名探偵黒崎コユキは間違えない   作:アル飯

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3.消えてなかったタブレット

「……早瀬会計。いい知らせと悪い知らせがある」

 

 管理棟のエントランスホールまで戻るなり、シンはカードキーを回収しユウカに電話をかける。若干疲れているのか、ワークキャップが傾いているのに気付きもしていなかった。

 

 一方のコユキはというと、これ以上悪さをしないよう、後ろ手に両親指を結束バンドで拘束されている。逃げるための足こそ自由だが、手が振れない分上手く走れないようになっていた。

 

「悪い知らせ……ですか?」

 

 怪訝な声でユウカが言う。

 通話はスピーカーになっており、最も恐れる『鬼』の声はコユキの耳にもしっかりと届いていた。

 

「良い知らせの方だが、黒崎コユキを確保した。予想通り、管理棟の方に逃げてきていた」

 

 チャキ、という金属音を鳴らし、これみよがしにシンはコユキの額に銃口を突きつける。逃げられるものなら逃げ出したかったが、走り疲れたのと、くじいた足が痛すぎるので逃げるのも難しかった。

 

「には、は……こんにちは、ユウカ先ぱ──」

「コーユーキー! 帰ったらお説教だから!」

 

 コユキの言葉を遮り、ユウカが吠えた。

 受話器越しにも関わらず耳がキンキンするほどの凄まじい声量に、思わず耳を塞ぎたくなるが、あいにく両手が拘束されているせいで聞かずにいることすらできなかった。

 

「……コホン、まぁそれは後でいいわ。で、悪い知らせっていうのは?」

「それが本当に申し訳ないのだが……預かっていた機密データを紛失してしまった」

 

 言いながら受話器越しにシンは頭を下げた。

 それとほぼ同時に、そんなことをしても相手には見えないのになぁ、というぼやいたコユキの尻を蹴り飛ばす。

 

「機密データ……」

 

 雨音と共に、エントランスにユウカの若干戸惑いの混ざった声が響く。

 

(そういえば機密データってなんなんでしょう? これだけ厳重に隠しているとなると……もしかしてめちゃくちゃ稼げる知的財産だったり? もしくは千年問題に関するデータだったり?)

 

 中身を聞き出して、先に発表しちゃえば私が儲けられるかも、とコユキは耳をそばだてるが、一方のユウカは何かを考え込む様子でなかなか話し始めようとしない。

 

「……」

 

 10秒ほど経っただろうか。

 ハァ、と何かを諦めたように小さく息を吐き、ユウカは再び口を開いた。

 

「えっと……何か私、重要なデータを預けてましたっけ……?」

「えぇ!? なんなんですかそれ!?」

「いや、本当に記憶にないんですけど……」

 

 本当に困惑しているらしいユウカの声が響く。

 一方のシンはというと、心当たりがないと言われたのが意外だったのか、目を丸くしてスマホを握りしめている。

 

「今回紛失してしまったのはその……この間の健康診断のマスタデータだ」

「えぇ!? そんなしょうもないものを機密データとか言ってたんですか!?」

 

 思わずコユキは叫んだ。

 

「バカ、自身の身体の情報なんて一番他人に知られたくないだろう! 増えているかもしれない体重にウエスト、あれやこれやと!」

「私そんなの気にしたことないですけど」

「「普通は気にするの(もんだ)!」」

 

 今度は息を揃えて2人が叫んだ。

 

 意外と乙女なんですねぇ、と漏らしそうになったが、あわてて飲み込んだ。余計なことを言うと殴られるというのがようやく身体にしみついたらしい。

 

「とりあえず事態はわかりました。まぁあのデータに関してはバックアップもありますので、データそのものはなんとかなるとは思います。一度合流して、本当に紛失したのか確認するために探しましょうか」

「本当に申し訳ない」

 

 もう一度シンは深々と頭を下げる。コユキも今度は余計なことを言えなかった。

 

「先輩にお願いするのも申し訳ないんですが、一度本校舎前まで来ていただけますか? 実はこの雨で身体が冷えたのかノアが体調を崩しちゃったみたいで、手が離せないんです」

「えぇ!? ノア先輩風邪ひいてるんですか!? 大丈夫そうですか!?」

 

 思い切り叫ぶコユキに、苦笑混じりの声でユウカは応じる。

 

「うん、ただの風邪みたいね。さっき眠りについたみたいだから、暫くは大丈夫だと思う」

 

