へたり込む俺の前に突き付けられているのは、「2」と刻まれた左手首。その意味が分からず困惑していると、少女を後ろから羽交い締めするように大柄な青年が現れた。
「エレナお嬢さん、いくら負けたからって八つ当たりしちゃだめだ~って」
「ちょっ、触らないでよ!」
「バウアー君が困ってるじゃ~ん。デートの邪魔なんて無粋な真似するなよ~」
青年はどこか軽薄そうな口調で少女を宥めつつ、ゆっくり俺から引き離してくれた。この男もガウンを着ているな。ということは……予備学校のお仲間だろうか?
「でっ、デート……」
「あれ、よく見たら『グルート』のアマリアじゃん。何してんの?」
「えっと、お客さんの案内と言いますか……」
「あっはっは、またやってんのかあの親父!!」
青年は大きく口を開けて、大笑いしていた。羽交い締めされる少女、赤面しつつも気まずそうにしているアマリア、一人だけ面白がっている青年。何が何だかさっぱり分からない、昨日の試験内容よりよっぽど理解に苦しむ……。
「ちょっと、いいから放してっ……!」
「はいはい、悪かったよお嬢さん。ごめんなバウアー君、コイツは度が過ぎた負けず嫌いでさ」
「あんたこそ悔しくないのっ!? こんなどこの家とも知れない男にっ……!」
「別に筆記試験なんて受かれば同じだって。一位でも百位でも関係ないよ」
少女を適当に解放したのち、青年は俺に左手を差し伸べてくれた。そこには「31」と数字が刻まれている。……さっきから何なんだ、この数字は?
「ありがとうございます。ええと、あなたは……」
「ああ、申し遅れたね。俺はヘルマン・マイスナー、君と同じ魔導師試験の受験者だ」
「マイスナーというと……あのマイスナー家の」
マイスナー家には高名な魔導師が何人かいた記憶があるな。魔導書の著者にそういう名前が多かった気がするから、それで覚えていた。
「おっ、詳しいね~。うちみたいな弱小貴族を知っているなんて流石だなあ」
「すみません、貴族様の前でこんな」
「いいっていいって。偉ぶる貴族なんて貴族じゃないから」
貴族というものに直接関わった経験はあまりないが、このヘルマンという男は随分と親しみやすく感じる。良い意味で貴族らしくない、というか。
「お嬢さん、頭は冷えた?」
「……ええ。ウルムの水くらい冷えてるわ」
「そりゃぬるいなあ」
「いいから、どいて」
ヘルマンを押しのけるようにして、少女が再び俺の前にやってきた。何をされるのかと身構えたが、少女は不貞腐れたように目をそらしつつ、挨拶をくれた。
「……さっきは悪かったわ。私はエレナ・アーレント、コイツと同じく魔導師試験の受験生よ」
「アーレント、というと……アーレント予備学校と何か関係が」
「コイツは校長のご令嬢なんだ」
得心がいった。このエレナという少女こそ、さっきアマリアが話していた「校長の娘さん」というわけか。威信をかけて首席合格させる……とかなんとか言っていた気がするが。
「あの……それで、お二人は自分に何の用事が」
「このお嬢さんが血眼になって探し回ってたんだよ。『私を二位に落としたのはどこのどいつだ』って」
「ちょっと、ヘルマン……!」
「誰が一位だって関係ないのに、俺らまで駆り出してさあ。バウアー君も大変だったね」
「は、はあ……」
大変だったねと言われても、何が大変なのかすら分からない。恐らく魔導師試験について話をしているんだろうと想像はつくけれど、いまいち骨子が掴めない。
「バウアー君、左手首を拝見しても?」
「いいですけど。別に何もないですよ」
「ああ、そんな堅苦しい言葉遣いしなくていいからさ。……本当だ、何もないね」
左の手首を見せると、ヘルマンはふんふんと頷いていた。エレナも同じように見ていたが、怪訝そうに首をかしげている。
「バウアー君、もしかして合格発表をまだ見ていないの?」
「見てませ……見てないよ。というか、もう田舎に帰るところだったんだ」
「帰る?」
「うん。ここにいるのも、ただお土産を買いに来ただけで」
