第三次試験の当日、俺たち受験生はだだっ広い平原の中心にある屋根だけの建物に集められていた。ここはゲリー演習場という名前で、普段は魔導師が訓練するのに使う場所らしい。
周囲を見渡すと、あちらこちらに構造物が配置されている。きっと魔法の標的代わりに用いられるのだろう。となれば……試験内容もなんとなく見えてくる。
「ようこそ、ゲリー演習場へ。第三次試験の採点を担当するエデル・ヴィットマンだ」
俺たち受験生の前に立つのは、ローブを身にまとったヴィットマン。その右手には杖が握られている。まさかここでもこの男が試験官だとは思わなかったな。
「ここにいるのは第二次試験を突破した五十名だ。今日の試験ではさらに二十名まで絞り込む」
ヴィットマンがぎろりとこちらを睨んできて、受験生たちの間に緊張が走る。三十名が落ちるということは、半分以上がここで消えるということになる。エレナから聞いて分かってはいたが、やはり第二次試験より厳しい倍率だな。
「第三次試験の目的は基礎的な魔法の能力を測ることである。宮廷魔導師の職務内容は多岐に渡り、魔法を使わないことも多い。しかし……」
かん、という甲高い音が響いた。ヴィットマンが持っていた杖で地面を突いたのだ。受験生たちはハッとして顔を上げる。
「我が王国の原動力が魔法であることは疑いようのない事実だ。魔導の適性を欠く者を、宮廷魔導師として陛下の前に立たせることは出来ない」
身が引き締まるような思いだった。宮廷魔導師の根幹をなしているのはあくまで絶対的な魔法の実力であり、それを評価することなしに合格させることは出来ない……と言いたいわけか。
「では、実際の試験内容について説明する。全員、私に注目するように」
この場にいる全員の視線が、ほぼ同時にヴィットマンのもとへと集まる。何をするのかと不思議に思っていると、ヴィットマンは右手に持っていた杖を平原の方に向けた。
「見えるか?」
杖の示す先にあったのは、大きな看板のような白い構造物だった。その表面には同心円状の黒色模様が塗られている。いかにも訓練に使う標的といった雰囲気だ。
「君たちに与える課題は極めて単純だ。私の真似をすればいい」
そう言って、ヴィットマンは杖の先をじっと見つめた。その周囲には徐々につむじ風が巻き起こっていき、ローブの布地がはためいている。受験生たちが固唾を呑んで見守っていると、杖の先から赤い閃光が走り――標的から爆炎が上がった。
「おお~……」
受験生たちから感嘆の声があがる。流石の火力、と言ったところか。詠唱もなしにあれだけの魔力量を扱うとは、やはり試験官を務めるだけはある人物だな。
だんだんと煙が晴れてくると、例の標的が再び姿を現した。どうやら相当強い防御魔法で守られているらしい。五十人も受験生がいるのに、いちいち壊されていたら面倒だろうしな。さて、この後はいったい何をすれば――
「……さて、試験内容はこれだけだ」
「えっ?」
「これだけですか?」
「火力魔法だけ?」
「そうだ。君たちはただ火力魔法であの的を撃てばいい」
ヴィットマンがこちらに向き直ると、受験生たちが一斉にざわついた。……これで終わり? ただ火力魔法を撃つだけ? それで宮廷魔導師としての適性を測ることが出来るのか?
「バウアー君、ちょっといいかい?」
「ああ、ヘルマン」
その時、近くにいたヘルマンに肩を叩かれた。俺と同じで、あまりに試験内容が簡素なのが気になったらしい。
「俺たち、随分と舐められたもんだね」
「うん……」
「習いたての子どもでも出来るよ、こんな単純な課題は」
ヘルマンは肩をすくめて、ため息をついた。火力魔法というのは最も原始的な魔法のひとつで、初心者が最初に習得するものとされている。宮廷魔導師の選抜試験で問われるような代物ではないだろう。もしかして、俺たちが想像していたよりもずっと簡単な試験なのか……?
「では、受験番号が後ろの者から始める。『97』番、前へ」
「はっ、はい!」
ヴィットマンの指名に従って、受験生の集団から一人の青年が現れた。ガウンを着ているから、これも予備学校生の一人だろう。
「ヘルマン、あの『97』番は知り合い?」
「うん。筆記試験はギリギリだったけど、魔法を使うのは結構うまいよ」
「へえ、そうなんだ……」
「あれくらいの標的を撃つなんて、屁でもないだろうね」
青年は右手に杖を携え、皆の前に立っていた。平原の方に体を向けると、先ほどのヴィットマンと同じように、杖の先を標的へと向ける。
「自分の
「はいっ!」
受験生たちの視線が一斉に集まる。これだけの注目を浴びながら杖を振るうなんて、滅多にない機会だろうな。
「もしかして、緊張するかどうかが評価項目だったりして」
「まさか」
ヘルマンが後ろから冗談を言ってきた。もちろん、そんな点を見られているわけではないだろう。しかし、実際にどうやって差をつけるのかは気になるところだな。おっ、そろそろ魔法を撃つところか。
「はっ!」
青年が大きな声を出すと、杖の先から赤い光線が放たれた。彼は真っすぐに標的を見据えており、火力魔法をしっかりと命中させた。……そのはずだった。
「うわっ!?」
「えっ!?」
「なんだ!?」
次の瞬間、光線が近くの地面に叩きつけられ――至近距離で大きな爆炎が上がった。突然の出来事に受験生たちからは悲鳴があがったが、ヴィットマンだけは冷静にその場に立っている。まるでこのことを予想していたかのように。
「『97』番、貴様の試験は終わりだ」
「えっ、ちょっ……ちっ、違うんですっ! 自分は、たしかにあの的をっ……!」
「終わりだと言っただろう。次、『94』番」
「そっ、そんなっ……!」
すがりつくようにやり直しを求める『97』番の青年に対し、ヴィットマンの態度は冷酷だった。単純な火力魔法だし、この距離なら絶対に外さないはず。……何が起こっているんだ?
「ヘルマン、これは……」
「分からない。けど、これだけは噂で聞いたことがあるんだ」
「えっ?」
「第三次試験には魔物が潜んでいる、とね」
「それって……」
「94」番は怯えたように前に出ていく。試験内容は簡単だったはずだ。誰にでも出来る単純な課題だったはずだ。まさか――
「ゲリーの魔物。何百人という受験生が喰われてきたんだ」
ヘルマンがそう言った瞬間、再び爆炎が上がったのだった。