名探偵・黒崎コユキは間違えない 〜タブレット(非)消失事件〜 作:アル飯
「もう! 聞いてよノア!」
「ふふ、またコユキちゃんがやらかしたんですってね」
「そうなのよ……あんのおバカ、よりによって私を犯人扱いして……!」
──反省室にコユキを放り込み、セミナーの部室に帰ってきたユウカはノアにことの次第を全て話した。
低気圧から来る偏頭痛が体調不良の原因だったようで、薬を飲んで数時間睡眠をとったノアは、普段通り、むしろ睡眠が取れた分とても元気そうに見えた。
「流石コユキちゃん。発想力が凄いですね。相変わらず面白いです」
「こっちは面白くもなんともないわよ! まったくあの子ったら、いっつも迷惑ばっかりかけて!」
イライラした様子で電卓を叩くユウカを、ノアは微笑みを崩さずに眺めている。
「ですがユウカちゃん。犯人は結局見つかったんですか?」
「いいえ。コユキの推理は惜しいところまで行ってたとは思うんだけど……犯人が私じゃないなら、対象になる人物はあの時間に管理棟方面へ歩いているのが監視カメラに映っていた生徒全員になっちゃうわ。そこまで特定するのは難しいと思って、一旦今日のところは解散になったの」
ブツブツと、コユキへの恨み節を吐き出し続けるユウカを見て、ノアはくすり、と笑みを浮かべた。
「何か犯人特定につながるいいアイデアはないかしら……ねぇノア、なにか思いつくことはない?」
「そうですねぇ……ちょっと検証したいことならいくつか。コユキちゃんを連れてきてもらってもいいですか?」
「それは別にいいけど……何をするの?」
机に突っ伏して頭を抱えるユウカに、ノアがホットコーヒーを差し出した。
「真相究明、ですよ。コユキちゃんの推理には──いえ、コユキちゃん以外もそうですが、皆さんの認識に致命的な見落としがあると思います。そのためにも、コユキちゃんから詳しい話を聞いて、現場を見に行きたいんです」
「えぇ!? また管理棟ですか!? もう正直トラウマというか、あんまり近付きたくないんですけど……」
──二時間後。ノアとユウカは、コユキからことの仔細を聞き出したあと、縄で全身をぐるぐる巻きにし、引きずりながら再び管理棟前へと足を運んだ。さながら市中引き回しの刑のような構図だった。
「アンタねぇ、文句言ってられる立場じゃないでしょ! それにノアがわざわざ反省室に入る期間を短くするよう言ってくれてるのよ?」
「え? そうなんですか?」
コユキは不思議そうな顔でノアを見上げた。
「いえ、私がというよりは先生が、ですね。今回反省室から抜け出した理由、先生から聞きましたよ。悪巧みしてたわけじゃないから、許してあげて欲しいって」
「先生、またそうやってコユキを甘やかして……」
ハァ、と今日何度目か分からないため息をユウカはついた。ノアは嬉しそうに目を細めている。
「先生、またバラしたんですか……すぐ人のプライベートを流出させるんですから! もう!」
コユキはプリプリ怒りながら、手足を暴れさせようとし──縄でぐるぐる巻きにされていることを思い出して、やめた。
「こんばんは。生活指導部部長のシン先輩、ですよね?」
「あぁ、ノア書記と……黒崎コユキか。こんばんは。どうしたんですか? 今日の事件のことについては、また明日に──」
シンの言葉をノアは手をかざして遮る。
「いきなりこんなことを頼むのも不躾だとは思いますが、セミナーの書記としてお願いします。……保管室への入室のためのパスワード、教えていただけませんか?」
「パスワードは……これから30分の間は578643982、ですね」
ノアがパスワードをコンソールに入力すると、エレベーターのドアが開く。今日何度目か分からない光景に、ノ以外の三人は顔をしかめている。
「入りましょう?」
ノアが手招きするのに従って、四人は再びエレベーターに乗り込む。今日のことを思い出したくないからか、全員無言のままだった。
ピンポン、という音とともに、再び保管室の入口が開く。
見慣れた黒い壁に黒いロッカーが並んでいる。白い机の上にはまるで最初からずっとそこにあったかのように、タブレットが一台無造作に放置されていた。
「なるほど、こういう感じなんですね。ここに入ったのは初めてなので、ちょっと驚きです」
全身真っ白なノアが部屋の中に立っていると、まるでそこだけが光り輝いているように見えた。
「……さて、では本題に入りましょうか」
「本題……?」
