赤葦の一言目に、やっと温まった体育館の空気が、またまた一瞬にして凍りついた。
...は?こいつは、何を言ってるんだ...?
「俺、前にめちゃくちゃ美味そうで斬新な菜の花の辛し和えのレシピ見つけて、ずっと試したかったんですよ。で、テストも終わってやっと時間ができたからやろうと思って、菜の花も辛子和えの材料も、高校生の限られたお小遣いを捻出して買い揃えて冷蔵庫に入れておいたのに。あのクソ親父、何も考えずに昨日の晩ご飯の味噌汁に、俺が買った菜の花、入れやがったんです。名前も書いて置いてたのに。菜の花は噛み応えがあるから美味いっていうのに、一瞬で柔らかく煮込まれて汁椀の中で浮いていたのが俺、どうしても許せませんでした。なので味噌汁には一切手を付けてません。」
赤葦はいつもの無表情に戻って淡々とその怒りの理由を語り出した。
...が、完全に周りの連中は固まっている。
俺たちが今日バレーをすることをあきらめざるを得なくなったのは、赤葦家の味噌汁が原因だったのだ。
梟谷のエースと器用貧乏は、菜の花が入った味噌汁が原因でリベロ化させられたのだ。
案の定、研磨は「うわ...俺たち完全にとばっちりじゃん...」と心底引いたような目を向け、山本は「うぉぉぉ!それは災難だぁぁ!潔子さん以外にそんなことされたら許せねぇよな!!」と、この中で唯一赤葦に感情移入していた。
「だから俺、今日『菜の花の辛子和え』とか『父親』を彷彿させるような言葉が飛んでこようものなら、怒りを感じずにはいられませんでした。木兎さん、『今のスパイク父ちゃんに見せたかった』という、ピュアすぎて全父親が喜ぶようなセリフにキレてトス上げなくて、すみませんでした。木葉さんも、『さすが名の知れたエース』の『なの』の部分だけでキレてトスを上げなくて、すみませんでした。」
淡々と謝る赤葦にもはや恐怖しかない。
確か...地雷を踏む直前のセリフ...。
研磨は「機嫌悪い時の『お父さん』にそっくり」
山本は「喉『カラ』ッ『カラ』ッ」
...あぁ、これは勝ち目のない、デスゲームだったんだ。
必死に研磨を守った俺たちの執念は、一切報われない無駄な抵抗だったんだと思い知らされる。
「そして音駒の皆さん。父の日の話、俺が1番聞きたくない話でした。俺は意地でもあのクソ親父を許しません。」
いや知らねーよ!!
単なる世間話にキレてんじゃねーよ!
1人、また1人と、顔から表情が消えていく。
「...あ、赤葦!!それは...その...災難だったな!!そりゃあムカつくよな!俺も姉ちゃんが彼氏のために作った唐揚げつまみ食いして全部無くした時は、1週間口きいてもらえなかったから気持ちはわかるぞ!!」
赤葦の話に俺ら全員が脱力している中、木兎だけが一点の曇りもないエネルギーで赤葦を慰めていた。
...救いようのないエピソードと共に。
「でもよぉ赤葦!まだ漬け込んだやつ食われなくてよかったと思ったらいい!だって、今俺が菜の花プレゼントしたからな!今日は味噌汁の具にされる前に帰ったらすぐ作れよ!?赤葦の渾身の辛子和え俺も食いたいぞ!ヘイヘイヘーイ!」
「そうですね。本当に感謝してます。でも俺...酷いことしてしまいました。木兎さん、この際だから、どうやったら親に素直に謝れるのか、教えてくれませんか?」
木兎の励ましにすっかり怒りを忘れた赤葦は、今度は全男子高校生が抱えるであろう悩みを打ち明けた。
「え?赤葦、何か酷いことしたのか!?」
「はい。俺、本当は今日、父の大好物であるレバニラ、作ろうとしていたんです。材料すでに揃えてましたが、あんなことされたので、もうレバニラ作ってやるもんかって思って、全部、今日の自分の弁当の具材にしてしまいました。おかげで、父の日のプレゼント、ありません。」
...いやいや、赤葦。
男子高校生で父の日やらないやつなんかこの世に何人いると思ってんだ。
お前もかなりピュアな部類じゃねーか。
しかも手料理って...全父親が泣くやつさらっと言うなよ...。
ひとりっ子なだけあって、そういうのちゃんとやるタイプだったんだな...!
思わず感心してしまう。
「何言ってんだ!まだ弁当食ってないんだろ?それそのまま渡せばいいじゃねーか!」
「あ...確かにそう、ですね...。なら今日、頑張って菜の花使ったことに怒ってごめんなさいって謝って、これ渡します。ありがとうございました。木兎さん...これからもよろしくお願いします!!」
もはや誰も突っ込まない。
木兎&赤葦の独壇場だ。
菜の花がきっかけで友情を再確認し合う2人に心底呆れた俺たちは、1人、また1人と体育館を抜けていく。
はぁ...今日のあれは、一体なんだったんだ...。
まぁでも、身近なやつにほど感謝の気持ちを伝えるのは大事なんだと学んだってことにするか。
俺もなんか、感謝の言葉を親父に言って水タバコ渡そう。
そう思って体育館を出ようとすると。
「あ、そういえば木兎さん。さっきの休憩中に返してくれようとした1000円、今もらってもいいですか?」
すっかりいつもの調子に戻った赤葦が満足げに去って行こうとする木兎を呼び止める。
「あ、あー、あれか!すまん赤葦!あれは菜の花代とラッピング代と俺の腹ごしらえ代に消えたから今財布には1円もないぞ!ヘイヘイヘーイ!」
木兎がまたいつもの調子で捲し立てると、形勢逆転。
赤葦がサッと感情を消し、来た時と同じような、黒いオーラを放ち始めた。
「...木兎さん。これとそれは別、なこと...忘れないでくださいね。」
またまた地声から3オクターブくらい低くなったガチの怒り声を出して、赤葦は木兎に見向きもせずに去っていった。
「あ!俺を置いていくな赤葦〜!」とすぐ後ろを木兎が追いかけ、自分がばら撒いた水滴に滑って転んだ。
うん、今日の俺の学び。
「親しき仲にも、礼儀あり。」(完)
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