宮廷魔導師選抜試験を記念受験した田舎者 作:俺だ俺だ俺だ俺だ
両親に諦められたのは、六歳の頃だったと思う。
外へ出るたびに風邪をひき、農具を持つたびに怪我をした。農家の跡を継ぐに足る息子でないことは明らかだったし、自分自身にもそのつもりはなかった。
土の匂いが嫌いだった。地を這う虫は気持ち悪くて仕方なかった。たとえ妹が両親の手伝いをしていようとも、それに手を貸すことすらしなかった。
幸運だったのは、我が家の納屋に大量の本がしまってあったことだ。文字を読めない両親が本を持っていた理由は分からないが、知識の飢えを満たすには十分だった。
特に興味をそそられたのは魔導書だった。多くの数式で綴られたそれは、まるで手足のように身体に馴染んでいった。村で魔法を使えるのは自分くらいだったけれど、ひとり遊びのおもちゃとしてこれ以上のものはなかった。
近所の住民たちは、自分が杖を振るう姿を見ると眉をひそめた。魔法は災いをもたらすと信じられていたからだ。
揉め事を起こすのは嫌だったから、皆が寝静まった夜に魔法を使うようになった。闇の中で術式を暗唱するのは良い訓練だったし、なんだか自由になった気がして心地が良かった。
穀潰しだという自覚はあった。だけど他に生き方を知らなかった。このまま田舎の頭でっかちとして死んでいくものだと思っていた。
そう、王都からの知らせを解読するよう頼まれるまでは――
***
「バウアーさん、おたくの息子さんはいるかいっ!?」
雨が降り続いていたある日のこと。家の居間で魔導書を読んでいると、玄関の戸を叩く音がした。両親と妹は畑に出かけていたから、俺は本を置いて廊下の方へと歩き出す。
「はい、キーガン・バウアーは自分ですが」
「おおっ、あんたか」
戸を開けると、そこにいたのは近所の寄り合いの長だった。うちと同じく農家をやっている六十代の男で、ここらへんの家をとりまとめている存在でもある。
「それで、自分に何かご用ですか」
「穀潰しのあんたに仕事だよ。文字が読めるんだろう?」
「ええ、一応」
「今朝、王都からこれが届いた。わしは読み書きが苦手だから、あんたに内容を教えてもらおうと思ってな」
男は一枚の紙切れを差し出してきた。見出しから察するに、宮廷からの正式な公示だ。使われている言葉も難解だし、こう言っちゃ失礼だがこの男に読めそうな内容ではない。
「何か大事な知らせだったら困ると思ったんだ。あんた、どうせ暇だろう? 金は出すから、明日までに内容を教えてくれないか」
「お金はいいですから、両親の水場掃除を免除してもらえませんか。この歳になって当番をこなすのが大変だと言っていて」
「……若いあんたが代わりにやればいいだろう。まあいい、次の当番は他の家に任せる」
「ありがとうございます。では、この紙は預かります」
「頼むよ。くれぐれも両親は大切にな」
男は小雨の中を走って帰っていった。俺は紙切れを居間に持ち帰って、台に置いて内容を読み始める。
「『宮廷魔導師選抜試験の概要について』……なんだそりゃ」
言葉の意味は知っていても、具体的な中身を想像することが出来なかった。何かの本でその存在を学んだことはあったけれど、宮廷魔導師なんてこの村じゃ見かけたこともない。
「キーガン、誰か来たのか?」
「あっ、父さん」
その時、父親が勝手口から帰ってきた。雨に濡れ、服は泥だらけになっている。
「そんな格好で家に上がったら母さんに怒られるよ」
「なに、母さんたちはまだ作業中だ。ん、なんだその紙は?」
「読んでくれって頼まれたんだ。父さんたちの水場掃除と引き換えにね」
「ああ、それでか。さっき爺さんが走っていったのを見たもんでな」
爺さん、というのはさっきの男のことだ。
「で、なんだ? なんて書いてあるんだ?」
「宮廷魔導師選抜試験、だってさ。何か知ってる?」
「ああ……」
父さんは何かを思い出したような声を出し、再び紙切れに視線を向けた。文字は読めないはずだが、それでも中身が気になるらしい。
「三年に一度、王都で宮廷魔導師を選ぶ試験があるんだ。その知らせだろう」
「宮廷魔導師って何をするの?」
「そりゃあ、王国の偉い仕事をするのさ。一族全てを養えるくらい、給料もたんまり貰えるそうだ」
「へえ、そりゃすごい。試験に受かるだけでいいの?」
「ああ。もっとも、その試験に受かるのが難しいんだがな」
「どれくらい?」
「貴族の令息やら商家の令嬢やらが猛勉強しても、箸にも棒にもかからないそうだ」
「そりゃ難儀だね」
見出しの下に具体的な試験内容が書かれていたので、さらに読み進めてみる。まずは筆記試験があり、そこから魔法の実技試験。最終的に合格する人数は決まってないが、多くても五人ほどと書いてある。
「『合格者は五人程度』だって。何人くらい受けるのかな」
「たしか一万人くらいと聞いたことがある。なんだキーガン、興味があるのか?」
「まさか。王都の賢い人間がたくさん受けるんだろう? 合格するわけがないよ」
「いやいや、お前にしちゃ珍しく声が上ずっているからな。どうせ家で本を読むだけなら、試しに受けに行ってもいいんじゃないか」
父さんに言われて、自分の気持ちが少しばかり昂っていることに気がついた。魔法の試験なんて、この村にいる限りは受ける機会すら与えられないからな――
「ちょっとお父さん、そんな泥んこで家の中に上がらないで!」
「いっ、いやいや! 今はキーガンと大事な話をしていたんだ。なあキーガン?」
「あ、ああ……」
母さんが帰ってきたので、父さんは慌てて自分の失態を誤魔化していた。俺たちの間にある紙切れが気になったのか、母さんは早歩きで勝手口からこちらに向かってくる。
「その紙はなに?」
「宮廷魔導師の選抜試験だとさ。受けてみたらどうだって、キーガンに勧めていたんだ」
「ちょっと、本気? 大変な試験なんでしょう、この子には無理よ」
「いやあ、別に受からなくてもいいさ。どうせ魔導書ばっかり読みふけっているんだから、たまには出かけさせるのも悪くないと思ってな」
「出かけさせるって……王都まで行かせるつもり?」
「ああ。一度は都を見物してみるのも、キーガンの人生には良い糧になるさ」
父さんはすっかり俺に受験させるつもりみたいだ。でもたしかに、王都には一度行ってみたいと思っていた。多くの人が行き交い、夜も眠らぬ都というものを、人生で一度は体験してみたかったのだ。
「旅費くらいは工面できるだろう。どうだ、帰ってきたらキーガンも心を入れ替えて働き始めるかもしれないぞ」
「……そうねえ。でも、この子に農家は無理だと思っているけど」
「別に農家を継がなくてもいい。何かが変わってくれればいいのさ」
俺が口を挟む間もなく、どんどん話が進んでいく。最初は呆れていた母さんの表情も、徐々に穏やかになっていく。
「分かったわ。キーガン、王都まで行ってらっしゃいな」
「いいの、母さん?」
「宮廷魔導師の試験を受けるだけでも大したものだわ。少しは近所の見る目も変わるでしょ」
「そっか。ありがとう」
「王都はいいところだぞ。土産だけ頼むからな」
両親に勧められるまま、気づけば王都行きが決まっていた。あくまで旅をするのが目的で、選抜試験はついでに過ぎない。
この時はまだ、そう思っていた。