店主とアマリアの手を借りて、なんとか父さんをグルートまで連れ帰ることが出来た。一階にある店主の部屋に父さんを寝かせて、三人で手当てを行った。
「親父さん、骨は折れてねえようだが……火傷が酷いな。水で冷やすしかねえ」
「お客さん、その……魔法とかで治すことは」
「アマリア、魔法は万能じゃないんだ。人の生き死にを左右できるほどの力はない」
残念ながら、医の道に関して魔法の出来ることはほとんどない。せいぜい綺麗な水を出して、傷口を洗い流すことくらいだ。
「父さん、痛いところはない?」
「大丈夫だ……だいぶ楽になったよ……」
「そうか。ごめん、俺がもっとうまくやっていれば」
「いいんだ、お前が気にすることじゃない……」
気丈に振る舞おうとする父さんを見て、胸が締め付けられる思いだった。さっさと左手を明け渡していれば。あるいは、もっと器用に魔法を使って連中を追い払うことが出来ていれば。悔やんでも悔やみきれない。
「その……店主さんもアマリアも、ありがとうございました。二人とも、爆発音を聞いて来てくださったんですよね」
「いや、そんなの聞いちゃいねえ」
「はい。何も音はしませんでしたよ」
「えっ?」
そんな馬鹿な。あの魔力量が炸裂したんだ。ヘルト広場からそこまで距離のない「グルート」であれば、何か聞こえていてもおかしくないはずなのに。
「言ったろう、『嫌な予感』がしたから広場に行っただけだ。そうしたら兄ちゃんと親父さんが大変なことになっていたからな」
「でも、たしかに火力魔法が――」
「……兄ちゃんが想像するより、ずっと計画的なたくらみだったってことだ」
「へっ?」
「修道服を着た女がいた、って言ったよな。……兄ちゃん、ここから先は他言無用だ」
異様な雰囲気をまとった店主に対して、俺は頷くことしか出来ない。俺が黙っていると、店主は滔々と語り始めた。
***
はっきり言う。兄ちゃんの見た通り、これは教会の仕業に間違いねえ。
意外だと思うか? でもな、さっき言ってたろ。親父さんが教会に兄ちゃんの滞在先を聞いたってな。……そうだ。親父さんがウルムに来たことを知っていたのは教会くらいなもんだろう。
いろいろ聞きたいことはあるだろうが、まずは俺に昔話をさせてくれねえか。兄ちゃんも知ってるだろうが、俺は三十年前に魔導師試験を受けた。実はな、その頃は予備学校なんてなかったんだ。珍しくはあったけどよ、兄ちゃんの伯父……レナードみてえに田舎から出てくる奴もいたぜ。
俺と一緒に試験を受けたダチってのがハインツ・アーレントだ。そうだ、今は予備学校の校長をしているアイツだよ。俺は魔法にはそこそこ自信があったし、アイツも頭は良かったんだが……俺は第一次で、アイツは第二次で落ちちまった。
その時の試験で抜群に優秀だったのがレナードだ。田舎から出てきたのに、俺たち都会っ子が手も足も出ないって評判だった。俺とハインツはため息しか出なかったよ。結局は才能なのか、ってな。
レナードはな、俺たちの間で有名人だったんだ。もちろん優秀ってのもあるが、毎晩必ずヘルト広場で本を読んでいるって噂があったからな。今もそうだが、あの広場は昔から夜は暗くてな。誰もいねえ広場で、ひとり静かに明かりを焚いて勉強してんだ。そりゃ有名にもなるだろ。
試験に落ちたあと、俺とハインツの間で夜のヘルト広場に行ってみねえかって話になったんだ。筆記試験を首席で突破するような奴がどんな人間なのか、話くらいしてみたかったんだよ。
そんでなあ、レナードが第三次試験に受かったくらいの日だったと思うが。俺とハインツはヘルト広場に行ったんだ。そしたら妙に騒がしくてな。なんだと思って駆けつけてみたら……レナードが紙くず抱えて地面に倒れてんだよ。
大慌てで介抱して、事情を聞いたんだ。そしたら……恥ずかしいことだよな。落ちた受験生が逆恨みをしてな、レナードを襲って受験票を切り刻んだって言うんだよ。田舎者だから、余計に妬まれたんだろうが……俺とハインツも呆然としたさ。
レナードは泣いていたよ。でもな、偉いと思うぜ。アイツは抵抗しなかったんだ。魔法を使えば撃退するのも苦じゃなかっただろうに。人を傷つけたくなかったんだろう。ある意味では、才能ある魔導師としての矜持かもしれねえな。
だが、受験票を失ったのは事実だ。もう試験を受けることは出来ねえ。レナードは田舎に帰るしかなかったんだ。ウルムにいたらまた狙われるかも分からねえからな。
俺とハインツは協力して、その夜のうちにレナードをウルムから逃がした。俺はありったけの魔力量を使って、そこら中に認識阻害の魔法をかけた。「レナード・バウアー」なんて名前を皆に忘れさせて、少しでも襲われる可能性を下げたんだ。あんまりに強い魔法を使ったから、俺自身も忘れてしまったんだがな。
あのときを最後に、俺とハインツは魔導師試験を諦めた。俺はこうしてしがない宿屋の店主をしているだけだが……ハインツは違った。元から才能のあった人間のみが魔導師として脚光を浴びて、何にもない人間がそれを妬む。ハインツはそれを変えようとしたんだ。
アイツは予備学校を設立した。あの手この手で生徒を集めて、「魔導師試験を受けるなら予備学校に行く」なんてのを
そうだ。俺とハインツが受けた年の試験を最後に、ほとんどウルムの外からの合格者は出ていない。そうだな……例外はエデル・ヴィットマンくらいか。アイツはものすごく優秀だって聞いたことがあるな。
話は戻るが。宮廷にいる魔導師のうち、ウルム出身者の占める割合が多くなったんだ。飛び抜けて魔法の才能があるわけではないが、要領よく仕事をこなすような奴ばかり。予備学校の教育はあくまで試験に受かることまでしか考えてねえから、仕方ねえんだがな。特に宮廷付き魔導師なんかひでえよ、まともに魔法を使えねえ奴もいる。
兄ちゃん、宮廷魔導師の仕事って何だと思う? もちろん、行政もそうだが……魔法の研究だって大事な仕事だ。だがな、試験勉強だけしてきた連中に魔法の本質が分かるわけがねえ。だから、この国の魔法の基礎理論は三十年前で止まったままだ。兄ちゃんは古い魔導書で試験に受かったなんて言っていたが……その理由はこれだ。
でもな、魔法の
だからハインツのやったことは間違いばかりじゃねえ。アイツの予備学校から始まった
魔法は王都を潤した。ウルムは見違えるほどの発展を見せた。だがな、それをよしとしない奴らがいたんだ。危機感を抱いて、それを止めようとした連中がな。
――人の子よ、神の御業を代わることなかれ。科学をもって己の限りを知り、神を崇め奉らんことを。
有名な一節だよな。ああ、そうだ。ウルムという街が魔法に染まり、追い込まれた連中ってのはな。
……教会のことだ。