『試験終了! そこまでっ!』
ヴィットマンの言葉が耳に届いて、ほっと胸をなでおろす。まさか自分が旗を取るとは思わなかった。前線は他の班員に任せて、自分は司令官の役割に徹するつもりだったからな。でも、今の状況から一班に勝利をもたらすには……これしかなかった。
恐る恐る木から降りると、下でエレナとヘルマンが待ち構えていた。エレナは草木と泥にまみれて、悔しそうに俯いている。
「なあんだバウアー君、結局は自分で旗を取るつもりだったんじゃないか」
「別にそうじゃないけどさ。エレナに旗を取られないためには、ああするしかなかったから」
ヘルマンは相変わらずにやにやと笑うばかりだったが、エレナは固く口を閉ざしていた。旗を取れなかった二人が合格するかどうかはまだ分からない。特にエレナに関しては、独断専行ともとれる行動が多かったし。
「……油断したわ。あんたたち二人が中央を抜け出していたのは分かっていたし、だから追いかけたのに」
「お嬢さんは俺たちを追い詰めたじゃないか」
「私はとどめを刺せなかったのよ。結果が全てだわ」
エレナは圧倒的優位に立っていた。魔法の力でなく、戦闘の技術で俺たちを追い詰め……旗を掴む一歩手前まで進んだ。だが、最後の最後に気を抜いてしまったと。
「私は班の皆に託されていたの。キーガンを排除することを」
「やっぱり俺が邪魔だったのか」
「あんな探索魔法を見せられたらね。こっちの動きが全部
純粋に魔法の技術だけを比較するなら、エレナより俺の方が優れていると思う。だが、魔力量を統一された状況下で、かつ近接戦闘に限ればエレナにも勝算があるのではないか……というのが二班の見立てだったのだろう。
「だから私は単独行動を許された。あんたを狩るためだけに……要するに斬首作戦よね」
「それで、旗も見つけられたらなおよしと」
「でも見つからなかったわ。木の上――だなんて、もっと早く気づけたと思うのにね」
エレナはがっくりと肩を落とした。この二人にはいろいろと助けられたし、共に最終試験へ進めることが出来ればそれが良かったかもしれない。だけど……俺もエレナも必死に戦った結果だしな。
『試験官のヴィットマンだ。受験者は全員、最初の集合地点に戻るように』
通信魔法が聞こえてきた。恐らくこの後について説明されるのだろう。
「バウアー君、お嬢さん、とにかく行こうよ」
「分かってるわよっ」
俺たちは三人で森の中を歩いていき、ヴィットマンのいる場所へと向かったのだった。
***
魔石の回収などが終わると、俺たちは改めてヴィットマンの前に集まった。
「ご苦労だった。君たちの様子は逐一観察させてもらっていた」
最初の言葉は、意外にも俺たちを労うものだった。二十名はみんな多かれ少なかれ土にまみれており、中には怪我をして肩を抱えられている者もいる。俺たちが西側で旗を巡ってせめぎ合う間に、中央はかなり混沌としていたのだろう。
「今回は無秩序な戦いだった。過去の試験でも類を見ないほどに」
褒められているのか、あるいはけなされているのか……。ただ俺が偽の旗を作り出したのは、試験場に混乱を生み出すためでもあったから……ある意味では狙い通りとも言えるな。
「君たちの合否については、他の試験官の評価も勘案して総合的に判断する。試験結果は直接通知させてもらう」
直接、というのは……俺たちのもとに使者か何かがやってくるということなのだろうか。あるいは手紙が届くとか。いずれにせよ、あまり家(俺の場合は滞在先である「グルート」)を空けるなという意味だろう。
「怪我をした者に関しては、次の試験までにしっかりと傷を癒すように。では、今日は解散とする」
ヴィットマンの言葉に、受験生たちが少しざわついた。最終試験進出をかけた正念場だったのに、随分とあっさり終了が告げられたものだな……。
「早く帰りたまえ。ホーバードの森には獣も出るから、用心するように」
