名探偵黒崎コユキは間違えない   作:アル飯

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4.飛び交う推理

「とりあえず、現場の検証をしましょう」

 

 沈黙を破り、ユウカが言う。

 

「検証……とは言っても、この部屋見れるところなんてほとんどありませんよ?」

 

 コユキは辺りを見回しながら言った。

 部屋には先程と変わらずロッカーが三台に、机と椅子しか見当たらない。そもそも、検証するための物自体が部屋に見当たらないのだ。

 

 コユキは部屋の壁を一面ぐるりと見渡してみるが、どの方向を向いてもひたすら同じ見た目の真っ黒な壁が続いているだけだった。あまりに黒すぎて、適当に見回しただけでは部屋の隅がどこにあるのかも今ひとつ分からない。

 

 天井では相変わらずファンが回転を続けているが、やはり天井が低く、空気は重いままだった。

 

「うーん、あのファンが回ってる換気口から脱出できないですかね?」

「確かに、あの換気口自体はエレベーターのメンテナンスホールまで繋がっているが……換気口の格子ははめ殺しになっていて取り外せない」

「なるほど……」

「それに、あのファンはずっと回っている。なんとかして止めてファンを取り外し、換気口に入り込んでからを再設置してまた動かす、なんて芸当は無理だと思う」

 

 確かに、最初にコユキが部屋に入った時もファンは動き続けていた。格子自体も目をこらして見てみると、溶接された跡がしっかりと残っている。

 

「では、そのエレベーターのメンテナンスホールはどうなんですか? エレベーターの方から入り込めないんですか?」

「それも不可能だ」

 

 シンはユウカの問いかけをキッパリと否定しながら、エレベーターの扉を開けた。部屋とは対照的に、全面オフホワイトで統一されているエレベーターの天井には、確かにメンテナンス用のハッチがついているように見えた。

 

「このエレベーターは、カードキーをスキャンしなければ階層移動しないようになっているが、扉自体は力技でも比較的簡単に開くようになっている」

 

 コユキは最初にエレベーターに乗り込もうとした際、シンが手を挟み込んで扉をこじ開けていたのを思い出した。手を挟んだりすると危ないから、扉自体の閉まる力は緩く設定されているし、センサーの類で物を挟まないようにしているのだろう。

 

「そういう無理矢理突破してくる輩がメンテナンスホールに入り込めないよう、エレベーター内から天井のハッチを開けるためには専用の鍵が必要だ。閉じ込めの危険性があるから逆は開くようになっているがな」

「あ、確かに鍵穴っぽいものがちゃんとあるわ。こんなところにまで鍵をかけているなんて、リオ会長ったら本当に心配性なんだから……」

 

 ハァ、と色々な苦労があったであろうユウカの口からため息が漏れた。

 

(リオ会長、天才ですけど中々の問題児ですもんね……)

 

 あまりに黒すぎるこの部屋や、ありとあらゆる機能が搭載されたアヴァンギャルド君のことを思い出しながらコユキは思わず苦笑した。

 

「電波は……繋がらないままね」

「私が使っている時も、電波が繋がったことは一度もなかった。恐らく電波はほとんど完全に遮断されているんだろうな」

 

 反省室でさえ中でスマホをいじれるのに、中で作業してる時にモモトークの一つもできないなんて最悪な建物だな、とコユキは思った。むしろ反省室よりよほど反省室らしい部屋だ。

 

「このロッカーの中は……何も無いわね」

 

 ユウカが並んだロッカーの中をスマホのライトで次々と照らしていく。

 

「さっきここに来た時も、ロッカーの中はくまなく探しました! 当然扉の裏とか、死角になるところもくまなく!」

「部屋の中で、唯一人が隠れられるとしたらここだろうからな……普段なら没収物をそこにしまったりもしているんだが、今は部室横の保管庫の方に移動させているせいで空っぽなんだ」

 

 なるほど、とユウカは頷く。

 探せば探すほど犯行が不可能になっていくのを感じたのか、一筋の汗が頬を伝っている。

 

「椅子の裏や机の裏は?」

「それもシン先輩が探してましたよ! 机の裏に頭ぶつけてまし……あだっ!?」

「余計なことを言うな」

 

 ゴツン、とコユキの頭にゲンコツが降ってきた。

 よく見てみると、拳を握りしめたシンの耳が赤く染まっているのがコユキの目にもわかった。

 

「しかしそうなると、いよいよタブレットも人も隠れられる場所が無くなるわね……」

「最初に私達が部屋に入るまでの10分だけは犯人はこの部屋に入るチャンスがあった。となると、犯人が部屋から出たあとに、もう一度この部屋に入ることなく机の上にタブレットを出現させられるようなタネでもあればいいんだがな……」

「人がいなくても後からタブレットを出現させられる……あ」

 

 突然ユウカはバッと上を見上げる。ユキとシンの視線もユウカの視線の先へと集まった。

 

「何かありましたか? ユウカ先輩?」

「天井は低い。足場になる椅子もある……これよ!」

 

 ユウカは丸椅子を足がかりに、机の上へと登り、天井を触る。

 短いスカートから下着が見えそうになり、コユキは見たくないものを見ないために顔を背けた。

 

