「あ゛〜喉カラッカラッすね!」
山本がドリンクに手を伸ばすが、手元が震えてなかなか蓋が開かない。
リベロが増殖したこの試合。
生存した数少ない梟谷のスパイカーたちが打つボールを、俺たちリベロ6人はただひたすら拾い続けるという、終わりのないサンドバッグ状態だった。
「なぁ黒尾ー!セッターに嫌われた時どうするか教えてくれー!」
やっと訪れた休憩時間。
赤葦にシカトされ続けた木兎が、泣きそうな顔でこっちへ乗り込んできた。
「あ゛?ねぇよんなもん。どーせお前がまたなんかしたんじゃねーの?」
黒尾が疲れ切った表情で答える。
すると珍しく黙り込んだ木兎が、急に「あ!」と何かを思い出し、赤葦の元へダッシュした。
「赤葦!この間建て替えて貰った1000円!持ってきたぞ!ヘイヘイヘーイ!」
…あいつ、金借りてたのかよ。
そりゃ赤葦もキレるわ。
完全に忘れられていたとしたら、俺でも腹が立つ。
「…木兎さん。世の中にはお金で解決できないことなんか、山ほどあります。」
そう言い捨てると、赤葦はお金を受け取らず、木兎に目もくれず、淡々と次のゲームの準備を始めた。
「……あれ?木兎、居なくないか?」
「あー、あいつならさっき、赤葦に金受け取ってもらえなくて『悪い!今日は俺!バレー出来ねえ!』って、しょぼくれてどっか行ったぞ。」
黒尾が遠い目をしながら答える。
赤葦京治という名の絶対的な支配者を前に、プライドを捨てて消えていったエース。
一方、リベロの座に強引に居座り、生存アピールを続ける木葉。
そして、「研磨護衛作戦」という名の付け焼刃で赤葦の視線を必死に逸らそうとする、リベロ6人。
ドンッ!!
「う゛ぁっ…!」
ボールが床にたたきつけられる音と共に、山本が低く悲鳴を上げてその場で縮こまった。
赤葦が、山本の必死のレシーブをあろうことかダイレクトアタックし、満身創痍の山本の顔面スレスレに叩き込んだのだ。
「あぁ…そこにいましたか。すみません」
ネット越しに山本を見下ろす赤葦の瞳に、慈悲の欠片もない。
絶対的支配者の前で、また音駒の脳を守るための特攻隊が1人、無力化された。
「な、なぁお前ら!そういや今日『父の日』だぜ!何か考えてるか!?」
ようやく終わった、赤葦京治による絶対王政。
片付けの時まで赤葦の奴隷になってたまるか!という必死の抵抗で、ロックオンされまくった後輩2人にどーでもいいことを聞いてみる。
「お!俺は!!今日これからあかねに『お父さんにプレゼント買うよ!』って連れ回されるみたいです!」
「...俺は、特に何も考えてない。てか、忘れてた...。」
「おー!いいじゃねぇか!ちなみに俺はな、お金貯めて水タバコ買ったぜ?やっぱ紙タバコは良くないからな!研磨も何かしてみろよ!親父さんめちゃくちゃ喜んでくれるぞ!」
「えー嫌だよ。『父ちゃんにスパイク見せたかった』とか言ってる木兎さんが意味不明だよ...。」
そんな父の日トークで盛り上がっていると。
ダンッダンッ
赤葦が必要以上にデカい音を立てながら壁打ちし出した。
その額には漫画でよく見る怒りマークが、幻なのかくっきりと見える。
途端、全員が静かに赤葦から距離を取り始めた。
俺も後輩2人に「に、逃げろ!!」と小声で指図し、一目散にそこから走って逃げた時。
「あ!いたいた!赤葦ー!見ろ!いつもありがとな!感謝のプレゼントだ!!」
どこかに消えていたはずの木兎が、ずぶ濡れになりながら手に花束を持ち、花嫁の如く登場した。
体育館にいた全員が木兎の持つ花束に目が釘付けになる。
よく見たらその花束…中身は緑一色だ。
「木兎さん...これは一体...?」
花束を見せられた絶対的支配者、先ほどまでの無慈悲な鉄仮面はどこへやら。
赤葦はキレるどころか目を点にして固まっていた。
「おう!俺さ、赤葦にトスあげてもらったり、構ってもらったりするのが当たり前だと思ってたんだよ!でも!それじゃあダメだよな!だから...いつもありがとな!これは俺からのプレゼントだ!!」
そう言って、まるでプロポーズのように床に膝をつき、花束(ほぼ緑一色)を渡している。
すっかり温度を取り戻した空気に安心したかのか、「いいね〜ニクいね〜」と黒尾が茶化すように拍手をした。
赤葦はほんのり笑みを浮かべている。
こっちはプロポーズされた彼女かよ。
「赤葦の好物は『菜の花の辛子和え』だろ?俺赤葦のためなら意外と色んなこと覚えてるんだぜヘイヘイヘーイ!!だからよお!さっきスーパーまで走って店員さんとどの菜の花が1番新鮮で美味いかについて1時間くらい話して買ってきて、せっかくだから可愛くしようと思って花屋でラッピングしてもらおうとしたら断られたからよぉ!仕方なく百均で材料揃えて作ったんだぜ!『菜の花束』!!俺にしては中々やるだろ!?」
俺の脳理に、大雨でずぶ濡れになったガタイの良い大男が、今から食われるだけの野菜をスーパーの袋から取り出して「これを花束にしてくれ!」とキラキラの無邪気な笑顔を花屋の店員さんに向けて困らせているという、なんともシュールな絵面が思い浮かぶ。
突っ込む気も失せた。
それでも木兎なりの純粋な感謝の気持ちを目の当たりにし、誰も茶化さずに暖かい目で新郎新婦を見守っている。
黒尾が「こりゃ...エモいねぇ」と、いつもの胡散臭さを消して目の前のハートウォーミングドラマを鑑賞している。
「木兎さん...ありがとうございます...」
下を向いてバツが悪そうに、でも嬉しそうに花束を抱きしめている赤葦の肩に、木兎は手を置いた。
「だからよぉ!赤葦!何があったか知らねぇけど、そういう時は遠慮なく俺にぶちまけてくれ!俺はやっぱりお前に避けられるのは悲しいぞ!?役に立てるように頑張るから頼ってくれ!ヘイヘイヘーイ!」
珍しく先輩及び主将モードになった木兎に「お前...成長したなぁ!」っと謎の母性が生まれる。
「赤葦、話せる範囲でいいから、何があったのか話してやれよ。大事な相棒だろ?」
木葉が赤葦の背中を押す。
すると赤葦は、気まずそうに下を向いたまま、ついに言葉を漏らした。
「冷蔵庫の菜の花を...父親が...昨日の晩の味噌汁に、入れました。」