名探偵黒崎コユキは間違えない 作:アル飯
「……チッ、動き出してしまったじゃないか。ちょうど中に用があったところだが……」
エレベーターに若干の振動が走った。どうやらコユキにお仕置きをしている間にエレベーターが動き出してしまったらしい。コユキは痛む額を押さえながら、隣に立つ少女を仰ぎ見た。
ワークキャップをしており、その下からは金色のメッシュの入ったウルフカットの黒髪が覗いている。
中型のSRを所持しているが、それが目立たない程度には背が高く、着崩しがちな学園指定の上着もしっかりと着用している。夏の暑さに加え、突然のゲリラ豪雨で湿度も高い中、汗一つかいていない。
暑いだろうにいかにも真面目そうな人だなぁ、とコユキは呑気にも思った。
「先輩……ですよね? 一体誰なんですか? セミナーではないですよね?」
コユキが話しかけるが、少女はコユキを横目で一瞥しただけで、顔の向きを変えようとはしない。
「……三年の佐伯シンだ。生活指導部の部長をやっている」
これ以上話すことはない、とでも言わんばかりにフン、と鼻を鳴らすと、不機嫌を隠そうともせずにシンは貧乏ゆすりをはじめた。カンカン、と革靴が床を叩く硬い音だけが狭いエレベーターの中を反響している。
(……き、気まずい! なんなんですかこの人、捕まえるだけ捕まえといて、全然私に興味ない感じじゃないですか! いや興味持たれてても困りますけど!)
妙な威圧感のせいか、ビルの見た目よりずっと長い時間エレベーターが動いているようにコユキには感じられた。
「じ、じゃあシン先輩ですね! なんで先輩が私を追いかけてきたんですか?」
「早瀬会計には色々お世話になっていてな。今回のお前の話も聞いている。『ミレニアム最大の問題児が逃げ出した』とな」
随一の天才とも聞いていたが……とコユキにギリギリ聞こえる程度の声量でシンが呟くと同時に、ピンポン、と間の抜けた音が再びエレベーター内に響く。どうやら二階に到着したらしい。
(そういえばこの建物、中どうなってるのか見たことないですね……)
興味半分、コユキはエレベーターを降りるシンの背後から部屋の中を覗き見た。
エレベーターから直通となっている部屋の中は真っ暗で、最初は電気がついていないのかと思った。が、エレベーターから降りると、それは間違いであるということにコユキは気付く。
──真っ暗なのではない。真っ黒なのだ。
外壁こそ黒曜石を思わせるほどに黒かったが、まだ光沢があった。だが、室内は塗装に艶消しがされている分、もっと黒い。中にはほとんど荷物や装置らしきものはなく、入って左側の壁に三つほどロッカーが設置されているのと真ん中に置かれた長細い机と丸椅子以外には何もない。
ビルの外観の割にやけに天井が低く作られており、そこに黒塗りの壁面も相まって部屋全体が凄まじい圧迫感を放っている。天井のファンで循環されているものの、妙に空気が重い。息を吸うだけで一苦労であるようにコユキは感じた。
さらに、並んでいるロッカーですら執拗なまでに同じ黒に塗られており、コユキたちを除けば、今しがた出てきた扉と机、椅子だけがオフホワイトに浮かびあがっていた。
「には……なんですかこの部屋。管理棟って名前から想像つかないんですけど……」
機密データを管理している、との噂だったが、どこを見渡しても紙の資料も、データを管理しているであろうサーバーも見当たらない。本当にただ机とロッカーが置かれているだけだった。
「色に関しては特殊な塗装で、壁面全体を塗りつぶすことでカメラ等での撮影を妨害する効果があると聞いている。他にも特殊な表面素材で粘着物──テルミットチャージを貼り付けたりできないようになっているともな」
リオ会長の発明だから私は詳しいことは知らんが、とシンは続ける。
「それと機密データの輸送の難しさから、まだこの建物はほとんど使用されていない。今はまだ、セキュリティの厳しいただの物置だ。私自身まだ二回ほどしか入ったことはない」
だからこそ生活指導部が倉庫代わりに使わせてもらっている訳だが、とシンは付け足した。
ふーん、とコユキは興味なさげな返事をする。
「実利のためとはいえ、趣味悪くないですか?」
「……私に同意を求めるな」
「もっといい空き部屋ならいくらでもあるでしょうに、そういうところありますよね、リオ会長」
「……ノーコメントだ」
気まずそうに壁に目を向けながらシンはそう吐き捨てる。無言は肯定の現れだ。この人、意外と嘘が苦手なタイプなんだなぁ、とコユキは思った。
「……ん?」
怪訝そうな声を上げながら、シンが部屋中央の机に近付く。キョロキョロと辺りを見回し、机の下を覗いたりしている。
