馬車の窓から見るウルムの夜景は、いつもと雰囲気が違うような気がした。人々の顔が街灯にぼんやりと照らされていて、まるで夢の中にいるみたいだ。
「あの……バルツァーさんでしたっけ」
「いかがなさいましたか?」
「随分と急なんですね、最終試験は」
「陛下のご多忙故です。開催出来る日は今晩しかございませんでした」
「なるほど」
「それに、前もって予定を決めるとかえって不都合がございますから」
コニーの言葉には、いろいろと含みがあるようにも聞こえた。受験生を不意打ちするのも試験のうちというわけだろうか。どちらにせよ、こんな馬車に乗せられた時点ですでに一杯食わされている気分ではある。
「他の受験生は?」
「バウアー様と同じように、お車でお迎えにあがっています」
「宮廷で落ち合うということでしょうか」
「左様でございます」
国王陛下に受験生十名を加えた面々により、晩餐会が開かれるということか。いつも通りに飯を食えばいいとコニーは言っていたが、国王が直々に受験生を見定めると見て間違いなさそうだ。
「……自分は田舎の生まれです。国王陛下の前でお食事をいただくような礼儀作法は」
「ですから、いつも通りに召し上がっていただければと存じます」
「いや、でも」
「陛下は受験生の皆様とお会いになることを心待ちになさっていますから、あまりお気になさらず」
気にするなと言われて気にしない方が無理である。魔導書はいくらでも読んできたけど、礼儀作法の本なんか開いたことすらない。二百問を解くことよりも、魔法で的を狙い撃つことよりも、よほど難しく感じる試験内容だな……。
「バウアー様、こちらが席次表です。お手すきの際にご確認くださいませ」
「あっ、はい」
コニーが差し出してきた小さな紙切れを見ると、長机を模した長方形の辺に番号が記されていた。エレナは2番で、ヘルマンは31番だったか……両方とも書いてあるな。良かった、二人とも最終試験に進んでいたのか。
いや……待てよ。長方形の真ん中あたり、1番の向かい側に何も書かれていない。こんな中央部が空席というのは不自然だから、誰かが座るはずだ。……まさか?
「バルツァーさん。自分の向かい側は空席ですか」
「いえ、そこには国王陛下がお座りに」
「……本当ですか?」
「受験生となるべく近くでお話しになりたいとのことですので。私どもも、お食事の際は遠慮させていただきます」
遠慮する、とは部屋から出て行くということだろう。国王陛下が従者も護衛もつけずに受験生と食事をするなど……とても考えられない。
「ひとつ、お聞きしてもよろしいですか」
「どうかなさいましたか」
「陛下はどのようなお方なのでしょうか。無礼かとは存じますが、自分はほぼ国王陛下について詳しいことを存じ上げず……」
そう尋ねてみると、コニーは何も言わずに黙り込んでいた。晩餐会といっても試験だから、あまり助言のようなことは出来ないのだろうか……などと心配になったが、コニーはしばらくしてから話を始めた。
「聡明なお方です。ただ……」
「ただ?」
「いえ、これ以上は私が申し上げることではございませんので」
コニーは何を言おうとしたのだろう。その逆接に続く言葉を知りたかったのに。
「バウアー様。くれぐれも普段通りに振る舞うようにお願いいたします」
「そんなことを言われても……」
「背伸びをしたところで背丈は変わりませんから」
この期に及んで案じるな、というのがコニーが最も伝えたいことなのかもしれない。今更礼儀作法を身に付けるわけにもいかないしな。
国王陛下との出会いに若干の不安を抱きつつ、俺は馬車に揺られ続けた。
***
ウルム大聖堂の脇を通り、小高い丘を登った先に宮廷があった。いくつかの城門を抜け、奥へ奥へと進んでいく。王様の住むお城というのは豪華なものだとばかり思っていたが、意外にも質素な石造りの建物が多く、なんだか拍子抜けしてしまった。
「到着いたしました」
窓を流れる景色が止まったので、周りを見渡してみると、既に何台かの馬車が停まっていた。コニーの言っていた通り、他の受験生たちも続々と連れられてきたみたいだ。
「お降りください。足元にはお気をつけて」
「ああ、はい」
コニーに言われるまま、俺は地面に降り立つ。ここは……広場か何かか。きっと多目的に使われる場所なのだろう。小さな宮殿の近くには円筒形の塔がいくつかあり、その上には見張りの兵も立っている。
王都ウルムでは何十年も戦など起こっていないはずだ。それでも軍事的機能を捨てていないということには、きっと何らかの意味があるのだろう。……本当に、豪華絢爛なウルム大聖堂とは対照的だな。
しかし、政治を執り行う場にしては明らかに小さい。恐らく、宮廷魔導師の実際の仕事場は別にあるのだろう。ここはあくまで国王陛下の居城に過ぎないというわけか。
「バウアー様、ご案内いたします。どうぞこちらへ」
「ああ、はい……」
「いかがなさいましたか?」
兵の立つ塔が気になるな。ウルムに来たばかりの頃、外縁部の塔を登ったことはあるけれど。あの塔から見下ろした王都の街並みは、どんなものなんだろう。
「バルツァーさん、あの塔に登ったことはありますか」
「いえ、私は。高いところが苦手なもので」
「そうでしたか。すいません、興味があったもので」
少し残念だな。登ったことがあるなら、話を聞いてみたかったのに。
「……国王陛下と同じことを気にされるんですね」
「えっ?」
「陛下も時おり塔に登られるのです。私たちとしては控えていただきたいのですが」
「ウルムの街をご覧になるのですか?」
「いえ。恐らく、陛下は……」
コニーはじっと遠くの方を見つめ、目を細めた。そして真剣な声色で、一言。
「ウルムの
国王陛下の人となりというのを、ほんの少しだけ理解したような気がした。