エレナとヘルマンは顔を見合わせ、目をぱちくりとさせていた。しかし、すぐにエレナの顔が赤くなっていき――ヘルマンは再び大きく口を開けて笑い始めた。
「かっ、帰るってどういうことよあんたっ!!?」
「あっはっはっは! こりゃ傑作だよ、バウアー君はすごいなあ!!」
二人の対照的な反応に、俺はただただ置いてけぼりにされるばかり。呆然として立ち尽くしていると、ヘルマンが俺に向かって口を開いた。
「もしかしてさ、自分が落第したと思ってるんじゃないだろうね……!?」
「えっ……まあ、うん」
「なっ、なにコイツ!? めっちゃ腹立つんだけど!?」
「お嬢さん、もう
エレナは大変お怒りのようだったが、ヘルマンはおかしくてたまらないといった様子で腹を抱えて笑っていた。いい加減、俺に何が起こっているのか説明してほしい。さっきから笑われたり怒られたりを繰り返して、頭がくらくらしそうだ。
「よし分かった、一緒に見に行こう」
「見に行くって……」
「合格発表だよ。ここから歩けば教会なんてすぐだよ」
「ちょっと、ヘルマン……!」
「お嬢さんもおいでよ。そのために来たんでしょ?」
ヘルマンは肩を組むように俺の背中に手を回し、店の外へと連れ出していく。エレナも俺たちのあとをついて歩き始めた。さらに、その後ろにはガウンを着た他の学生たちがぞろぞろと列をなしている。
「あのー、ここにいる人たちって……」
「ん? ああ、みんな筆記試験に受かった予備学校生だよ。今年は100人中96人がうちの学生だったんだ」
「えっ、百人しか受からないんですか? 一万人も受けるのに?」
「知らなかったの? 第一次試験の合格率はだいたい一
一分、ということは一割のさらに一割ということか。一万人も受けるのにどうやって(高々)五人まで選別するんだろう、とは思っていたが……まさか第一次試験で九割九分が振り落とされているとは知らなかった。
「見える? あそこに貼りだされているんだ」
「あれが……」
ヘルマンが指し示す方向には、縦長に切り出された大きい紙が十枚ほど貼られていた。合格者が百人ということは、一枚で十人ずつ合格者を発表しているのだろう。
「ほらっ、一番端っこの用紙。あそこが最上位層だ」
「へえー……」
「お嬢さん、ここからは
「いちいち言わないでってば!」
ヘルマンがそっと肩組みを解くと、すぐ隣にエレナがやってきた。エレナは淡々と説明するように語り始める。
「……第一次試験の合格者には受験番号が振り直されるの。私は『2』になった」
「その数字の意味って」
「察しが悪いわね。これは第一次試験の順位なの」
「順位?」
「あんた、ギリギリに出願したんでしょう?」
「なんでそのことを」
「騒ぎになっていたからみんな知っているの。そもそもガウンを着ていないって時点でみんな気にしてたみたいよ」
人の噂が回るのは早いなあ……。
「だから、あんたの受験番号は
「まあ、そうだけど」
「……あれを見なさい」
言われるがままに、一番端っこの紙に視線を向けてみる。そこには順位とともに合格者の名前、受験番号、第一次試験の得点が記されていた。
2 エレナ・アーレント 1 418/500
俺と違って真っ先に出願したのか、エレナの受験番号は「1」だった。得点に関しては……短答式が200点だとして、論文式に300点が振り分けられているということだろうか。それで合計が500点、ということかな。
「418点……」
「バウアー君に説明すると、お嬢さんの点数は予備学校史上最高得点だ。いや、魔導師試験の歴史上でも群を抜いていると言っていい」
「ヘルマン、やめて。……私は所詮、次席なんでしょ」
「おっと、失礼」
一度前に出てきたヘルマンが、再び後ろに下がった。418点という異例の点数なのに、二位。じゃあ、一位はいったい――
1 キーガン・バウアー 10211 468/500
「短答式満点、合計点は九割超え。いずれも史上初だそうよ」
「……へっ?」
「だから、
エレナはこちらの方をじっと見てきた。そして、絞り出すように――一言。
「たった一日で、私たちの