「!」
目の前にあったのは、泥だらけになって俺に杖を振り下ろそうとするエレナの姿であった。俺は反射的に幻杖を繰り出し、エレナの杖を弾き出す。
「エレナっ!?」
「ちっ、逃したっ……!」
エレナは素早く一歩下がって、体勢を立て直した。まさかっ、俺の探知から逃れるために一切魔法を使わずここまで来たのか……!? 「ウルムの魔女」という二つ名を持つエレナが……一切の矜持を捨てて……!
「はああっ!!」
「ぐっ!!」
再び杖を振り下ろしてきたので、同じように杖で応戦する。俺が近接戦闘に弱いことを理解したうえで、敢えてこの形で勝負を挑んできたのか……!
『1番、指示はっ!?』
「エレナの奇襲を受けている! 現在交戦中!」
『まさかっ、エレナお嬢さんの姿はどこにもっ……!』
「作戦を変更するっ! 全員、中心部に集結っ!」
素早く通信魔法をしつつ、必死にエレナの攻撃に耐えていく。このままだと押し切られるのは明白だ。魔法を使って打開するしかないっ!
「はあっ!」
「ぐっ……!」
エレナの隙を見て、火力魔法を直撃させた。訓練用の魔石を使っているから、実際に向こうが傷を負うことはないが……多少の衝撃はある。エレナが体勢を崩したのを見て、俺は一気に距離を置いた。
「あんたっ、逃げる気!?」
「魔導師は兵士じゃないからな! エレナこそ、どうしてここにっ……」
「あんたの考えなんて見え透いてるの……よっ!」
「!」
今度はエレナが風魔法を繰り出してきた。俺が防御魔法で受け流している間に、エレナが距離を詰めてくる。すごい魔力だな。泥にまみれてまで潜伏していたのは、魔力量を温存するためでもあったということか。
エレナからすれば、探索魔法で指示を出しているであろう俺の存在は邪魔だったに違いない。文字通りの
「はあっ……!」
「ぐっ……!」
間髪入れず、エレナは次々に火力魔法を繰り出してくる。ここが勝負どころと見ているのか、魔力を惜しみなく投入しているようだ。防御魔法で受け流すのも限界だし……ここは打って出るしかないか。
「一班、集結状況は!?」
『19番と31番は中央に到着した! 56番と9番も確認!』
「よしっ!」
もう
「はあっ!」
「なっ……!?」
向こうの火力魔法が止んだ瞬間を見計らって、俺は直上に緑色の光線を撃ち放った。エレナがそれに気を取られた隙を突いて、俺は一気に距離を詰めてやる。
「あんたっ、何をっ……!」
「じゃあなっ!」
「!」
その瞬間、俺は強力な風魔法を至近距離で繰り出した。エレナが後方に吹き飛ばされている一方で、俺は反作用で空へと撃ちだされていく。
「飛んだっ……!? ちょっ、待ちなさ――きゃあっ!?」
呆然としているエレナに、さっき俺が直上に撃ちあげた追尾魔法が命中した。光線が空中で向きを百八十度反転させて、一気に降りてきたのだ。俺はその様子を確認しながら、森の上を飛ばされていく。
「一班、上空に注意せよ!」
下に他の班員が集まっているのを確認しつつ、再び風魔法を繰り出した。落下の衝撃を弱めつつ、俺はゆっくりと地面に舞い降りる。
「おっ、バウアー君! 無事だったんだねっ……!」
「とんでもない戦士と遭遇したよ。現状は?」
「いまここにいるのは都合六名。43番は撃破された」
「5番と13番が西側に取り残されたままか。二人が合流するのは難しそうだね」
「それより、二班の隊が俺たちを囲みつつある。このままだと袋叩きだよ」
エレナがこちらに戻ってくるのは時間がかかりそうだが……他の三つの隊は既に俺たちを取り囲む恰好で展開しているみたいだ。こちらは既に二人が撃破され、おまけにもう二人が合流出来ていない。このままだと六対九だ。
「で、どうするバウアー君?」
「あくまで勝利条件は旗を見つけることだよ。戦うことじゃない」
「でも旗なんてどこにもないんだよ――火力魔法だっ!」
ヘルマンは素早く防御魔法を展開して、火力魔法を弾いた。他の班員も一斉に杖を構えて、敵襲に備えている。たしかに、このままだとやられる一方だが……こちらにはまだ切り札がある。
「みんな、少し早いけど
そう告げると、皆は俺を守るように取り囲んできた。その間に、俺は再び探索魔法を展開して……種の散布状況を確認する。よし、試験場の全体に満遍なく撒かれているな。これなら問題ない。
「ぐわっ!」
防御魔法で耐え切れなくなったのか、19番が体勢を崩していた。それでもなお姿勢を直して、今度は二班に向かって応戦している。みんな俺のために頑張ってくれているんだ。なら、その期待に応えないとな……!
「発動!」
俺は右手に魔力を集中させて、試験場の全域に行き渡らせた。これで魔石に残る魔法はあと僅か。だが、これで状況が変わるなら……!
「旗があったぞー!」
俺たちを取り囲んでいた二班の誰かが、そう叫んだ。攻撃がぴたりとやんで、二班の皆が一斉に声のした方に向かう。よし、好機だ!
「かかった! ヘルマン!」
「任せとけっ! みんな、行くぞっ!」
ヘルマンの合図で、皆が一斉に二班の動きを追い始めた。息を切らしつつ、俺も必死に走っていく。
「よっしゃー、旗だーっ!」
「ちょっ、俺が見つけたんだぞっ……!」
「いいから、寄越せよっ!」
遠くに聞こえる声から察するに、二班は仲間同士で誰が旗をとるのか競っているみたいだな。……狙い通りだ。
「よっしゃー、俺のもんだっ!」
「あっ、お前っ……!」
競り合っていた二人のうち、大柄な男が旗を掴み取っていた。しかし、次の瞬間――
「うわっ!?」
「なんだ!?」
手に持っていた旗が爆発してしまい、二人とも吹き飛ばされてしまう。ヘルマンはその隙を見逃さず――
「食らえッ!」
「ぐわあっ!?」
「ぎゃあっ!?」
火力魔法であっという間に二人を撃破してしまった。勝利を確信していた二班の面々は困惑を隠せず、右往左往している。その間に、俺たち一班は一気に距離を詰めていき……敵味方が入り混じった乱戦状態となった。
「なんでっ!? あの旗は何なんだよ!?」
「ちょっ……こっちにも旗がっ……ぐえっ!?」
また二班の誰かが旗を見つけたようだが、さっきと同じように爆発していた。俺たちは混乱に乗じ、次々に敵を倒していく。周囲を見渡すと、あちらこちらに旗が立っており――異様な光景が広がっていた。
簡単なことだ。幻杖の原理を応用すれば、偽の旗を作り出すことなど造作もない。皆に種を撒いてもらったのは――この試験場全体を、偽の旗で埋め尽くすためだったのだ。
「どっ、どれなんだよ本物の旗はっ……ひいっ!?」
再び爆発音が轟く。そう、この戦いの勝利条件は旗を探しだすこと。相手を倒すことじゃない。だったら、旗を探すこと自体を難しくしてしまえばいいんだ。
お互いの探り合いから始まった一戦は――爆音と悲鳴のこだまする大混戦に発展していった。
今回から投稿時間を夕方(18時くらい)に変更します。
あと私事ですが、肋骨を折りました……。