「キーガン・バウアー、彼は不正行為を犯すにはあまりに
「ほう」
「えっ?」
ヘルマンの発言は、少し試験室の空気を変えた気がする。これまでの三人とは何かが違う。そんな雰囲気を感じさせてくれたのだ。
「無能、とはどういうことか?」
「先ほど、諜報員という話がありましたが。彼らがもっとも恐れることは
「ふむ」
「受験生も同じです。仮に不正行為を試みようと思った場合、目立って試験官に目をつけられるのは避けたいと思うのが自然でしょう」
「ああ、そうだな」
「その点、キーガン・バウアーの成績はあまりに飛び抜けています。つまり、目立ちすぎているのです」
「なるほどな。続けろ」
ヴィットマンの声色に、どこか満足感が含まれているような気がする。少なくともさっきまでとは明確に手ごたえが違う。もしや、これが
「さらに、彼の第一次試験の受験番号は最後尾でした。目立つことを避けるなら、もう少し無難な番号になるよう調整するはずです」
「ふむ、それで」
「決定的なのは合格発表後の彼の行動です。彼は旅費がないと言って第二次試験の前に田舎に帰ろうとしていたのです」
「つまり、何が言いたい?」
「不正行為をするにはあまりに目立ちすぎていますし、それでいて金を理由に第二次試験を諦めるのは計画性に欠けています。本当にそうだとしたら無能ですが……個人的に、彼はそこまで無能な人間ではないと思っています」
「故に、不正行為の存在は否定されると」
「おっしゃる通りです。自分の考えは以上です」
俺は意外に思った。のらりくらりと生きていそうなヘルマンという男の口から、筋の通った意見が滔々と語られたからだ。どこか物事を楽観視していて、それでいて余裕のある振る舞いを見せているのは……普段から周囲を俯瞰的に見ている証左なのか。
「……まあ、いいだろう。『31』番、貴様の言う通り『1』番は目立ちすぎている。一歩引いて考えれば簡単に分かる話だ」
「はい」
「そもそもこれほど目立つ受験生がいれば、自分から情報を集めるのが自然だろう。『31』番はそれが出来ているようだな」
そう言って、ヴィットマンは紙にペンを走らせた。ということは、やはり俺の不正行為を本気で疑っていたわけではないのだろう。他の受験生を試すために質問したというわけだな。……心臓に悪い真似はやめて欲しい。
ちらりとヘルマンの様子を見ると、さっきまでの動揺はどこへ行ったのか、極めて落ち着いた様子で椅子に座っていた。やはり肝が据わっている男なんだな。
「よし、分かった。では『41』番、また貴様に質問だ」
「は、はいっ」
「宮廷魔導師たる者として……」
この後、ヴィットマンは何個かの質問を投げかけてきたが、どれも無難なものばかりだった。恐らく合否はさっきの受け答えでほぼ決まっていて、あとは形式的に質問数をこなしているだけなのではないか……と、そんな気がした。
「……では、第二次試験は以上だ。何か質問はあるか?」
一通りのやりとりが終わって、ようやく受験生たちの緊張が解けてきた。それにしても……質問か。ここで目立つ意味はそれこそないかもしれないが、念の為に聞いておきたい。
「あの、ひとつだけよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「本当にあなたは私の不正行為を疑っていたのですか?」
「……」
ヴィットマンはじっと俺のことを見つめ、何も言わずに黙っている。また何か恐ろしいことを言われるんじゃないかと思い、質問したことを後悔しかけたが……その口から出てきたのは意外な言葉だった。
「疑っていない。が、仮に不正を犯していたとしても問題ないと考えている」
「と仰いますと?」
「宮廷魔導師の目をかいくぐって200問分の正答を不当に得ることが出来ていたとするならば、それはそれで魔法の技術に長けていると判断するしかないだろう。腕利きの受験生をくだらない理由で落とすことは出来ない」
「……なるほど」
「他に質問が無いようだから、これで第二次試験を終わる。あとは退出するように」
