「どの木に旗が立っているのか、私に教えなさい」
エレナは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、俺のことを見下ろしていた。幹の上に立つ彼女と、左手一本で辛うじて枝にぶら下がっている俺。どちらが不利な状況に置かれているのかは明らかだ。
「……自分で登って探せばいいじゃないか。どうしてそうしないんだ」
「偽物を掴まされるのは嫌なのよ。私が本物の旗を取ってから、あんたのことを助けてあげるわ」
万が一の可能性も残したくないわけか。俺が助かるためには、本物の旗の位置を教えるしかない……と。エレナはそう思っているわけだな。
「さあ、早く教えなさい」
「その前に聞きたいことがある。エレナ、君はどうして単独で動いているんだ」
「あんたにうちの班の作戦を教えることは出来ないわ」
「他の九人には三つの隊を編成させて、自分だけは俺を狩るために動いていたんだろう。違うか?」
「……勝手に言ってなさい」
図星か。エレナは俺の探索魔法を脅威に感じていて、一刻も早くそれを妨害しようとしていたのだろう。でなければ、わざわざ魔力を使わずに潜伏していたことの説明がつかない。
「だが本当の目的は違う。エレナ、君は自分が一番に旗を取るつもりだったんだ」
「ばっ……馬鹿を言いなさい。私は班のために――」
「中央が混戦状態になった以上、探索魔法は意味を成さない。俺を排除する理由はなくなったはずだ」
「だがエレナは俺を追った。……俺とヘルマンが旗を探しに行ったことに気づいていたんじゃないのか?」
「……何が言いたいのよ」
この試験で評価される項目のひとつに協調性がある。探索魔法から逃れるために俺を襲うこと自体は班のためになるだろう。だが、その後の行動は――自分だけが旗を探すためのものだと言われても仕方がないはずだ。
「エレナ。もしかして、君は旗を自分で手に入れなければ……合格することが難しいんじゃないか?」
「なっ……!」
やはりそうだ。エレナは少し冷静さを欠いて、俺のあとを追ってしまった。その結果、協調性や献身性といった項目での加点を得ることが難しくなり……引っ込みがつかなくなってしまったのだろう。
「先に言うが、俺の魔石にほとんど魔力は残っていない。だが……
「なっ、何を言って――」
「俺が本物の旗に向かって火力魔法を撃てば……君はどうなる?」
「そんなことすれば、あんただって落ちるに決まってるじゃない!」
「しかし君も落ちる。道連れだ」
さっき、この状況では幻杖は役立たずだと思ったが……ハッタリには十分だな。実際、この不安定な姿勢で旗を射抜けるかどうかは分からない。だけど、第三次試験なんかで俺の魔法は見せつけているからな。誇示するのも実力の使い道の一つだ。
「……分かったわよ。あんたは何が望みなの」
「魔力を半分だけ分けてほしい。そしたら旗の位置は教える」
「引き上げなくていいの?」
「君が無事に俺のことを助けてくれる保証はない。だったら魔法を使って自分で登った方がいい」
「……分かったわよ」
エレナは渋々といった顔で幹の上にしゃがみこみ、左手を俺の身体付近に近づけた。これでエレナの身体を通じて、俺の魔石に魔力が充填されるはず。いくらか余裕が出来たな。
「ありがとう。交渉成立だ、旗の位置を教える」
「どこにあるのよ」
「あそこの木の梢に縛り付けてあった。直接登るか、魔法で木を切り倒すといい」
「どれ……たしかに見えるわ」
俺が幻杖を使って旗の位置を示すと、エレナは目を凝らしてそちらの方向を見ようとした。その隙に、俺はぶらさがったまま身体を前後に揺らし始める。いくら供与を受けたとはいえ、
「えっ? ちょっ、あんた何して――」
自分の立つ木の幹が揺れたのを感じたのか、エレナはパッとこちらに振り向いた。気づいたところで手遅れだろう。左手の感覚がなくなりそうになるなか、必死に掴みつつ、さらに身体を揺らしていく。
「あんたっ、妙な真似をしたら今すぐ叩き落と――」
「今だっ!」
身体に斜め上方向の速度がついた瞬間、俺はありったけの魔力で風魔法を繰り出した。勢いのままに身体ごと撃ち放たれて、木の隙間を縫うように飛んでいく。
「しまっ――」
エレナは魔法で俺の背中を撃とうとしたようだが、間に合わなかった。計算通り、俺は旗をめがけて飛んでいく。俺はそのまま木の先端にしがみつくと、旗を掴み取った。
「取った!」
「そんなっ……!」
遥か下方から、エレナの落胆する声が聞こえてくる。俺のしがみ付いていた木はバキバキと音を鳴らし、今にも折れそうだったが……なんとか堪えてくれた。俺はほっと息を吐き、旗を持って下へと降りていく。
『試験終了! そこまでっ!』
俺の耳に、ヴィットマンからの通信魔法が飛び込んでくる。きっとあちらこちらで見張っていたであろう試験官から、俺が旗を掴んだことが伝わったのだろう。こうして、俺は自ら旗を掴むという形で――第四次試験に合格したのであった。