名探偵黒崎コユキは間違えない 作:アル飯
「では、謎解きを始めましょう」
──数十分後。三人は管理棟の管理人室へと戻ってきていた。
コユキは管理棟を出て、スマホを使用していくつかの確認をし、再びユウカとシンを管理人室へと呼び出したのだった。
「もう、勿体ぶってないで早く犯人を教えて頂戴。探偵ごっこに付き合ってるヒマはないの」
さっきまでノリノリだったユウカ先輩がそれを言いますか……とコユキは白い目でユウカを見るが、ユウカはそんなことを気にもせずに膨れ面をしている。
コユキに先を越されたのが若干悔しいのだろう。
「分かりましたよぉ」
せっかくいい気分だったのに、せっかちなんですから、と小声で呟いた。
改めて咳払いを一つ。普段はまともに締めていない水色のネクタイを改めて締め直す。締め慣れていないせいでめちゃくちゃに大剣が長くなったが、直す方法も知らないので一旦そのままにしておいた。
「では、消去法で考えていきましょう。まず、私が気になったのは『犯人はパスワードで侵入したのか、それともカードキーで侵入したのか』、でした。先にパスワードで侵入した場合を考えましょう」
「パスワードを使って侵入できる可能性があるのは、マスターキーを知っている私と副部長、それとセミナーの面々だけだな」
シンの言葉にコユキは頷きを返す。
「このうち生活指導部の副部長さんは事件発生時、他の生徒の補導に入っていてアリバイがあることが証明されています。ですよね? 先輩」
「あぁ、間違いない。裏付けも取れている」
シンも頷きをコユキに返した。先程のタイミングでコユキに依頼されて副部長が本当に席を外したりしていないのかを確認していたのだった。
「私とシン先輩には事件当時のアリバイがあります。というか一緒にいましたからね。そして、ユウカ先輩はマスターキーでない部分のパスワードを知ることはできなかった。つまり、パスワードで侵入できた可能性があるのは残る二人。『リオ先輩とノア先輩は犯人ではないのか』について考えるということでもあります」
思い返すと、あの時コユキは二人の声を聞いていない。電話越しのリオはちょうど席を外しており、ノアは保健室で寝込んでいたからだ。
「リオ先輩は設計者なので当然マスターキーと、リアルタイム生成のパスワードを入手できると思いますし、ノア先輩もマスターキーを持っています。どこかで目にしたパスワードから、リアルタイム生成の仕組みを見破った可能性があります。まぁこちらは可能性はかなり低そうですが……」
「そもそもノア書記は今日は風邪で寝込んでいたし、リオ会長もシャーレの当番でDUへ出かけているハズだ」
おずおずと手を挙げながらシンは言う。事件が解決しそうなことへの安堵感からか、先程までより幾分か血色がよく見えた。
「はい。私が管理棟を出てまず確認したのはソコです。先生にリオ会長が途中長時間席を外すことは無かったか、という確認と、保健委員の皆さんにノア先輩が保健室を出ることが無かったか、という確認をしました」
コユキは先生に確認の電話をかけた時のことを思い出しながら言う。
先生はコユキからの着信に出るなり「ちゃんと逃げきれた? 捕まった? そう。それはしょうがないね」と冷たい返事をよこしてきた。
「結果は──どちらもシロ、でした」
保健委員はずっとノアの看病をしていたらしく、途中で抜け出すようなことは絶対になかったとハッキリ断言した。先生も、流石にDUを出てミレニアムに戻れる程度の時間リオが席を外すことはなかったと言い切ってくれた。
ついでに、コユキがカードショップにいるという情報をユウカに流したのは先生だとも教えてくれた。
さすがのコユキもその時ばかりは裏切り者! と叫んだが、「でもユウカが追いかけてるって情報も教えてあげたでしょ?」と静かに返され、黙り込むしかなかった。先生は誰か一人だけの味方ではない。先生は、すべての生徒の味方なのだ。
