バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
時は少しだけ巻き戻り、リサが孤児院の門を飛び越える前の出来事。
地下の隠し通路へと至るエリアで、シェリーたちは絶望的な恐怖に晒されていた。
複雑に入り組んだパズルのような仕掛けを解き、電力装置を再稼働をさせようと格闘していたその時、天井を突き破り闇の中から「それ」は現れた。
粘液を滴らせ、不自然な脈動を繰り返す肉塊――G生物。
それは理性を失った捕食者の目ではなく、明確に「シェリー」という個体を標的に定めた執念深い眼差しを向けていた。
「シェリー! こっちへ来い!」
レオンが叫び、クレアと共に激しくショットガンとグレネードランチャーを浴びせて怪物の注意を引こうとする。しかし、G生物は彼らの攻撃など気にもしない。ただひたすらに、本能的にシェリーを欲して、その太い触手を鞭のようにしならせた。
「だめ! あの怪物は私を狙ってるの! 私が引き付けるから、二人ともおねがい!」
シェリーは悲鳴を上げながら走り出した。
そこへ、シェリーの傍らで牙を剥いたレッドが飛び出す。リサから譲り受けた骨のトマホークを口に咥え、鋭い切り裂きの一撃をG生物の触手に見舞った。
「ガァッ!」
怪物が不快そうに身悶える。レオン、クレア、そしてレッドの献身的な援護により、シェリーは辛うじて逃げ回れていた、レオンたちの銃弾は厚い触手の壁に阻まれ、決定打にならない。
もどかしい状況の中、レオンの目に天井から吊り下げられた巨大な工業用クレーンが映った。
「クレア! あのクレーンを使えるか!?」
「やってみるわ!」
レオンはシェリーに向かって全力で走る。「シェリー! クレーンの下へ誘導しろ! タイミングを合わせるぞ!」
クレアが操作パネルに飛びつき、レバーを握りしめる。タイミングは一度きりだ。
シェリーは恐怖に震えながらも、必死にG生物をクレーンのもとへと誘い込もうとする。しかし、その瞬間、悲劇が起こる。
「キャンッ!!」
鋭い悲鳴が響いた。
飛び出した触手が、シェリーを庇おうとしたレッドの体を真正面から捉えたのだ。凄まじい力で宙に舞ったレッドは、コンクリートの壁に激しく叩きつけられ、そのままピクン一度はねて動かなくなった。
「レッド!!」
クレアが絶叫し、シェリーを助けようと反射的に駆け出そうとするが、レオンが声で叫んで強く制止した。
「ダメだ! 今行けば共倒れになる! 」
レオンはショットガンを連射し、G生物の視界を遮りながらシェリーを追い詰める。限界まで追い込まれたシェリーがクレーンの真下に到達した瞬間、レオンが合図を送った。
「クレア、今だ!!」
ガガガッ!!
