1996年3月12日、未明。
台湾海峡北部、および東シナ海・南西諸島全域で、中国人民解放軍は「統一演習」と称した本格侵攻を開始した。
**第一波:台湾本島上陸**
中国人民解放軍陸軍・海軍陸戦隊約3万名が、台湾北部・基隆港および西部・台中港に同時上陸を開始。
空母「遼寧」を中心とする艦隊が台湾東方海域を抑え、J-10戦闘機とSu-27が制空権を争った。
台湾軍は必死に抵抗したが、弾道ミサイルと巡航ミサイルの飽和攻撃で指揮系統が大きく乱れていた。
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**第二波:尖閣諸島(釣魚台列島)**
同時刻、中国海軍の高速揚陸艇群が尖閣諸島に殺到した。
日本が実効支配する島々に、中国海警局の武装船が先導し、人民解放軍海軍陸戦隊が上陸。
日本海上保安庁の巡視船2隻が抵抗するも、ミサイル攻撃を受け炎上した。
**第3波:先島諸島同時侵攻**
中国はさらに大胆に動いた。
- **与那国島**(日本最西端):人民解放軍空挺部隊がパラシュート降下。島内唯一の自衛隊駐屯地(与那国駐屯地)を急襲。
- **石垣島**:海軍陸戦隊約2,000名が複数地点に上陸。石垣港と新石垣空港を目標。
- **宮古島**:大規模揚陸作戦。宮古島空港と自衛隊宮古島分屯基地を同時攻撃。
中国の狙いは明確だった。
台湾を孤立させつつ、日本南西諸島を制圧することで、在日米軍と日本国防軍の兵力集中を分散させ、台湾上陸を成功させる「多正面作戦」だった。
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**東京 首相官邸 危機管理センター**
村山首相は机を叩いた。
「尖閣だけでなく、与那国・石垣・宮古にまで上陸だと!?
これは台湾有事ではなく、日中戦争の開始だ!」
国防省長官:「国防軍は出動を決定。
国防海軍部は南西諸島沖に第1護衛隊群と第2護衛隊群を緊急展開。
国防空軍部はF-15JとF-2を宮古・石垣方面へ最大投入。
アメリカ太平洋軍も第7艦隊を全力で支援すると表明しています」
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**台湾北部上空 輸送機内**
高橋拓也三等陸尉は、C-17グローブマスターⅢの振動に耐えながら、部下に指示を出していた。
「我々は台湾北部からただちに宮古島への転進を予定している。
中国軍は南西諸島を同時に狙っている。1991年の北海道と同じだ……奴らは一箇所に絞らず、分散させて我々の戦力を削るつもりだ」
部下の一人が聞いた。
「隊長、あの時の戦争の経験が活きますか?」
「ああ。札幌で学んだことは一つだけだ。
後退を許せば、全部失う。絶対に初動で食い止める」
高橋の胸ポケットには、美咲と娘・遥の写真が入っていた。
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**与那国島**
日本国防陸軍部与那国駐屯地の約150名は、中国空挺部隊約800名に対して孤軍奮闘していた。
89式小銃と84mm無反動砲で抵抗するも、数に圧倒されつつあった。
駐屯地長は最後の通信を発した。
「与那国島は現在、中国軍と交戦中。
援軍を……要請する!」
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**石垣島・宮古島沖**
日本国防海軍部のイージス艦「こんごう」と「あたご」が、中国艦隊に対してSM-3とSM-2を連続発射。
しかし中国のDF-21D「空母キラー」弾道ミサイルの脅威が迫り、艦隊は回避運動を強いられていた。
宮古島では、すでに中国軍の揚陸艦が海岸に接近。
地元住民の避難が続くなか、宮古島分屯基地の自衛隊員が76式ミサイルと対戦車火器で上陸阻止戦闘を開始した。
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**千歳基地 日本国防陸軍部**
佐々木美咲(防衛省文官)は、夫の派遣を知らされながら、娘の手を握りしめていた。
「パパは台湾と沖縄を守りに行くの。
5年前に北海道を守ったように……今度はもっと広い海を守るんだよ」
遥(3歳)は幼いながらも真剣な顔で頷いた。
「パパ、がんばってね」
美咲は窓の外の夜空を見上げた。
1991年の札幌の炎が、脳裏に重なる。
「高橋さん……絶対に生きて帰ってきて」
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**3月12日午後 東シナ海**
日本・アメリカ・台湾の三国共同防衛線がようやく形成され始めた。
しかし中国軍の上陸はすでに複数島で成功しており、南西諸島は一夜にして最前線と化していた。
高橋を乗せた部隊は、台湾北部に着陸後、ただちに宮古島への再展開を命じられた。
輸送機が旋回する窓から、高橋は炎上する台湾の海岸線と、遠く東の沖縄諸島の方角を見た。
「5年ぶりの戦争……
今度は、絶対に負けられない」
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