クルリ、と優雅にスカートをたなびかせてノアは三人の方に向き直る。
ここに来るまでの経緯を知らないシンだけが、怪訝な表情を浮かべている。
「コユキちゃんの推理──ユウカちゃんが犯人とする説には穴がある、ということです」
「え、ダメでした? 私の推理」
口が開きっぱなしのコユキは目を丸くして言った。
「えぇ。コユキちゃん、この部屋の特性、一つ忘れていませんか?」
「え……? 物が貼りつかない、とかですか?」
「そっちじゃありません。電波が通らない、の方です」
ノアが自身のスマホの画面を三人に向ける。
アンテナは立っておらず、『圏外』の文字が並んでいた。
「け、圏外だからなんだって言うんです……って、あっ……」
途中で何かに気付いたらしいコユキの顔から血の気が一斉に引いた。
「え、何? ちょっとノアもコユキも、気付いたんならさっさと教えてよ!」
「まぁ待ってくださいユウカちゃん。コユキちゃんの推理だと、コユキちゃんとシン先輩がユウカちゃんに連絡した時、ユウカちゃんはここのメンテナンスホールに隠れていた、ということになります」
ノアはエレベーターの方を指さしながら言う。
「ですが、残念ながらそこに隠れていた場合、ユウカちゃんは通話することができません。電波が通っていないんですから」
「た、確かに……」
あまりに初歩的な見落としに思わずユウカは絶句してしまった。こんな簡単に反論できるならここまで苦労しなかったのに、と小さく呟いた。
「いや、で、でもメンテナンスホールの方はもしかしたらちょっとだけ電波が通じてるかもしれないじゃないですか!」
「まぁ確かに、メンテナンスホールに直接乗り込んだわけじゃないからその可能性もある、のか……?」
シンは困惑した面持ちのまま、ウルフカットの先端を弄っている。
「まぁそっちは仮に電波が繋がったとして、コユキちゃんが最初にエレベーターに乗ろうとした時、コンソールにパスワードを入力しましたよね?」
「ハイ。コンソールだとは思ってなかったんですけど、押したらすぐに扉が開いたんで、乗り込んだんです」
コユキの言葉を聞き、ノアは目を細めた。
「だとすると、それもおかしいです。コユキちゃんの推理では、コユキちゃんがエレベーターを呼び出した時、エレベーターは二階に止まっていたハズです。コンソールを入力して、すぐに扉が開くハズがないんです」
「な……あ……」
コユキの喉からは声にならない声しか出てこなかった。
「つまり、最初からエレベーターは一階にあった、ということになります。侵入者が中に潜んでいるのなら、それはありえない話です。つまり、今回のタブレットの神隠しには別の理由がある、ということです」
「凄いわね……流石ノア! 本物の探偵みたい!」
「フフ、褒めすぎですよ。ただ後から話を聞いて矛盾に気付いただけですよ」
本当に凄いのは一から推理を組み立てたコユキちゃんです、とノアは小さく呟いた。
一方ではしゃぐユウカの歓声にかき消され、「探偵は私だったハズなのに……」というコユキの悲痛な声は誰にも届かなかった。
「しかし……ノア書記。そうなると、一体どういうトリックでタブレットは消えたんだ? 皆目見当もつかないんだが」
「それはですね……実際に見せた方が早いと思います。皆さん、一度戻りましょう?」
言いながらノアはエレベーターへと入っていく。残りの三人も慌ててエレベーターへと入り込んだ。
「もう、今日何回乗ればいいんですか、このエレベーター!」
ブーブー文句を垂れるコユキの縄を外しながら、ノアは笑った。
「これで最後にしましょうね。さぁコユキちゃん。このエレベーターのパスワードを入力してください」
「え、さっきノア先輩が入れていた、めちゃくちゃ長いパスワードですよね? ……ノア先輩じゃないんですから、あんなの覚えてられるわけないじゃないですか!」
「適当でいいですよ。というより、適当だから良いんです」
「えぇ……それならまぁ……」
コユキは慣れた手つきでパスワードを入力していく。コンソールにはたちまち「6457853451885」という数字が入力され、エレベーターは再びピンポン、という音を鳴らして扉を開く。
「ん? ……なんかさっきのより長くないかしら? 間違えてない?」
「た、確かに……もうパスワード更新の時間だったか……?」
ユウカは怪訝そうに眉をひそめるが、ノアに背中を押され、渋々といった様子でエレベーターの中に入った。