「まぁハッキングとかで無理やり……という可能性もありますが、流石にリオ会長の作ったものを10分の間にそう易々と突破はできないと思います。一旦忘れましょう」
それはそれ、とコユキは物を横に置くジェスチャーをしながら話す。
「となると……やっぱりカードキーを使って侵入したのかしら?」
「そうですね。私はそっちのセンをメインで考えています」
──残る可能性は、カードキーを使っての侵入。
「先程お話した通り、シン先輩が席を外していた10分の間なら、犯人は一回目の侵入をすることができます」
「それだけだと犯人は絞れないわね……」
「それに、その方法だと二回目の侵入ができない。私と黒崎が管理棟を出た時から、カードキーはずっと私が保管している。カードキーはコピーガードもしっかりついているから偽物を用意することもできない」
二人の言葉に、コユキは頷いた。
「その通りです。ですから私は、『犯人はそもそも二回も管理棟に侵入していない』という発想に辿り着きました」
管理人室が静まり返る。誰も反応を返さない。
「つまり──」
コユキは指を一本立て、二人の前に突き出す。
「──犯人は一回目の侵入の後、ずっとこの管理棟内に、それも二階に身を潜め続けていたのです」
なるほど、とだけ掠れた声でシンは呟きを返した。
「……待って。それだと、犯人はずっとカードキーを持ちっぱなしになるじゃない。でもカードキーは管理人室にあったんでしょう?」
シンの首元にかかったパスケースを見ながらユウカは言う。ウェーブキャットのイラストはよく見ると劣化していて所々剥がれており、頭と足が繋がっていなかった。
「それはめちゃくちゃ簡単です。きっと誰でも思いつくと思いますよ。ちょっと実践してみましょうか」
言いながらコユキはシンに向かって手を差し出した。一瞬の逡巡の末、シンはパスケースをコユキに手渡す。
扉を出て、コユキはエレベーター前まで辿り着くと、パスケースを認証機にかざす。エレベーターの扉が開くと、コユキは開いたドアの間に管理人室から持ち込んだガムテープを置いた。
すると果たして──エレベーターの扉は閉まらない。
「この扉、最初私がエレベーターに乗り込んだ時、シン先輩が手を差し込むと開いたんです。まぁ安全のために当たり前っちゃ当たり前なんですけど、センサー制御で障害物がある場合は閉まらないようになっているんでしょうね」
そのままコユキは二人を手招きして呼び寄せ、三人でエレベーターに乗り込んだ。
「たったこれだけで、カードキーを持ちっぱなしでなくてもエレベーターに乗り込むことができます。今回は適当にガムテープにしましたけど、ある程度の大きさのあるものなら、なんでもいいと思います」
「なるほど、これで一番最初の問題は解決したわけだ。……となると、残りは一つ。犯人はどこに隠れていたのか、ということだ」
「でもあの部屋に人が隠れられそうな場所は、ロッカーの中ぐらいよね? そこは当然二人とも探したでしょう?」
頭痛がしてきたのか、ユウカが頭を押さえながら言う。移動したエレベーターは再び二階へ到着し、真っ黒な部屋が再び三人の眼前に広がった。
「勿論です。あの時、犯人は保管室の中にはいませんでした」
「なら、一体どこに隠れられると言うんだ? あの部屋はエレベーターと直通になっていて、他に隠れられそうな空間なんてないぞ?」
シンのもっともな疑問に対しても、コユキは余裕たっぷりの表情を崩さない。
「それを説明するためには、私が感じた違和感について話す必要があります」
コユキは丸椅子を机の下から引き出すと、そこに腰掛けた。
「私があの部屋に最初入ったとき思ったのは──部屋全体があまりに黒すぎる、ということです。実際、さっき入った時も机と椅子以外はほとんど全部同じ黒に塗りつぶされています」
「まぁそりゃあそうでしょうね。私も趣味の悪い部屋だと思ったわ」
ですが、とコユキは二人の方を振り返り、入ってきた方向を指さす
