1996年3月8日。
台湾海峡。
5年という歳月は、傷を癒すには短すぎた。
日本国防軍国防海軍部・護衛艦「こんごう」(イージス艦)は、台湾北東海域で警戒航行中だった。
艦長は佐藤祐一(52)。1991年の根室沖でソ連侵攻の第一報を受けた、あの時の護衛艦「むらさめ」艦長だった。
「多数の接触! 中国海軍艦艇20隻以上、台湾東方海域に展開。東風-15型弾道ミサイルの発射兆候を確認!」
佐藤艦長は苦い顔で呟いた。
「またか……今度は中国か」
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**東京 首相官邸 危機管理センター**
村山富市首相は、蒼白な顔で閣議を主宰していた。
1991年の北海道侵攻で自民党から連立政権を組んだ社会党出身の首相だったが、憲法改正後の国防軍をどう運用するかという最大の試練に直面していた。
国防省長官:「中国は台湾総統選挙(李登輝再選濃厚)を阻止するため、軍事演習を『実戦規模』に拡大。
すでに台湾近海に空母『遼寧』と多数の駆逐艦を展開。
東風ミサイルを台湾本島に向け、発射準備完了とみられます」
外務大臣:「アメリカは空母『インディペンデンス』と『ニミッツ』を緊急派遣。ただし、中国のA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力が1991年当時より格段に向上しています」
首相は深く息を吐いた。
「5年前、北海道で2万名以上の死傷者を出した。
今度は台湾か……日本はもう、対岸の火事では済まされない」
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**北海道・千歳市 日本国防陸軍部第7師団駐屯地**
高橋拓也(30歳、一等陸曹から三等陸尉に昇進)は、朝の点呼を終えたところだった。
1991年の傷跡は今も右肩と背中に残り、天候が悪い日は痛む。
妻となった佐々木美咲(25歳)は、外務省北方領土返還支援室から異動し、現在は防衛省の文官として千歳で勤務していた。
二人の間には、3歳になる娘・遥(はるか)がいた。
高橋の机に、緊急展開命令が届いた。
「台湾有事緊急対応派遣命令。
国防陸軍部・第7師団から一個連隊を台湾防衛支援のため、航空輸送準備し転進せよ」
美咲が娘を抱いて部屋に入ってきた瞬間、高橋の表情を見て全てを悟った。
「……また、戦争なの?」
「今度は台湾だ。
中国が本気で動いている。アメリカが正式に共同防衛を要請してきた」
美咲は娘を強く抱きしめ、静かに言った。
「5年前、あなたと根室から函館まで逃げて、札幌を取り戻した。
今度は……台湾の人たちを守る番なのね」
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**3月9日 台湾海峡上空**
中国空軍のSu-27(ロシアから輸入)とJ-6が大編隊で台湾領空に接近。
台湾空軍のF-16とIDFが迎撃し、早くも空中戦が勃発した。
日本国防空軍部は、F-15Jを台湾東方海上に展開。
米軍と共同で「台湾周辺空域の安全確保」作戦を開始した。
高橋が所属する部隊は、C-130とC-17(米軍機)に分乗し、台湾北部・台北近郊の空港へ緊急展開中だった。
機内では1991年の生き残り兵士たちが固い表情で座っていた。
「また赤い連中か……今度は本物の共産中国だ」
高橋は無言で89式小銃をチェックした。
5年前の悪夢が、鮮明に蘇っていた。
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**同時刻 北京 人民解放軍総参謀部**
中国人民解放軍総参謀長は、地図を叩きながら指示を出していた。
「台湾独立勢力を武力で粉砕する。
日本が介入すれば、日中戦争に拡大しても構わない。
北海道侵攻の時、日本は弱かった。今も本気で戦えるはずがない」
しかし彼らは計算ミスを犯していた。
1991年の北海道侵攻は、日本を「本物の高度国防国家」へと変貌させていた。
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**3月10日未明 台湾北部上空**
高橋を乗せた輸送機が、中国軍の地対空ミサイルの脅威を掻い潜りながら降下を始めた。
窓から見える台湾の夜景は、すでに何カ所か炎上していた。
高橋はヘルメットを被りながら、心の中で誓った。
「5年前、北海道を守った。
今度は、台湾を守る。
二度と、あの赤い波濤を許さない」
美咲と娘の顔が、脳裏に浮かんだ。
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