試験室の中には、重たい空気が横たわっている。ヴィットマンは睨みつけるように「41」番のことを見つめており、その眼光は刃物のように鋭い。
「今の受け答えを聞いていただろう。田舎で魔導書を読み漁っていただけの『1』番が、ここまで傑出した成績を残すことが出来ると思うか?」
「ええと……でも……」
「貴様も第一次試験のために相当な時間をかけて勉学に励んだだろう。本当に『1』番の成績が正当なものだと考えているのか?」
「それは……」
論理的な問いかけに、「41」番はたじたじになって言葉に詰まるばかり。ヴィットマンは本気で俺の成績を疑っているのか、それとも他の受験生を試すためにだしにしているだけなのか。その険しい表情から真意を読み取ることは難しい。
「『41』番、答えなければ次の受験者に当てるが」
「あっ、答えます! えっと……た、例えば事前に作成した資料をこっそり持ち込むとか」
「筆記試験の範囲は膨大だ。密かに持ち込める量の紙に全て書き切れると思うのか?」
「では、索敵魔法で他の受験生の様子を」
「索敵魔法にそんな使い方はない。それに、宮廷魔導師が多数見張っている試験会場で安易に魔法を使えると思うなど――我が国に対する侮辱に等しい」
「は、はい……」
なかなか理不尽である。不正行為を疑っている割に、ヴィットマンが自らその可能性を潰していくのだからな。これは「外れ部屋」と言われても仕方ないだろう……。
「もういい。次、『11』番」
「あっ、はい!」
「質問は同じだ。『1』番はどう不正行為をしたと思う?」
「ええっと……」
あれだけ『41』番が詰められていた直後に同じ質問とは、なかなか気の毒である。このヴィットマンを満足させるには何を答えればいい? 何を言えば納得させられる? ……すぐには思いつかないな。
「えっと、不正行為はなかったのではないかと思います」
「ほう。理由は」
「先ほど仰っていた通り、第一次試験の会場では多くの宮廷魔導師が見張っています」
「そうだな、それで?」
「彼らに悟られることなく魔法を使うのは不可能です。ですから、まず魔法を使った不正は不可能だと考えられます」
「ふむ」
「それだけでなく、かなりの数のシスターも目を光らせています。古典的な手法を用いて不正を試みたとしても、長い間の試験で一度も見つからないというのは不自然です」
「なるほどな」
多分「41」の回答よりはマシな気がする。論理の組み立てにおかしいところはないし、漠然とはしているものの、不正行為が難しい理由としては自然なものだ。これならヴィットマンも及第点を――
「つまり、貴様は宮廷魔導師の目をかいくぐって魔法を使う技術がない
「えっ!?」
「宮廷魔導師になれば、敵地に潜り込んで諜報員としての役割を果たすこともあろう。たとえ周りが全て敵であったとしても、魔法を使って任務をこなさなければならない場面は必ずある」
「そっ、それは……」
「貴様は試験場で魔法を使う想定を一度もしなかったのだろうな。もういい、以上だ」
いや、理不尽過ぎないか? たしかにぐうの音も出ない正論ではある。あるが……そもそもさっき「侮辱だ」とか言っていたじゃないか。あまりに酷な、言葉で言い尽くせないほどの理不尽。「外れ部屋」から合格者がほとんど出ないというのも頷ける話だな。
「次、『21』番だ」
「はいっ」
「質問は同じだ。『1』番はどんな不正行為を犯したと思う?」
「ええっと……」
「どうした、答えないのか?」
「それは……」
前の二人がどんな目に遭ったかを見れば、答えに窮するのも必然である。何を言っても刺されるのだから、口を開くことさえ躊躇ってしまうのだろう。
「こっ、この質問は不適切だと思います!」
「……」
「21」番の受験生が声を張り上げた。恐らく一か八かの賭けに出たのだろう。まともに答えても駄目なのだから、前提をひっくり返すしかないのだと。しかし、肝心のヴィットマンは何も言わずにじっと「21」番を見つめている。
「証拠もなしに不正行為があると決めつけ、あろうことかそれについて他の受験生に見解を求めるなど言語道断かと!」
「……」
「この質問で宮廷魔導師としての適性が測れるとは到底考えられません!」
半分ヤケになっていそうな物言いだが、恐らく俺を含めてこの場にいる受験生全員が心の中で頷いていたと思う。いや、事実そうである。俺自身は微塵も不正行為などしたつもりはないのだし、他の受験生だってそんなことについて尋ねられても困るのが普通だろう。
「ふむ、では……貴様はこの質問に答えられないのだな?」
「はっ、はい!」
ヴィットマンは表情を変えない。これは
「口頭試問で質問に答えないなど論外だ。もういい、以上だ」
「そんなっ……!」
大外れだったか……。いよいよ八方塞がりだな。不正している、していない、そもそも質問が不適切、そのすべてが不正解となると答えが全く分からない。この状況で残っている受験生は「31」番ただ一人。……そう、ヘルマンだ。
「次、『31』番」
「はい」
ちらりと様子を窺うと、意外にもヘルマンは堂々とした佇まいを見せていた。さっきはまるで落第したかのような顔色をしていたが、時間が経っていくらか落ち着きを取り戻したのだろう。
「貴様にも同じことを問う。『1』番がどんな不正行為をしたのか、考えを述べてみよ」
「はい」
飄々としていて、何が起ころうとも笑っている。俺のヘルマンに対する印象はそんなところだ。既に三人の受験生が狩られたこの状況で、この男がどんな受け答えを見せるのか。俺は純粋に興味があった。
「個人的な見解ですが、彼は不正行為などしていないと思います」
「ふむ。理由は?」
「はい、なぜなら……」
ここが肝だ。「11」番の受験生はこれをうまく捌けずに散っていった。俺だって、友人が理不尽に押し潰されるのは見たくない。頼むヘルマン、どうにか乗り越えてくれ――
「キーガン・バウアー、彼は不正行為を犯すにはあまりに
「ほう」
「えっ?」
む……無能とは強烈な批評だな。しかしこの男のことだ、きっと何か考えがあるはず。……そうだよな、ヘルマン?
祈るような気持ちで、俺はヘルマンの回答に耳を傾けたのだった――