帰宅を促され、みんなとぼとぼと歩き去っていく。どうしたものかとその場に留まっていると、じっと黙り込んでいたエレナがつかつかとヴィットマンの方に向かって歩いていくのが見えた。……何をする気だろう。
「ヴィットマン試験官。お願いがあります」
「何だ?」
エレナは真っすぐにヴィットマンの顔を見つめていた。落第しそうだから
「今日の試験について、評価をお聞かせ願えませんか」
「貴様についての評価ということか?」
「はい。お願いします」
どうやら、個人的に批評してもらいたかったらしい。恐らくだが、きっとこれは彼女の向上心故の行動だろう。試験の合否には関係なく、自分の至らぬ点を聞いておきたい……という意図があるのかもしれない。
「二班については、三人ずつの小部隊を構成する作戦だったように見受けられる。違うか?」
「いえ、仰る通りです」
「三部隊が一班の主戦力を引き受ける間に、貴様は単独で1番の受験生を撃破したかったのだろう。だが、貴様は取り逃がしてしまった」
「……はい」
二十人がばらばらに動いていたのにもかかわらず、こんなに細かく状況を把握しているなんて……やはりヴィットマンも只者ではないのだろう。
「たしかに作戦としては失敗だろう。結果的に、貴様が取り逃がした1番は旗を獲得してしまったのだからな」
「はい。反省すべき点だと思っています」
「だがその意図は悪くなかった。もし私が貴様と同じ立場だったとしても、きっと1番を狙っただろう」
背筋が凍るな……。
「問題は、1番が偽の旗を展開した後だ。あの混戦状態において、1番が司令塔として果たせる役割はなかった。必ずしも排除する理由はないだろう」
「仰る通りです」
「しかし、貴様は1番を狙い続けた。その行動に合理性は見出せない」
「……はい」
やはりヴィットマンの評価も同じか。エレナの行動は、自分が旗を取るためだけの暴走。そう受け取られても仕方ないのか――
「……というのが、他の試験官の評価だった」
「えっ?」
「偽の旗が大量にばら撒かれた状況下において、貴様だけは
「でも、私は班の皆に……」
「逆だ。貴様が自分勝手だったのではなく、他の九名が愚鈍だったのだ」
愚鈍、とはなかなか強烈な評価だが。つまり、二班の中でエレナだけが勝利の条件を忘れずにいて、そのために行動していた……と言いたいのだろう。
「たとえ他の九名が倒れたとしても、貴様が旗を掴んでいれば二班が勝っていたのだ。もちろん、結果が全てではあるが……そこまで悲観する必要もないだろう」
「ほっ、本当ですか?」
「これ以上の評価は機密にあたる。もういいだろう、貴様も早く帰りたまえ」
「はっ、はいっ! ありがとうございます!」
エレナは深々と頭を下げていた。合格と決まったわけではないのだろうが……試験の結果には希望を持てということだろう。
「お嬢さん、きっと心配だったんだね。良かった良かった」
後ろからヘルマンに声を掛けられた。俺と同じで、エレナのことが気になっていたのだろう。
「ヘルマンこそ心配じゃないの?」
「俺たちは連携をとっていたからね。きっと大丈夫だよ」
「他の皆を踏み台にして旗を取っちゃったようなものだしさ」
「偽の旗に振り回された二班と、
だといいけどな。
「31番の受験生、こっちに来なさい」
「ん?」
そのとき、ヴィットマンがこちらに向かって手招きをしていた。どうやらヘルマンに用があるらしい。
「なんでしょうかー?」
「試験中の行動について質問がある。評価には関係しないから、安心したまえ」
「はあ……」
ヘルマンは首をかしげつつ、エレナと入れ替わるようにヴィットマンのところに向かって行った。他の受験者について聞きたいことがある、とかだろうか。何にせよ、そんなに深刻な用ではなさそうだな。
ホーバードの森には爽やかな風が吹き、木々が揺らめいている。とにかく、これで第四次試験を突破したわけだ。あとは最終試験を待つのみ。
必ず宮廷魔導師になる。俺にはその責務があるんだ。
遠く故郷を想いながら、森を去った俺であった。