轟音と共に、巨大な鉄塊がG生物を殴りつけた。
正確にG生物に命中したクレーンは、凄まじい質量をもって怪物を跳ね飛ばし、そのまま壁まで吹き飛ばした。
吹っ飛んでいく最中、G生物の触手が最後の一撃として、触手をシェリーにわずかにつき刺した。
「あ……っ!」
鋭い痛みが走り、シェリーはその場に膝をつく。
怪物は深い闇の中へと消えていったが、その去り際に刻まれた小さな傷口からは、不気味な色の液体が滲んでいた。
レオンとクレアが駆け寄る。壁に打ち付けられたレッドも口から血反吐を吐きながら体を引きずり駆け寄る。
駆け寄るみんなにシェリーは荒い息を吐きながら、健気に微笑むのだった。
G生物との戦いを終えたいシェリーたちは疲労と緊張の中にいた。
クレアは震えるシェリーを優しく抱きかかえ、彼女の体温を確認するように強く抱きしめている。一方、レオンは血まみれでぐったりとしたレッドに歩み寄り、彼を抱え上げようと手を伸ばした。
しかし、レッドはその鋭い眼光だけでそれを拒絶した。
前足で地面を強く叩き、低く唸る。たとえ体がボロボロになろうとも、自分はシェリーを守る番犬であり、誰かに運ばれるだけの荷物ではない――そんな誇りと矜持が、その小さな体に宿っていた。
「……そうか。お前にも譲れないプライドがあるんだな」
レオンは苦笑いし、そっと手を戻した。レッドの意志を尊重し、彼が自らの足で歩むことを認めたのだ。
レオンは周囲を鋭く警戒しながら、アネット博士から指示されたケーブルカーへと一行を誘導した。狭い車内に足を踏み入れると、クレアは慎重にシェリーをベンチのような座席に寝かせた。レッドは激しく喘ぎながらも、ふらつく足取りでシェリーのそばまで辿り着き、彼女の足元にどっしりと体を預けた。
「……大丈夫。私は、大丈夫だから」
シェリーが荒い呼吸の中、弱々しく微笑んだ。クレアの手を握り返し、安心させるように囁く。
「リサに比べたら……こんなの、かすり傷みたいなものだよ」
その言葉に、レオンとクレアは顔を見合わせた。リサ・トレヴァーアンブレラの実験体らしいがいったいどのような実験を受けてきたのか。
レオンがスイッチを動かし、ケーブルカーが重々しい音を立てて動き出す。
やがて、沈黙を破ったのはクレアの怒りに満ちた声だった。
「……信じられないわ。自分の娘を放っておいて、さっさと私のもとへ来い、だけなんて指示する母親が、どこにいるっていうのよ」
クレアの声は震えていた。家族を探しに来た彼女にとって、アネット博士の行動はあまりに冷酷に映った。
「母親失格よ。最低だわ」
レオンは困惑した表情で彼女をなだめようとした。
「まあ、落ち着け。何か、彼女なりの理由があるのかもしれない……」
言葉ではそう言ったが、レオン自身の心にも拭いきれない違和感が残っていた。親が子にほとんど労りの言葉をかけない。この街を地獄に落としたアンブレラは個人でもやはり何か狂っているのかと彼は静かな憤りを感じていた。
ケーブルカーが目的地に到達し、重々しい金属音が響いた。扉が開くとそこには、冷徹な表情を崩さない一人の女性――アネット・バーキン博士が立っていた。
彼女は駆け寄るレオンやクレアに目もくれず、ただ一点、シェリーだけを見つめた。
「……来たのね、シェリー」
その声に温もりはほとんどなかった。アネットは手早くシェリーを抱き上げると、修直室のような部屋へと運び、ベッドに横たえさせた。彼女の手つきは効率的だが、それは母親としての慈しみではなく、貴重なサンプルを扱う研究者のようにも見えた。
アネットはシェリーの傷口を一瞥し、淡々とした口調で分析を述べ始めた。
「G生物の接触があったようね。胚を植え付けられている、実験結果からも推測できるわ、あの個体は執拗にシェリーを追う性質がある。おそらく、間もなく再びここへ現れるでしょう」
その言葉を聞いたレオンとクレアの表情が険しくなる。しかし、アネットは彼らに向き合い、突き放すように告げた。
「あなたたち、早く準備をしなさい。今度こそ、あのG生物を完全に消滅させる必要があるわ」
沈黙の後、爆発したのはクレアだった。
「ふざけないで! あなた、正気なの!?」
激昂したクレアがアネットの肩を掴まんばかりに詰め寄る。
「娘がこんな状態で運ばれてきたのに、考えられるのが『怪物を消滅させる準備』だけなんて……! あなたは人でなしよ! 親どころか、人間ですらないわ!」
