バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
リサはシェリーを担ぎ、レッドと共に街を移動していた。
目的は明確だ。休息のための拠点探しと、生存に必要な物資の確保である。
まず向かったのは、中心街から少し外れた場所にあるペットショップだった。
店先には割れたガラスが散らばり、中からは腐敗した臭いが漂っている。リサは鋭い嗅覚で内部を確認し、ゾンビが数体いることを感知すると、迷わず突入して一瞬で彼らの首を跳ね飛ばした。
彼女が探していたのは、レッドに背負わせるための頑丈なハーネス付きリュックだった。
棚を漁り、大型犬用のタクティカル・キャリアを見つけ出す。それは元々警察犬や軍用犬向けに設計されたもので、防水性に優れ、側面に固定ベルトが付いていた。
(……これでいい)
リサはレッドの体にそれを装着させ、余ったストラップを調整してトマホークが安定して収まるようにした。レッドは背中に重みが加わったことに戸惑いながらも、自分の役割が増えたことを察し、誇らしげに胸を張った。
次に訪れたのは、衣料品店だ。
リサにとって服など単なる飾りであり、雨に濡れることも気にならなかったが、シェリーは違う。薄い服のままでは低体温症で危険だ。
リサは店内の棚から、シェリーのサイズに合う黒いレインコートを見つけ出した。さらに、防水性の高い小さなブーツと、予備の着替えもまとめて確保する。
シェリーを地面に下ろすと、リサは不器用ながらもレインコートを彼女に渡した。
「ありがとう、リサ。でも着替えてからね。」
黒いレインコートを抱えたシェリーが、小さく微笑む。
物資を揃えたリサは、次なる目的地である「休息地」を探して街を徘徊した。
彼女が求める条件は厳しい。ゾンビがいないこと逃げ道があること、そして何より今の若干疲れた心身を預けられるほどの静寂があることだ。
住宅街を歩きながら、リサは超感覚をフル稼働させて周囲を観察し続けた。
多くの家からは死者の気配と、うごめく亡者たちの不快なノイズが聞こえてくる。だがある一軒の家の前でリサは足を止めた。
そこは少しモダンな造りの住宅だった。
特徴的なのはその構造だ。1階部分は広々としたガレージになっており、居住区である2階へと続く階段が外側に設けられている。
(……悪くない)
もし1階に敵が現れても、すぐに気づける。また、2階から飛び降りて逃げることも可能だ。
リサは警戒しながら建物の壁に耳を寄せ集中した。
喉を鳴らすゾンビの気配や不気味な呼吸音もない。
何より、恐怖に震える生存者の気配微かな鼓動さえ聞こえてこない。
(……誰もいない)
完全な空き家だ。この地獄のような街において「誰もいない」ということは最高の安全を意味する。
リサは満足げに鼻を鳴らすとシェリーに合図を送った。
レッドもまた背中のリュックにトマホークを収めたまま、静かに尻尾を振って家の中へと視線を向けた。
「ここなら、ゆっくり休めるかな?」
シェリーが期待に満ちた声で尋ねる。リサは答えずただ短く頷いた。
彼女はまず1階のガレージに入り潜んでいる敵がいないか念のため確認する、残っていた車を動かし2階に通じるエレベーターを封鎖、そのまま2階への階段を登った。
リサはまず、鋭い視線で2階の居住区を隅々まで調べた。
リビング、キッチン、寝室。それぞれの部屋の扉を静かに開け、家具やクローゼットの中に潜んでいる者がいないかを目視で確認していく。
すべてに問題がないことを確認すると、リサはシェリーに手招きをした。
「……ふぅ。本当に誰もいないみたいね」
シェリーはホッとした表情でリサの後に続き家の中を探索し始めた。棚に残されていた保存食や飲料水をかき集めテーブルの上に並べていく。
だが、リサにとって最優先事項は食事ではなかった。
彼女はシェリーの腕を取り、迷いのない足取りで浴室へと連れて行く。
(……まずは、洗うことだ)