「大丈夫です。ちゃんと認証が通った音もしたでしょう?」
「そうだけどさぁ……」
ゴウンゴウン、と音を立てながらエレベーターが上昇していく。不信感のせいか、やはりいつもより長く動いているようにコユキには感じられた。
ピンポン、という相変わらずの音が鳴り、ゆっくりと扉が開いていく。
いつも通りの真っ黒な壁と真っ白な机が目の前に現れ──
「な……何故だ……!?」
「ない!? タブレットがないじゃない!?」
──机の上からは、つい先程まで置かれていたタブレットはなくなっていた。
「ど、どうして!? 何が起きたんですか!?」
コユキが慌てて机の裏やロッカーに飛びつくが、やはりそこにもタブレットはなかった。
部屋の入口の方を振り向くと、黒く塗られていたはずの部屋側の扉がなくなっており、エレベーターの扉だけが顔を覗かせていた。開きっぱなしになっているのではなく、そもそも部屋の扉がないのだ。
「ユウカちゃん。さっきコユキちゃんがパスワードを間違えた、って言ってましたよね」
冷や汗を浮かべたユウカが無言で頷く。
ノアは一呼吸置くと、コユキの頭を撫でながら言った。
「それこそが間違いです。コユキちゃんは、絶対にパスワードを間違えたりはしません」
「最初におかしいと思ったのは、この部屋の天井が妙に低いということです。管理棟自体は面積こそ狭いですが、高さはそれなりにあります。外見で言うと……ざっと三階建てと少しぐらいでしょうか」
ノアは天井を指さしながら言う。
「いくら天井裏に換気設備や装甲を詰め込んでいたとしても、身長149cmのコユキちゃんが見ても天井が低く感じる、というのは些か無理があるように感じました」
「確かにな。今まで気にしていなかったが、私も椅子に乗るだけで天井に頭をぶつけそうになるぐらいだからな」
うんうん、とシンは興味深そうに頷いた。
「そしてもう一つ。コユキちゃんがメンテナンスホールを見た時の話ですが、エレベーターが降りた後、上にも下にも長い空間があったそうですね」
「えぇ、確かにありましたね。それが何か?」
コユキは何を言いたいのか理解できないといった様子で返事をした。
「話は最後まで聞くものですよ。もちろん多少余裕を持って設計するでしょうけど、そもそも二階建てのこの建物の二階よりもさらに上にエレベーターが登れる構造になっている、というのは不可解じゃないですか?」
「ま、まさか……」
ユウカが何かに気付いたように、天井を見上げた。
「極めつけは、一度目に私がエレベーターに乗った時、到着するまでに4秒強かかりましたが、今乗った時には7秒強かかった、というところにあります」
つまり、とノアは微笑んだ
「『この管理棟は、表向きは二階建てですが、リオ会長の手によって隠された三階がある。三階にいくためには、通常使用するパスワードとカードキーとは異なる、第三のパスワードが必要だった』んです」
「第三の……!?」
知らないぞそんなもの、とシンが呟く。
一方でコユキは【会長だけが入れる秘密の部屋があり、そこではミレニアムサイエンススクールにおけるありとあらゆる情報を統括し、監視できるシステムが隠されている】という噂話を思い出していた。
「コユキちゃんが一度目に部屋に侵入した、その時に入力したパスワード。それこそが、この部屋に入るためのパスワードだったのではないでしょうか。コユキちゃんは、コユキちゃん本人も知らないうちに隠されたパスワードを入力していたんです」
「な……え?」
理解できない、といった表情のままコユキは固まっている。
「これは想像ですが、恐らくリオ会長はこの建物を超小規模なエリドゥのような、セーフハウスの役割を持つものとして設計したんだと思います。今でこそ色々な問題が解決したので、この建物はこうして生活指導部の皆さんに引き渡されていますが……」
まぁ、色々あったんです、とノアは解説を省略した。
「こっちの部屋に、部屋側の扉がないのは、見た目が全く同じになってしまったふたつの部屋を見分けるためのせめてもの工夫だったのかもしれませんね」
会長は相変わらず用心深いですね、と初めて困ったような声でノアは言った。
「繰り返すようですが、コユキちゃんはことこういうパスワードに関しては絶対に間違えません。本人には自覚がないようですが、それが今回の間違った推理に繋がる原因を作っていた、ということですね」
「つまり……最初から全ては勘違いで、犯人なんてものは存在していなかった、ということか……」
