第三次試験が数日後に迫った、ある日のお昼。エレナやヘルマンとの待ち合わせのために、俺は大聖堂の前に立って街を行き交う人々をぼんやり眺めていた。
子供を連れて買い物に向かう母親、街灯を手入れする技師、忙しなく行き交う商人たち。活気あふれるウルムの光景もすっかり見慣れてきたな。
「あら、よく会うわね」
その時、近くを歩いていたゾフィーから声をかけられた。何かの用事のために教会から出てきたところらしい。たしかに、この人にはよく出会う気がするな。
「こんにちは、シスター。ちょっと待ち合わせがありまして」
「そうだったのね。そういえば、あなた第三次試験まで進んだんでしょう?」
「はい、おかげさまで」
「おめでとう。良かったわ、第二次試験の心配をしてたのよ」
「と言いますと?」
「ウルム生まれを贔屓する試験官がいるの。意味は分かるでしょう?」
俺が
「……それは知りませんでした。ありがとうございます」
「受かったのならそれが一番だわ。でも、しばらくあなたと会う機会はなさそうね」
「どういうことですか?」
「第三次試験以降は私たち教会が関与しないのよ」
ゾフィーは少し残念そうに笑った。たしかに、既に受験生の数は五十人にまで絞られているしな。もう教会の手を借りずとも試験を実施することが出来るのだろう。
「今までありがとうございました。お世話になりました」
「いいのよ、そんなこと言わなくて。むしろ無事に仕事が終わってほっとしているわ」
「いえ、本当に感謝してるんです。あなたがいなければ、僕はこの試験を……」
「この次も頑張りなさい。まだまだ魔導師試験の道のりは厳しいわ」
にこっと俺に笑いかけて、ゾフィーは去っていった。この人に出会えてよかったと思う。もし、あの人に出願を受け付けてもらわなければ。第一次試験のときに助言を貰わなかったら。……きっと今ここにはいないだろう。
「おーい、バウアー君!」
入れ替わるようにやってきたヘルマンたちに、俺は手を振り返したのだった。
***
飯屋の卓で料理を囲みながら、第三次試験について二人に教えを乞うつもりだったのだが……エレナの回答は意外なものだった。
「対策がない?」
「ええ、そうよ。第三次試験以降は対策のしようがないの」
「話してないで食べようよ。肉が冷めるよ」
エレナははあとため息をつき、ヘルマンはフォークで肉を口にしていた。対策がない、とはどういうことだろう。田舎から出てきた俺はともかく、予備学校生の二人なら何らかの作戦を練っているものだとばかり思っていたが。
「もう一度説明するわ。第三次試験では五十人が二十人に絞られるの」
「うん、それで」
「内容は魔法の実技試験。……ということしか分からないの」
「えっ、どうして」
首をかしげていると、ヘルマンが右手に持っていたナイフを持ち上げた。それをわざとらしく自分の首元に近づけ、ニヤッとほほ笑む。
「これだよ。第三次以降の試験内容を漏らした人間は死罪なんだ」
「ちょっとあんた、貴族様のくせに行儀が悪いわよ」
「これは失敬。とにかく、俺たちも第三次試験の内容は細かく知らないんだ」
「恐らくだけど、第二次試験の合格者を『宮廷付き魔導師』として雇うのにはそれも理由としてあると思うわ。宮廷に入れば守秘義務が生まれるから」
「ま、どこかには試験内容が知れているかもしれないけど……基本的には当日のお楽しみってわけだね」
それが「対策のしようがない」という言葉の意味か。たしかに、第二次試験の合格発表の際に説明を受けたが……「魔法の試験をするから、必要なら杖を持って来い」としか言われなかった記憶がある。
「ちなみに、第四次以降は?」
「もう完全に分からないね。受験生同士で鬼ごっこでもするんじゃないかな?」
「何をくだらないことを言ってるのよ。宮廷魔導師の試験なのよ?」
「冗談だよ、冗談。いいから早く食べようって」
ヘルマンに促され、俺とエレナもナイフを手に取った。……こんな上品な道具で食事をするなんて、田舎じゃ滅多にないことだったな。さすが、エレナが試験官から勧められたというだけはある店だ。
「……うまっ」
切り分けた肉を口にすると、噛んだ瞬間に汁が溢れた。柔らかな赤身にほんのりと甘い脂の味がして、頭が幸福感でいっぱいになる。
「どうだい受験生たち、うちの店は!」
「ええ、とっても美味しいわ」
「美味しいです」
「そうかい、いくらでも食べていってくれよ!」
近くを通りかかった店員が、大きな声で笑った。ここの店でも、左手首の受験番号を見せれば会計を安くしてくれるらしい。自分の置かれた立場がいかに恵まれたものかを痛感する。でも――試験に落第すれば、それも終わりだ。
「そういえばバウアー君、例の蔵書のことは分かったのかい?」
「いや、手紙で聞いたところなんだ。まだしばらく返事は来ないと思う」
「私も気になるのよね。どうして農家の納屋に魔導書なんかあるのかしら」
「うーん、俺も不思議なんだけどさ……」
二人と会話を交わしながら、俺は並べられた料理を食べ進めていく。どうせ何も分からないなら、あまり試験のことを考え詰めても仕方ない。今はこの豪勢な品々を楽しもうじゃないか。
この数日後、第三次試験が幕を開ける。意外にもその内容は極めて単純なもので、俺たち受験生はほっと胸を撫でおろした。こんな試験、誰が受けても合格するのではないか……と。
しかし、宮廷魔導師への道が平坦でないことを――すぐに思い知らされることになるのである。