第二次試験の当日は、朝から雨になった。俺は早めに大聖堂に入り、試験開始に備えて待機している。
「おはよう、バウアー君」
「ああ、おはよう」
椅子に座っていると、隣にヘルマンがやってきた。いつも通りに予備学校のガウンを着て、片手には杖を携えている。
「杖、必要なの?」
「いいや、必要じゃないけどさ。魔導師らしいかと思って」
「片手が塞がって不便じゃない?」
「不合理にも世の中の本質が隠れていると思うんだ。それに、君の方が不合理の塊みたいじゃないか」
ヘルマンは杖をぎゅうと握りしめながら、はははと笑っていた。たしかに、ぼったくられた宿屋に大金を支払った俺も十分に不合理だしな。最短経路を進むだけでは得ることの出来ないものもあるのかもしれない。
「それよりバウアー君、試験対策は大丈夫?」
「うん、聞かれそうな質問はしっかり考えてきたし。大丈夫だと思う」
「そうか、良かったよ。俺も君のおかげで『外れ部屋』は免れそうだし、運が良かったな~」
「あはは……」
などと返事をしているときに、頭に思い浮かんだことがあった。俺はまだ、魔導師試験の全容を理解したわけではない。それでもひとつ気づいたことがある。それは――敢えて「運」の要素が残されていることだ。
筆記試験の短答式では、適当に選んだ問題で点数を稼いで合格した受験生がいたかもしれない。今日だって、実力はあるのに「外れ部屋」に通される不運な受験生がいるかもしれない。この世に運が絡まない物事はないだろうけど、厳密さが求められそうなこの試験には似合わない気がする。
「皆さん、おはようございます」
ふと顔を上げると、講壇にゾフィーが立っていた。いつの間にか時間になっていたらしい。
「まず、第一次試験合格おめでとうございます。百分の一という狭き門をくぐり抜けることが出来たのは、あなた方の日頃の努力が報われた結果でしょう」
周りの受験生たちの表情が、少しばかり和らいだ気がした。みんな緊張していたのだろう。物言いの柔らかさといいえ、穏やかな顔つきといい、やはりゾフィーは偉大な宗教者だ。
「これより第二次試験を行います。試験内容は口頭試問で、この百人の中から五十人が第三次試験へと進むことになります。各試験室には……」
他の受験生と同様に、俺もしっかりゾフィーの説明に耳を傾けていた。筆記試験のときは自力で解き方を探ったけど、口頭試問ではそうもいかないからな。それに、また居眠りしていたら一千万ベルク(もう半分使ったが)が泣くだろう。
「……説明は以上です。それでは、50番までの受験生から指示に従って移動してください」
「バウアー君、行こう」
「うん、行こう」
俺はヘルマンとともに、「1番部屋」の方に向かって移動を始めたのだった。
***
修道女に連れていかれた先は、大聖堂の脇にある小さな建物の中だった。廊下に沿っていくつもの部屋があり、普段はそこで教会に関する雑務が行われているようだ。各部屋の扉には「1」「2」……と番号の記された紙が貼ってある。
「少々お待ちください。試験官に確認しますので」
「1番部屋」の扉を軽く叩いたのち、修道女が一人で部屋の中に入っていった。きっと受験生を通していいのか尋ねに行ったのだろう。俺たちは廊下で列をなしたまま待っている。
「……よかったな、俺たち『1番部屋』で」
「ああ、本当に……」
他の受験生二人が小声で会話を交わしていた。やはり「1番部屋」が外れでないという認識を持っているのはエレナやヘルマンだけではないらしい。
……なんの根拠もないけど、少しだけ嫌な予感がする。「1番部屋」が外れにならない、というのは本当に首席への配慮なんだろうか。十分の一の確率をたまたま外し続けただけなんじゃないか?
仮に三十年の期間で考えるとして、試験はその間に十回ある。その間に「1番部屋」が一度も外れにならない確率はおよそ三割五分だ。……普通に起こり得るんじゃないか? だとすれば、もしかして今年は――
「はい、お待たせしました。では『1番部屋』の皆さん、中にお入りください」
気付かぬうちに修道女が戻ってきていて、部屋に入るよう手で示していた。まあいい。どうせ俺は試験官を見たって外れかどうか分かりはしないんだしな。
「失礼します」
「うむ」
先頭を切って入室すると、そこには五つの椅子が並べられていた。向かい合うようにして机と椅子があり、あごに白い髭をたくわえた長髪の男が座っている。いかにも老練の魔導師といった佇まいで、風格すら感じられた。
「失礼しまっ……失礼します」
「し、失礼します」
後ろから続々と他の受験生が入ってくるが……どうも様子がおかしいな。心なしか動揺しているように見える。気のせいだろうか?
「失礼……」
「なんだ? 固まってないで早く入りなさい」
「……します」
……おいヘルマン、まるで貧血を起こしたみたいな顔色じゃないか。なぜそこまで狼狽えているんだ? まさか――この試験官が「外れ」なのか?
「全員揃ったな。座りなさい」
その言葉に従って、俺たちは一斉に席についた。少しの間だけ、にらみ合うような沈黙が流れたあと、試験官が口を開く。
「君たちの試験を担当する、エデル・ヴィットマンだ。よろしく」
ヴィットマンと名乗る男は自己紹介をしたのち、さっそく手元の紙にペンを走らせていた。既に何かが採点されているのだろうか。しかし、俺はヘルマンとエレナの教えを信じてただ質問に答えるしかないからな。
「では、まずは『1』番の受験生から」
「はい」
さっそく俺の番がやってきたみたいだ。ヴィットマンは資料らしき紙をぱらぱらとめくった後、俺に問いかけてくる。
「キーガン・バウアーといったか。なぜ宮廷魔導師を目指す」
「はい。この国における都市部と地方の格差を痛感したため、それを埋めるべく宮廷魔導師を志しました」
「ほう。良い心掛けだな」
「ありがとうございます」
ヴィットマンは再びペンを走らせた。この回答はエレナに考えてもらったものだ。田舎から出てきたのだったら、それを活かして質問に答えなさいと助言を貰っていたのだ。実際、俺の考えと共通するところもあるしな。
「次の質問だ。親の職業は田舎の農家とあるが……どうやって魔法を学んだ」
「納屋にあった魔導書を一人で読んでいました。家族に誰も文字を読めるものがいなかったので、それも独学で」
「ほう……」
俺の答えに、今度は周囲の受験生がざわついた。こっちはヘルマンの考えてくれた言葉だ。せっかく才能を示すことの出来る実話があるのだから、試験官に伝えた方がいいと提案してくれたのだ。
「第一次試験の結果が飛び抜けていたが、まさか独学とは思わなかった。素晴らしい才能だ」
「ありがとうございます」
「ふむ、とりあえず貴様は以上だ」
ああ、良かった。もしかして「外れ部屋」なのかと思ったが、杞憂だったな。やっぱり第一次試験を一位で突破した恩恵は大きいのかもしれない。
「次、『41』番」
「はっ、はい!」
「そうだな、では……」
番号の若い順で指名されるのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。次はどんな質問が来るんだろう。魔法の技術論か? 魔導師倫理か? それとも――
「『1』番の受験生がどんな不正行為をしたのか、貴様なりの考えを述べてみろ」
「えっ?」
「へっ?」
試験室全体が、困惑に包まれた。しかしヴィットマンの表情は真剣そのもの。まったく真面目に質問を投げかけている。ああ、そうか。そうだったのか。
やっぱりこの部屋、外れじゃないか……。
「41」の隣で死んだ顔をするヘルマンを横目に、俺も思わず天を仰いだのだった――