絞り出すような声でシンが呟く。
微笑みをもって肯定するノアの他には、誰も何のリアクションもとることができなかった。
──事件発生から数日が経過したある日。コユキは再び反省室から抜け出して、ビニール袋を手にセミナーの部室を訪れていた。
「こんにちはーっ! ノア先輩いますかー?」
「ちょ、コユキ……っ!? アンタまた勝手に抜け出して……」
「まぁまぁ、いいじゃないですかユウカちゃん」
ニコニコした表情のノアがユウカの肩を揉みながら言う。テーブルの上にはコーヒーが二つとココア一つが並んでいる。
「もう、別に私だって後で出してあげようと思ってたのに……ハァ、まぁいいわ。悪気があったわけじゃなさそうだし……」
何言っても無駄なのかしら、とため息をつくユウカをよそに、コユキはビニール袋から取り出したものをこっそりとユウカに手渡した。
「じゃあいきましょうか! ユウカ先輩! せーのっ!」
「ちょ、ちょっと待って、まだ何の準備も──あぁ、もう!」
「「お誕生日、おめでとう(ございます)!!!」」
パン、とクラッカーが弾ける音とともに、部屋中にキラキラと光を反射する紙吹雪が舞い散った。
ノアの真っ白な髪の上に幾つもの紙吹雪がのっている。
「ふふ、ありがとうございます、二人とも」
ノアは相変わらずの微笑みを崩さず、嬉しそうに肩に降りかかった紙吹雪を指で拾い上げた。
「もう! 本当はサプライズにしたかったのに先生が半端にバラしちゃうから!」
コユキが不満たらたらといった様子で口を尖らせた。本当はサプライズでドカンと『面白いこと』をやって、ノアの驚く顔が見たかったのだった。
「でも先生がバラしてくれなかったら、今でも反省室の中に閉じ込められっぱなしになってたわよ」
「うげ……それは嫌、なんですけど……」
言いながらユウカは手際よく冷蔵庫からイチゴのホールケーキを取り出し、ナイフを使って六等分に切り分けた。
「おぉ! イチゴのケーキだ! わーい!」
「ふふ、良かったですね、コユキちゃん」
「いや、一応コユキのじゃなくてノアの分なんだけど……」
言いながらも手を止めず、ユウカは切り分けたケーキを皿にのせて、三人それぞれの目の前に並べた。
「あとこれ、私からの誕生日プレゼントよ。最近日記をつけてるって聞いたから、ガラスペンを選んでみたの。慣れないうちはちょっと書きにくいかもだけど、良かったら使ってみて。改めて、誕生日おめでとう、ノア!」
「まぁ! ありがとうございます、ユウカちゃん!」
「ちょ、ちょっと近いってノア!」
ノアに抱きしめられたユウカが助けを求めるようにコユキに視線を送るが、コユキは持ってきたビニール袋から何かを取り出そうと下を向いており、全く気付いていない。
「じゃあノア先輩! これ、私からのプレゼントです!」
ハイ、とコユキは袋の中から取り出したプレゼントをノアに渡した。丁寧に包装がされた袋の中には、ウェーブキャットのイラスト入りのブックカバーと四つ葉のクローバーの押し花が入った栞が入っていた。
「あれ、コユキ、貴方お金持ってたの?」
ユウカが疑念の目をコユキに向けた。横領を疑っているのだろう。
「いいえ? 結局この前買ったムシクイーンの新弾も全部外れましたし、お金全然ないです!」
「それなのにプレゼントって……どうしたんですか、コユキちゃん?」
ノアも不思議そうにプレゼントをしげしげと眺める。
「これはアレです、きょーどーしゅっし? ってヤツです! 私は自作の栞を用意して、あとはお金を出し合って買ったんです!」
「共同出資……? あぁ、まさか……」
ウェーブキャットを見て、ユウカは軽く何かを察したように、小さく笑みを浮かべた。
「はい! シン先輩が、直接渡すのは恥ずかしいから、私からのプレゼントということにして渡してくれって言ってました!」
「恥ずかしいって、シン先輩らしいわね……」
思わずユウカは苦笑を浮かべる。
「ふふっ、ありがとうございます、二人とも」
ノアは栞とブックカバーを胸元に抱き寄せ、ウェーブキャットのイラストを愛おしげにそっと指先で撫でた。
「というかシン先輩、本当にウェーブキャットが好きねぇ……」
「私は可愛いと思うんですけどねー」
ユウカは信じられないものを見る目でウェーブキャットを眺めた。
ブックカバーに印刷されたウェーブキャットのイラストは妙に発色がよく、胴体がいつもより多めにウェーブしているように見えた。