宮廷魔導師選抜試験を記念受験した田舎者   作:古野ジョン

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記憶の中のアマリア

 両替商で用を済ませたあと、俺は「グルート」の前にやってきた。店主は台の向こうで料理の下ごしらえをしている。

 

「店主さん!」

「……なんだ、兄ちゃんか。帰ったんじゃなかったのか?」

 

 店主はこちらに顔を向けようともせず、作業を続けていた。近くに立つアマリアは、不安そうな目でこちらのことを見ている。きっと二人も理解しているのだろう。俺が「グルート」の真実を知ってしまったことを。

 

「いえ、自分はもうしばらく王都に滞在することになりました」

「受かったんだってな。おめでとう、兄ちゃんは俺と違って優秀だな」

「宿屋をまた探してるんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの日と同じ言葉で問いかけた。店主は手を止めずに、ただ黙々とパイ生地を練っている。

 

「……分かってんだろう。俺は兄ちゃんを騙してたんだ」

「教えてください。なぜあなたのような方が、そんな真似をするんですか」

「……」

 

 答えは返ってこない。俺はちらりとアマリアの方を見たあと、店主の方を向いてはっきりと言った。

 

「アマリアの名前に()()()()をかけたのはあなたですよね?」

「えっ?」

「……そうだ」

 

 アマリア本人は分かっていないようだったが、店主は静かに頷いていた。その名の通り、名前の認識を阻害して覚えづらくする魔法だ。決して簡単な技術じゃない。

 

「どうも覚えにくいと思ったんです。アマリアの名前を僕に覚えさせないことで、彼女を庇おうとしていたんですよね」

「ああ」

「『新入り』と呼んでいたのもそのためでしょう」

「だから、お客さんは私の名前を……」

 

 驚いたように手で口元を押さえるアマリア。きっと「受験生を騙すから、お前は新入りのフリをしておけ」くらいにしか言われていなかったのだろうな。

 

「あなたは全ての責任を自分で背負おうとした。違いますか」

「アマリアは悪くねえ。それだけは言っておく」

「それを聞いて安心しました。でも店主さん、どうして受験生を騙すんですか」

「……」

 

 ここで初めて、店主が俺の顔を見た。真剣な表情で、諭すように語り掛けてくる。

 

「悪いことは言わねえ。それ以上言うなら田舎に帰りな」

「えっ……」

「兄ちゃんは人を信じすぎる。このままウルムにいてもろくな目に遭わねえ」

「どういう意味ですか」

「ウルムは良いところだ。だが……田舎から宮廷魔導師を目指すのはやめておけ」

 

 その言葉は()()などではなく、むしろ()()のように聞こえた。俺が戸惑っていると、さらに店主は話を続ける。

 

「金を儲けたかったわけじゃねえんだ。ウルムで嫌な思いをさせれば、もうそいつらが王都に来ることはねえからな」

「だから受験生を……」

「俺が言わずとも、いずれみんな騙されたことに気づくからな。兄ちゃんみたいに」

「でも、店主さんはあれだけ親切に」

「部屋は貸すし、パイだって焼く。だが決して助言はしねえんだ」

 

 たしかに、「試験場には早めに行った方が」とか「合格発表を見ていかないんですか」とか言ってくれたのはすべてアマリアだった気がする。店主が何か試験について有用なことを言ってくれた記憶はない。

 

 理由は分からないが、店主はウルムの外から受験するのはやめた方がいいと考えているみたいだ。だから宿屋に泊まった受験生には何も言わず、ただ金を騙し取られた記憶だけを植え付けて帰らせると。

 

「つまり、田舎から来た受験生を諦めさせるために」

「あの試験には魔物がいる。兄ちゃん、帰るなら今だ」

「……」

 

 店主がパイ生地の世話をしながら発した言葉は、やけに重々しく感じた。

 

 王都に来てからというもの、毎日のように田舎との格差を痛感する出来事があった。ウルムの外から宮廷魔導師を目指すことの厳しさも知った。そして何より――ただの観光気分だった俺に、一千万ベルクの重みが教えてくれた。

 

 もう、()()()()であってはいけないのだと。

 

「店主さん。宿代をお支払いします」

「兄ちゃん、だからもう――」

 

 俺は背中に隠し持っていた袋を前に出した。台の上に置いた瞬間、どんという音が響き渡る。

 

「五百万ベルクで十分ですか」

「はっ?」

「えええええっ!?」

 

 店主は唖然として、アマリアは大きな声で叫んだ。ついさっき稼いだ一千万ベルク。別にその半分を使ったところで、しばらく王都に滞在する分には全く困らない。

 

「すっ、すごい……これだけのお金、初めて見ました……」

「なんのつもりだ、兄ちゃん?」

「僕はしばらく『グルート』に滞在します。その宿代です」

「だからって、何も五百万ベルクもいらねえよ。なんで……」

 

 試験で一位をとって下賜をいただいただけで、生意気かもしれない。今まで散々家族に世話になっておきながらこんなことに金を使うなんて、不義理かもしれない。けど、これは――田舎から出てきた俺にしか出来ないことなんだ。

 

「そのお金が余った分で、今度またウルムの外から来た受験生を無料で泊まらせてあげてください。宿代を払わずに済むだけで、随分と楽になるはずですから」

「外から来た受験生は不幸になるって言ったじゃねえか。聞いていたのか?」

「だったら自分が道を拓きます。ですから、どうかまた泊めていただけませんか」

「……」

 

 店主は何も言わず、考え込んでいた。俺が受かるかは関係ない。しかし、何も知らずに田舎から出てくる後進たちの道を塞ぎたくはない。ウルムに生まれなかったというだけで不利な状況に置かれるのなら、少しばかり手助けがあってもいいはずだ。

 

「……宮廷魔導師になれなかった理由が分かった気がしたよ」

「えっ?」

「一泊二千ベルクにまけてやる。アマリア、兄ちゃんを部屋に案内してやれ」

「はっ、はい!」

 

 厨房の方にいたアマリアが、急いでこちらに走ってきた。俺は少し安心して、ほっと息を吐く。

 

「……なあ、教えてくれ」

「えっ?」

 

 その時、店主がまた口を開いた。不思議そうな顔を浮かべ、俺の目をじっと見ている。

 

「どうしてうちの店なんだ。他の宿屋でも良かったじゃねえか」

「そんなの、決まってますよ」

 

 王都にいる間、いろいろな店を見て回った。パイが美味い店は他にもあったし、もっと豪華な宿屋だってあった。それでは、なぜ「グルート」なのか。

 

「他の店は、蜂蜜の()()まで聞きませんでしたから」

「……そうか」

 

 店主の表情が、少しだけ和らいだような気がした。

 

 これでもう、俺はただの田舎者ではいられない。ウルムの外からだって、宮廷魔導師を目指すことは出来るはず。俺はその草分けにならなければならないのだ。

 

 自分の中に、覚悟のようなものが芽生えてきた気がした。

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