時は試験が始まる前に遡る。俺は皆に何輪ものたんぽぽを渡して、説明を始めた。
「圧縮魔法を使って、偽の旗を出そうと思う。その
「偽の旗って……バウアー君、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。でもね、罠があるんだ」
「罠?」
「旗の竿を掴むと火力魔法が炸裂するように仕込むんだ。そうすれば簡単に取り除くことは出来ないからね」
俺の言葉を聞いて、皆はやや困惑しているようだった。恐らくは「それじゃあ俺たちだって同じ目に遭うじゃないか」とでも言いたいのだろう。
「ああ、安心してほしい。皆には安全な掴み方を教えるよ」
「どういうこと?」
「三角の旗の
その説明を聞いて、皆はなんとなく納得してくれたみたいだった。旗を掴もうとしたとき、真っ先に手を伸ばすのは竿だろう。つまり、その心理を逆手にとればいいんだ。
こうして、俺たちは見事に偽の旗をばら撒くことに成功したのである――
***
「おいっ、向こうから来てるぞっ!」
「旗には触るな! 全部偽物だ!」
「あっちに逃げたぞっ! 追えーっ!」
偽の旗が大量に出現してから、一班と二班は混乱状態で戦闘していた。同士討ちが発生したり、不用意に旗を触ったり、魔力を使い果たしてしまったり……誰も正確に現状を把握することは出来ていなかった。
「こちら1番、31番聞こえるか」
『こちらっ……31番のヘルマンっ……』
通信魔法も乱されるほど、この場にはありとあらゆる魔法が飛び交っているらしい。偽の旗で混乱を作り出すことには成功したんだ。だが、肝心の
「現在、俺は木の陰に潜伏している。ヘルマンもうまく離脱出来ないか?」
『いいけどっ……目的はっ……?』
「本物の旗を探したい。見つければ君に旗は譲る」
『それは嬉しいけどっ……なんで俺っ……?』
「エレナと遭遇した時に、ヘルマンに相手してもらいたい」
『なるほどっ、そういうことかっ……!』
俺はかなり魔力を消費してしまったから、エレナと戦うのは難しいかもしれない。ヘルマンなら彼女のやり方をいろいろと知っているだろうから、共に行動するのには最適だ。危険な目に遭わせるのと引き換えに、旗という報酬を渡せば文句はないだろう。
『よしっ、攻撃がやんだ! バウアー君、どっちに行けばいい?』
「西に戻る。5番と13番は俺たちと入れ替わりで、中央に向かってほしい」
『了解!』
通信を終えると、俺は密かにその場を去って、西の方へと進んでいった……。
***
「よし、戻ってきたね」
俺はなんとか最初の地点に戻り、ヘルマンと合流した。ヘルマンは魔力をそれなりに消費してしまったようだが、俺よりはいくらか余裕があるみたいだ。
「でもバウアー君、どうするつもり?」
「旗探しの方針を変えたい。もうだいぶ時間が経ったから、
「地面に関してはって……それ以外に旗を立てるところがある?」
「例えば、木の上……なんかどうかな?」
「木の上……」
ヘルマンは口元に手を当てて、考え込んでいた。さっきエレナから逃れるために、俺は風魔法を使って空を飛んだ。そこから森を見下ろした際に、ふと思ったのだ。木の上に旗を立てれば、地上からは見つけにくいのではないか……と。
「だからって、どうやって探すの?」
「木に登って上から見渡すしかないと思う。俺が登るから、ヘルマンには下で警戒を頼むよ」
「了解、分かった」
正直、田舎にいた時は木登りなんて得意じゃなかったけど……都会っ子のヘルマンよりはまだマシだろう。それに、俺が下にいたところでエレナと戦えるとは思えない。木登りは魔力が無くても出来るしな。
「よっ、と……」
「バウアー君、大丈夫……?」
心配そうなヘルマンに見守られながら、近くにあった一番高い木に登り始めた。枝が多くてまだ助かったな。それにしても俺、そんなに不安な登り方をしているのかなあ……。
「ヘルマン、周囲はどう?」
「誰もいないよ。けど……お嬢さんあたりが潜伏している可能性はあるね」
「俺はさっき背後から奇襲されたから。気をつけて」
ヘルマンに注意を促しつつ、気づけばだいぶ高いところまで登っていた。だんだんと細くなっていく幹にしがみつきながら、慎重に周囲を見回してみる。
「バウアーくーん、旗はあるー!?」
「ええと……」
木の上にあるんじゃないか、というのは根拠のない推測だしな。見つからなくても仕方ないが――
「……ん、なんだあれ」
やや近いところに生えた木の先っぽで、赤い旗が揺らめいた気がした。よく目を凝らしてみると、梢のところに旗が括り付けられている。あんなところに綿毛が飛んでいくわけがないし。……となれば、あれが本物だ!