リサ自身の体には、ネメシスのどろりとした粘液やタイラントの血がこびりつき、不快な臭いが漂っていた。またシェリーも道中で雨に濡れ泥にまみれている。このままでは精神的な疲労が取れない。
浴室の入り口に辿り着いたところで、リサはレッドを振り返った。
指でドアの外を指し、鋭い視線で「ここを守れ」と指示を出す。
「ワン!」
レッドは短く応え、背中のリュックにトマホークを収めたまま、リビングの入り口にどっしりと腰を下ろした。耳をぴんと立て、外から近づくわずかな音にも反応できるよう警戒態勢に入る。番犬としての誇りがその瞳に宿っていた。
リサはそのままシェリーを浴室の中へと連れ込んだ。タイル張りの清潔な空間が広がっている。
(……洗わなければならない)
なぜだか分からないが、今この瞬間にシェリーの体を丁寧に洗う必要があると感じたのだ。自分を洗うことよりも目の前の小さな少女の汚れを落とすこと。その欲求は抗いようのないほど強かった。
おそらくは以前にシェリーに体を洗ってもらったときのことだろう。
あの時、リサは無自覚に「私はお姉さんなのに、年下の女の子に世話を焼かれる」という奇妙な劣等感と対抗心を抱いたのだ。その記憶が今、歪んだ形で「今度は私がしてやる」という執念に変わっていた。
リサは不器用にシャワーを手に取り、温水を出す。
そして、まるで大きな岩を磨くかのようなぎこちなさで、シェリーの肩や腕に泡を乗せ始めた。力加減が分からず時折強く押し付けすぎてしまうこともある。
「ふふ! リサ、やっぱりちょっと強いよ!」
シェリーはクスクスと笑いながらも、心地よさそうに身を任せていた。
「ありがとう、リサ。……でも不思議だね。初めて会ったときのリサは、あんなに血と泥で汚かったのに、自分の汚れには全然無頓着だったじゃない?」
シェリーが冗談っぽく言うと、リサはぴたりと手を止めて首を傾げた。
(私が? 無頓着だった?)
そうアンブレラの復讐に体の汚れなど関係ない。全くない。そのはずだ。
だが、その様子をリサの精神領域で見ていたインディアンの怨霊たちは、クスクスと忍び笑いを漏らしていた。
あの日、下水道から這い上がり泥と汚水まみれで平然としていた彼女の姿を誰よりも近くで見ていたのは彼らだったからだ。
(……ふん。本人は気づいていないか)
怨霊たちは愉快そうに笑いながらリサの不器用な指先にそっと導きを与えた。
「もっと優しく洗え」と。
リサは不思議そうにしながらも、再びゆっくりとシェリーの背中を洗い始めた。
シェリーを洗い終え、満足げな表情をしたリサはようやく自分の番へと移った。
シャワーヘッドを手に取り、自身の体に温水を浴びせる。石鹸を塗り込み、皮膚にこびりついた戦いの残滓を落とそうとしたが途中でふと違和感を覚えた。
(……なんだか、違う)
自分の手で自分を洗うという行為が急に虚しく感じられたのだ。
先ほどまでシェリーに注いでいた「洗わなければならない」という高揚感が消え、ただの作業へと成り下がった感覚。リサは次第に動きを鈍らせ、最後には石鹸だらけの手を止めたまま、ぼーっとシャワーを浴びるだけになった。
その様子を横でじっと観察していたシェリーが不思議そうに首を傾げた。
「リサ? どうしたの? まだ汚れが残ってるよ?」
リサは答えず、ただただ唸った。
自分でシェリーを洗ったのにいざ自分の番になると途端にやる気が失せてしまう。この矛盾した感情をどう処理すればいいのかリサには分からなかった。
すると、シェリーがそっと近づいてきた。
「もう、しょうがないなぁ」
シェリーは小さな手を伸ばし、リサの背中に丁寧に泡を塗り始めた。
先ほどのリサのような不器用さはなく、指先の心地よい刺激が皮膚に伝わる。
その瞬間、リサは言いようのない感情に襲われた。
(……まただ)
せっかく「洗ってあげる側」に回ったはずなのに、結局はまたこの小さな少女に世話を焼かれている。なんだか負けたような主導権を奪われたような気分になり、リサは思わず頬を膨らませてムッとした表情を浮かべた。
(私はお姉さんなのに……!)