「私が最初に入った時は、机と椅子以外にも黒色でないものがありました。それがココ、入ってきた入口の扉です」
【──さらに、並んでいるロッカーですら執拗なまでに同じ黒に塗られており、コユキたちを除けば、今しがた出てきた扉と机、椅子だけがオフホワイトに浮かびあがっていた──】
コユキは当時のことを思い出しながら話を続ける。
「入口の扉の白色。あれは……『エレベーターの扉の白色』でした」
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。が、音の響かない部屋の中であることを思い出す。自分でも気付かないうちに緊張してきているのかもしれない。
「つまり、私の推理はこうです。『エレベーターの扉と部屋の扉はそれぞれ別にあり、二重構造になっている。私たちが一回目に侵入した時点では、何らかの理由で部屋側の扉が閉まらないようになっていて、結果、私たちはエレベーター本体の扉をこの部屋自体の扉だと勘違いしていた』、です」
シンは口をあんぐりと開け、目を丸くしている。
「なるほど、黒色の塗装のせいで、壁だと思っていたものが開いた部屋の扉だって気付かなかったってことね」
「確かに、あの時扉の色は白だった。なんでそんなことに気付かなかったのか……」
掠れた声が漏れる。血が滲むほどに唇を噛み締めているのが傍目にもわかった。
「シン先輩も、あの部屋に入ったのは数える程しかないと言っていましたよね。それに、あの時は無くなったタブレットを探すのに必死でした。気付かないのも仕方がないのかもしれません」
コユキのフォローも耳に入っているのかいないのか、シンは俯いて机の方をじっと見つめていた。
「扉を開けっ放しにするのは不透明テープでセンサーを塞ぐなりすれば解決するものね。流石に障害物を探すためのセンサーに対して、この塗装はしないでしょうし」
「センサーを塞ぐ仕組みについては、恐らく犯人が既に証拠を回収しているでしょうし分からないですけどね。とはいえ、いくらでも方法はあると思います」
コユキは部屋の扉部分のすぐ上にあるセンサーにテープを貼りながら言う。艶消しがされている他の部分と違い、色こそ黒くなっているものの表面はツルツルとしていて、テープも貼り付けられるようになっていた。
「ですが、そうなると不思議なのは『何故犯人は部屋側の扉が閉まらないようにしていたのか』、という部分になります。わざわざ理由がなければこんなことはしないでしょうしね」
「扉が閉まると困る理由があった……ということか?」
シンは震える声で問いかける。コユキは椅子から立ち上がり、鷹揚に頷きを返す。
「見ての通り、このタブレットは薄型のものです。色んなものの隙間に入れることができます。例えば……こことか」
ゆったりとコユキは部屋の入口へ歩き、部屋側の扉の横にタブレットを立てかけ、手を部屋の入口にかざす。
「!?」
ユウカが驚いたように身体を震わせた。
コユキが手をかざしたことでセンサーが反応し、部屋側の扉が開き、先程コユキがタブレットを置いていた場所は開いた扉の裏側へと隠れたのだ。
「指の巻き込みを防ぐために、こういう引き戸と壁の間には少し広めのスペースがあります。この扉もそこは同じようですね」
「扉が開けっ放しになっていたのは、扉が閉まると隠していたタブレットが見つかってしまうからか……!」
「本当は扉の内側そのものにテープとかで貼り付けられたら、そこもクリアできたんでしょうけどね。でもこの扉、内側までビッシリ例の塗装がされていてテープが貼りつかなさそうです。だから扉自体を開け続けておく必要があったんですね」
コユキが手を下げると、再び部屋の扉は元に戻り隠されていたタブレットが現れた。
「確かにこれなら、タブレットを部屋の外に持っていくとアラートが鳴る仕組みも回避できるわね……」
ユウカが悔しそうに言う。