「どうしました?」
コユキの言葉に、シンは慌てたようにビクッと立ち上がろうとし、そのまま机の天板に頭をぶつけた。
「いた……ッ!?」
「あーぁ、急いだら危ないですよ……」
頭を抱えるシンにコユキは手を差し伸べる。
一瞬の逡巡の後、シンはコユキの手を握り返して立ち上がった。
「クソ、……い……!」
「え?」
「ない! ないんだ、ここに置いてあった大切なデータの入ったUSBと、読み込むためのタブレットが!」
涙目になりつつ後頭部を手で押さえた状態で、シンが机を指さし叫ぶ。
確かに机の上には何も乗ってはいないようにコユキの目にも映る。辺りを見渡してみても、それらしきものはひとつも見当たらない。
「部員か誰かが持ち出したんじゃ──」
「──いや、今日の豪雨で部活には私以外誰もここには来ていないハズだ。お前の脱走の話を聞くまで私はここのエントランスで見張りをやっていたから、それは間違いない」
焦りのせいか、シンはコユキの言葉を遮り早口で捲し立てる。
「え、この土砂降りの中、一人ですか? ……交代できる人いないんです? 友達とか」
「……うるさい」
どうやら友人の有無は探られたくなかった部分らしい。恨みがましい目で思い切り睨みつけられ、コユキは震え上がると同時に、もっとマシな誤魔化し方はなかったんだろうかとも思った。
「それに、USBはともかくタブレットの方はこの部屋から一歩でも持ち出すとアラートが鳴るようになっている。この部屋のどこかには必ずあるハズなんだ」
「じゃあロッカーの中とか……」
言いながらコユキはロッカーの扉をひとつずつ開けて見ていく。が、三つ並んだロッカーは、どれも空っぽだった。
「うーん、ない……」
「第一、この部屋に入るためのカードキーは私が持っている一枚だけだ。今は下の管理人室にあるが」
ヒラヒラと手を振りながらシンが言う。
「うん? 今管理人室にあるなら、そもそも私たちがここに入るのも無理じゃないですか? ここに入るのにカードキーなんて使いましたっけ?」
「カードキー以外の方法で入るなら、コンソールにパスワードを入れる必要がある。お前が解除しやがったあのコンソールだ!」
忌々しげにシンが吐き捨てる。
特に何かを解除した覚えは無かったのだが、エレベーターに乗る直前に何かのコンソールを適当に押しまくったことをコユキは思い出した。
「あぁ、あのやけにボタンがいっぱいついてるヤツですか! あんな適当にパスワード入力するだけで入れるようなヤツ、セキュリティとは言わないですよ! カードキーじゃなくて、パスワードの方を使用した侵入者がいたんじゃないですか?」
「バカ、リオ会長やヴェリタスの部長の息のかかったセキュリティを不正な方法で突破しないといけないんだぞ? そんなことができるのは、それこそヴェリタスの副部長ぐらいじゃないか?」
「げぇ、それは確かに面倒くさそうですね……」
リオとヒマリ、二人の顔を思い出したコユキは舌を出してとびきりの顰め面をした。果たしてキヴォトスでそんな厳重なセキュリティを不正な手段でくぐりぬけられるようなハッカーが何人いるのだろうか。
それに、とシンは続ける。
「正式に入室するとすると、私のスマホに送信される数式と、コンソールに表示される数字を計算して入力しないといけない。その上でマスターキーの入力も必要だ。部外者による正面突破はかなり難しいだろうな」
話しながら指を三本立て、コユキに見せる。
「じゃあそのマスターキーと計算式を知ってる人が犯人なんじゃ?」
「マスターキーを知ってるのは、私と生活指導部の副部長、それにセミナーの面々だけだ。それに、セミナーの面々や副部長にはリアルタイムで更新される計算式の方を知る術がない。さらに副部長は今生徒の補導にあたっていて、アリバイがある。マスターキーだけでこの部屋に入ることは不可能だ」
シンの言葉を聞いたコユキの目が見開かれる。
「え、私そのマスターキー知らないですよ?」
「……誰がお前にそんな大事なもの教えるんだ? 第一お前の場合、正しいパスワードなんて知っておく必要がないだろう」
知らずともなんでも開けられるんだからな、とボヤきながらシンはポケットからスマートフォンを取り出した。
何やら画面を弄っていたが、しばらくすると舌打ちをして部屋の扉へと振り返る。
「早瀬会計に連絡しなくては。おい黒崎コユキ。ここじゃ電波が通じない。一回出るぞ」
「え、やっぱりユウカ先輩呼ばないとダメです? じゃあ後のことはお二人に任せますので、あとはよろしく──あでっ!?」
──再びSRの銃床がコユキの頭を小突いた。