あれから何日か経って、第二次試験の三日前になった。筆記試験と同じ轍は踏むまいと思い、エレナとヘルマンに教えを乞うたところ、二人とも快く引き受けてくれた。の、だが――
「はあ!? 『グルート』に五百万ベルク支払った!?」
「あっはっは! 太っ腹がすぎるよバウアー君!!」
卓を挟んで向かい側に座るエレナとヘルマンが、案の定といった反応を見せた。ここはウルムの市街地にあるヘルト広場。周縁部に何個か卓と椅子の組が置いてあり、誰でも自由に使うことが出来るらしい。
「なっ、なんで『グルート』なのよ!?」
「えっ、だって……パイが美味しいから」
「美味しいけど! そうじゃないのよ、騙されてたのよ!?」
「でも、パイがすごく美味しいから」
「いやっ、すっごく美味しいけど!!」
「だからバウアー君に俺たちの常識を求めちゃダメだって!!」
ヘルマンは腹を抱えて苦しそうに大笑いしていた。相変わらずの笑い上戸だな。
「あっはっは、いやーおかしいなあ……。でもお嬢さん、田舎の受験生がどうこうなんて聞いたことあった?」
「いいえ、ないわ。ぼったくりを誤魔化すための方便じゃないかしら?」
「校長は何か仰ってなかった?」
「何も。いい加減にやめさせたらって言ってるんだけど、なぜかお父様が聞いてくれないのよ」
おや、どうやら二人も深く事情を知っているわけではないみたいだ。まあ、どのみち一泊二千ベルクにまでまけてもらったわけだしな。ぼったくられた分も、これで差し引きゼロになるだろう。
「それより第二次試験よ。キーガン、あんたはどこまで内容を知ってるの?」
「いや、まったく。魔法の実技試験……とかだっけ?」
「それはまだ先なんだ。いいよお嬢さん、俺が説明する」
ヘルマンは一枚の紙を取り出し、卓の上に置いた。ペンを走らせて、何か図のようなものを書いている。一直線に並んだ五つの丸と、それと向かい合うように描かれた一つの丸。
「これは……」
「次の試験は口頭試問だ。試験官が一名、受験者が五名の集団面接形式で行われる」
「口頭試問? そんなもので魔法の資質を?」
「いいや、第二次試験で評価されるのは魔法の実力じゃない。人間性だ」
「人間性?」
いまいちピンと来ないでいると、今度はエレナが口を開いた。
「宮廷魔導師に求められるのは技能だけじゃない。国を背負うに相応しい人格も兼ね備えている必要があるの」
「さらには家柄と周囲の人間関係も入念に調査されるんだ。筆記試験から一週間も期間が空くのはそのためさ」
つまり、今こうしている間にも俺たちの素性が丸裸にされているというわけだな。……いや、待てよ。貴族のヘルマンと校長のご令嬢たるエレナはいいとして、俺の家柄はどう評価されるんだ?