レオンもまた、冷ややかな視線をアネットに向けた。彼の声には、隠しきれない皮肉が混じっている。
「……なるほど。あんたも『アンブレラの人間』ってことか」
アネットは不快そうに眉をひそめたが、反論はしなかった。
しかし、クレアの追及は止まらなかった。
「いいわ、理屈はどうでもいい! それより教えて。シェリーを治す方法はあるの!? このままじゃ危ないじゃない!」
一瞬、アネットの視線が泳いだ。彼女はわずかに目をそらし、何かを言い淀む。その迷いを見たクレアはさらに声を張り上げ、彼女を追い詰めた。
「答えなさいよ!!」
しつこい追求に根負けしたのか、あるいは別の意図があったのか。アネットは低く、冷たい声で答えた。
「……あるわ。この研究所の最深部。そこに、シェリーの状態を安定させ、治療するための手段がある」
アネットはそれ以上、娘の容態について語ることを避けるようにして背を向けた。
「……もういいわ。私はG生物を倒すための準備を整えなければならない。時間がないの」
事務的に、そして冷酷に告げて部屋を出ようとしたその瞬間、クレアが爆発した。
激昂したクレアはアネットの腕を強く掴み、無理やり彼女をこちらへ向かせた。
「待ちなさいよ! あなたには今、何をすることが一番重要か分からないの!? 目の前で娘が死にかけているのよ! それなのに、あんな怪物を倒すことの方が大事なの!?」
クレアの叫びは、静まり返った部屋に鋭く響き渡った。しかし、アネットは掴まれた腕を振り払うことなく氷のように冷たい瞳でクレアを見つめ返し、言い切った。
「……必要なことなのよ」
その声には、狂気とも取れるほどの強い信念が宿っていた。
「シェリーが生きるこの世界に、あのG生物を残しておくわけにはいかない。あれを消滅させなければならないの!」
「そんな理屈はどうでもいいわ! 今この瞬間、シェリーは死にかけているのよ! 先に治療する方法を探すべきじゃないの!?」
クレアの正論が突き刺さる。しかし、アネットはそこでふっと視線を落とし、絶望的な溜息をついた。そして、絞り出すような声で口を開く。
「……あの生物は……私の夫、ウィリアム・バーキンなのよ」
突然の告白に、レオンとクレアが凍りついた。
アネットは虚ろな目で空を見つめ、理解し難い論理を語り始める。
「彼はGウィルスによって変貌した。そして……もう止まらない。G生物は無限に進化し続けるわ。今この瞬間に消滅させなければ、いずれは誰にも制御できない怪物となり、シェリーも真っ先に飲み込んでしまう。彼を殺すことは、彼への情愛ではなく、シェリーを守るための唯一の手段なの」
それは親としての愛情なのか、夫への愛情なのか、それとも研究者としての執着なのか。
レオンはその言葉を聞きながら、背筋に冷たいものが走るのを感じた。アネットの語る「正解」は、あまりにも理解できないものだった。
張り詰めた空気の中、互いの価値観が激しく衝突し、絶望的な沈黙が部屋を支配しようとしたその時だった。
「ワンッ!」
小さくも、はっきりとした鳴き声が響いた。
誰もが振り返ると、そこにはベッドの脇でぐったりと体を横たえていたレッドがいた。
全身血まみれで、息も絶え絶えなはずの忠犬が、尻尾をわずかに振り、弾けるような明るい声で吠えたのだ。
その瞳は、まるで「待っていたぞ!」と言わんばかりに輝いている。
あまりにタイミングの良い、そして場違いに嬉しそうなその一声に、激しく言い合っていたクレアとアネットの視線が止まった。レオンもまた、呆然とした顔でレッドを見つめる。
彼らが忘れていたことがあった。
この場所に、もう一人――いや、一体の「怪物」が辿り着いたことを。
レッドは、自分を救い出し、自分に力を与えてくれた最強の姉であり、守るべきシェリーにとって唯一無二の庇護者であるリサの気配を、誰よりも早く察知していたのだ。
暗い孤児院の地下通路。壁からは時折不気味な音が響き、冷たい空気が肌を刺す。
リサは音もなく、しかし確実な足取りで闇の中を進んでいた。彼女の鼻腔には、相棒である忠犬レッドが残した特有のマーキング――ウィルス混じりの濃厚な匂いが漂っている。この匂いを辿れば、シェリーたちがどこへ向かったのかは明白だった。
だが、ある曲がり角に差し掛かったとき、リサの足が不自然に止まった。
(……?)
