名探偵・黒崎コユキは間違えない 〜タブレット(非)消失事件〜 作:アル飯
「……じゃあ、犯人は一体誰なんだ? 今の黒崎の話だと、誰でも犯人になり得るぞ?」
シンがコユキに向かって問いかける。先程よりも少しだけ期待のこもった目をしていた。
「そこも抜かりないのでご安心を! この名探偵、黒崎コユキがズバっと解決してみせますよ!」
「明らかに調子に乗ってるわねこの子……」
呆れたようなユウカの言葉は無視して、コユキは机の上をクルリと一回転し、再び二人に向き直った。
「ですが! 犯人の指名の前に、犯人は何の目的でこんなことをしたのか、について話しましょう! ここをクリアしないことには、誰が犯人か絞ることはできません!」
「ちょっと、焦らさないで! 早く犯人を教えなさいよ」
いい加減イライラしてきたのか、ユウカは足早にコユキに詰め寄った。が、それとほぼ同時にその肩をシンは優しく叩いた。
「まぁまぁ、少しぐらいいいじゃないか早瀬会計。実際黒崎のここまでの推理に私は反論できそうにない。最後まで聞いてやってもいいかもしれないだろう?」
「まぁシン先輩がそこまで言うのなら……」
不服そうな顔をしたままだったが、ユウカは再び腕を組み、顎を使ってコユキに続きを話すよう促した。
「もう、探偵が推理を披露してる時は黙ってるのがお約束ですよ!」
「そういう所がムカつくから先に進めなさいって言ってるの! もう!」
やはりユウカは黙っていることはできなかった。
「まぁいいです。次の謎は、『なぜ犯人はタブレットを元の場所に戻したのか』です」
「健康診断のデータを盗むだけなら、USBをそのまま持ち去れば済む話だもんな」
その言葉に呼応するように、コユキはシンに指を突きつけた。
「ハイ、その通りです! 普通に盗るのではなく、犯人はわざわざ元の場所にタブレットを戻したんです! つまり、犯人の目的はデータそのものを外に持ち出すことになかった、ということになります」
「うん? だとしたら一体犯人は何をしたかったのかしら?」
ユウカの疑問の声に、コユキはうんうんと頷く。良い探偵には良いワトソンが必要だ。コユキから見て、今の二人は丁度いいワトソン役だった。
「犯人の目的、それは……」
「それは?」
再びしっかりとタメを作り、コユキは息を吸い込む。
「マスタデータの改ざんです! 健康診断のデータを盗むことが目的じゃなく、改ざんされたデータを返すことこそが犯人の目的だったんです!」
コユキがそう言い切るのに合わせて、ユウカも口を開いた。
「データが単に盗まれたのなら、バックアップデータを引っ張ってくればいいということになってしまう。犯人はマスタデータ自体は無事だと思わせるためにあえてタブレットとUSBを元の位置に戻した、ってワケね?」
「ちょ、ユウカ先輩! 私のセリフ盗らないで下さいよ! 泥棒!」
「誰が泥棒よ! コユキにだけは言われたくないわよ!」
二人はしばらくギャーギャー言い合いをしていたが、シンの咳払いによって現実に引き戻される。
「ゴホン、まぁ気を取り直して……。えー、犯人はこの建物に侵入したあと、マスタデータを改ざんし、誰にも気付かれないうちに部屋を出るつもりだったんでしょう」
「なるほど、そこに大番狂わせ──私と黒崎が部屋に入ってこようとしていることに気付いたというわけか」
「だから私のセリフ盗らないでくださいってばぁ!?」
フッ、とシンの口から笑い声が漏れた。
「恐らくローカル環境でのハッキングの途中だったんでしょう。何とかハッキングが完了するまでタブレットを隠し、全てが終わったあとにマスタデータを何食わぬ顔で戻しておかなくてはいけない。そこで犯人が思いついたのが、あのタブレットを隠す方法だったんです!」
「となると、健康診断のマスタデータを書き換えた人が犯人、という訳だな?」