「あった! 予想通り、木の上だ!」
「おー、すごい! さすがバウアー君だ!」
流石に手を伸ばして届く距離じゃないし、一度下に降りてからあの木に登り直せばよさそうだ。もしくは、適当な魔法で木を切り倒してしまってもいい。どちらにせよ、あれを手に入れれば俺たち一班の勝ちだ。
「ヘルマン、一旦そっちに降りる!」
「了解、気をつけて!」
よかった、これで勝負ありだ。あとはヘルマンの手に旗を渡せばいい。これでヘルマンは最終試験に進む。俺がどう評価されるかは分からないが、これだけ近くで旗探しに貢献すればきっと大丈夫――
「ぐわああっ!!」
「……へっ?」
ヘルマンの悲鳴が聞こえて、思わず下を見る。するとそこには、茂みから身を乗り出し、ヘルマンの腰付近に杖を突き出すエレナの姿。その近くには、粉々になった魔石の欠片が散らばっている。
「お嬢さん、なんで……」
「魔法を使わずとも、あんたくらい容易く倒せるわ」
エレナはすっと立ち上がり、身についた葉っぱを払っていた。まさか、物理的に魔石を破壊することでヘルマンを倒したのか? そんな無茶苦茶な――
「見つけたっ……!」
「ええっ!?」
俺が唖然としていると、エレナがこちらをキッと見てきた。杖を片手にしたまま、俺のいる木に登り始める。なるほど、エレナからは旗がどの木に立てられているのか分からないから――先に俺を排除するつもりなんだ!
「覚悟しなさいっ、キーガン……!」
「ぐっ……!」
俺は右手に幻杖を繰り出し、火力魔法を撃ち放つ。しかしエレナの強固な防御魔法に阻まれてしまい、まともに食らわせることも出来ない。まずい、俺の魔石にはほとんど魔力が残っていないんだ。だったら、一か八か――
「はっ!」
「あんた、どこに撃って――きゃあっ!?」
俺はエレナの脇を掠めるように火力魔法を発射して、木の根元に直撃させた。俺とエレナがしがみついていた太い幹が折れ始め、ゆっくり傾いていく。このまま地面に叩きつけられるかと思ったが……幸いにして、幹が近くにあった別の木に引っ掛かった。
「うわっ!?」
その衝撃で放り出されそうになったが、なんとか堪えた。幹は斜めに立てかけられたような状態になり、俺は左手一本で枝にぶら下がる格好になってしまう。右手には幻杖を持ってはいるが……この状態で何の役に立つのか。
「――策士策に溺れる、ね」
「!」
その時、幹の上に立って俺を見下ろす者がいた。そう、エレナである。
「……なんだよ」
「あんた、このままじゃ落ちるわよ。骨だけじゃ済まないかもね」
「何が言いたい?」
「交渉したいの。あんたが望むなら、私が手を貸して助けてあげる。だから――」
エレナはふんと鼻を鳴らした。そして、勝ち誇ったかのように――一言。
「どの木に旗が立っているのか、私に教えなさい」