて、そのうえ自分も一緒に海を越えるなんて、普通はできません。『1番』は決して譲らない。譲らせもしない……」

 

 そこで、彼女はにこりと笑った。

 

「アタシも、自分のトレーナーにはそれくらいの気概を求めたいと思います♪」

 

 

   *

 

 

 やがて、締めくくりのナレーションが流れる。

 

『誰もが言葉を詰まらせるほどの、愛。ファインモーションという伝説の横には、常に一人の日本人の決断がありました。この美しい物語は、両国の友好の証として、長く語り継がれていくことでしょう――』

 

『――そしてここからは、視聴者からの熱烈な要望につき急遽制作された特別再現ドラマ! あの国民的名優が演じる、愛と決断の一大叙事詩!』

 

『たとえこの身が消えることになろうとも……! 君のいるその場所こそが、俺の生きる意味なのだから……!』

 

 悲壮な声で叫ぶ有名俳優。似ても似つかぬ、とまでは言わないが……実際のファインのトレーナーと比べてしまうと、控えめに言って遥かに容姿端麗な男である。

 そして感動的なBGMが、これでもかと音量を上げて期待を煽り――

 

 

 「いつまで続くンだよこれ、いい加減にしろ」

 

 

 プツッ。

 エアシャカールは、冷ややかに呟いてチャンネルを切り替えた。

 

(……にしても。ダイワスカーレット、なンか目が笑ってなかったなァ……)

 

 半ば惰性で眺めていた壮大な茶番映像の中で、ダイワスカーレットの目だけが妙に生々しく印象に残っていた。

 

 気だるげにリモコンのボタンを押してチャンネルを切り替えていくと、今度は別の番組で、ちょうどアイルランドでの記者会見の映像が流れていた。

 フラッシュの雨の中、例のトレーナーが魂の抜けたような顔でコクコクと頷いている。かと思えば、通訳を介して飛び出す回答は、いちいち異常なほど勇ましく、調子がいい。

 曰く、『我が身が朽ちるまで殿下のお傍に!』。

 曰く、『日本に置いてきた未練など塵芥に等しい!』。

 

「……そんな大層な口を叩くタマだったか? こいつ」

 

 どう見てもおかしい。だが、考えても意味のないことに思考のリソースを割くのはロジカルではない。

 

(ま、死ぬまで食いっぱぐれることはねェだろ。転職おめでとさン)

 

 ファインのトレーナーについては、その結論を以て思考を打ち切ることにする。

 

 それにしても、世間では美談で片付けられているが、その実態はおそらく「拉致」に近い。品も情緒もあったもんじゃない。呆れて物も言えねェ――と、頭の中で吐き捨てる。

 

 そのまま深いため息をつく――はずだったが。

 なぜか、小さく口角が上がった。

 

 前にあいつは、澄ました顔で『運命を愛している』などとほざいていた。別れも使命も、全部綺麗に割り切って美しい思い出にするのだと。

 

(オレは、その物分かりの良さが心底気に入らなかった)

 

 それが今や、どうだ。やり口は何やら思いもよらぬ力業で、シュールなまでにツッコミどころしかないが。誰もが逆らわず受け入れるはずの分厚い壁を確かにブチ抜いて、笑顔で向こう側へ突き抜けやがった。

 それは、エアシャカールにとって少しだけ痛快だった。

 

「ハッ……」

 

 喉の奥で、短く笑いが漏れる。

 壁は破れる。結末は変えられる。自分がずっと証明しようともがいてきたことを、あのお嬢様ときたら。まるで散歩のついでみたいな顔で、いつもあっさりやってのけやがる。

 

「……まァ、いいンじゃねェの。お前らしくてよ」

 

 悪態とも称賛ともつかない呟きを残して、エアシャカールはテレビを切った。

 その口元には、消し忘れたような薄い笑みが浮かんでいた。

 

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