心の中で激しく抗議するが、シェリーの洗う手つきがあまりにも心地よく、またその手の温もりが安心感をもたらすため、リサは抗うことができなかった。
リサは不機嫌そうに「ゥー」と低く唸りながらも、されるがままに身を委ねた。
シェリーは上機嫌だった。
自分を気遣ってくれたリサへの感謝と、なんだか懐いた大型犬を世話しているような気分になり彼女は丁寧にリサの体を洗い続けた。
「ここはまだ汚れが残ってるよ。ほら、ここも」
小さな手が、リサの広い背中や肩をくまなく隅々まで洗っていく。
リサは最初こそムッとしていたが、温かいお湯と心地よい刺激に包まれているうちに次第に意識が朦朧としてきた。戦いの高揚から解放され、精神的な疲れが少しあるのだろう。
さらにシェリーの目的は洗浄だけではなかった。
彼女は洗いながら、リサの肌に触れ入念な「検分」を行っていた。
(どこか、傷はないかな……)
本当に遠目だがネメシスやタイラントとの死闘を思い出しシェリーは不安だった。リサが大丈夫だと言わんばかりに振る舞っていても、本当はひどい傷を負っているのではないか。
指先で皮膚の弾力を確かめ、出血している箇所がないかを執拗なまでにチェックしていく。
しかし、結果は完璧だった。肌はスベスベだった。
始祖ウィルス、TウィルスとGウィルスの複合的な再生能力に加え、インディアンの怨霊による強化を受けたリサの肉体に致命的な傷など一つも残っていない。外見上はただの健康で美しい14歳の少女そのものだった。
「……ふぅ。やっぱり大丈夫そうだね」
シェリーが満足そうに微笑み、最後にもう一度丁寧に背中を流した。
そのとき、リサの口から小さな本当に小さな吐息のような音が漏れた。
「……ぅ……」
それは不満の声ではなく、完全に脱力し快感に身を任せた者の声だった。
プライドも対抗心もどこかへ消え去りリサは心地よさの絶頂にいた。
(……まあ、いいか)
自分を気遣ってくれるこの小さな手の温もり。それが今のリサに癒しをもたらしていた。
シャワーを終え、湯気が立ち込める浴室の中で、二人は静かに向き合っていた。
濡れた髪から水滴が滴り落ちる中、シェリーはふとリサを見上げ、その瞳に溜まっていた感情が溢れ出した。
言葉にする必要はなかった。ただ、この世界で唯一自分を全力で守ってくれた存在への信頼と極限状態の中で得た奇妙な家族のような絆。
シェリーは、そのままリサの腰に小さな腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
リサは一瞬、身体を硬くした。
彼女にとって「誰かに抱きしめられる」という行為は記憶の底に沈んだ遠い昔のことだ。アンブレラの冷たい実験室や、絶叫が響く廊下ではあり得なかったこと。
(……なんだ、この感覚は)
胸のあたりがじんわりと熱くなる。心拍数が上がり、脳内の狂気が静まり返っていく。
リサは不思議そうにシェリーを見つめた後、ゆっくりとそしてひどくぎこちなく自分の腕をシェリーの背中に回した。
その腕の力加減は相変わらず不器用で少し強すぎたかもしれない。だが、シェリーにはそれがリサなりの「私もあなたを必要としている」という答えに聞こえた。
「……ありがとう、リサ」
シェリーはさらに深く、安心しきるようにリサの胸に顔を埋め、抱き着き続けた。
心地よい石鹸の香りとお互いの体温が重なる。外ではまだ冷たい雨が止みかけていた、街には死者が徘徊しているがこの小さな空間だけは世界で一番安全な場所のように感じられた。
リサは自分の腕の中に収まる小さな少女の重みを感じながら、ふと目を閉じた。
シャワーを終え、湯気が立ち込める浴室の中で、二人は静かに向き合っていた。
濡れた髪から水滴が滴り落ちる中、シェリーはふとリサを見上げ、その瞳に溜まっていた感情が溢れ出した。
言葉にする必要はなかった。ただ、この世界で唯一自分を全力で守ってくれた存在への信頼と極限状態の中で得た奇妙な家族のような絆。
シェリーは、そのままリサの腰に小さな腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
リサは一瞬、身体を硬くした。
彼女にとって「誰かに抱きしめられる」という行為は記憶の底に沈んだ遠い昔のことだ。アンブレラの冷たい実験室や、絶叫が響く施設ではあり得なかったこと。
