父さんが襲われた翌朝、俺はウルムの外縁部に来ていた。馬車を雇い、父さんを田舎まで送ってもらうことにしたのだ。
「――では、父をお願いします」
頭を下げると、御者は静かに頷いた。馬車は勢いよく道を走りだしていき、少しずつ遠ざかっていく。俺は小さくなっていくその姿をただ見送っていた。
幸いにして、父さんはなんとか命を保っている。だが、もし火傷の痕が膿んでしまうようなことがあれば……ただでは済まないだろう。
「……あんた、元気出しなさいよ」
「災難だったね、バウアー君」
背後からひょこっとエレナとヘルマンが姿を現した。即日で馬車を雇える場所を知らなかったから、二人に朝早くから協力を仰いでいたのだ。特に、貴族であるヘルマンの力を借りられたのは大きかった。
「ありがとう、二人とも。助かったよ」
「しっかしまあ、卑怯な連中ね。まさか教会が――なんて」
「たしかに、教会が魔導師試験を運営しているのが不思議だったんだけど……そんな裏があったとはね」
二人には店主と父さんの話を(許しを得たうえで)要約して伝えてある。納屋の魔導書は伯父の物だったこと。伯父もかつてヘルト広場で襲われたこと。魔法の急激な発展によって追い込まれた教会が、魔導師試験を密かに操ろうとしていたこと。
「……で、あんたはどうするのよ」
「バウアー君、このままでいいのかい?」
エレナが左肩に、ヘルマンが右肩に手を置いてきた。父さんを傷つけられたんだ。このまま引き下がれるわけはないだろう。
「決まってるよ。……二人とも、ついてきてくれないか」
二人は何も言わずに頷いてくれた。教会に目をつけられれば、俺と同じ目に遭うかもしれないのに……本当にありがたいことだ。
俺たち三人は、ウルムの中心部に向かって足を向けたのだった。
***
「……第一次試験の翌週、受験生であったリーザが洗礼を受けたと聞いています。バウアー君が見かけたのは、襲撃作戦の指揮を執る彼女の姿だったのではありませんか」
「シスター・ゾフィー、こんな形で受験生を排除するなんて間違ってます。キーガンはただ才能があるだけで、ごくごく普通の一般人なんです」
ヘルマンとエレナが、俺の両隣でそれぞれ口を開いていた。ここは大聖堂の隣にある事務所。俺たち三人は、忌々しいほどに穏やかな笑みを浮かべるゾフィーと向かいあっていた。
「……そう、リーザがそんなことをしていたのね。よくよく言って聞かせておくわ」
「馬鹿を仰らないでください。僕もリーザを知っていますが、彼女は試験に落ちた逆恨みで人を襲ったりしません」
「
ゾフィーの言葉に、二人は怒りを堪えていた。俺だってもちろん腹立たしいが、この二人がその感情を共有してくれていることには感謝しかない。いや……むしろ二人は昔からゾフィーのことを
「そう言われても困るわ。証拠があるわけでもないでしょう?」
「バウアー君は田舎から出てきた天才です。あなた方は彼を恐れたのではないのですか?」
「状況証拠から勝手な推論を立ててはいけないのよ。私たちは神のために、ただ毎日お祈りを捧げているだけだわ」
あくまでしらばっくれるつもりか。父さんを人質にとり、俺の左腕を切り落とそうとしたのはリーザの暴走だと――そう結論付けたいわけだな。どこまで人を馬鹿にしたら気が済むんだ。
「シスター。どうして父まで巻き込んだのですか」
「あら、あなたまでそんなことを言うのかしら。あなたは信心深いと思っていたのだけれど」
「自分は神を信じません。ですが教会のことは嫌いではありませんし、ウルム大聖堂のことを気に入っています」
「何が言いたいのかしら?」
「神に誓って、僕の父を襲ってなどいないと言うことが出来ますか」
「……私を試すつもりかしら」
初めて、ゾフィーが眉間に皺を寄せた。騙し討ってまで自分に都合の悪い人間を排除するのが宗教者のやり口なのか? 神の前で同じことが出来るのか? 修道女としての矜持はないのか?