「うわ、お行儀悪いですよ……」

「うん、やっぱり届く! 計算通り。完璧!」

 

 そんなコユキの言葉を無視して、ユウカは得意げな顔で指を鳴らした。

 

「テープよテープ! なんでもいいんだけど、粘着力が弱いテープでタブレットを天井に貼り付けて、その後で犯人は脱出したのよ! 今日は雨のせいで湿気が凄い。徐々に粘着が湿気に負けて、そのうちタブレットは机の上に落下するわ!」

 

 ユウカは指を上から下へと動かしながら説明する。

 シンはその様子を神妙な表情で聞いていた。

 

「天井にタブレットが貼ってあったらさすがの私達も気付きませんかね?」

「この部屋、壁も天井も全部真っ黒のせいで距離感が掴みづらいわ。電源の切れたタブレットの画面が視界に入っても案外気付かないんじゃないかしら?」

 

 コユキは当時の状況を思い出したが、どうにも天井をまじまじと見つめたような思い出はなかった。

 

「うーん、壁に貼ってあったら厚みで分かりそうですけど、天井なら角度がつきにくい分、確かに気付かないかも……」

 

 コユキの唸り声を聞くと、ユウカは満足気に頷き、渾身のドヤ顔をコユキに向けた。

 

「どう? これが私の推理よ。完璧、でしょう?」

「──いや、残念だが早瀬会計。それは違うと思う」

 

 ──シンの一声で、再び部屋に静寂が戻る。

 

「え、私の推理、何がダメでしたか……?」

 

 さっきまでの勢いはどこへやら、ユウカは冷や汗と共に目を泳がせながら言う。机の上に立っていることを思い出したかのように、慌てて飛び降りた。

 

 シンは壁を指でなぞりながら話し始めた。

 

「この部屋の塗装は、盗聴器やテルミットチャージなんかを壁面に固定されないためのものだ。粘着物は基本的に乗らん」

「あー、そういえばさっきそんなこと言ってましたね……」

 

 リオ会長もそんなの気にしてもしょうがないような気もしますけど、とコユキは呟く。

 

「そんな……完璧な推理だと思ってたのに……」

 

 明らかにがっかりした様子でユウカは壁に手をついた。若干涙目になっているようにコユキの目には映った。

 

「というか、部屋の外にタブレット持ち出すとアラートが鳴るんでしたっけ? それも忘れてましたね」

「電波のない場所でどうやってそんなことをしているのかは皆目見当もつかないが、効果自体はこの通りだ」

 

 言いながらシンはタブレットをエレベーターの中に持ち込んだ。すると、凄まじいブザー音と共にタブレット本体とシンの持っているスマホが振動を始める。

 

「うわ、エレベーターの中もダメなんですか!? どうやってそんな精密に位置情報取得してるんでしょうソレ……」

「さぁ……? リオ会長ならそれぐらいはやりかねんと思うが」

 

 だとすると、侵入者は部屋の中からタブレットを持ち出さず、コユキ達の目に入らない場所にタブレットを移動させたことになる。

 

 ハッキングでもできれば話は変わるが、シンが目を離していた10分程でそこまで完璧に行うのは難しいだろう。

 

「手詰まり……ね……」

「クソ……!」

 

 諦め半分にユウカが呟く。

 シンは顔を伏せ、悔しそうに壁を殴った。

 

(何か──何か私が最初に部屋に入った時と違う部分はないでしょうか……)

 

 コユキは部屋の中をグルグル歩き回りながら一つ一つ、今日ここに来てから起こったことを思い返していく。

 

 反省室から抜け出した時のこと。

 ユウカに追われた時のこと。

 エレベーターホールにたどり着いた時のこと。

 この部屋に最初に入った時のこと。

 ユウカと合流し、この部屋に再び入った時のこと。

 

「──ん? ……あ……!?」

「どうしたの? なにか気付いた!?」

 

 ユウカがコユキの肩を揺さぶりながら聞くが、コユキは完全に考え事の世界の中にいて反応しない。

 

「……だとすると、脱出ルートはアレしかない……。でも動機は一体……? わざわざここにタブレットを戻さないといけないような動機は……」

「ねぇ、コユキってば!」

 

 コユキの急激な変化に若干恐れたような様子でユウカは問いかけ、再び肩を揺すろうとした。

 ……が、シンがユウカの肩を叩き、首を振った。今は好きにさせてやろうとでも言いたげな表情だった。

 

「シン先輩! ちょっとタブレットを見せて貰えないですか?」

「あぁ、分かったが……変な真似はするなよ?」

 

 唐突に顔を上げ、コユキはシンに話しかける。

 シンも若干面食らいながらも、コユキにタブレットを手渡した。

 

「私の予想が正しければ、犯人はあの人しかいないハズ……だとすると、調べなきゃいけないものは相当数が絞られる──!」

 

 数分ほど経っただろうか。

 コユキは目当てのモノを見つけると、パチンと指を鳴らした。先程のユウカの物真似だ。

 

「あった! ありました、これで動機も完璧です!」

「もしかして……分かったのか? 犯人と動機が」

「えぇ、完全に分かりました」

 

 コユキは完全に名探偵気分で、丸椅子に腰をかけて宣言した。

 

「──答え合わせといきましょう」

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