「えぇ、その通りです。今回はその人を判明させるために、強力な助っ人を用意しました」
コユキはそう言い放つと、部屋の入口に目を向ける。エレベーターがいつの間にか二階へと戻ってきており、その中から赤髪の少女──小塗マキが現れた。
「や、ヤッホー。コユキに呼ばれて来たんだけど……なんか場違いだった?」
「いえ、さっきのエレベーターを呼び出すタイミングといい、バッチリです! ちゃんと伝えておいたエレベーターのパスワードも機能してるみたいですね!」
いぇーい、とコユキはマキとハイタッチを決めた。
「お前、演出のために部外者にパスワードを漏らすなよ……」
ハァ、と呆れ返った様子でシンがため息をつく。
「というか、なにこの色彩の欠片もない空間!? なにこれなにこれ!? 私初めてこの建物に入ったよ!」
「その反応をしたくなるのは分かるけど、グラフィティを描いたりはしないようにしなさいよ……」
ユウカもうんざりした様子で言う。問題児集団でもあるヴェリタスの所業を思い出しているのだろう。
「私は後で話すとある推理によって、犯人を推測しました。そして犯人とその周囲の人間の健康診断のデータに目星をつけて改ざんの痕跡がないか確認したんですが……結果はビンゴでした。マキさんには、データの復元を依頼しようと思って呼んだんです」
言いながら、コユキはマキにタブレットを渡し、「ここの部分が改ざんされた痕跡があるんです。元のデータを修復してください」、と耳打ちをした。
「OK、これぐらいならすぐ直せそう! ちょっとだけ待っててくれる? その間に話を進めても大丈夫だから!」
と言うと、マキはタブレット端末に自身の持ち込んだPCを接続し、何やら作業を始めた。
「おい、そのタブレットに外部の端末を接続するのは……もういい、今更か……」
最初こそ一瞬シンは動揺したものの、すぐにガックリと肩を落とし、コユキのほうに向き直る。
「まぁいい。黒崎、続きを教えてくれ」
「分かりました! では、私が犯人に目星をつけた推理をお教えしましょう!」
コユキはそう言いながら、シンとユウカの二人から距離を取るかのように、ゆっくりと部屋の入口側へと歩いていく。
「──先程の推理をしながら、私は気付いたんです。『犯人は私たちの動きをある程度コントロールできる人でないといけない』ということに」
「なに……!?」
コユキの言葉に、シンの肩がピクリと揺れた。
「この部屋には窓がありません。よって、私たちが本当にこの管理棟を離れたのか、確認してから下に降りることは不可能です。犯人が管理棟から出た時に、まだ一階の管理人室でだべっている私たちと鉢合わせしてはいけませんから」
──犯人からすると、二人はユウカを呼ぶために電波の繋がる外に出たように見えているハズだった。普通であれば、一階の管理人室で待っているものだと思うことだろう。当然普通に脱出すれば二人と鉢合わせることになってしまう。
──だが、犯人は早々に二階から脱出していた。犯人は、二人が管理棟をすぐに離れるであろうことを知っている人物であった、ということになる。
「犯人は私たちをこの管理棟から離す必要があった。あの時、私とシン先輩を本校舎側にわざわざ呼びつけたのは……ユウカ先輩、貴方でしたよね」
──コユキが指さす先には、俯いて表情の見えないユウカが立っていた。
「ユウカ先輩は、私たちを本校舎側へと呼びつけて、その後で自身も脱出し、今まで本校舎にいたかのように見せかけて私たちと何食わぬ顔で合流したんです! そして、ユウカ先輩の健康診断のデータに改ざんの履歴があることは既に私が確認しています!」
コユキは足に力を込める。靴に着いた泥がジャリ、と音を立てた。
「つまり、今回の事件──タブレットをハッキングし、健康診断のデータの改ざんを行った犯人は──」