レナード伯父さんは魔導師としての誇りがあったから、決して抵抗しなかった。俺は息子としての意地があったから、父さんのために左腕を差し出そうとした。ゾフィーには何がある? 何がここまでこの人を突き動かしているんだ?
「シスターの前で魔法を使うのは失礼かと存じますが。お見せしたいものがあります」
「……何かしら」
俺が目の前の空間を右手で払うと、薄い赤色の地図が浮かび上がった。その上では複数の点が動いている。
「常日頃から
「……」
「これは昨晩、ヘルト広場周辺にあった魔力反応です。恐らく、街中の警らを担当していた宮廷付き魔導師のものでしょう」
ゾフィーは何も言わず、険しい顔で俺の発言を聞いている。こんなもので全てを覆せるとは思っていない。だが……
「この二点の動きを遡ります。襲撃の数時間前まで、この二人はウルムの街を巡回していました。が……ある時、一斉に教会へと向かいます」
ウルム中の魔力反応を思い出すのは面倒だった。特にこの二人は意図的に魔力量を絞っていたのだろうから、尚更追うのが大変だったのだ。
「二人は教会に数十分滞在したのち、ヘルト広場の方向へと動き始めます。周囲を巡回していた別の魔導師と接触すると、彼らを広場から去らせてしまいました。『ヘルト広場周辺の警備を交代する』などと言ったのでしょう」
「……だから、何なのかしら」
「その後はご覧の通りです。父が火力魔法を炸裂させた際、一気に魔力反応が跳ねあがりました。何らかの魔法で爆発音をかき消したのでしょう」
「……」
「教会に立ち寄った魔導師が、僕と父が襲撃された際に現場にいたのです。証拠として、これでは不足ですか?」
俺たち三人の厳しい視線を前に、ゾフィーは静かに目をつむった。しばらく黙って何かを考えていたが、再びゆっくりと口を開く。
「……そんなもの、いくらでも捏造出来るわ。証拠として信用出来ないでしょう」
「ええ、そうですね。捏造だとお思いですか」
「教会が魔導師に頼るなど、あり得ないことよ」
「……それでは、仕方ありませんね」
その瞬間、背後の扉が開いた。すると平然としていたゾフィーが立ち上がり、驚いたように目を見開く。
「ヴィットマン試験官、どうしてここにっ……!」
「受験者の相談を聞くのも試験官の仕事だ。キーガン・バウアーのその追跡魔法が本物であることは、宮廷魔導師である私が保証する」
「こんな、一人の受験生のために肩入れするなどっ……!」
「先ほどの発言、しかと受け止めた。教会の代表たるシスター・ゾフィーが宮廷魔導師の鑑定を疑っているのであれば、次回以降の試験運営については考え直さなければならない」
頼るべきはこの人だと、信じていた。俺と同じく、ウルムの外から試験を勝ち上がった宮廷魔導師であるエデル・ヴィットマン。「国王陛下が教会を疑った」のではなく、「教会が宮廷魔導師を疑った」という物語を仕立ててしまえば、国も堂々と魔導師試験の運営を見直すことが出来るだろう。
「さて、三人とも。第四次試験はもうすぐだ、帰って英気を養いたまえ」
「ありがとうございます。恩に着ます」
ヴィットマンは俺たち三人を外に出るよう促した。ゾフィーの言う通り、本来ただの受験生である俺の個人的事情に付き合ってもらうのはご法度だろう。だが、「試験期間中に襲撃された」という
「……待ちなさい、キーガン・バウアー」
部屋を出ようとしたところで、ゾフィーに呼び止められた。思わず振り返ってみると、ゾフィーは嘘のような笑顔を見せて――一言。
「やっぱり、あなたとは
「ええ、僕もそう思いますよ」
捨て台詞を吐きながら、俺は事務所をあとにした。そうだ、第四次試験はあと少しなんだ。こんな邪魔に付き合っているつもりはない。
――父さん、せめて試験が終わるまでは生きていてくれよ。
青空を仰ぎ見ながら、二人とともにウルムの街へと歩き出したのだった。