「いや、待って欲しい。そうなると、一体犯人はどこへ消えたと言うんだ? 確かにこの方法なら、タブレット本体は隠せるだろうが……肝心の本人が隠れる場所もないぞ?」
「それもモーマンタイです! あの時は、部屋側の扉が開けっ放しになっている状態だったんです!」
コユキは部屋の扉のセンサーに再びテープを貼り付ける。扉は再び音もなく横へスライドして開き、エレベーターの白い扉がその裏から出現した。
「犯人はこの状態で部屋の中にいました。ですが、ここで私とシン先輩がエレベーターを下に呼び出します。……えーと、ちょっと待ってくださいね、あと10秒ぐらいで動くと思うんで……」
スマホを取り出し、仕込みが動き始める時間を確認しながらコユキは言う。
そして、言い終わるか終わらないかのうちに、エレベーターが突然下へと動き出した。
「──なっ!?」
驚愕に満ちたシンの声が響く。
元々エレベーターの扉と本体で封鎖されていた場所からエレベーターがいなくなり、ハシゴのかかった真っ暗な空間と、その横に大きく口を開けているメンテナンスホールが露わになっていたのだ。
真っ黒なせいで暗いように見える保管室とは違い、そもそも電気がついていない空間は非常に暗く、上にも下にも長い空洞が続いている。
「この状態なら、犯人はエレベーター天井にある、鍵のかかったハッチを通らずとも、飛び移ることでそこのメンテナンスホールに身を隠せます。しかもシン先輩の話ですと、天井のハッチはエレベーターの内側からは鍵がかかっていますが、外側からは開けられるんでしたよね?」
「あ、ああ……その通りだ……」
情報の波にいっぱいいっぱいになった様子でシンは頷く。
「つまり、私の推理はこうです」
いよいよクライマックスだ。
深呼吸を挟み、雰囲気を作るためにコユキは机の上に土足のまま飛び乗った。
「最初から時系列を追って、まとめながら話します。まず最初、『犯人はシン先輩が私の捜索のために管理人室から出ていったのを見計らってカードキーを入手した。そのカードキーを使ってエレベーターを動かせるようにし、何らかの方法でエレベーターの扉を開放状態にしたままカードキーを元の場所に戻して、エレベーターでこの部屋に侵入した』んです」
人差し指を立てながらコユキは言う。
パスワードでの侵入は難しい。先程まで話していたように、カードキーであれば一回目の侵入は容易にできる。
「『犯人は、タブレットを部屋の壁に立てかけ、部屋側の扉を開放し続けるよう細工をし、引き戸の裏にタブレットを隠した』」
言いながらコユキは人差し指に続いて中指を立てた。引き戸の裏にタブレットとUSBを隠すことで扉が開放されている限りは誰の目にも直接触れることはない。
「『そこに私とシン先輩が到着し、エレベーターを呼び出す。元々エレベーターで塞がっていた空間が空き、そこから入れるメンテナンスホールに犯人は身を潜めていた』」
さらに続けて薬指を立てる。部屋側の扉を開放したことにより、メンテナンスホールに入るためにエレベーターのハッチを開ける必要がなくなる。これで犯人とタブレットの両方がコユキとシンから見えなくなった。
「『私とシン先輩が出ていったのを確認したあと、犯人は再び部屋に戻り、目的を果たしたタブレットとUSBを元の位置に戻した』んです。まぁこの目的はややこしいんで後で話します」
こうして犯人は二回目の認証をすることなく、二回保管室に入ることを可能にした。
「ここまできたら、あとはハシゴを使ってエレベーターの天井まで降り、外側からなら簡単に開くハッチを通って何食わぬ顔で管理棟から出ていった、というワケですね」
「……確かに、お前の言う通りだ……」
苦虫を噛み潰したような顔でシンは辛うじて声を絞り出した。ユウカも真剣な顔のまま頷きを返す。
「どうですか私の推理は! かんぺき〜、でしょう?」
ユウカのモノマネをしながらコユキは身をくねらせた。明らかにユウカの頬が引き攣るのが見て取れたが、ユウカはコユキに対して一言も発することができなかった。