「じゃあな、兄ちゃん。帰っても元気でやれよ!」
「こちらこそお世話になりました。店主さんもお体に気をつけて」
試験日の翌朝、大荷物を背負った俺は「グルート」の前で深々と頭を下げた。ついに王都を去る日がやってきたのだ。人生でもう一度このウルムを訪れる日は、きっと来ないだろう。
「えーと、じゃあこの新入りさんはお借りしていきますので」
「おうっ! 新入り、しっかり土産を見繕ってやれよ!」
「分かってます! じゃあお客さん、ご案内します!」
「うん、ありがとう」
新入りの少女に連れられるまま、道を歩いていく。ウルムの街並みも見納めか。もう二度とこの石畳を歩けないかと思うと、なんだか寂しいな。
「あの~、お客さん?」
「なに? えーと、あ……」
「『アマリア』ですって! それでっ、ちょっと聞きたいんですけどっ」
「どうしたの?」
アマリアは不満そうに頬をむーっと膨らませつつ、俺に問いかけてくる。
「ほんっとうに見ていかないんですか? 合格発表!」
「ああ……」
「せっかく受けたんだから、見るだけ見て行けばいいのにっ」
合格発表、というのはもちろん第一次試験(筆記試験)の――という意味だろう。アマリアの言いたいことも分かるが……。
「いやあ、一応頑張って解いたんだけどさ。頭の良さそうな受験生がたくさん諦めたのを見ちゃったから、とても自分が受かっているとは思えなくて」
「えー、でも……」
「それに、第二次試験に進んだところで受けられないんだよ。これ以上は王都に滞在する金がなくて」
「……」
「どうかした?」
「いえ、なんでもないですっ」
アマリアの顔が一瞬だけ引きつったように見えたけど、気のせいだったか。実際、俺にはもう土産を買う金と帰りの旅費しか残っていない。受かるかも分からない第二次試験を受けた挙句、一文無しで王都の荒波に放り出されるのだけは避けたいところ。
「あっ、ここです! ここならもう開店してますから!」
いつの間にか、店の前に着いていたようだ。早朝から開いていて、かつ土産を買うのに適した店はないか……と、あらかじめアマリアに相談していたのだ。パッと店内を見る限り、雑貨なんかが数多く取り揃えられている。ちょうどいいな。
「ありがとう。妹が気に入りそうなの、あるかな?」
「選ぶの手伝いますよっ。私と同い年なんですよね?」
「そうそう、すっごい真面目でさ……」
アマリアと会話を交わしながら、店の中に入っていった俺であった。
***
「この髪飾りとかどうかな?」
「……私が妹さんだったら縁を切りますよ」
「そんなに駄目!?」
二人して棚に並んだ商品を眺めながら、あれやこれやと会話を交わした。伝説の龍を
「うん?」
ふと店の外を見ると、ガウンを着た若者が多く歩いていくのが見えた。方角的に考えて、教会に向かうのだろう。魔導師試験の合格発表を見に行くのかもしれないな。そうだ、王都を離れる前にガウンの意味を知っておきたい。
「アマリア、あのガウンを着ている人たちは何なの?」
「ああ……あれはアーレント予備学校の制服ですよ」
「予備学校?」
アマリアは棚の髪飾りを手に取りながら、淡々と答えた。予備学校、とはあまり聞き馴染みのない言葉だな。
「魔導師試験を受ける人たちが通う学校があるんです。毎日のように授業があって、魔法のことを勉強させられるらしいですよ」
「えっ、試験のためだけに学校があるの?」
「そうですよ? 試験に受からなかった人は、また三年間その学校に通うんです」
「ええっ?」
「ウルム中のお金持ちが高い学費を払って子どもを通わせるんです。一族に一人でも宮廷魔導師がいれば、何かと都合が良いみたいで」
「……なるほどな」
本当に別世界の話をされているみたいで、頭がくらくらする。田舎じゃ魔導師試験の存在すら知られていないのに、ここでは商売の種にまでなっているんだもんな。あれだけ大量にガウンを着た学生を見かけたのだから、相当な需要があるのだろう。
ここへきて、宮廷魔導師選抜試験というものの輪郭が見えてきた気がするな。俺みたいな田舎者にとっては「思い出作り」であっても、王都の人々にとっては「身命を賭した」大勝負というわけか。
「今年は校長の娘さんが受験したらしいです。アーレント予備学校の威信をかけて首席合格させるんだって、校長がすっごく気合いを入れていたらしいですよ」
「随分と詳しいな。もしかしてアマリアも魔導師を?」
「いえっ、私なんかとても! 違います、店主が詳しいんですよ」
「店主さんが?」
「校長と長い付き合いなんですって。だから私にもよく魔導師試験の話をしてくるんです」
意外だな。魔法なんか知らねえ、などと言っていたが……そんな繋がりがあったなんて。俺だって仮にも受験生なんだから、言ってくれればいいものを。
「おいっ、アイツじゃないか!?」
「エレナーっ、こっちだ!」
「「?」」
急に騒がしくなり、俺とアマリアは店外の方を向いた。すると例のガウンを着た学生たちが次々にやってきていて、俺たちのことを見て何か話している。
「……アマリア、これは何?」
「いえっ、私も知らないです……なんだろう……」
アマリアと顔を見合わせて、首をかしげた。この店に何かあるのか? いや……ここはただの商店みたいだし。いったい何が――
「見つけたっ、キーガン・バウアー!!」
「へっ?」
店の前に立っていたのは、背の高い赤毛の少女だった。俺のことをびしっと指さし、店の中に早歩きで入ってくる。
「えっ、なに? なにこれ?」
「お客さんってお尋ね者だったんですかあ!?」
「いやっ、違う違う違う! 別に何も悪いことは――」
「あんたっ、よくも私にこんな屈辱を!」
「ちょっ、近いって――うわっ!?」
あまりに距離を詰められたものだから、俺は尻もちをつくように転んでしまった。一方で、少女はガウンの袖をまくり――自らの左手首の裏を、俺の眼前に突きつけた。
「私にっ、こんな数字をっ……!」
そこにははっきりと「2」という数字が刻まれていた。少女は俺のことを睨みつけるように見下ろしてきていて、その目には薄っすら涙が浮かんでいるようにも見える。しかし、俺は何が起こっているのか理解ができず――ただただ呆然と床に座り込むしかない。
後で知ることになるのだが、彼女の名はエレナ・アーレント。アーレント予備学校校長の娘であり――首席合格の最右翼と目されていた人物であった。
お待たせしました。
長い長いプロローグが終わりまして、ここからが本番です……!
【注】ありがたいことに多数の誤字報告をいただいているのですが、「最右翼」は誤字ではないです……!