「……次っ、『85』番!」
「はっ、はいっ!」
ヴィットマンの指示とともに、『85』番の少女が皆の前に現れた。受験生の動揺がおさまらない中でも、試験はお構いなしに進んでいく。既に四人の試験が終わったが、誰もあの標的に当てることは出来ていない。
「えっ、えいっ……! きゃあっ!」
「よし、もういい。次ッ!」
案の定、『85』番の放った魔法はあらぬ方向へと飛んでいき、またしても地面に着弾した。これで五人連続だ。一人だけ失敗したなら本人の実力が理由だろうが、ここまで続けば外的要因があるとしか思えない。
「バウアー君、どう思う」
「この場に何かが仕込まれている。そんな気がする」
「何かって?」
「それが分からないんだ。魔法なら気づけると思うんだけど……」
「そっか。君でも分からないか」
ヘルマンは俺の隣に立ち、前で試験に臨む受験生たちをじっと眺めていた。この現象の原因そのものはまだ分からないが、この第三次試験について判明したことはいくつかある。
まず、受験番号が若い方が有利であること。先に試験を受けた者たちの様子を見て、状況を分析することが出来るからだ。特に俺は、この場にいる誰よりも長い猶予を得ていることになる。
それから、受験生同士の私語が禁じられていないこと。俺とヘルマンのように情報を交換し合っても、咎められる様子は一切ない。もちろん、嘘を教えて他の受験生を混乱させることも出来ようが……それも試験の一環というわけか。
「くそっ……!」
「次っ、『73』番!」
「74」番は悔しそうに杖で地面を突いた。彼の放った赤い光線は、今度は宙に向かって消えていってしまったのだ。
……何か変だ。一番最初の「97」番が放った魔法は、もっと近くで方向を歪められていた気がする。ひょっとして、時間が経つごとに何か変化が起きているのか?
「ヘルマン、気づいた?」
「うん。相変わらずみんな苦労してるけど、ちょっと失敗の様式が変わってきたね」
「だんだん着弾地点が標的に近づいている。皆が手探りで補正しているのもあるだろうけど」
「そうだね。でも、ヴィットマン試験官はあれだけ綺麗に手本を見せてくれたのに……」
ヘルマンは口元に手を当てて考えていたが、あまり良い発想は得られていないようだった。でもたしかに、ヴィットマンは見事に標的をとらえていた。もちろん
「……ヘルマン。ヴィットマンが何かを仕込んだ可能性はないかな?」
「えっ?」
それだ。魔法に干渉出来るのは魔法しかない。となれば、ヴィットマンが何かしらの工作を施したと考えるのはある意味では当然だろう。
「さっき見本として火力魔法を撃ったとき、同時に別の魔法を使ったのかもしれない」
「別の魔法って……」
ヘルマンはまだピンと来ていないようで、首をかしげていた。魔法には指向性というものが存在する。鏡の反射光のように一直線状に集中させることもあるが、魔力をふわっと広げるように使うことも可能だ。
「ヘルマン、綺麗な水に泥水を一滴だけ加えたらどうなる?」
「えっ? それはもちろん、だんだん広がっていくんじゃないかな」
「同じだよ。ヴィットマンは指向性のない魔法を前方に押し出したんだ」
「それって……」
「最初はすぐ近くに魔力が充満していたから、『97』番の魔法は至近距離で歪められた。時間が経つごとに魔力が拡散していって、徐々に影響範囲が変わっていったんだ」
「なるほど。たしかに筋は通るね」
受験生がその魔力を探知できなかったのは、ヴィットマンが前方に向かって魔法を使ったからだ。後ろに立っていた俺たちの方にはあまり魔力が伝わらず、それで気づくことが出来なかったのだろう。
「でもバウアー君、ヴィットマン試験官が何を仕掛けたって言うんだ」
「火力魔法に干渉し得るのは火力魔法だけだからね。実際に火が発現しないように条件を調整して、俺たちに気づかれないように仕込んだんだ」
「そんなこと出来るの?」
「可能だよ。子どもの頃、火力魔法を練習する時には本当に火が出ないよう気をつけていたから」
「なんでそんな真似を」
「あんまり派手に魔法を使うと、近所の人に怒られるんだよ」
「へえ……」
ヘルマンは不思議そうな顔をしていた。ウルムではあちらこちらで魔法が使われているから、田舎の事情は理解出来ないのだろう。
「おお~っ!!」
その時、歓声に近いどよめきが巻き起こった。ヘルマンとともに前を向くと、「63」番の受験生が真っすぐに杖を構えており、指し示す先にあった標的から爆炎が上がっていた。
「おっ、彼か」
「知り合い?」
「予備学校の仲間だよ。彼も魔法はうまいから、気づいたみたいだね」
「なるほど……」
ヴィットマンの方を見てみると、何も言わずに頷いていた。とうとう彼を満足させる受験者が現れた、ということだろう。しかし、ここに至るまで……既に十二名が辛酸をなめたことには変わりない。