(……なんだ、この感覚は)
胸のあたりがじんわりと熱くなる。心拍数が上がり、脳内の狂気が静まり返っていく。
リサは不思議そうにシェリーを見つめた後、ゆっくりとそしてひどくぎこちなく自分の腕をシェリーの背中に回した。
その腕の力加減は相変わらず不器用で少し強すぎたかもしれない。だが、シェリーにはそれがリサなりの「私もあなたを必要としている」という答えに聞こえた。
「……ありがとう、リサ」
シェリーはさらに深く、安心しきるようにリサの胸に顔を埋め、抱き着き続けた。
心地よい石鹸の香りとお互いの体温が重なる。外では冷たい雨が止みかけていた、街には死者が徘徊しているがこの小さな空間だけは世界で一番安全な場所のように感じられた。
リサは自分の腕の中に収まる小さな少女の重みを感じながら、ふと目を閉じた。
浴室から出た二人は、それぞれ用意した清潔な服に着替えた。
リサはまだ心地よい脱力感に浸りながら、リビングのソファに深く腰掛け、ぼーっとした表情で天井を見上げていた。
しかし、シェリーはそこで終わらなかった。
「あ! レッドを忘れてた! レッドも洗わなくちゃ!」
シェリーは元気よく声を上げると再び浴室へと駆け戻った。
リサはそれを視線だけで追いかけた。前回のときはなんとなく自分もついていってレッドの洗浄に参加したが、今回は違う。今はただ、この静寂と心地よさに浸っていたかった。
(……ふん。せいぜい洗ってやればいい)
そう思いながらも、リサは珍しくくつろいでいた。
浴室からは水音と共にシェリーの弾んだ声が聞こえてくる。
「レッド、いい子だね! しっかり洗おうね!」
「ふふっ、そんなに喜ばないでよー!」
楽しげな笑い声とそれに呼応するように嬉しそうに吠えるレッドの声。
それを聞いているうちにリサの胸の中に奇妙な感情が湧き上がってきた。
(……なんだ、この不愉快な気分は)
自分を洗ってくれたときのあの心地よさ。あの献身的なケア。それが今、自分ではなく犬に向けられている。論理的に考えれば当然のことだ。犬は汚れているし洗われるべきだから。だが、心の中ではなぜか納得していなかった。
そんな自分にわずかに驚きながらもリサは不機嫌そうに鼻を鳴らした。怪物であり復讐者であるはずのリサ・トレヴァーが、一匹の犬に嫉妬しているという滑稽な状況だった。
やがて、すっかり綺麗になり毛並みがふっくらとしたレッドと満足げな顔をしたシェリーが戻ってきた。
レッドは誇らしげに尻尾を振り、リサの足元に擦り寄る。
「はい、お待たせ! さあ、ご飯にしよう!」
シェリーがテーブルの上に並べた保存食を指差す。
リサはまだ少しムッとした表情を崩さないままだったが、ゆっくりと立ち上がった。
2人と1匹はテーブルを囲み静かな家の中で食事を始めた。外の喧騒とは切り離された束の間の平和な時間だった。
テーブルの上には、調達してきた缶詰や保存食が並んでいた。
リサはあまり食事に興味がない様子だったが身体を再生させ維持するためにはエネルギーが必要だ。彼女は無心にそれを口に運び、隣で美味しそうに頬張るシェリーと、時折分けてもらえるおやつに歓喜するレッドの様子をぼんやりと眺めていた。
会話はないが、そこには不思議な調和があった。
食事が終わると、リサは吸い寄せられるように大きなソファへと向かい、その身を深く沈めた。
骨のトマホークを傍らに置き、心地よい疲労感に身を任せて目を閉じる。
「ねえ、リサ」
シェリーが控えめに声をかけた。
「ソファよりベッドで休んだ方がいいよ。もっとゆっくり眠れるし」
リサは薄く目を開け、シェリーが指差す寝室を見た。
確かに今の自分には休息が必要だ。彼女に促されるまま、リサはふらふらと立ち上がり、清潔なシーツが敷かれたベッドへと移動した。
横たわり目を閉じると、意識が深い闇へと落ちていく感覚があった。だが、完全に意識を失う直前、隣から小さな声が聞こえた。
「……ねえ、リサ」
シェリーがベッドの端に腰掛け、おずおずと問いかける。
「……手を、握っていてもいい?」
リサは答えなかった。ただ、意識の底で(いいよ)という肯定感だけがあった。
彼女は寝転んだままゆっくりと、そして無意識に自分の右手を伸ばした。
小さな、温かい手がリサの手をそっと包み込む。
指先から伝わるシェリーの鼓動が、リサの心拍数と同調していく。
