親愛なる父さん、母さん、そして妹のマリーへ
お元気ですか。僕はいま、王都ウルムにいます。そちらに帰らず心配をかけていると思ったので、この手紙を綴っています。
結論から言うと、僕は宮廷魔導師選抜試験の第三次試験に進みました。父さんや母さんにはそんなつもりはなかったと思いますが、これも路銀を出して送り出してくれた二人のおかげです。ありがとうございます。
僕もよく知らなかったのですが、試験は第五次まであるそうなので、もうしばらくウルムに滞在することになるかもしれません。幸いにして、国王陛下からの御下賜金というものをいただいたので、旅費については心配しないでください。
それから、第三次試験まで進んだおかげで、少なくとも「宮廷付き魔導師」という地位を得ることは出来るそうです。仮に第三次以降の試験に落第したとして、ウルムに残ってその職に就くか、そちらに帰るかは決めていません。
個人的にはウルムの街が気に入ったので、宮廷付き魔導師として働いてもいいと思っています。ですが、これは僕だけでは決められないことだと思うので、何かの形でお返事をください。お待ちしています。
それから愛するマリーへ。王都の店で見つけた髪飾りを旅人に頼んでそちらの村に届けてもらいます。宿屋の娘に選んでもらったものと、僕が選んだものを両方とも送るので、気に入った方を使ってほしいです。
最後に聞きたいのですが、あの納屋にあった本は誰が使っていたものなのでしょうか。家にあった蔵書のことを王都で出来た友人に話したら、とても不思議がっていました。こちらのことも教えてくれたら嬉しいです。
そろそろ料金が高くなるのでこれくらいにします。みんな体には気をつけてお過ごしください。それでは。
キーガン・バウアーより
***
「……文面は以上でよろしいですか」
「はい。料金はいくらでしょうか」
「ちょうど一万ベルクです」
「じゃあ、これで」
受付台の上に金貨を置くと、係員はそれを受け取って用紙にペンを走らせていた。ここは王都ウルムにある通信所。村の近くにある別の通信所に通信魔法で文面を送り、そこから飛脚が家まで伝言してくれるらしい。口頭で話してくれるそうだから、文字の読めない家族でも理解出来るはずだ。
しかし、こんなに進んだ伝言の仕組みが世の中にあるとは知らなかった。うちの村にもたまに飛脚がやってきて、いろいろ伝えてくることはあったけれど……まさか通信魔法が使われていたとは知らなかったな。
「では、お届けします。二日ほどかかりますので」
「ありがとうございます。助かります」
むしろ、たった二日で届くんだな。歩けば二週間はかかる距離なのに、魔法の力は偉大としか言いようがない。
「おーい、次の文面はまだかー!」
「あっ、すいません!」
係員が振り返った先に、五十代くらいのむすっとした男が現れた。作業のしやすそうな服装をしているし、恐らく実際に魔法を使って文面を送るのはこの人物なんだろう。
「まったく、こっちは忙しいんだからさっさと持って来いよ……」
「すいません。文面はこちらで、あて先は……」
申し訳なさそうに係員が説明しているのを、男は機嫌が悪そうな態度で聞いていた。そういえば、ここは王国が運営している通信所だよな。魔法が使える、ということはあの男も魔導師なんだろうが……。
「お前、魔導師試験を受けてるのか?」
「えっ?」
考え事をしていたら、男の方から話しかけてきた。係員を押しのけるようにして、台越しにこちらに迫ってくる。
「悪いな、文面を細かく読むのは行儀が悪いと思ったんだが……どうしても気になってな」
「いえ、構いませんが」
「おおっ、本当に左手首に番号がついてるんだな。俺たちの時代とは変わったもんだ」
「は、はあ……」
男は興味深そうに俺の左手に視線を送っていた。俺たちの時代とは変わった、ということは……?
「いやあ、むかし俺も魔導師試験を受けたのさ。それが落第して通信所の技術員よ」
「ということは、あなたは『宮廷付き魔導師』なんですか?」
「そうさ。まあこんなとこに異動させられるのは珍しいが」
だろうな。いくら三年あたり五十人弱を採用しているからと言って、小さな通信所にまで配置していたらとても人手は足りないはずだし。恐らくたまたまここで働いていたというだけだろう。これも巡り合わせか。
「まあ、頑張れよ。しっかり宮廷魔導師になってくれや」
「あっ、ありがとうございます」
「じゃあな。お前の文面はとびっきりの魔力で送ってやるよ」
去っていく男の頬が、ほんの少しだけ緩んでいたように見えたのだった。
***
手紙は魔法で送ることが出来たとしても、実際に物を届けるのは誰かに頼まなければならない。運良く俺の村まで旅をする人間がいればいいんだが、それを探すのは骨が折れる。となれば……数多くの旅人と接する者に頼めばいいだろう。
「あそこだよな……」
俺はウルムの外縁部にある城門までやってきた。ここは田舎から出てきた初日に通ったところ。警備兵に止められ、どぎまぎさせられたあの場所だ。
「あの、すいません」
「うん? お前は……ああ、あの時のお前か!」
警備兵に話しかけると、驚いたように声をあげられた。どうやらあの時と同じ兵だったらしい。顔が隠れている部分があるから、こっちは分かりにくいんだよな……。
「お前、その左手……試験に受かったのか!? すごいな!」
「あっ、ありがとうございます」
「まさか本当に受かるとはな……ここでとっ捕まえなくて良かったよ」
実際、この兵に拘束されていれば全てが変わっていたわけだしな。
「で、何の用だ?」
「頼みたいことがありまして。ここの近くに向かう旅人に、この箱を預けてほしいんです」
俺は村の名前を記した紙と髪飾りを納めた箱を兵に見せた。日頃から旅人と多く接しているのだろうし、きっと俺の村に向かう人間にも会うだろう。だったらこの兵に頼むのが最適だ。
「ここに一万ベルクの金貨もあります。もし依頼を受けてくれる方がいれば、その方に渡してくれませんか」
「なるほどな。本来はこういうのは受けちゃいけないんだが……受験生様の頼みなら特別だ。任せとけ」
「ありがとうございます。あの、あなたにも謝金を……」
「いいさいいさ、それこそ俺が上に怒られちまう。気にすんなって」
そう言って、兵は笑っていた。本来の職務に差し障りそうだし、断られたら潔く諦めようと思っていたが……本当に助かった。今日はこの左手首の威力が遺憾なく発揮された気がするな。
「すいません、それではお願いします」
「ああ、もちろん。次の試験はいつだ?」
「十日後に第三次試験がありまして」
「そうか。俺の財布が空になる前に、早く宮廷魔導師になってくれよな」
「はい、頑張ります」
俺は兵に手を振って、またウルムの中心へと戻っていく。宮廷魔導師になれたとしたら、真っ先に警備兵の賃上げに取り組まないといけないな……なんて。
田舎にいる家族と王都で出会った人々に感謝しながら、今日という一日を終えたのだった。
この時、俺はまだ知らなかった。
試験に魔物が棲んでいる、という言葉の意味を――