宮廷魔導師選抜試験を記念受験した田舎者   作:俺だ俺だ俺だ俺だ

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ゾフィーの親心

 びりびりと問題用紙を破り捨てた瞬間、ゾフィーは驚いたように目を見開いた。しかしすぐに頬を緩め、ほっとしたように両手を合わせる。

 

「ああ、安心したわ! ()()()()()のね」

「知っていた?」

「あなたは遠いところから出てきたようだったから、分からないかと思って心配したの。ごめんなさいね、これがしきたりだから」

 

 何のことか分からずにいると、ゾフィーは俺が捨てた用紙を拾い上げた。切れ目同士を合わせると、まるで何事もなかったかのように元通りにくっついていく。

 

「理由は分からないのだけれど、こうやって破り捨ててくれないと受験票を渡せないのよ。ウルムの受験生ならみんな知っているのだけれどね」

「あの……自分には何のことだか」

「あら? 知っていたのではないの?」

「シスター、もう一度その紙を拝借してもよろしいですか」

「ええ、構わないけど」

 

 ゾフィーは不思議そうな顔をしながら、用紙を手渡してきた。俺はそれを受け取ると、「『魔法原論』の著者を答えよ」という文章の下にある空白をなぞる。

 

「よくご覧になってください。ここにも文章が隠れているんです」

「えっ? そんな、まさか……」

 

 老眼鏡をかけ直しながら、ゾフィーは用紙に顔を寄せた。それと同時に新たな文字が浮かび上がってきて、少しずつ文章を成していく。

 

『上の問題を無視して、受験資格の放棄を宣言しながらこの答案を破り捨てよ』

 

「まあ、本当だわ……!」

「問題文よりさらに高級な魔法で仕込まれているんです。明らかに不自然な空白だったので、おかしいと思ったんですよ」

「こんな仕掛け、私も知らなかったわ。あなた、すごい目をしてるわね」

 

 知らなかったということは、ゾフィー――というより教会――はあくまで試験の運営を委託されているに過ぎないのだろう。宮廷魔導師が精巧に仕込んだ問題用紙を受け取って、受験生の選別に使っているみたいだな。

 

「もしかして、ウルムの外から来た受験生は?」

「ウルムから試験の情報を伝え聞いている子ならいいんだけど、分からない子もいるわ」

「……つまり、ウルムに住んでいなければ出願すら容易でないと」

「そうね。理不尽だとは思うし、大目に見てあげたいのは山々なんだけれど……私が死罪になってしまうから」

 

 ゾフィーは申し訳なさそうな表情を浮かべた。ウルムに生まれなければ、魔導師試験を受けることすらかなわない。初めて知る事実に、俺は絶句するしかなかった。

 

 もし宮廷からの知らせを読むように頼まれなかったら。もし両親が王都行きを勧めてくれなかったら。もし兵にウルム入りを止められていたら。もし――この理不尽な魔法を見破ることが出来なかったら。

 

 試験に本気で受かりたいわけじゃない。ただ、生まれた場所が違うだけでここまで差があるなんて思わなかった。王都に来なければ、それに気づくことすら出来なかったのだろう。 

 

 呆然としている間に、ゾフィーが台の前に戻っていた。大きな紙にさらさらとペンを走らせると、刃物のような物でそれを切り始める。

 

「あの、それは一体」

「受験票よ。こうして波型に切るの」

 

 よくよくその紙を見ると、上部と下部に全く同じこと(名前、出身地など)が書かれていた。なるほど、それを切り離して試験場で切れ目を照合するというわけか。乱雑に切ることによって、かえって偽造が困難になるわけだな。

 

「さて、最後に宣誓してもらうわ」

「宣誓?」

「教会で試験をするのだから、神を試すような真似をされるわけにはいかないわ」

 

 ゾフィーは俺に立ち上がるよう促した。要するに、試験中にずるをしないことを神に誓えというわけだな。魔法の試験について神に宣誓するとは、なんだか不自然な気もするが……これも()()()()なんだろう。

 

「では、宣誓します」

 

 俺は椅子から立ち上がり、ゾフィーの前に立つ。

 

「キーガン・バウアーは神に誓って不正行為はいたしません」

「ええ、結構。では、また試験日にいらっしゃい」

 

 ゾフィーは目尻を下げて、両手で受験票を渡してくれた。こんな田舎者にも対等に接してくれるのだから、やはり宗教者というのは博愛主義者なんだろうな。

 

「ありがとうございます。感謝します」

「試験日まではどう過ごすのかしら?」

「ウルムの街を見て回ろうかと思います。二度と来られないかもしれないですから」

「あら、そうかしら。あなたとは長い付き合いになりそうな気がするわ」

 

 神様を真剣に信じたことはないし、予言の類を頼りにしたこともない。だけど、このシスター・ゾフィーの言葉は妙に印象的だった。

 

「それからひとつ忠告を。王都は良い人間ばかりではないわ」

「はあ」

「あなたの心はとても透き通っているわ。だけど、光を曲げないガラスでは何を見ることも出来ないのよ」

 

 ゾフィーはくすりと笑って、自らの老眼鏡を指で下げた。王都の修道女ともなると、光学にも精通しているわけか。

 

「ありがとうございます。では、これで」

「頑張りなさい。健闘をお祈りしているわ」

 

 事務所を出ると、外は既に暗くなっていた。だが通りに沿って設置された街灯が煌々と輝いていて、綺麗な星空のように見える。

 

「……美しいな」

 

 田舎で見る満天の星よりも、ウルムの夜の方がはるかに幻想的に感じられた。

 

 ――もし、この街でずっと暮らすことが出来たなら。

 

 あり得ない夢だなと苦笑しながら、俺は教会をあとにしたのだった。

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