鼻をくすぐるレッドの匂いとは別に、皮膚を粟立たせるような「何か」が、通路の反対側から漂ってくる。それは死者の腐臭とも、あるいはどろどろに溶けた憎悪の塊ともついた、おぞましい気配だった。例えるならまるでアンブレラその者の気配だった。
その瞬間、リサの精神の深層で、インディアンの怨霊が低く、重い声で囁いた。
『……あちらだ。あちらに、強き恨みの記憶がある』
リサの瞳に狂気の光が宿る。本能的に、その「何か」を破壊し、蹂躙したいという衝動が突き上げた。これを破壊したらさぞ胸がすくような、あるいは取り返しのつかないことが起こるような気がする。
彼女はゆっくりと体を反らし、マーキングとは正反対の方向へと足を踏み出そうとする。
しかし、怨霊の声は再び今度は諭すように響いた。
『待て。今は、あちらへ向かう時ではない』
リサは唸り声を上げ、不満げに首を傾げる。
『守るべき子供がいる。まずはその幼き魂をこの地獄から脱出させよ。恨みは逃げぬ。後でいくらでも、じっくりと味わえばよい』
「……ッ」
リサの喉から、低く掠れた音が漏れる。
怨霊の言葉に抗えない。いや、正確には、その導きが今の彼女にとって唯一の正解であることを理解していた。シェリーという存在は、今や彼女にとって単なる保護対象ではなく、失った「人間性」を繋ぎ止める唯一の楔となっていたからだ。
リサは一度だけ、気配の漂う反対方向を鋭く睨みつけた。その眼光には、「後で必ずここに来てやる」という静かな殺意が込められていた。
やがて彼女は不承不承に踵を返し、再びレッドのマーキングへと意識を集中させる。
闇の中、14歳の少女の姿をした怪物は、再び音もなく歩き出した。その背中には、アンブレラへの憎しみと、シェリーへの奇妙な執着、そして正体不明の「何か」への果てしない憎悪が混在していた。
リサは静かに、しかし着実に地下通路を進んでいた。
だが、ある地点に達したとき、彼女は足を止めた。
そこは、まるで戦場のような惨状だった。壁は激しく削られ、コンクリートの床には深い爪跡が刻まれている。空気が淀み、不快な粘液の匂いが充満していた。
リサは鼻をひくつかせ、レッドのマーキングを探した。しかし、そこにあるはずの「相棒」の匂いは消えていた。代わりに、鋭く、心臓を締め付けるような匂いが鼻腔を突く。
(……っ!)
それは、レッドの血の匂いだった。
ただの出血ではない。激しく内臓が傷ついた、血の匂い以外も混じっている濃厚な鮮血の香りだ。
その時インディアンの怨霊が低く重い声で囁いた。
『……不吉な気配だ。レッドが深く傷つくほどの強敵が現れたようだな』
リサの瞳に、冷たい狂気の火が灯る。彼女は周囲を鋭く観察した。床には、どす黒い粘液と共に、ちぎれ落ちた触手の断片や、正体不明の肉塊がいたるところに散らばっていた。
怨霊が再び囁く。
『……この肉片、そしてこの憎悪の色。以前、町でシェリーを襲っていたあの化物か?』
リサは言葉を発さず、ただ短く唸り声を上げた。
感覚的に理解できた。あの忌々しいG生物だ。シェリーという「子供」に執着し、彼女の周りにいるものを排除しようとする、アンブレラの醜悪な生物兵器の一つ。
レッドを傷つけた。
自分から譲り受けた武器を持ち、シェリーを守っていた忠犬を、土足で踏みにじった。
リサの指先が、無意識にトマホークの柄を強く握りしめる、彼女の身体からどす黒い殺気が立ち昇った。
視線を辿ると、点々と続く血の跡が、さらに奥へと続くケーブルカーの乗り場へと続いていた。
リサはゆっくりと、獲物を追い詰める肉食獣のような足取りで再び歩き出した。