(……暖かい)
リサはもう一度だけ目を閉じ、深く呼吸をした。
静かな時間が流れる。
2人と1匹は、つかの間の休息をとるのだった。
ラクーンシティの混乱の中、アンブレラの地下施設に潜伏していたアネット・バーキンのもとに一台の電話が入った。
発信元はアンブレラ本社の幹部。その声は冷徹で勝ち誇ったような響きを帯びていた。
「アネット。単刀直入に言おう」
受話器から聞こえる男の声は、取引を持ちかけてきた。
「お前の命と、そしてシェリーの命は保証してやる。その代わりリサ・トレヴァーを引き渡せ、私の権限で助けてやろう 」
アネットは耳を疑った。この混乱の中なぜ今さらそんな名前が出るのか。
「……リサ・トレヴァー?」
彼女が困惑して呟くと、相手の幹部はそれを肯定しさらに畳みかけるように話し出した。その口調には、ある種の確信と嘲笑が混じっていた。
「ああ、そうだ。現在シェリーと共にいるリサ・トレヴァーだ。リサ・トレヴァー捕獲のため、既にU.S.S.の派遣が決定した。彼女こそが真のGウィルスの体現者であることはわかっている。なんと、我が社の最高傑作であるタイラントを屠り、さらにはネメシスまでもに勝利したというから驚きだ。……ふん、ウィリアム博士は本当に素晴らしい成果を残してくれたな。あのような怪物を生み出したのだから、アンブレラを裏切らなければ今頃英雄だっただろうに」
皮肉たっぷりに夫の裏切りを嘲笑う声に、アネットの心臓が激しく脈打った。
(リサ・トレヴァー……? あの失敗作が生きているというの? しかもタイラントとネメシスを倒した?)
驚愕と同時に、彼女の胸には強い不信感が沸き上がった。アンブレラが裏切り者を許すはずがない。彼らが「命を保証する」などと言う約束を守るはずがない。どうせ使い捨ての実験動物にされて終わりだ。
「断ります。あなたたちの言葉は信用できない」
アネットは冷たく言い放ち、受話器を握りしめた。
相手の幹部は不愉快そうに鼻を鳴らし捨て台詞を吐いた。
「いいだろう。だが覚えておけ。彼女を手に入れるためなら、周囲にいる人間がどうなろうと知ったことではないぞ」
ブツッ、という音と共に通信は切れた。
電話を切られた後のアネット・バーキンの心は激しく揺れていた。
アンブレラ幹部の言葉が真実であれば、シェリーは今、正体不明の怪物リサ・トレヴァーという危険な存在と共にいることになる。
(すぐにシェリーを保護しなければならない……!)
アネットは迷わず、アンブレラの協力者である警察署署長へと連絡を入れた。
電話がつながるなり、アネットの声は切迫していた。
「署長! 今すぐに私の娘、シェリーをこちらへ連れてきなさい」
彼女にとって、警察署は現在もっとも安全で、かつコントロールされている場所だと思っていた。当然シェリーは保護され、そこで待機しているはずだった。しかし、受話器の向こうから返ってきた答えはアネットの予想を完全に裏切るものだった。
「……何をおっしゃっているんですか、アネット博士。娘さんはまだ警察署に来ていませんよ」
アネットは絶句した。
「……なんですって? 警察署に来ていない? そんなはずはないわ!」
シェリーは警察署に向かっていたはずだ。電話でそう指示した。それなのにまだ到着していない。ということは、アンブレラの幹部が言った通り、リサ・トレヴァーという怪物の手によって街を彷徨っているということになる。
想像しただけで背筋に冷たいものが走る。
「いいですか、署長。シェリーが警察署に到着したら、誰にも知らせずすぐに私の元へ連れて来なさい。」
アネットは焦るように伝える。
「承知いたしました。到着次第、直ちに手配いたします」
署長は淡々と了承し、通信は切れた。
アネットは呆然と受話器を置いた。
激しい混乱が彼女を襲う。なぜ警察署で保護されているはずの娘シェリーがいないのか、本当にあのリサ・トレヴァーと共にいるのか。そして、その怪物が何を目的として動いているのか。
だが、アネットはすぐに自分に言い聞かせた。
今はこの混乱の中で、自分の研究を完遂させなければならない。娘への想いはあるが、それ以上に優先すべき使命がある。
G生物を消滅させなければいけない。
アネットは研究室の中で一人激しく呼吸を整えた。彼女の瞳には、母としての情愛ではなく、研究者としての使命が宿っていた。