宮廷魔導師選抜試験を記念受験した田舎者 作:俺だ俺だ俺だ俺だ
家族に見送られ、俺は村を旅立った。王都ウルムまでは歩いて二週間ほどかかる。体力のない自分がたどり着けるのか心配だったが、村の外では遠慮なく魔法を使うことが出来たから、面倒ごとは回避することが出来た。
「あれが……」
ウルムに近づくにつれて、何基もの見張り塔を携えた高い城壁が見えてくる。何周もの壁で囲われていると噂では聞いていたが、実物を見るとやはり感慨深いものがあった。
城門の前では、鎧を身に付けた兵たちが左右に分かれて通行人に誰何していた。取り締まりが厳しいわけではなさそうだが、俺のような田舎者には緊張する瞬間だ。
「止まれっ、そこのお前」
「はっ、はい」
門を通過しようとすると、右側に立っていた兵に呼び止められた。いかにも旅人という格好をしているから、特にお咎めなしだと思ったんだがな。
「ウルムには何の用だ?」
「いやあ、王都に旅行をと……」
「旅行? 道楽でか?」
「ああ、ええと……」
うっかり口を滑らせてしまい、兵がこちらを見る目が厳しくなった。こんな若者がただ気ままに旅をするなど、向こうからすれば怪しくて仕方がないはずだしな。
「宮廷魔導師の試験を受けにきたんです」
「魔導師試験? お前がか? 受験票を見せろ」
兵がこちらに手を出すと、鎧同士が触れあってかちゃんと音が鳴った。はて、受験票と言われてもな。
「受験票……とは何でしょうか」
「はあ? 受験者のくせにそんなことも知らないのか?」
「はい。とりあえず試験日に間に合うように出てきたもので」
「……お前、何かを勘違いしているんじゃないのか?」
俺のことを憐れむようにして、兵がため息をついた。どうやら俺は失言をしたらしい。
「まさか出願もしていないのか?」
「そういうのが必要なんですか?」
「……お前のような受験者は初めて見た。もういい、通れ」
「はあ、どうも」
軽く礼をして、俺は門の中に向かって歩きだす。もしかすればあの時の紙切れにいろいろと書いてあったのかもしれないな。王都見物にばかり気をとられて、あまり考えて――
「おーい、ちょっと待て!」
「はい?」
振り返ってみると、さっきの兵が走ってきていた。拘束されるのかと思って身構えたが、どうも様子がおかしい。
「もう一人の警備兵が教えてくれた。魔導師試験の出願は試験前日まで受け付けているそうだ」
「それをわざわざ自分に?」
「どうも気になったらしい。長旅をしてきたようだが、その割に汚れのひとつもついていない――とな」
なるほどな。この兵たちは毎日のように大量の人間を観察しているから、俺の姿に違和感を覚えたのかもしれない。土汚れが嫌いだから、こまめに魔法で綺麗にしていただけなんだが……。
「お前、ひょっとして腕利きの魔導師なのか?」
「いえ……ただの農家の息子です。選抜試験も試しに受けてみるだけで」
「ふうん……。変わった奴もいたもんだな」
兵はしげしげと俺のことを見ていた。何はともあれ、出願というものが必要らしいからな。
「あの、出願というのはどこへ行けば」
「ウルムの中心にある教会へ行け。試験場もそこだ」
「ありがとうございます」
「まあ、頑張れよ。宮廷魔導師になったら俺の給料でも上げてくれ」
そう言い残して、兵は門の外へと戻っていった。人生において、こういう運の良い経験は一度や二度ではない。十八歳まで働きもせず、よくも天に見放されなかったな……なんて、自嘲した俺であった。
***
教会に着くまでに目にした景色は、全てが新鮮だった。街を行き交う商人の集団、威勢よく客を呼び込む屋台、そして――ガウンを身にまとった学生たち。田舎ではそうそうお目にかかれないものばかりだ。
「そこの兄さん、旅人だろう!? うちの宿屋はどうだーい!?」
「おーい、うちのパイでも食べていかんかー!?」
魅惑的な掛け声を楽しみながら、教会へと歩き続ける。よく整備された石畳、目にも鮮やかな街並み、どこからか漂う香ばしい匂い。通りをただ歩くだけでも心が躍る。
ウルムは聞いていたよりもずっと大きな都市で、ずっと華やかな都市だ。ここに来られただけでも、旅の目的は果たされたと言っていいのかもしれないな。
「……ここか」
日が暮れそうになる頃、俺は教会へとたどり着いた。高い鐘塔のある大聖堂が印象的で、外から見るだけではどれくらい広いのか見当もつかない。
教会は小高い丘のふもとにあって、上を見れば城壁に囲まれた天守がある。つまり、ここはウルムの中枢の膝元というわけか。
