「……次ッ、『10』番!」
「はい!」
第三次試験は順調に進んでいき、あとは両手で数えられるほどの受験者しか残っていない。やはり受験番号が若くなるほど標的に当てる率も高いようで、外す方が珍しくなってきた。
「もう少しでお嬢さんと君の番だね。ところでバウアー君、杖は?」
「あるよ。忘れたわけじゃない」
「へえ……」
「それより、さっき話してた『ウルムの魔女』って何なの?」
「ああ、それは……」
ヘルマンは改めて、隅の方にひとりで立つエレナの方を見た。
「お嬢さんは小さい頃から校長じきじきに魔法を仕込まれていたらしいんだ。基礎から徹底的に叩きこまれてね」
「それで?」
「十歳に満たない頃からウルムでも名が知れていたんだ。なんでも、大人の魔導師を模擬戦で負かしたこともあったとか」
「その歳で? それは尋常じゃないな」
「血の滲むような努力をして、お嬢さんは今の技術を身に付けたんだ。予備学校でも魔法の実力は一番だよ」
俺には魔法を教えてくれる人なんかいなかったな……。ましてや模擬戦なんて相手すらいなかった。やはりウルムの教育環境は田舎より明らかに優れている。
「よし。次、『9』番!」
「はいっ」
ヴィットマンの様子を見るに、どうやら「10」番も無事に標的をとらえたらしい。着々と俺とエレナの番が近づいているな。
「そろそろエレナお嬢さんの番だな」
「ああ、楽しみだよ」
既に試験を終えた予備学校生たちが、エレナについてひそひそと話しているのが聞こえた。覚えている限りだと、この者たちはあまり良い結果ではなかったはず。それでも「楽しみ」と言えるくらい……エレナの魔法は並外れているということか。
「おっ、お嬢さんが動き出したね」
ヘルマンの見つめる先には、軽く杖を振るエレナの姿があった。流石、準備に余念がないな。俺と違って、都会で魔法を仕込まれた優等生なんだ。どんな魔法を見せてくれるのか、俺自身も純粋に興味がある。
「バウアー君は? 準備しなくていいの?」
「大丈夫だよ。俺はあの的を射抜くだけだから」
「だいぶ時間が経ったし、ヴィットマン試験官の魔法はかなり拡散している。俺のときより弾道計算は難しいはずだよ」
「ありがとう、ヘルマン」
実際、ヘルマンの言う通りではある。時間経過とともにヴィットマンの魔力がじわじわと広がっているから、最初の「97」番の時とはかなり状況が違うだろう。
「次、『4』番!」
「は、はいっ」
そうこうしているうちに、気づけばあと二人になっていた。「3」番は第二次試験で不合格だったそうだから、この「4」番が終わればあとはエレナと俺が残るのみ。
「えいっ! あっ、嘘!?」
「終わりだ。次、『2』番!」
「はい」
あっさり「4」番は失敗してしまい、ヴィットマンが
「自分の間で撃っていい。よくよく狙うように」
「はい」
エレナは右手に持っていた杖をすっと掲げた。それを前方に真っすぐ構えて、両方の眼でしっかり標的を見据えている。しかしあの杖、どうも色あせている気がする。……何かが違うな。
「ヘルマン、エレナの杖は」
「校長の杖を受け継いだらしいんだ。ぶどう酒じゃあるまいし、年代物にこだわる必要はないはずだけど」
「大事なものなんだよ、きっと」
自分の杖を使いたいと娘に言われた父親は、さぞ嬉しかったことだろうな。おっと、エレナが魔法を撃つみたいだ。
「……」
エレナが杖の先に集中すると、その周囲にはつむじ風が――ヴィットマンの手本と同じように――巻き起こっていた。ガウンの布地がぱたぱたと揺らめいて、僅かに土ぼこりが舞い上がる。
「破格度がかなり高い。こんなに風魔法の成分が混じっているなんて」
「言っただろ? お嬢さんはただのがり勉じゃないんだ」
思えば、ヴィットマンも僅かに風魔法を含めていたんだな。最初から俺たちに「破格度を上げよ」と答えを教えてくれていたのかもしれない。いずれにせよ、エレナは――
「はあっ!」
満点の模範解答を見せてくれたのだろう。大声とともに発せられた火力魔法は、寸分の狂いもなく標的に着弾した。ひときわ大きい爆炎があがり、受験生たちからは歓声と拍手が巻き起こる。
「すげえ……」
「やっぱ『ウルムの魔女』は違うな……」
もはや曲芸でも見せられたかのような反応だ。実際、素晴らしかったと思う。田舎じゃ、ここまで美しい魔法を見ることはなかったから……素直に感動している自分がいた。
杖を構えたままじっと標的を見つめるエレナを見て、ヴィットマンは静かに頷いた。これはきっと「合格」だろう。ここまで教科書的な答えを示した受験生は今までいなかったからな。
「よし。最後だ、『1』番!」
「……はいっ」
「ちょっとバウアー君、杖は……!?」
ヘルマンの心配そうな声をよそに、俺は何も持たずに歩いていく。こちらに戻ってくるエレナとすれ違いになったが……彼女も俺の様子を見て、やはり怪訝そうな表情を浮かべていた。
「『1』番、杖はどうした? 使わないのか?」
「いえ、使います」
ヴィットマンが首をかしげた。杖の役割は、指向性の高い魔法を導くことだ。この試験のように的を狙って魔法を撃つ場合は、杖に沿わせるように魔力を発揮する必要がある。要するに、杖を使わなければ魔法の方向を細かく操れないということだ。
「使うと言って、持っていないではないか。忘れたのか?」
「違います。自分の杖は……」
俺はすっと右の手のひらを開く。エレナと違って、俺には杖をくれる人なんかいなかった。納屋に魔導書はあったが、杖は残されていなかった。だから――
「えっ……!?」
「何あれ!?」
「なんで、杖が……!?」
右手に稲光が走り、空間からゆっくりと
魔導書の一番後ろ、誰も読まないであろう頁に書かれていた。圧縮魔法を発展させた、無から杖を具現化させる魔法があると。どんな玄人でも簡単には扱えず、習得を諦めてしまう魔法があると。その名は――
「『
ヴィットマンの呟きも気にせず、俺は杖を真っすぐに構える。軌道計算も破格度の上昇も要らない。この杖に魔力を乗せて、俺はただ――思い切り撃つだけでいいんだ。
「はああっ!」
どん、という音が響いた。真っ赤な、それでいて力強い光線が一直線に飛んでいく。その軌道が惑わされることはない。風も、魔法も、空間すらも切り裂き――真っすぐに突き刺さる。
「おおっ……!?」
今日一番のどよめきが巻き起こる。空高く上がった爆炎のせいではない。恐らく、皆の視線の先は平原にある。
「すげえっ……!」
「誰も壊せなかったのにっ……!」
そう、俺の魔法は防御魔法すらも貫いて――標的を木っ端微塵に粉砕していたのだ。