ユウカは小刻みに震えてはいるものの、俯いたまま動かない。コユキはしっかりとユウカを見据えて言った。
「──貴方です! ユウカ先輩!」
──ゴッ、という鈍い音と共にコユキの身体が宙を舞った。自分がユウカに殴り飛ばされたのだということをコユキが理解するまでに、ゆうに数秒を要した。
「痛ったァ────ッ!?」
「……な……じゃ……い!」
ユウカが何事か小声で呟くのが聞こえた。仰向けに地面に倒れ伏したコユキだったが、ユウカはそのままコユキの上に馬乗りになると、コユキに平手打ちをした。
「私にッ!なんの利益があってッ!そんなことするのよ、こんのおバカぁッ!」
「ギャー、ちょ、ちょっとまってください! ……ぶべっ!? た、推理を披露した後に探偵がやられる小説なんて……ごあっ!? き、聞いたことないんですけど……ギャーッ!?」
「いや、なくはないだろうが……」
打撃音の合間合間に、呆れ返ったようなシンの声が響く。今日だけで何回殴られたのか分からないコユキの頭にさらにたんこぶが増えていくのを、ただただ見守っていた。
「というかシン先輩も助けてくださいよ! 探偵が犯人にやられてるんですけど!?」
「いや、反論こそできないが、動機が弱すぎて私も早瀬会計が犯人だとは到底思えない。冤罪をふっかけた罰だと思った方がいいかもな」
コユキの助けを求める声もどこ吹く風といった様子で、シンは口笛を吹きながらよそを見ていた。
「ちょ、待ってユウカせんぱ……ぐぇ、ちょっと、ホントにタイムタイム!」
「今日という今日は本当に怒ったんだから! しっかり反省してもらうわよ!」
「反論もないのに暴力で解決しようとしないでくださいよ……ぐぇーッ!?」
「……あ、あのー。一応復元終わったんだけど、見る?」
ボコボコにされている最中、申し訳なさげなマキの声が響いた。見ると、恐らく復元完了したであろうデータが入ったタブレットがコユキに向かって差し出されている。
「そ、そうです! コレを見たらユウカ先輩が犯人だって一目瞭然なんですから! 見せてやってくださいよ、マキさん!」
「いや、あの……それがその……」
「だぁぁぁぁあッ! 何ここに来て日和ってるんですか! このままだと正義が負けるんですよ!? 良いんですかそれで!?」
コユキは渾身の力で馬乗りになったユウカを押しのけ、マキからタブレットを奪い取った。
タブレットの画面にはズラリと様々な情報が載っていたが、修復された部分にだけは黄色いマーカーが引かれた状態になっている。
「えーと、どれどれ……早瀬ユウカ、二年生……」
コユキは修復された部分に目を向けた。そこに書かれていたのは──
【体重:100kg】
「な、なんですかこれーッ!?」
「ごめん、コユキ。これ私たちがふざけて改ざんしたデータの再修復の履歴だったみたい……」
マキが見るからに申し訳なさそうに言った。マキはその後もことの経緯を色々と話し始めたが、いずれもコユキの耳には届かなかった。
──自分の肩を掴む手が、異常なまでに力強かったからだ。
「コユキ……? これでわかったでしょ? 私が犯人じゃないって……?」
「は、ハイ……よく理解できました。だからその……お仕置きだけは……」
ツゥ、と頬に垂れたのは冷や汗か、恐怖の涙か。
ガチガチと何かの音が鳴っている、と思ったが、よくよく聞いてみると自分の歯がガタガタと鳴る音だった。
足は震え続け、まともに立つことすら叶わない。それでも立っていられるのは、肩を掴まれるその手の力があまりにも強すぎるから。
「いくら推理に抜かりがないからって、許すワケないでしょうがッ! 冤罪を人にふっかける前に、ちゃんと全部検証してから言いなさいッ!」
「うわぁぁぁぁ!? どうしてこうなるの〜〜〜ッ!?」
コユキはあらん限りの声で叫んだが、そこは防音が完璧な管理棟。コユキの断末魔は、外を歩く生徒たちの誰の耳にも届くことは無かった。