 ゼリーかスポーツドリンクか、何か買って行った方が良さそうですね、とコユキは小声で呟いた。

 誰かに聞かせるつもりはなかったのだが、そんなコユキの話を聞いたシンは小さくコユキに向かってサムズアップを送っていた。

 

 

 

 

「──で、問題のデータを保管してたってのはこの管理棟ですよね? 話を聞いている限りだと、部屋のどこか隙間に入り込んで見失った、とかの方がしっくりくる気がするんですけど」

「あぁ。私もただの勘違いであって欲しいところだ」

 

 数十分後。

 コユキとシンは校舎でユウカと合流し、保健室で寝込んでいるノアを起こさないよう差し入れを預けると、その足で再び管理棟へと戻ってきた。

 

 既に雨は止んでいるが、地面は所々に泥濘がのこっており、3人が歩く度にパシャパシャと音をたてている。コユキは少しでも不快な暑さから逃れようと上着を脱ぎ、腕にかけた。

 

「もしくはここにデータを保管していたってこと自体がそもそも何かの勘違いで、別の場所にあったとか……」

 

 ユウカが首を傾げながら言う。シンは目を閉じ、力なく首を横に振った。

 

「そうだったらどれだけ嬉しいか。だが少なくとも私と黒崎が見た時には、データを読み込むタブレットも見当たらなかった」

 

 シンは所在なさげに指先でウルフカットの先端を弄りながら言う。

 

「USBはどこかに忘れることもあるかもしれないが、持ち出し厳禁のあのタブレットが無くなっているということは考えにくい」

「リオ会長が作ったシステムとなると、コユキ以外の子が不法侵入するのは相当難しいと思いますし、盗難というよりは紛失の方が可能性は高いと思いますけど……まぁどちらにせよ、一回現場を見ないことには分かりませんよね。私とコユキも手伝いますので、一緒に探しましょう!」

「本当にすまない……恩に着る」

 

 フゥ、とシンが深いため息をつき、肩を落とした。

 

「……ところで私閃いたんですけど」

 

 ここまで無言だったコユキはタンコブができた頭を撫でながら切り出した。本当はもっと怒るつもりだったらしいユウカだったが、ノアへのお見舞いの品を見て手加減してゲンコツ一回で済ませてくれたのだった。

 

「あの部屋って入るためのエレベーター自体を動かすためのセキュリティが厳しくて、そこさえ乗り越えてしまえば出るのも入るのも割と自由じゃないですか?」

 

 名探偵気分で、コユキは得意げに指を立てて話す。若干苛ついた表情を浮かべつつもシンは首を縦に振った。

 

「まぁ確かにそうだな。1階からエレベーターを動かすには、パスワードかカードキーが必要だが」

「パスワードの全容を知っているのはシン先輩だけなんですよね? そうなると、シン先輩以外の侵入者がいるとすると、カードキーを使って入る方法しかないと思いませんか?」

「まぁそりゃそうだが……だがコイツは私が持っている一つしかないぞ? 見た目も特殊塗装がされているし、コピーガードも当然されている」

 

 コユキの問いかけに、シンは胸からぶら下げたカードキーを手に取り、2人に見せつけた。カードキーはウェーブキャットのイラストがあしらわれたパスケースに入っており、こちらも建物同様、艶消しの黒い塗装がされていた。

 

「でも先輩、私と部屋に入った時、カードキー持ってませんでしたよね? 私が建物に侵入した時、管理人室の小窓から見えたパスケースって、今持っているものと同じものだったハズです。それに、今持ってるカードキーも私たちが管理棟を出る時に管理人室から取り出してきてましたよね?」

「そうだな。普段カードキーを使用しない時は、管理人室の中に入れて保管している」

 

 シンは頷く。先程までの苛立ちはどこへやら、身を乗り出して興味津々といった様子でコユキの話に聞き入っていた。

 

 コユキはシンからパスケースを受け取ると、エレベーターのコンソールの下にある読取パーツに押し付ける。やはりピンポン、という間抜けな音と共にエレベーターの扉が開き、3人は中へ乗り込む。

 

「私が管理棟へ侵入した時、先輩は管理棟の外から走って私を追いかけてきました。となると、少なくとも先輩が私を探して外出している間はカードキーは誰でも取れる状態だったんじゃないですか?」

「む……まぁ、確かに。とはいっても、席を外していたのは10分ぐらいだったが」

 