「残酷な試験だね。先に受けた人間が圧倒的に不利だもの」
「バウアー君はそう思うのかい?」
「えっ?」
「『63』番が成功したことで、僕たちには逆に焦りが生まれる。既に『答え』を得た者がいるのに、自分はまだ何も分かっていない……と」
「……考え方によっては、そうかもね」
「しかも原因が分かったとして、実際に魔法を使うまで立証することは出来ない。どのみち一発勝負であることには変わりないのさ」
ヘルマンの言うことにも一理あるな。俺たち二人は何となくこの現象の理由について分析することが出来ているが、皆がそうというわけではないだろう。あるいは、「63」番のような
「あっ……!」
「次っ!」
ヴィットマンの厳しい声が響く。心配していた通り、次の「62」番は光線を下に叩きつけてしまった。さっきの成功を見て焦っていたのもあるだろう。一人がうまくいったからといって、後に続けるとは限らない。
最初はいたく単純な試験だと思ったが、なかなか奥が深いな。想定外の状況における思考力。他者と有用な情報を交換する技術。その真偽を判断するのに必要な知識量。ありとあらゆる能力が問われているわけか。
「バウアー君は自分の番が回ってきたらどうするつもりなの?」
「干渉されにくいように破格度を上げるのが定石だろうね。見ていなかったけど、『63』番もその方法だったんじゃないかな」
「やっぱりそれが一番手っ取り早いよね。ありがとう」
ヘルマンは右手の杖をぎゅうと握りしめた。そろそろ自分の番が来るから、備えているのだろう。ちなみに、破格度というのは魔法を評価するうえでの指標のひとつである。
「よっしゃあ!」
「よし。次、『40』番!」
標的に命中させる受験生が徐々に増えてきた。宮廷魔導師を志すだけはあって、みんなある程度は試験の仕掛けが分かってきたみたいだ。ここから先は筆記試験の上位者ばかりだし、成功する割合も増えていくだろう。
「……次、『31』番!」
「はいっ!」
ヘルマンは大きな声で返事をして、前の方に歩いていった。やっぱり破格度を上げて対応するのだろうか。それが一番確実な手段だと思うし、間違いないと思うが。
「では、始めなさい」
ヴィットマンが声を掛けると、ヘルマンは右手に持っていた杖を掲げた。標的の方を指して……あれ、ちょっと上じゃないか? ヘルマン、それだと命中させられな――
「はっ!」
俺が心配するのも気に留めず、ヘルマンは火力魔法を撃ち放った。予想した通り、最適な軌道からは大きく上に外れていってしまう。誤りか? いや、違う。これは――
「お……おおっ!?」
皆が一斉にどよめいた。赤い光線が途中で軌道を曲げ、美しい放物線を描いたからだ。光線はそのまま標的に直撃して、より大きな爆炎が巻き起こる。
「すっ、すげえっ……!」
「なんだあれ、曲射か!?」
いや、曲射ではない。ヴィットマンの火力魔法から受ける影響を加味して、わざと狙いをずらして撃ったんだ。さっきは俺の話に納得しておきながら、違う方法で成功させるとはな……。
「よし。次っ、『29』番!」
ヴィットマンの声はどこか満足そうだった。それに対して、ヘルマンはしたり顔で俺のもとへと戻ってくる。
「いや~、うまくいったよ。よかったよかった」
「なんだよ、破格度の話は聞いてなかったのか?」
「まあ、多分そのやり方でも的に当たるとは思ったけどさ。バウアー君とはいえ、他人の言うことを鵜呑みには出来ないよ」
ヘルマンはニコッと笑った。たとえ親しい者の考えであっても、この第三次試験という場においては簡単に信用しないというわけか。やはりこの男の考え方は受験者の中でも頭一つ抜けている気がする。
「そうか。別にいいよ、俺がヘルマンの立場でもそうするから」
「理解が早くて助かるよ。それに、別の意味もあるんだ」
「どういうこと?」
「まだ『答え』にたどり着いていない受験生は、さっきの俺を見たって何も分からないはずだからね。簡単に手掛かりを与えるわけにはいかないよ」
「ふうん……なかなか意地が悪い」
「当たり前だよ。俺は何としても最終試験に残らないといけないからね」
少し意外な言葉だった。この男の野心のようなものを初めて垣間見た気がする。いつも飄々として試験を受けてはいるが、やはり目指す先は宮廷魔導師ということか。
「そういえば、エレナは大丈夫かな」
「ああ、お嬢さん? あそこにいるよ」
ヘルマンの指さす先には、皆の輪から外れてじっと立つエレナの姿があった。目をつむり、心を落ち着かせようと努めているみたいだ。
「ヴィットマンの仕掛けのこと、分かってるといいけど」
「バウアー君は分かってないね。お嬢さんがただの
「それって……」
俺が不思議に思っていると、ヘルマンはくすっと笑った。そして、呟くように――一言。
「ウルムの魔女。お嬢さんは昔からそう呼ばれていたんだ」