てっきり出願をする受験者であふれかえっているのかと思っていたが、周囲を見渡す限りでは閑散としている。どこに行けばいいのかと途方に暮れていると、近くを歩いていた若い修道女に話しかけられた。
「教会にご用ですか?」
「えっ? あの、えっと」
「魔導師試験の実施が近いため、今は立ち入り禁止なのです。せっかく遠くからお越しのところ、申し訳ありません」
どうやら敬虔な巡礼者だと思われているらしい。弱ったな。思わず頭をぽりぽりとかいていると、修道女も何かおかしいと気づいてくれた。
「あの……もしかして別のご用が?」
「えっと、宮廷魔導師試験の出願というのをしたくて」
「えっ?」
修道女はぽかんと口を開けた。また何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「えっと……出願ですか? 試験日まであと一週間もありませんよ?」
「ええ、でも前日まで受け付けていると伺ったので」
「まあ、そうですけど……大抵の受験者は一か月前までには済ませるものですから……」
要するに、こんな直前になって出願するのはけしからんという話らしい。なんだか申し訳ない気分になった。
「とにかくご案内します。出願は事務所で受け付けますので」
「はあ、どうもすいません」
連れられるまま、大聖堂の脇にある小さな建物に向かったのだった。
***
「シスター・ゾフィー、宮廷魔導師選抜試験の志願者をお連れしました」
「入りなさい」
修道女が事務所の扉を開けると、そこにはさらに年老いた修道女――恐らくこの人物がシスター・ゾフィーであろう――が待っていた。老眼鏡のようなものをかけて、椅子に座って台越しにこちらを見ている。
「では、ここで私は失礼します」
「お世話になりました」
若い方の修道女はさっさと外に出ていってしまった。シスター・ゾフィーは俺の姿をじっくり見てから、にこやかに口を開く。
「杖も持たないのね」
「出願に必要でしたか?」
「大荷物を背負っていたから、逆に気になっただけよ。それより、随分と慌ただしい出願ね」
「試験の存在を知ったのが直前だったんです。もう締め切られてしまいましたか」
「いいえ、今からでも受け付けるわ。この願書に必要事項を書いて」
ゾフィーは一枚の用紙を台の上に出してきた。名前、出身地……親の職業? 変なことを聞くな。
「嘘を書いたら死罪よ。気をつけて」
「死罪?」
「宮廷魔導師選抜試験とはそういうものよ。そうそう、この欄は……」
こちらが世間知らずだと分かっているようで、ゾフィーは懇切丁寧に願書の書き方を教えてくれた。さっきの警備兵といい、やはり周囲の人間には恵まれている気がする。
「はい、これで願書は終わり」
「ありがとうございます。それで、えっと……」
「こちらにいらっしゃい。そこの机に座って」
ゾフィーは台の天板の一部を上げて、中に入るよう手招いてきた。近くの空いた机を指さし、席につくよう促してくる。
「どういうことですか?」
「誰にでも試験を受けさせるわけにはいかないの。採点官の腕が折れてしまうわ」
意図も分からぬまま、俺は着席させられる。何をさせられるのかと思えば――ゾフィーはまた別の用紙を机の上に置いた。
「これは?」
「出願の際には試験を受けてもらうのよ。なあに、心配しなさんな。最低限の読み書きが出来れば誰にでも解けるわ」
「はあ……」
なるほど、受験者の数を絞るために出願の段階で試験を受けさせるのか。しかしこの紙、何も書かれていない。
「あの、問題は」
「受験者ごとに問題を変える必要があるのよ。今に出てくるわ」
「えっ?」
ゾフィーは再びにっこりと笑った。次の瞬間、用紙に薄い文字のようなものが出現して――だんだん色味が濃くなっていく。
「これは……」
「魔法で試験問題を無作為に生成する紙よ。さ、解いてごらんなさい」
やがて文字たちは結び付けられて、文章になった。物質の光への反応を変えて、色味を操る魔法だ。王都ともなると随分と高級な魔法が使われるんだな。
用紙には「『魔法原論』の著者を答えよ」と書いてある。田舎者の俺でも知っているくらい有名な本だし、ただ答えるだけなら造作もないだろう。
「どうしたのかしら? 簡単な問題でしょう?」
「ええ。簡単です」
ゾフィーはわざとらしく答えを急かした。俺は用紙を指でそっと持ち上げて、高く掲げる。
「こんな試験、こっちがごめんこうむります」
次の瞬間、びりびりと音を立てて――俺は問題用紙を破り捨ててしまったのだった。