俺たちは一斉に席を立ち、試験室をあとにする。安堵、落胆、後悔。五人の間には様々な感情が入り混じり、言語化し難い空気感が醸し出されていた。
こう言ってはなんだが、ヴィットマンからは俺を落とそうという気持ちは感じられなかった。ヘルマンやエレナの言っていた通り、恐らく第一次試験を一位で突破した俺には何らかの配慮があったのだろう。
むしろこの試験で感じたのは、ヘルマンという男の底が知れないことだ。前の受験生の回答を参考にできた……という幸運もあっただろう。それでも、ヴィットマンを納得させられるだけの回答を出来たのは彼に実力があるからに違いない。
物事を俯瞰して、冷静に分析する能力。誰でも持ち合わせる能力ではないだろう。俺はヘルマンの大きな背中に尊敬を抱きつつ、廊下を歩いていく。こうして、第二次試験は幕を閉じたのだった。
***
「いや〜、一時はどうなるかと思ったよ」
「本当にね……」
試験を終えた俺たちは、大聖堂の前でエレナのことを待っていた。ヘルマンはほっとした様子で、胸を撫で下ろしている。
「まさかヴィットマン試験官がいるとは思わなかった。試験室に入った瞬間に終わりだと思ったよ」
「やっぱりあの人が『外れ』なの?」
「その通り。あんなとんでもない質問をしてきたんだから分かるでしょ」
まあたしかに、あれで「外れ部屋」じゃないと言われる方が驚きではある。
「悪かったね、バウアー君。君のことを『無能』だなんて言ってさ」
「いや、いいよ別に。無能だとしたら筋が通らない、という背理法的な論法を使っていただけだろうしね」
「あはは、ありがとう。本当は試験前に居眠りしていたって噂のことも言おうとしたんだけどさ、君の評価が下がるかもしれないと思って」
「なんだ、言ってよかったのに。どうせ試験官たちも把握してると思うから」
「それもそうだね」
別に「無能」だなんて言われて怒るような真似はしない。むしろ自分をネタにしてヘルマンが受かるなら、どんどんそうしてくれと言いたいくらいだ。
「でも俺とバウアー君は手応えばっちりじゃない? きっと受かったと思うよ」
「だといいけど」
「ヴィットマン試験官は『外れ』ではあるんだけど、実は『当たり』でもあるんだ」
「どういうこと?」
「彼が合格させた受験生は、その後の試験も順調に突破する率が高いんだ。だから俺たちはこの先も大丈夫だね!」
「……ヘルマン、君が楽観視しているとなんか不安なんだよ」
既に
「あら、待っててくれたのね」
「お疲れ様、お嬢さん」
その時、建物の方からエレナが姿を現した。他にも何人かの受験生が歩いているから、きっと「2番部屋」の試験が終わったのだろう。
「『2番部屋』はどうだった?」
「それがねえ……」
おや、様子がおかしい。俺とヘルマンは思わず顔を見合わせる。もしや今年は「外れ部屋」がもう一つあったのか? それでエレナも質問に答えられず――
「すっごく当たりの部屋だったわ!」
「「え?」」
「だってね、最初の質問は何だったと思う? 『ウルムで一番好きな飯屋はどこですか?』だったのよ!」
「「えぇ……」」
「も~すっごく優しい試験官でね! 向こうにもオススメのご飯屋さんを教えてもらったから、二人ともこの後どうかしら?」
満面の笑みを浮かべるエレナを見て、ヘルマンが何も言わずに俺の肩をポンと叩いた。……言いたいことはおおよそ分かる。
「なあバウアー君、もうお嬢さんは俺たちの仲間じゃないね……」
「そうだね、行こうか……」
「ちょっ、ちょっと何よ!? あんたたちだって当たり部屋だったんでしょう!?」
「そりゃあもう大当たりだよ。本当に、特大の当たりで……」
「まったく、あれ以上の当たりはないね……」
「なっ、いったい何なのよー!?」
肩をすくめて歩く俺たちのことを、エレナが慌てて追いかけてきたのだった。何はともあれ、第二次試験は終わったんだ。今日はゆっくり休もうじゃないか。
この翌朝に合格発表があったが、俺たち三人は全員合格を掴むことが出来た。これで「宮廷付き魔導師」としての職位を得ることは出来るが、だからといって落第するつもりはない。
次の試験は第三次試験。そう、すなわち――
いよいよ、魔法の実技試験が始まるのである。