「あのさ、俺の家ってただの農家なんだけど……」
「それなら心配ないよ。家柄といっても、よほど不審な身分でなければ減点されないから」
「そうなの?」
「それに、あんたは筆記試験を一位で通ってるから。よほど捻くれた試験官でなければ、第二次試験は無条件で合格みたいなものよ」
「そっか……」
ほっと胸をなでおろした。これは助かったな。筆記試験は解ければいいが、口頭試問だとそうもいかない。予備学校生はかなり対策をしているようだし、まともに受験していたら次こそ落とされていた気がするからな。
「そういえば、第二次試験は何人が合格するの?」
「百人中の五十人が合格するんだ。まあ、半分が受かるってことだよ」
「半分は落ちるんだね……」
「多くの受験生にとってはここが正念場なのよ。最終試験までたどり着けなくても、第二次試験さえ合格すれば道があるから」
「どういうこと?」
最終合格者は多くて五人のはずだ。第二次試験の合格者だけに絞ったところで、その十倍の人数が残っていると思うのだが。
「合格して五十人の中に入れば『宮廷付き魔導師』として雇われる権利を得ることが出来るんだ。宮廷魔導師よりは格段に地位も報酬も落ちるけれど、それでも十分に名誉ある職位だからね」
「『宮廷付き魔導師』?」
「宮廷魔導師の下働き、と言ったところかな。実際に国を動かしているのは彼らと言ってもいいかもね」
三年に一回の頻度で五人を雇うだけで国が回るわけがないと思っていたが……そんな仕組みがあったのか。なるほど、だったら俺は最低でも「宮廷付き魔導師」には――
「あのね、キーガン。勘違いしちゃ駄目よ」
「えっ?」
釘を刺すように、エレナが口を開いた。表情は厳しく、その目はじっと俺のことを見つめている。
「宮廷付き魔導師になれば、二度と宮廷魔導師を目指すことは出来ないのよ」
「どういうこと?」
「地位と引き換えに魔導師試験の受験資格を剥奪されてしまうの」
「じゃあ、第二次試験に合格した後は――」
「もう後戻りは出来ない。合格して宮廷魔導師の栄誉を賜るか、落第して下働きの道に進むか。あるいはその両方を選ばないかの三択ね」
「もちろん、俺は宮廷付き魔導師だって素敵な道だとは思うけどね」
真剣な顔をするエレナとは対照的に、ヘルマンはにこやかにほほ笑んだ。正念場、と言っていたのはこれが理由か。「最低でも」宮廷付き魔導師になりたい受験生もいれば、「絶対に」宮廷魔導師になりたい受験生もいるのだろうからな。
「いや~、それにしても俺は幸運だよ。なんと言っても『31』だからね!」
「はあ……。あんたが羨ましいわ」
「ん?」
また二人がよく分からない会話を始めた。どうやら受験番号が大事みたいだが。
「ああ、バウアー君は分からないよね。実はさ、面接は十部屋に分かれて行われるんだ」
「ほう」
「受験番号を十で割った余りで部屋が決まる。つまり、『31』の俺と『1』の君は同じ『1番部屋』というわけだ」
「あれ、でも一部屋あたり五人って」
「ああ、五人ずつを二回するんだよ。それでぴったり百人だ」
「なるほどね」
つまり「1」から「50」の受験生と「51」から「100」の受験生に分かれているというわけだな。それで俺とヘルマンは同じ試験室というわけか。
「いや~、『1番部屋』で助かったよ。お嬢さん、『外れ部屋』じゃないといいね」
「あんたねえ、他人事みたいに……」
「『外れ部屋』って?」
そう尋ねると、ヘルマンがはあとため息をついた。
「最終的には、それぞれの部屋の試験官が集まって合否を決めるらしいんだ。そうなんだけど……」
「自分の部屋からほとんど合格者を出さない試験官がいるのよ。そこが『外れ部屋』というわけ」
「ええっ、そんなの運次第じゃないか」
「大丈夫だよ、バウアー君。今まで『1番部屋』が外れになったことはないんだ」
「やっぱり筆記試験の首席には配慮するみたいね。あーあ、あんたたちが羨ましいわ」
「あっはっは、これも日頃の行いかな?」
「『日頃の行い』なんて貴族様から一番遠いところにある言葉じゃないの、まったく……」
頭を抱えるエレナに対して、ヘルマンはいたく楽観しているようだった。筆記試験を一位で通過すれば、第二次試験はまず問題ない。その言葉を信じれば、俺も問題はないようだしな。
この後、俺は二人に過去の出題内容を一通り教えてもらった。こうしてみると、何も知らずに筆記試験に臨んでいた自分のことが(我ながら)恐ろしく思えてくる。よくもまあ、そんな無茶をしたものだよな……。
などと過去の自分を省みながら、俺は一所懸命に二人の言葉を紙に書き綴っていく。付け焼き刃とはいえ、今度はしっかり対策をしているんだ。きっと大丈夫だろう。
しかし、ヘルマンが試験室に入るなり青ざめていくのを見たのは――これから三日後のことであった。