 もじもじと指を絡めながら罰が悪そうにシンは言う。ワークキャップ被り直すと目元の辺りまで一気に押し下げた。

 

「10分もあればカードキーを取って、タブレットとUSBを回収、一階に戻ってカードキーを元の場所に戻す、ぐらいは出来そうよね……タブレットの持ち出しアラートをどう無効化したのかって点は疑問が残るけど……何人か出来そうな子に心当たりはあるわ」

 

 ユウカが訝しげな表情で言った。恐らく頭の中ではヴェリタスの問題児たちの顔が浮かんでいるのだろう。握りしめられた拳に青筋が浮かんでいるのをコユキは見逃さなかった。

 

「まぁ健康診断のデータを盗むって目的自体がなんの意味があるのか分からないですけどね。まぁ百聞は一見にしかずってヤツです! 現場検証といきましょう!」

 

 ピンポン、と再び音が鳴る。どうやら目的地に着いたらしい。ゆっくりと部屋の扉が開くと、相変わらずの真っ黒な部屋と、オフホワイトの机が視界に入り──

 

「な……!?」

「えぇ!?」

 

 コユキとシンはほとんど同時に叫んだ。

 机の上には、確かにUSBの刺さった薄型のタブレットが置いてあったのだ。

 

「あれ? もしかしてこのタブレットが例のもの……ですか?」

 

 ユウカだけが事態を飲み込めない様子で、辺りをキョロキョロと見回している。

 

 シンは誰よりも早くタブレットの元へと走り出し、表面と裏面をひっくり返したり電源を入れたりを繰り返す。

 

「ありえない……」

 

 しばらくの間そうしていたが、やがてタブレットを机の上に戻すと、ヘナヘナと力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

「間違いない、本物だ。裏面に貼られているウェーブキャットのステッカーはかなり希少な限定品で、私以外が持ってることはそうないハズだ」

 

 シンが指さした先には、確かにウェーブキャットのステッカーが貼っている。部屋の雰囲気も相まっていつもより三割増しで胴体が長いようにコユキには感じられた。

 

「なーんだ、見つかったんですか! なら事件解決ですね! 良かった良かっ──」

「バカ、良いわけないだろう! 確かに私もお前もあの時この部屋の中に……ましてや机の上にタブレットがないことは確認したハズだ! それが今になってここに出現した、だと……?」

 

 コユキの言葉を遮り、シンは早口で捲し立てる。

 

「私も、この部屋の隙間に落ちていたとかならまだ分かりますが、机の上に置かれていたとなると流石に見落としの線はありえないと思います」

「となると……何者かがタブレットを持ち出して、私たちが合流している間にここへ戻した……?」

 

 ありえない、とシンは手袋の上から爪を噛む。鋭く尖った歯が手袋越しに肉にくい込んでいるのが傍目にも見えた。

 

「え、じゃあやっぱりさっきの私の侵入者がいたって説が正しかったってことですか? ヤッター!」

 

 得意げにコユキはVサインを2人に向けるが、2人ともコユキの方を一瞥しただけで、すぐに再びタブレットの方へと向き直った。

 

「お前の説だと、私とお前がここに入るまでに犯人はここに侵入することはできるが、私たちがここを出ていったあとに再び侵入することはできない」

 

 キーカードは私が持っていっていたからな、とシンは続ける。

 

「た、確かに……でも部屋の中に隠れてた、とか……」

「タブレットすら見つけられないのが不思議な部屋なのに、か? 部屋の中に人一人隠れられるような空間なんてないのはお前も知っているだろう?」

 

 た、確かに……とコユキは唸る。名探偵気分だったのに冷水を浴びせられたような気持ちになった。

 

「そもそも、犯人はなんの目的でここに入ったのかしら……?」

 

 ユウカが手を組み、首を傾げながら呟く。指先が何かを計算しているかのように忙しなく動いていた。

 

「データを奪うのが目的なら──盗られた健康診断のデータが何に使われるのか想像もしたくないけど、ここにタブレットとUSBを戻しておく理由がないわよね」

 

 ユウカの言葉に、シンが頷きを返す。

 

「わざわざ一度奪えたものをここに戻す理由があるとすると……私たちへの、あるいはリオ会長への挑戦状か?」

「はぁ、こんなことになるならいっそ──見つけられない方が良かったかもしれないわね」

 

 返事するものはいない。

 ──部屋は吸音効果が凄まじく、お互いの呼吸の音すらも聞こえない。完全な沈黙だけが、部屋の中を支配していた。

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